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枯野と琴  作者: 村野夜市
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103

ざざ・・・ざざ・・・

遠くで、何か、音がずっと、続いている。


ゆっくりと目を開くと、不安そうに見下ろす翡翠色の瞳と目が合った。


「琴音さん!」


突然、抱き起こされて、びっくりした。

反射的に身をよじって逃げようとしてしまった。


はっとしたように、自分を抱きかかえた腕の主が、動きを止めたのが分かった。

それから、ひどくゆっくりと、とてもとても丁寧に、自分は寝床に返された。


仰向けに横になると、木の天井が見えた。

色の渦は、もうどこにもない。

落ちていく感覚も、もう感じなかった。


「具合は、如何、ですか?」


声を振り絞るように、そう言うのが聞こえた。


「・・・枯野、様?」


名を呼ぶと、枯野は、泣きそうな顔をして、必死に笑顔を作った。


「ウサギ穴の混沌に呑まれたんだ。

 他に打つ手がなくて、俺が、気を失わせた。」


枯野の後ろから、淡々と説明する声が聞こえた。


「・・・・・・ソウビ、様?」


すぐにその名を思い出せなかった。

まだ、ひどくぼんやりしている。

長くて悪い夢を見た後のようだった。


「ごめんなさい。琴音さん。ごめんなさい。」


枯野は崩れ落ちるように床に伏すと、額を床に打ち付けて、何度も何度もそう言った。


「必ず護りますと、約束したのに・・・」


絞りだすような声に悔しさや後悔が溢れている。


「貴女を、こんな目に・・・」


「お前さんのせいじゃない。

 ウサギ穴を使おうと言ったのは俺だ。」


そう言ったソウビの声にも苦々しさが満ちていた。


「・・・ごめんなさい、琴音さん・・・ごめんなさい・・・」


枯野の声には涙が混じっていた。

ごつっ、ごつっ、鈍い音が何度も何度も響いた。


「おいっ、いい加減、やめろ。」


ソウビの怒った声がした。

自分にむけられたものではなかったけれど、それでも、琴音は、びくりとからだを竦めた。

すると、はっとしたように、枯野が、動きを止めた。


「・・・大丈夫。大丈夫です、琴音さん。

 もう、大丈夫ですから。」


枯野は何度も大丈夫と繰り返した。


琴音は首をひねって枯野のほうを見ようとした。

枯野はぺったりと額を床に押し当てて、床に這いつくばったまま、大丈夫と繰り返していた。


「・・・悪い。

 俺は、ちょっと、外の風に、当たってくる。」


そう言って、ソウビは立つと、どこかへ行ってしまった。

後には、這いつくばったままの枯野だけ残されていた。


琴音は、腕を伸ばして、枯野の肩にそっと手を触れた。

そっとそっと触れたけれど、枯野は、ひどく、びくり、とした。


「・・・枯野、様?」


名を呼ぶと、枯野は、顔を上げずに、はい、とだけ答えた。


「枯野様。」


もう一度呼ぶと、はい、なんでしょう、という答えが返ってきた。


「お顔を、上げてくださいませんか?」


枯野は、ゆっくりと、顔を上げた。

そうして、琴音のほうに視線をむけた。


なにか、言いたかったのだ。

枯野様は悪くありません、とでも。

枯野様は、わたしを助けてくださいました、とでも。


自責の念に圧し潰されている枯野に。

誰より、自分を護ろうとしてくれていた人に。

なにより、感謝を伝えなければ、と、思っていたはずだった。


なのに。


枯野の顔を見た瞬間、ひっ、と琴音は息を呑んだ。

何度も打ち付けた額が割れて、血が滴り落ちていた。

それは、あの夢の中で見た、恐ろしい枯野の姿を思い出させてしまった。


枯野は、はっとまた顔を伏せた。

額に当てた手に、べったりと血がついた。

そのまま、腕で自分の顔を隠しながら、枯野は後退るように逃げていった。



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