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枯野と琴  作者: 村野夜市
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17

老婆は枯野と使い魔たちを見世ではなく自分の部屋へと案内した。

琴音は枯野たちを老婆に任せて、朝の仕事を片付けに行く。

その背中を枯野は少し淋しそうに見送っていたが、何か言ったりはしなかった。


老婆の居室は、見世の奥のほうにあった。

狭いけれど畳敷きの部屋で、長火鉢にかけた鉄瓶が、しゅんしゅんと湯気を上げていた。


茶箪笥から茶道具を取り出して、老婆は枯野たちに茶を淹れてくれた。


「茶碗が熱くなっておるからの。

 火傷せんように、よう、気をつけての。

 どれ、ふうふうしてやろうか?」


とりあえず、ふうふう、は遠慮しておく。


「そうそう、饅頭があったはずじゃ。

 召し上がれ。」


甲斐甲斐しく世話を焼く老婆の姿は、まるで可愛い孫を迎えた祖母のようであった。


「名は?なんというのじゃ?」


背中を丸めて茶を啜る枯野を眩しそうに見上げて、老婆は尋ねた。


「枯野、といいます。」


「枯野か。

 潮音は?どうしておる?」


「・・・母さんは、俺の生まれたときに・・・」


「そうじゃったか。」


老婆は悲しそうに目をしぱしぱとさせた。

けれど、それは、どこかもう既に覚悟していたようにも見えた。


「父御は?お元気か?」


「父も、数年前に。」


「そうか。

 似合いの夫婦じゃったよ。

 お前さんの二親はの。

 美男美女での。

 互いに互いを心から思うておった。」


老婆の言葉は素朴で簡単なものだった。

なのに、不思議なほど枯野の心には響いた。


「それにしても、このような立派な息子を遺せたんじゃからのう。」


老婆は枯野の傍に寄ると、その腕をそっとさすった。

枯野はおとなしくさすられながらも、首をすくめるようにして答えた。


「・・・俺は、立派じゃ、ないです。」


「なあんも。そんなことあるものか。立派じゃとも。

 なんとまあ、この腕は、丸太のようじゃの。

 うちのじいさまの、足より太い。」


「あるじどのは力仕事は得意じゃ。」

「こう見えて、手先も器用ですよ。」


使い魔たちは、ここぞとばかりにそう後押しした。

老婆は使い魔たちのほうを見て言った。


「あるじどの、というからには、そなたたちは、枯野に仕えておるのか?」


「うむ。われらは、使い」

「わたしたちは、あるじさまのお世話係を仰せつかっております!」


使い魔、と言いかけた椿を慌てて遮って山茶花が答えた。

椿も気づいて、慌てて、お世話係じゃ、と言い直した。

老婆は気づかなかったのか、そうかそうか、と眉を下げた。


「ふたりとも、幼いのにしっかりしておるの。

 ささ、お前さんたちも、饅頭を食べなさい。

 うちのじいさまの手作りじゃ。なかなかうまいぞ?」


「「いただきます!」」


ふたりは声を揃えて言うと、嬉しそうに大きな饅頭を頬張った。


「枯野は、どこに住んでおる?」


老婆はまた枯野に話しかけた。


「え?・・・それは、その、ここの近くの郷に・・・」


「郷の名は?」


「え?」


まさか、妖狐の郷、と答えるわけにはいかない。

焦って黙り込む枯野に代わって、山茶花が答えた。


「花咲邑です。」


「ほう。それはまた、近くにおったのじゃのう。」


老婆はそういうと、脇をむいて目元を抑えているようだった。

枯野はその様子をただじっと見つめていた。


「もっと早うに知っておったら、なにかしてあげられたかもしれんのに。

 もっとも、わしらも年寄りじゃし、してあげられることは少なかったかもしれんが。」


老婆は鼻をすすりながらそう言った。


「しかし、そんな近くなら、これからはまたここにも寄ってくだされ。

 ここの妓たちは、わしにとっては娘のようなもの。

 だから、そなたは、孫のようなものじゃ。」


枯野は何も言わずに、ひとつ大きく頷いた。

老婆は嬉しそうに微笑むと、じいさまはまだ帰ってこんかのう、と腰を浮かせた。


「おじじか?おじじはまだじゃぞ。」


呑気に椿がそう言う。

怪訝な顔をむける老婆の前に割り込んで山茶花は言った。


「さっきのお嬢さんがおじじさまがお帰りになったらお報せしますと言ってらっしゃいました。」


「そうか。

 あの子はよう気の効く子じゃからのう。」


老婆は納得したように頷く。

山茶花はほっとした顔をしてから、椿の腕をそっとつねった。


「ぅちっ!

 ・・・分かった分かった。すまぬすまぬ。」


椿も自分がうっかりしたことを言いかけたのだと気づいていたから、文句は言わない。

しかし、相当ひどくつねられたらしくて、痛そうに腕をさすっていた。


「・・・申し訳ありません。

 はばかりを、少々お借りしたく・・・」


山茶花は恥ずかしそうにうつむいてそう言った。

おうおう、そうかそうか、と老婆は立った。


「案内してさしあげましょう。

 そちらのお嬢様は?」


「わしか?

 わしは別に催しておらんが?」


座ったままそう答えた椿を、山茶花は軽く足で蹴った。


「せっかくですから、一緒にまいります。」


「へいへい。

 いっしょにまいります、じゃ。」


面倒くさそうに椿もそう言うと立ち上がった。


「あるじどの、ちぃとここで待っとれ。」

「いい子にしていてくださいね、あるじさま。」


ふたりはそう言うと、老婆に案内されていった。



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