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枯野と琴  作者: 村野夜市
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数日後。

枯野が再び京の店を訪れると、琴は見事に修理されていた。

淡い七色の光を放つ胴は、真珠貝の殻、ぴんと張られた糸は、鯨の髭だと、京は説明した。


「こんなにも見事な品だったのか・・・」


思わず枯野もそう感嘆したほどである。


「これ、南方渡来の、たて琴、とかいうそうっす。

 って、おいらも人からのまた聞きのまた聞きなんっすけど。

 こうやってね、脇に構えて弾くもんだそうで。」


京はたて琴を小脇に抱えて構えてみせた。

けれど、その指がいくら弦を弾いても、琴はまったく鳴らなかった。


枯野は恐る恐る、琴のほうに手を伸ばした。

この間みたいにまたとんでもない音を立てるのではないかと警戒していたのだけれど。

枯野が手に取っても、琴が騒ぎだすことはなかった。


けれど、その指がそおっと弦を撫でると、琴はそれはそれは素晴らしい音色で鳴った。

京は、やっぱり、という顔をして頷いた。


「これ、やっぱり、ダンナでないと鳴らないんっすよね。

 やっぱ、なんか、ダンナと所縁のある品なんじゃないっすか?」


「ゆかり?

 ・・・俺の母親は琴の名手だったと聞いたことはあるが・・・」


「もしかして、これ、お母さんの琴だったとか?」


「母は花街の芸妓だったそうだし。

 こんな変わった琴を弾くことはないだろう。」


枯野はあっさり首を振った。


「それにしても、これほどに見事に直してもらえるとは思わなかった。

 これは代金だ。」


そう言って枯野は、いつもよりさらに大きな袋を京のほうへと差し出した。

いつもに増してズシリと重い袋を取り落としそうになりながら京は受け取った。

袋のなかには、これでもかというくらい金貨がぎっしりとつまっている。

それを見て京はちょっと苦笑してから、そこから二枚だけ金貨を取った。


「じゃ、今回はおまけして、これだけもらっておきます。

 鯨の髭が、ちょっと手に入りにくかったもんでね。」


「それだけじゃ足りないだろう?

 これ全部、持って行け。」


ずいっと袋を押し付ける枯野に、京はへへっと笑って言った。


「ダンナ、おいら、ダンナとは長いおつきあいをしたいと思ってるんっすよ。

 だから、なるべく、おいらも、ダンナに対しては正直でいたいんっす。」


「俺が京殿を疑うなどということはあり得ないと思う。」


「だからこそね。

 疑ってくれない人には嘘はつけませんよ。」


京は肩をすくめるようにして笑った。


「おいら、実はダンナにはえらく恩を感じてるんっす。

 その話、聞いてもらってもいいっすか?」


枯野が頷くのを待ってから、京は続きを話した。


「おいらね、自分が細工師としてやっていけるのかどうか、自信を失くしてたことがあってね。

 こうして店を開いて、何日も何日も、品物並べて待ってたんっすけど。

 だあれも、足を止めることすら、してくれない。

 目の端にひっかけるやつすら、とんといない、って状況で。

 そんなときに、来てくれたのが、ダンナだったんっすよ。」


京は枯野の顔を見上げて、へへっと笑った。


「最初はえらく恐ろしいご面相だと思って、けっこう、びびってたんっすけど。

 いや、今はね、あれはダンナが真剣に選んでいるからだ、ってちゃんと分かってますよ?

 けど、そんときは、突然怒り出して、店、ひっくり返されるんじゃないかってね?

 けっこう、ひやひやしてたんっす。」


「・・・俺はそんなことは、しない。」


憮然としてつぶやく枯野に、分かってますって、と京は笑った。


「あのとき、ダンナは、おいらの作った櫛を買ってくれたでしょ?

 それだけでも嬉しかったのに、その櫛に、袋いっぱいの金貨の価値があるって言ってくれて。」


ずずっ、と京は鼻水をすすった。


「おいらがどれだけ嬉しかったか、ダンナに分かります?

 おいら、おいらの作ったものに、初めて、価値があるって言われたんっす。

 その価値が、おいらの思ってもみなかったくらい、すごい価値だったんっすよ。」


「俺は思ったことを言っただけだ。」


「ってね?

 ダンナがそういう人だからね?

 おいらもう、なんの疑いもなくね?

 あ、この世でひとりだけでも、おいらの作ったものを認めてくれる人がいる、って。

 おいらの作ったものに価値があるって、言ってくれる人がいる、って。

 もう、そんでね?

 おいら、もうちょっと、頑張っちゃおうかな、なんて。

 そう、思えたんっすよね?

 不思議なもんで、そう思ったころからね?

 ダンナのほかにも、ちらりほらりとお客が足を止めてくれるようになりましてね?

 今はまあ、それなりに、細工師としてやっていけてるって、わけっすよ。」


少し照れたように話して、京は枯野をじっと見つめた。


「だからね、おいら、ダンナとは長いおつきあいをしたいんっす。

 いや、ダンナが嫌だと言っても、ダンナのこと、手放したくないんっすよね。

 って、なんか、どっかの深情けの女みたいっすね?」


京はまたくすくすと笑った。


「ダンナ、覚悟してください。

 おいら、ダンナにどこまでもくらいついていく所存っすから。」


「・・・ついてこられても、困る、かもしれん・・・」


戸惑うように枯野は答えた。


「いや、ついては行きません。

 おいら、いつもここでダンナのこと、待ってますよ。

 ダンナがお帰りになるのを。ここで。」


京は笑って言った。

それに枯野も笑った答えた。


「京殿がここにいてくれると、俺は助かる。

 できればずっといてほしい。」


「本当っすか?

 じゃ、約束っすよ?

 おいら、ここで店、やってますから。

 ダンナも必ず、帰りに寄ってくださいね?」


頷く枯野に、京も笑って頷いた。


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