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椿と山茶花と名乗ったふたりの使い魔は、くるりと後ろをふりむくと、手をつないで立った。
それぞれ開いているほうの手を伸ばすと、その手の中に立派な杖が現れる。
それはまるで、千年生きた古木の枝で作ったような見事な杖だった。
「枯れ木に花を咲かしょうぞ。」
「枯れ木に花を咲かせましょう。」
ふたり同時にそう言った途端に、枯野の巣穴はみるみる立派な屋敷へと変わっていった。
ひとりになってからは、もうずっと、狐の巣穴で暮らしていた枯野は、目を丸くした。
それは父とふたり暮らしていた家、そのものだった。
「ほれほれ。早う風呂に入ってまいれ。」
「いっそのこそ、その着物ごと、どぼんと浸かったらいいかもしれませんわ。」
ふたりは枯野を風呂へと追い立てていく。
風呂場は記憶にあったそのとおりの場所にあった。
そして湯は、今沸かしたばかりのように、ふわふわと湯気を立てていた。
着物を脱いで湯に浸かると、久しぶりにのんびりした気持ちになれた。
父の禁を破った後悔も、琴音の匂いも全部、湯に溶けて流れていく。
そうして残ったのは、素直に反省する気持ちと、それでも琴音を大切に思う思いだけだ。
なんだかふっきれたような清々しい気持ちになると、物を考える力も戻ってきた。
それにしても、あの童女たちは、いったい何者なのだろう。
枯野は使い魔を持ったことはない。
そもそも、使い魔を使役するなんて、よっぽど優秀な妖狐だけだ。
お役目の手伝いから身の回りの世話まで、なんでも使い魔にやらせる妖狐がいると、話には聞く。
けれどそれは自分とはまったくの別世界、別次元の話だと思っていた。
父にも使い魔はいなかったし、自分も使い魔を持とうなんて、考えたこともなかった。
だいたい、巣穴を屋敷に変えるほどの妖力を持つ使い魔など、聞いたこともない。
妖狐は一人前になるころには、自分の巣穴を人の家のようなものに変えるだけの妖力を持つ。
郷でも人の姿を保ち、立派な屋敷で暮らす妖狐もいる。
それはそれぞれの妖狐のこだわり、のようなものでもある。
妖狐の家は妖力の強さに比例して、立派な屋敷になっていく。
しかし、今の枯野では、こんな立派な屋敷を造るのは、到底無理だ。
となると、あの使い魔たちは、枯野よりももっと強い妖力を持っていることになる。
あの使い魔たちは、ただの使い魔ではないことは間違いない。
よほどの大物。かなりの大物。いや、とてつもない大物に違いない。
間違っても、自分のようなものに、使いこなせる魔とは思えない。
あの童女たちを使い魔として使役できるのは、郷にも限られた妖狐だけだろう。
それなのに。
わざわざむこうから、使い魔になってやる、と言ってくるとは!
これは、何かの罠だろうか?
それとも、とてつもない幸運なのだろうか。
・・・どちらかというと、やっぱり、罠のような気がする・・・
しかし。
だからといって、使い魔の申し出を断るなどということが、果たして、できるものなのだろうか。
・・・それも、できない、気がする・・・
さて、どうしたものか。
・・・ぶくぶくぶく・・・
物思いに沈み過ぎる余りに、そのまま風呂にも沈みそうになって、あわてて湯舟から顔を出す。
新鮮な空気を、一回、二回、と深く吸って、とりあえず、頭を冷やした。
まあ、なるようになるか。
結論は、開き直る、だった。




