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枯野と琴  作者: 村野夜市
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父の古い知り合いだという古木の精霊は、結局、押し掛け使い魔になって居ついてしまった。

長いこと巣穴で呑気な独り暮らしをしていたが、これはこれで悪くはなかった。

風呂に入れ、着物を洗えと、あれこれ口煩く言われるのには多少、閉口したけれども。

使い魔たちは、先回りして何やかやと枯野の世話を焼いてくれる。

それは父と一緒に暮らしていたころとは少し違う賑やかさだった。

母親というものは、もしかしたらこんな感じだろうか、とちょっと思った。


使い魔たちはお役目にももちろん、ついてきた。

それが使い魔というものだと言われたら、断る理由もない。

それにしても、この使い魔たちは強すぎた。


「ふん。こんな雑魚、わしなら、ちょちょいのちょーい、じゃ。」

「今の、ちょちょいのちょーい、の、ちょ、のところで、消滅してましたね。」


「なんじゃ、骨のない。

 もちょっと、強いのはおらんのか?」

「悪霊、おかわりする使い魔は、迷惑なだけですね。」


というわけで、お役目のほうも、すっかり助かってしまった。


お役目の後、毎回、そそくさと家に帰る枯野を、あるとき、ふたりは意味ありげな目で見つめた。


「そういえばおぬし、花街には寄らんのか?」

「お役目の帰りには花街によって、朝までどんちゃん騒ぎ、ですよねえ?」


よもやまさか、使い魔に花街行をねだられるとは思わなかった。

枯野はごくりと唾を呑んでから、急いで首を振った。


「お、俺は、そういうのは、その・・・」


「なんじゃ、おぬし、酒を飲めんのか?」

「そんなはずはないでしょう?

 由良も酒には強かったはずですし。

 母御は花街の方でしょう?」


「母さんは、花街の人、だったんですか?」


驚いて聞き返した枯野に、なんじゃ、知らんかったのか、と椿は軽く言った。


「妖狐が人を見染めるなど、花街以外、どこでやるのじゃ?」

「そうですねえ、お役目がらみ、ということも、ないことも、ない?」


「お役目がらみはまずかろう。商売相手に手を出してどうする。」

「そこはそれ、危機を乗り越えた男女となれば、手に手を取って、逃避行~・・・」


わいわいと勝手にやり始めた使い魔たちは放っておくに限る。

最近は、多少は扱いも心得てきた。


しかし、母親が花街の妓だったとは枯野も知らなかった。


父親は、母の話をしてくれなかったわけではない。

山に咲く竜胆を見つけたときの母の様子とか。

若菜摘みに行って、寒いなか、一日中、若菜を探し回ったときのこととか。

それこそ、母の表情から、仕草から、微に入り際にわたって、事細かく、話し尽くしてくれた。

どんな声で、どんなふうに話したのか。

何を見て、どんなふうに目を輝かせたか。

身振り手振り、声真似に図解まで取り交ぜて、それはそれは詳しく話してくれた。

ことに、枯野がお腹に宿ったときや、お腹の中で育っていったときのことは、またすごかった。

それこそ、その間の出来事すべてを語って聞かせてもらったと言っても、過言ではないだろう。


しかし、実は父は、母のすべてを話してくれていたわけではなかったのか。

使い魔たちの話を聞いて、枯野はそう思った。


それにしても、花街というのは、どうにも敷居が高い。

うっかり一度だけ行ってしまったが、あれ以来、足を踏み入れていない。

琴音のことは気になったから、仔狐に頼んで花は届けさせていたけれども。

むしろ、自分はもう二度と、行くことはないと決めていたのだ。


「酒なら、厨に置いてあります。

 肴も、いつもの食事でじゅうぶんに美味い。」


「家で飲むのも悪くはない。

 けどのう・・・たまには、賑やかなのも、のう?」

「歌舞音曲の類も、教養のひとつですよ?」


ふたりして両方から袖に縋る。


「おふたりがいればじゅうぶんに賑やかです。」


枯野は袖ごとふたりをひきずった。

ずるずるとひきずられながら、ふたりはウソ泣きをする。


「えーん、えーん、ご主人様が、遊ばせてくれないよお。」

「あるじさま、意地悪ですぅ。」


童女の大きな泣き声に、何事かと道行く人々が振り返る。

枯野は焦った。


「ちょ、やめてください。

 人が見るじゃないですか。」


「やめてほしけりゃ、連れて行け。」

「連れて行ってくだされば、いつでもやめてさしあげます。」


完全に脅している。


「だいたい、おふたりみたいな子どもの姿で花街になんか入れませんよ。」


枯野はなんとか言い逃れようと必死に言い訳を探す。

しかし、それは、無駄な言い訳だったようだ。


「子どもでなけりゃよいのか?」

「それは、お安い御用です。」


ふたりは袖にとりついたまま、どろん、と変化した。


「ねえねえ、おにいさん、ちょっと、寄ってかない?」

「おにいさん、わたしたちと、遊びましょ?」


「う、わっ!ちょっ!やめ、やめてくださいっ!」


熟女に両方から弄ばれて、枯野はさっきより大きな悲鳴を上げた。

そこへ使い魔たちは追い打ちをかける。


「ねえねえ、おにいさん、行こうよぉ。」

「ねえねえ、おにいさん、行きましょうよぉ。」


甘えるように袖に縋りつき、枯野の顔を下から覗き込む。

鼻にかかった甘たるい声を作り、わざと周囲にも聞こえるように言う。


「「お・に・い・さ・ん・って・ばあ」」


辺りの人たちはちらりとこちらを見てから、冷笑する。

端から見れば、昼間っから美女ふたりに挟まれた色男、の図に見えるのかもしれない。

もちろん、それは事実とはまったく逆のことだったけれども。


周囲の冷たい視線に耐えかねて、枯野はしぶしぶ承知した。


「・・・分かりました。行きますよ。」


途端にふたりは、やったあ、と嬌声を上げた。


枯野は心底疲れ果てた顔になった。


「俺の知ってる見世は一軒しかありませんけど。」


「そこでよい。」

「そこでいいです。」


「そこなら、別に元の姿でいいですよ。」


「それは助かる。」

「それは助かります。」


「あんまり妙なことはしないでくださいね?」


「妙なこととは、なんじゃ?」

「大丈夫、心得ております。」


はなはだ不安に駆られつつ、枯野はふたりを琴音の見世に連れて行くことにした。

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