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枯野と琴  作者: 村野夜市
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三日後の新月、大潮の日に、いよいよそれは決行されることになった。


枯野は人魚の姿になって泳いでいく。

京の漕ぐ舟に、ソウビと琴音が乗り込んだ。


海人たち全員が浜に見送りにきた。

もしも、怪物蛸が暴れて浜を襲うようなことになったら、彼らも村を護って戦わなければならない。

念のため、海人たちも全員、鎧を着け、手には槍や銛を握っていた。


今日は朝から曇り空だった。

不穏なものを押し隠すような海は、ぞわりぞわりと白い波を立てていた。

雨が近いのかもしれなかった。


潮の引いた岩礁に、枯野は先に着いた。

枯野はただ静かに琴を弾いた。

ほろり、ほろり、と琴の響きは波間に落ちていく。

海は優しい揺り籠のように、そよそよと揺れていた。


琴音たちが岩礁に着くと、枯野は琴を引き渡して言った。


「くれぐれも、無理はしないように。

 少しでも危険を感じたら、俺には構わずに浜に引き返してください。」


「了解っす。」


京はけろりと手を挙げた。

琴音は不安そうに枯野を見たが、何も言わなかった。


「ほい。札。

 こっちのは、俺が真似して作った予備だ。

 効き目の程は分からんが、念のためだ。」


ソウビは懐から札の束を取り出して枯野に手渡した。


「こんなにたくさん、作ったんですか?」


枯野は目を丸くした。

札を作るには、念を込めなければならないので、かなり妖力を消耗するのだ。


「三日もあったからな。」


ソウビはにやりとして答えた。

それにしても、それは、三日三晩、寝ずに作ったと言ってもいいほどの数だった。


「かまやしねえ。

 後は俺はここで昼寝してるだけだ。

 働くのはお前さんと、そこの嬢ちゃんだからな。」


ソウビは悪びれずに言って、ごろりと舟底に横になった。


「いやあ、眩しくもねえし、いい昼寝日和だね。

 あんまり舟を、揺らさないでくれよ?

 俺は、舟は苦手なんだからね?」


言いたいだけ言うと、手枕をしてすぐに寝息を立て始めた。


「ソウビさん、何しについて来たんっすか?」


呆れたように京が言う。

まあまあ、と枯野が取りなした。


「大丈夫ですか?琴音さん。」


さっきから黙りこくっている琴音を、枯野は心配そうに見た。

緊張しているのか、琴音は、かくかくと、頷いた。


「無理なら、引き返しても、いいんですよ?」


枯野がそう言うと、琴音はむっとしたように枯野を見た。


「いいえ。これは、武者震いです。」


琴を受け取って構えた琴音の手は、小さく震えていた。

枯野はゆっくりと瞬きをひとつしてから、琴音に優しく笑いかけた。


ゆ~らのとの~

となかにふれる~

なずの木の~


枯野はゆっくりと歌った。

それに合わせて、琴音が琴を弾き始めた。


さやりさやさや~ さやりさや~


そこはふたりの声が重なり合った。


高く清んだ琴音の声と。

低く響く枯野の声と。

混じり合い、響き合い、天上の楽の音もかくやというほどの音曲となった。


ざわざわと、辺りにいるモノたちが、共鳴して揺れる。

極上の楽に、ありとあらゆるモノたちが、酔いしれる。


京は目をぱっちりと見開いたまま、物も言えずに、ただ枯野と琴音とを見つめていた。


さやりさやさや さやりさや

 枯野はそこを何度か繰り返すと、もう一度琴音に笑いかけた。


「いって、きます。」


「いってらっしゃいませ。」


互いに視線を交わし合うと、枯野は飛沫ひとつ立てず、静かに海に入った。


枯野を目だけで見送って、琴音はそのまま謡い続ける。

ひとりになっても、もう心細くはなかった。

この謡は、枯野を護っているのだから。


海のなかにいる枯野に届くように。

恐ろしい怪物を眠らせるように。

琴音は静かに謡い続けた。





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