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花の舞い散る下。
今日は皆で、花見の宴が開かれていた。
重箱には、老爺が腕によりをかけて作ったご馳走がぎっしりと詰められている。
海の幸、山の幸、それは、馳走、という名に相応しい、見事な料理の数々だ。
あとは、白米の塩握りに、どっさりと山積みの稲荷寿司も外せない。
ご馳走を囲む面々は、皆笑顔だった。
「はあ?使い魔だあ?」
突然、素っ頓狂な声を上げたのは、ソウビだった。
「そう考えるのが一番自然なのよ。」
「主様にしか弾けないはずの琴が弾けたのですもの。」
ふたりのそっくりな禿は同時に頷いた。
ソウビは唖然とした顔で、枯野を振り返った。
「白妖狐に使い魔がつくってならともかく。
白妖狐自身が使い魔になるなんて、聞いたこともない。」
「俺も初めて聞きました。」
あははははー、と枯野は気の抜けた笑いを返した。
「けど、あの琴はセイレーンの血筋にしか弾けぬもの。」
「琴音はもちろん、セイレーンの血族ではありません。」
「使い魔の主は、使い魔の能力は自在に操れるからの。」
「うちの主様は、わたしたちの力はあんまりお使いになりませんけど。」
「なにせ、うちの主殿は、術は苦手であるからして。」
「主様にわたしたちの術は、難し過ぎるんですかねえ。」
禿たちは代わる代わる説明した。
ソウビは、むぅ、と唸った。
「しかし、いったい、いつの間に、そんな契約を結んだんだ?」
はて?と枯野は首を傾げる。
ソウビはますます渋い顔になった。
「知らない間に使い魔になっている白妖狐なんて、いていいのか?」
「まあ、ここにおるのだから、仕方ない。」
「しかし、そうなると、わたしたちはどうなるのでしょうね?
使い魔の使い魔?」
禿たちはにこにこと顔を見合わせた。
「気づかぬうちに使い魔になっておったなど、世界広しといえども、うちの主殿だけよ。」
「まあ、そんなぼんやりさんな辺りが、うちの主様らしくてよろしいかと。」
「いいのか?本当に?」
ソウビは思い切り首を傾げる。
「そうさのう、古い契約の儀式でも、どこかで踏んだのやもしれぬ。」
「手づから食べ物を与えられる。
持っているだけの財産をすべて与えられる。
心から仕えることを誓う。
確か、基本はその三段階でしたわね?」
「なんじゃ、そんな簡単なら、うちの主殿は、あっちこっちで使い魔になって来そうじゃな。」
「餌付けは簡単でしょうね。普段、ろくなものを召し上がらないから。」
禿たちはからからと楽しそうに笑った。
「もっとも、持っているものをすべて投げ出せるものは、そうはおらんからの。」
「そのくらいの柵はありませんと、流石に危険過ぎますわ。」
ふたりに言い放題にされていても、枯野は苦笑するだけで、何も言い返さなかった。
胡坐をかいた枯野の片方の膝の上には、琴音がちんまりと乗せられている。
枯野はそっと腕を回して、琴音が落ちないように支えている。
もう片方の手には箸を持って、琴音の口にせっせと食べ物を運んでいた。
「枯野様。
そろそろ下ろしてくださいまし。」
頬を染めた琴音がやんわりと抗議する。
それに枯野はにこにこと首を振る。
「いいえ。主様。
地面は固く、冷たいですから。
主様のからだを冷やすといけません。」
「お料理も、自分でいただけますわ。」
「いいえ。
どうか俺の喜びを奪わないでください、主様。
こうして主様にお仕えできるのが、至上の歓びなのです。」
「あーあ、やっとれ。」
「見ていられませんわ。」
禿たちは両手で顔を隠して言った。
指の隙間からしっかり様子は見ていたけれど。
「まったくだぜ。」
ソウビは、けっ、と言いながら、盃を干した。
そこへすかさずウバラが酒を注いでやる。
なみなみと注がれた酒に、散り落ちてきた花びらがひとひら浮かんだ。
お、いいねえ、とソウビは相好を崩した。
「いつの間にか、勺なんかうまくなりやがって。」
ソウビはちらりとウバラを見て、ほんのり頬を染めた。
「できるようになったのは、それだけだがの。」
「舞も謡も、見事なほどに、ダメでしたねえ。」
けたけたと笑う禿たちを睨んで、ソウビは言った。
「構わねえ。
ウバラは座っているだけで、美しいんだからな。」
「おやおや、こっちもご馳走様じゃ。」
「なんだか腹立ってきましたねえ。」
禿たちはにっこり笑って返した。
「ソウビは、甘い主じゃの。」
「使い魔は、主様に喜んでいただくため、誠心誠意お仕えするものですが。
ソウビ様は、ちょろそうですわ。」
「どれほどの妖力があろうと、主殿の御心にだけは、使い魔の術は効かぬもの。」
「真心を以てお仕えすることだけが、使い魔にできることなのです。」
「俺は、使い魔になってて、嬉しいです。
琴音さんを喜ばせるために誠心誠意仕えるのが俺の役目だなんて。
嬉し過ぎて、どうにかなりそうです。」
枯野はとろけるような瞳で、琴音を見つめる。
琴音はほんのり頬を染めて、下をむく。
その髪には少し色褪せた紅葉の櫛がさしてある。
季節外れの柄だなどと無粋なことを言う者はない。
それがふたりにとってとても大切なものなのだと、皆分かっている。
零れ落ちる花のように、枯野の顔からは笑みが零れ落ち続けていた。
ここまでおつきあいくださったあなたに、心からお礼を申し上げます。
本当に有難うございました。
そして、おつかれさまでした。




