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鎌倉の翼  作者: 平良中
第一章 吉良の若殿
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-第九話- 吉良義綱

天文五年三月 磯子


 「半ば俺が嗾けたこととて、流石に肝が冷えたぞ。翔千代よ」

 「どうもすみません……」


 磯子城の……と言っても、曲輪は一つしかなく、そこに建てられた屋敷もたった一つの磯子城。

 そこの一室にて行われる伯父と甥の語らい。


 夜も更けたので……ということで苦行からのお役御免を迎えた俺を伯父上はひっ捕まえて、自分の私室へと連れてきた。

 酒は好きではない伯父上の好みに合わせ、ただの湯を薬缶で注ぎ合いながらの会話だ。


 「人の流れ……か。お前なりに考えておったのだな……」

 「それはそうですよ、伯父上。私とて鶴岡八幡宮寺は清智坊浄明院の門弟ですからね。古書に当たり、史を学ぶことは物心ついてからずっとしてきました。……無論、蒔田城に移りたくないのは、「死にたくない」というのが第一ですがね?」

 「それは言わんでも良い……」


 苦虫をかみつぶしたような表情になる伯父上。


 「ただ、どのような返答をしたとて、お前には娘をあてがう気であったのであろうよ。宗哲殿はな」

 「はぁ……」


 今度は俺の方が苦虫をかみつぶしたような表情をしてしまった。


 宗哲殿が結ぶと言った縁とは、自分の娘を俺に嫁がせるということだった。


 会話が終わった後の去り際に、宗哲殿は自分の適齢の娘二人の内、どちらを俺に嫁がせるかで悩んでいたんだと打ち明けてくれた。

 快活で剣の腕が立つ紅葉もみじ殿と病弱ながらも書を愛し史に明るいかえで殿。

 どちらの娘と俺の馬が合うかを知りたくて、質問をしてきたらしい。


 宗哲殿が考える「馬が合う」がどのような意味合いを持つのかはわからないが、どうやら俺には楓殿がお似合いだと感じたらしい。

 結果、十七の俺に十三の娘を嫁がせることに決めたようだ。


 「しかし伯父上……。聞くところによれば、楓殿は病弱とのこと。同じ相模の国とは言え、親元を離れて磯子まで来ても大丈夫なのでしょうか?この地が身体によいとは到底思えませぬし……」


 がっし、がっし。


 「う、うわぁぁ!」


 落ち込みそうになった俺の頭を大きく撫で繰り回す伯父上。


 「お前が何を気にしているか……わからんでもないがな、翔千代よ。幸子殿の事は磯子が悪い土地だからではない。本当のことを言ってしまえば、磯子に移ることで逆に命が伸びた方だと儂は思うぞ」

 「……そうなのですか?」

 「ああ、あの鎌倉の戦が始まる前、儂は今日明日にでも幸子殿の命の日は消えてしまうものだと覚悟しておった。それが一年保ったのだ。これは鎌倉よりも磯子の方が何倍にも住みやすい町であったからだと思うぞ」

 「……そうですか」


 伯父上は優しいお方だが嘘をつくことはお得意ではない。

 この優しい声色には真実の煌めきがある。


 「であるからな、宗哲殿も楓殿を磯子に送り出すことをお決めになった……のであろうよ」


 ……今度は作り話のようだな。


 「ふふふっ」


 俺は伯父上の優しさに、思わず笑みがこぼれた。


 「……なんだ?」

 「いえ、別に……」


 がっし、がっし。


 照れ隠しの撫でまわしはいつもより勢いが強い。

 これもいつも通りだ。


 「ともあれ、これで明日にはお前が吉良家の当主となり、名分上は蒔田衆と世田谷衆を束ね、二万石を超える領地を持つ武将となる。税は北条家が直接扱うために当面の生活は変わらんだろうが、確実に儂が率いる兵数は増えることとなる。……伊勢・・の勢いは収まらんであろうが。……良いな、我らの道は進んでおるぞ?」

 「承知しております、伯父上……」


 深くは言わない。

 北条家は山の者達を巧みに使いこなす。

 その山の者達の指導者は何を隠そう箱根神社である。

 箱根神社の別当が滞在している蒔田城の支城ともいうべき磯子城。

 警戒というものは幾ら重ねても不足になることは無いのだと俺は思うのであった。


 ……

 …………


 日の出る前に禊を済ませ、白装束に身を包んだ後は源氏武士としての心構えを義父より説かれ、八幡太郎義家はちまんたろうよしいえ公から家祖の足利長氏あしかがながうじ吉良貞家きらさだいえを経て俺に至るまでの系譜を滔々と聞かされた。

 この辺りは多少なりとも史に現れるような人物の話でもあったので、少なからず心躍る部分はあったのだが、遠くの方から突き刺さる義兄弟の冷たい視線を感じてしまっては、興覚めしてしまうというものだった。


 だが、まぁ良い。

 この不機嫌な顔をした義兄弟と顔を合わせるのは今日を含めてあと数回といったところであろう。

 俺が吉良家を継いだ後、彼らは順に別の家へと養子に出されていく予定だ。

 養子先でどうなるかは神仏のみぞ知るところであろうが、宗哲殿が生ぬるい手を打つとは考え難い。

 今日のところは俺に憎悪の視線を向けることが出来るが、その姿勢をいつまでも崩さないのであれば、ある刻を境に二度と目覚めることがない睡眠を取らされることとなるのだろうな。


 大きく風向きが変われば、今度は俺がその立場に追いやられることになるかもしれないが……。


 まったく、戦国の世とは酷いものだ。


 きゅっ、きゅきゅっ。


 さて、俺が物思いに耽っている間に烏帽子が無事につけられていたようだ。

 目の前には満面の笑みの宗哲殿が居られる。


 「ふむ、これはなんとも立派な若武者ぶりよな……これにてつつがなく元服の儀は終えたということで、ここは慣例に従い烏帽子親たる拙僧から名を与えようと思う」

 「はっ、ありがたく……」

 「あいや!お待ちを!!!」


 宗哲殿に深く頭を垂れ、最後の名付けを行おうとしたその時、どうにも近くから阿呆な邪魔が入った。


 「あいや、宗哲殿お待ちを。翔千代は小弓公方義明公の実子から儂の養子となったれっきとした足利の一門。幾ら大恩ある伊勢家の宗哲殿とて、名付けはご遠慮いただきましょう」

 「「……」」


 本気か?

 この義父殿は?


 あまりの呆言に隣席の者達からも声が出ない。


 一部の「そうだ、そうだ」といった声は除くが……。


 「おほん。……では、翔千代丸殿の名は蒔田殿が為されると?」


 宗哲殿は冷静を装っているが、あれは腸が煮えくり返ってるな。


 「如何にも。儂の養子として相応しい名をつけて進ぜよう」

 「……ほう?それは面白い……」


 ああ、あ。

 これは義兄弟たちのみならず、義父の命数も尽きたのではないか?

 なんで自分たちがここまで北条家の家中で生き延びられたのかを理解出来ていないな……。


 「翔千代丸、お主はこれより貞義さだよしと名乗るが良い。儂の一字を与えよう。これからは儂らの為に懸命の働きを見せるのだぞ?良いな?」

 「「……」」


 再度、列席の方々の声を奪う義父殿。

 なお、再び一部列席者からの「ぷぷぷぅ」やら「げらげら」といった下品な笑いは除く。


 「有難く。この吉良貞義きらのさだよし、この日より主の為に懸命の働きを誓う所存!」

 「うむうむ」

 「「……」」


 とりあえず早いところこの場を立ち去りたかったので、ここは名付け親たる義父殿へ頭を下げることにした。


 こうまで北条家や足利家を足蹴にする行いをしたのだ。

 奥州吉良家直系の方々の始末はここに居並ぶ大人たちに任せるとしよう。


 俺はとっとと磯子に戻り、後の血生臭い後処理からは席を外させて頂こう。


 ……

 …………


 翌朝、宴席と化した頃合いを狙って蒔田城を抜け出し、磯子城の自室でぐっすりと寝ていた俺は義妹によって広間へ急ぐよう叩き起こされた。


 昨日の今日で今朝ですか。

 いやはや、北条家の皆様は仕事が早いですね。


 「お待たせしてしまい、申し訳ございません」


 深々と広間で雑談していた宗哲殿と伯父上に頭を下げた。


 ……雑談にしては相当に物騒なお話が山盛りで反応に困ってしまうがね。


 「気にすることは無いですぞ、昨日はいろいろと驚くことが今朝方まで蒔田城で起きてしまいましたからなぁ。義綱よしつな殿がこちらで休まれたのは善きことだと思いますな」


 おや?知らない内にたった一晩で俺の名は変わってしまったらしい。


 「うむ。お前は磯子城に下がった後の出来事だがな。頼貞殿はじめ吉良家の方々の悉くが食あたりで倒れてしまってな。如何したことかと勝手番を誰何したところ、上杉朝興うえすぎともおき殿の名を叫んで勝手所に火をつけてしまった。我らは無事に外へと逃れられたのだが、病床に就いておった吉良家の方々は無残にも火の手から逃れることなく……無念であるな」


 なんとも淡々とした伯父上の説明だ。


 ……ただ、まぁ。

 そういうことなんだろう。

 俺が昨日感じた以上に吉良家の方々の命数は短かったということなのだ。

 自業自得のような気しかしないので、深く考えるのは止めておこう。


 「ついては事の次第を蒔田衆のみならず、世田谷衆にも知らしめねばならんのでな。急なことで悪いのだが、義綱殿には軍装をもって我らと共に世田谷まで出向いてもらいたいのだよ」

 「はっ、承知いたしました。この吉良義綱きらのよしつな今より急ぎ支度を整え、すぐにでも世田谷に向かいます!」

 「はっはっは」!そのように気張らずとも良い。世田谷は扇谷上杉との境にも近い場所であるからな。拙僧らも軍装を整えて向かうつもりだ。刻は三日後。三日後に磯子衆は小机城へ向け進発せよ。良いな?」

 「「ははっ!!」」


 俺は伯父上と声を揃えて頭を下げた。

 蒔田衆ではなく磯子衆、そして彼らを名実ともに率いるのは吉良義綱と磯子義村であるのだ。

 陣代でも与力でもなく、紛れもない伯父上と俺の軍である。

 鎌倉を去ってから足掛け十年近く……若年の俺にとっては長い時間である。


 ともあれ、俺の感慨は他所に、世田谷まで北条家が軍を進めることが決定された。


 世田谷城、北条方は吉良家の城であるため、この行軍は外聞的におかしなところなどはどこにもないが、吉良家の当主交代から前当主一家の死亡と連携する軍の動きだ。扇谷上杉家としてはその目的が気になるところであるし、関東の情勢に神経を尖らせている武蔵の諸将にとっても胃の痛い出来事となるだろう。


 流石に河越から軍が出されることは無いだろうが、扇谷上杉家の意向を受けた一部諸将が一戦を挑んできても不思議ではない。


 また、勝手所の話云々が全くの作り話ではなかった場合、自分の身を守るためにと、後ろ暗いところのある世田谷の豪族が護身のためと言って刀を取るかもしれない。


 ふむ。いつか来るとは思っていた俺の初陣が、こんな経緯で始まるとは思ってもいなかったな。

 翔千代君の名前、→貞義→義綱。

 一晩でころりと変更されております。

 さて、プロローグから一章開始の途中で鎌倉公方の御一家を手中に収めた伊勢家は自分たちを北条家と自称し始め、東国支配の名分を自作していきます。

 己の血筋と出生地から、否応なく北条家の名分に使われることとなる翔千代君。

 今後の活躍にご期待ください。<(_ _)>

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