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枯野と琴  作者: 村野夜市
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19

そのときだった。

枯野の懐からなにやらぽろりとこぼれ落ちた。

あ、と言って琴音が手を伸ばす。

もちろん、その位置からは到底届かないけれど。

枯野はその琴音の仕草につられて、自分の膝の上を見た。


「あ。ああ。これ。」


それは来る途中で買った手土産の櫛だった。

枯野は櫛を拾い上げると、ついてもいない埃を袖口で拭った。

それから、無造作に琴音のほうへ突き出した。


「手土産には、こういうものがいい、とか・・・」


琴音は恐る恐る近づいてくると、差し出された櫛を受け取った。

それは、見事の螺鈿の細工の櫛だった。

そこに描かれた文様に、琴音ははっとした。

それは、昔、女衒に買ってもらった櫛にどことなく意匠が似ていた。

あの、助けた仔狐の代わりに、置いてきた櫛だった。


それにしても、この櫛の細工は見事だった。

確かに絵柄はよく似ていたけれど、細工の良し悪しで言えば、こちらのほうが間違いなく上だ。

七色に輝く螺鈿を光にかざして見ると、あまりの美しさに、思わずため息が漏れるほどだった。


櫛を眺める琴音の様子を枯野はじっと見つめていた。

それはまるで、試験の結果を待つ仔狐のようでもあった。

うまくいくといい。けれど、自信はまったくない。

琴音を見つめる枯野の顔には、くっきりとそう書いてあるようだった。


客にもらったものは、その場で身につけてみせるのが芸妓の礼儀。

風音からはそう習っていた。

けれど、琴音はその櫛を髪に挿すことはできなかった。

よくよく櫛を眺めてから、琴音は大切そうにそれを両手で包んで枯野を見た。


「このような品、わたしの身には余ります。」


琴音の言った言葉の真意が分からなくて、枯野は首を傾げた。

それに琴音は続けて言った。


「いつか、わたしが、この櫛にもふさわしいような立派な芸妓になれましたら。

 そのときは、これをつけて舞い、謡いたいと存じます。」


琴音は大事そうに櫛を両手で包むと、そのまま懐にしまい込んだ。

枯野はそれをじっと見つめていたが、あえて何も言おうとはしなかった。



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