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鎌倉の翼  作者: 平良中
プロローグ
6/12

-第六話- 鶴岡八幡宮寺の戦い ~終い編~

大永六年十一月 鎌倉


 ぱちぱちぱちり。


 「ささっ、幸子殿。もそっと火に近づきなさい。今日は寒さもだいぶ厳しい。まずは身体を休めなされ」

 「そうです、母上!先ほど私が捕ってきた鳥も火にあてていますので、じきにおいしく頂けるでしょう!」

 「ふふっ……。私は大丈夫、鳥はあなたが食べておしまいなさい」


 僧は昼の戦がひと段落したとみるや、急ぎ八幡宮寺の社殿山へと駆け戻り、裏の庵に住まう従妹と甥を連れて大平山方面へと連れ出した。


 鎌倉沖に現れた里見軍は総勢五千あまり、どうやらその軍は今回の侵攻に充てられた南総軍のほぼ全てのようであった。

 懸念していた金沢方面からの上陸部隊はおらず、相模湾側を西南から玉縄城に向かうような進軍予定経路が読み取れた。

 元より防備も貯えも少ない三浦半島は鎌倉を抑えることですべての手筈とし、里見軍は茅ヶ崎あたりに上陸して玉縄城を孤立させる狙いであったのだろう。

 だが、海戦で船に思わぬ損害を受けた里見軍は難しい岐路に立たせれてしまった。

 動ける船だけで当初の予定通りに茅ヶ崎から玉縄城に迫るか、上陸は鎌倉で終わらせ、陸路玉縄城を目指すか……。


 今のところ、七割方で陸路を選ぶと僧は見ていた。

 今日の里見方の戦ぶりを見るに、兵を分けて運用する考えが敵方には無いように映ったからだ。

 投石器を蓄えるような大船を配備できる実力がある。その主力を攻撃に使いたい。

 そんな意思を敵軍に感じる僧である。


 (自分の自慢の玩具を見せびらかせたがる童のような振舞いだな。……今回の遠征の肝は玉縄城の攻略のはずだ。難攻不落の巨城を落とすのならば、守兵を分散させた上で城を孤立させる必要がある。ならば三浦の砦群を順に落として行き、伊勢家の兵を別方向へ向けさせた方が良かったのではないだろうか?確かに雷光の如く敵地深くに進撃して敵を分断挟撃するというのは、なんとも軍紀物の主人公にでもなったかのような錯覚をさせるものだろうが……。だが今回の場合はな……)


 かさっ、かささっ。


 「む?!何やつか?!」


 翔千代丸が慌てた様子で弓を音のする方へと向ける。


 「御曹子!拙僧です!快元です!」


 護衛もおらず、身一つで山中へ潜伏しているためか、音の鳴るようなもの腰に備えていない快元はゆらりと草の陰から姿を現した。


 「なっ……快元殿か。……驚かさないでくれ」


 翔千代丸も日夜山中を駆け回って己を鍛えているとはいえ、未だに八つの童。

 敵軍から逃げての山中滞在、気づかぬうちに気が張り詰めているのだろう。

 声も若干上ずり、弓を持つ手も覚束ない。


 「これはどうも済みませんでしたな」


 ぺっしっと己の禿頭を一叩き、いつも以上に巫山戯た拍子で受け応える。


 「お先に山へ逃れて申し訳ございませなんだな。……して、里見方の様子は?」


 僧は初めから近づいてくる人物が快元であると気づいていたのであろう。

 特に驚きもせず、焚火で沸かしていた湯を椀に入れ快元へと勧めた。


 「おお、これは忝いことですな。……ずっ。左様……結局のところ里見軍は闇夜に紛れて上陸を果たしましたな。日没とともに伊勢方も陣を引いたことを確認し、恐る恐るといった様子でしたな」

 「ふむ」


 僧は予想していた幾通りかの内、最も可能性が低い方法で里見軍が由比浜に上陸したことを知った。


 (どうにも里見方の大将はこちらの戦力を把握しているのか、していないのか……。どうにも判断がつかん。夜間の上陸など、明かりなしでは危険であろうし、松明でも点てようものなら矢の絶好の的となる恐れがあろう。ふ~む……日中の上陸を嫌い、夜間の危険を冒して進む。敵将は今以上の援軍の当てでもあるのか?南総の兵を総動員するほどの戦名分が立つとは思えないのだが……)


 房総の総力を結集するような戦であるならば、総大将は小弓公方その人でなければ大義が立たないであろう。

 小弓公方は城から動かない……この一点を取り上げるだけで、今回の反伊勢連合による相模侵攻が中途半端な代物であることの証左となる。


 これが、唯でさえ小弓公方にも良い感情を抱いていない僧にとって、今回の戦で早々に伊勢方に付こうと決心した理由の一つでもある。


 「して、市中での戦ですが、こちらはあらかじめの策通り。戸部殿を初め、伊勢の武将は切通しに陣取る形で防備を固めて里見軍を鎌倉の外に出さない構えをとっております」

 「それは上々。ならば、あと数日のうちに、長谷だけを通過させる手筈と……」

 「はい、数ある切通しの内一か所だけを通過させ、最も足場が悪く且つ行軍経路がわかり易いところを通して鎌倉の外に出す……」

 「「……」」


 二人の僧は互いに黙り込んだ。


 どうやら事前の策通り、里見軍を思い通りの道筋にて鎌倉から追い出し、玉縄城方面へと送り出すことに成功しそうであった。

 敵地で進軍路が読まれることは致命的である。

 遠からず、里見軍は戸部川沿いを北上中に伊勢方の伏兵によって敗れることとなろう。


 まさに、ここまでは事前の会議で伊勢長綱と共に八幡宮寺の社殿で練った策通りの経過である。


 本来であれば笑みの一つでもこぼれそうな状況である。

 だが、次いで快元の口から零れた発言は陰のあるものであった。


 「だけの筈だったのですが……、どうにも誤算が無いことも無いのです……」

 「それは?」


 快元は両の掌で椀を弄りながら、少々言いにくそうにしていた。


 かこっ。


 火にくべてある鉄鍋から柄杓で湯を掬い、快元が持つ椀に僧はゆっくりと注ぐ。


 「防備に関して鎌倉の切通しは完璧ですからな。……伊勢の皆様方は面白いように敵を防げる切通しでの戦が大層お気に入りになってしまったようでしてな」

 「……里見方を引き込む偽装を好まぬというのか」


 ここに来て、まったくもって僧には予想外の展開が起きてしまったようだ。


 (確かに、鎌倉に派遣された戸部殿を初めとする伊勢方の武将は、伊勢家家中での扱いが低い方々ばかりだ。ある程度の身代の武将ならば小さい戦の手柄などは気にせず、大きな戦の趨勢を見て行動することも出来よう。だが、成り上がりの百姓上がりの刀持ちや、自分の腕前一つで遠国からやって来たような輩にとっては目の前の敵首一つが黄金の輝きにでも見えるのであろう……。さても、こいつは困ったものだぞ)


 半ば呆れてしまった心持の僧は、この数日の隠れ家としているこの「やぐら堂」から、天井からでは見える筈もない月姿を追って目線を上げてしまった。


 ちなみに「やぐら堂」とは山の中の岩肌にくり抜かれた横穴であり、僧侶の修行や鎌倉の住民の墓として人の手によって作られたものである。

 鎌倉には北条執権時代より数多くのやぐら堂が作られており、彼らが市中の難を避け、山中に篭って数日の生活をするには十分の備えもしてあるものであった。


 「ごほっ、ごほっ!」


 火に当たって身体を温めていた女子が咳き込む。


 (この堂は俺が念のためにと備えを施していたもののうちの一つ。……場所を知っているのでなければ、市中からくる人間には見つけられるものではない。……だが、所詮はただの横穴。冬の鎌倉で長逗留出来るような代物ではないな……。三浦方面は論外とはいえ、金沢方面へ落ち延びることも視野に入れてはいたが……。いや、小弓方の軍勢が引くまでは伊勢方の砦があるような土地以外は危険だな。事情のわからぬ農民や流民によって面倒が起こされることは勘弁したい)


 「あ、あのぉ……伯父上。話を聞いてて一つ思いついたのですが……」


 咳き込んだ母親に打掛を重ねてやり、そっとその背を擦っていた翔千代丸が口を開く。


 「なんだ?なんぞ思いついたのならば遠慮せず申すが良い」

 「え?……いや、御曹子は……?」


 思いがけない翔千代丸の発言に驚く快元。

 彼としては、翔千代丸は守護する対象であって、このような場で意見を言うような人物としては見ていなかったのであろう。


 「翔千代丸は私の弟子。しかも日夜付近の山々を駆けずり回る悪童ですからな。拙僧らには思いもつかぬ策を思いついたのやも知れませぬ。……さ、遠慮なく話してみよ」

 「で、では……」


 僧は優しく翔千代丸に先を促す。


 「その……聞いておりますと、伯父上はいち早く里見軍を鎌倉から追い出したいご様子」

 「うむ、その通りだ」

 「で、あれば。ここは里見軍に神敵、仏敵となってもらうのが吉かと考えます」

 「ふむ……」


 この童はこの先何を言い出すのか。

 僧は弟子の愉快な発言に心が躍っていた。


 「ここは鎌倉。今は公方なき土地ではありますが、源氏の、そして武家の中心地であり、心の拠り所となる土地です」

 「……その通りです」


 些か遠慮気味に相槌を打つ快元僧侶。


 「そして、その力の源は今や八幡宮寺のみとも言えましょう。……ですので、もし、その八幡宮時に里見の兵が直接に手を上げたとなれば……」

 「そ、そんな暴挙に出れば必ず神罰が里見家に降りますぞっ!」


 口に手を当て、驚きのあまりに眼を開ききって快元が悲鳴を上げる。


 「……と、そのように罵られることとなるような土地に彼らは居続けることが出来ましょうか?……というのが私の考えです」

 「なるほどな……」


 僧は深く頷くしかなかった。


 (なるほど、里見方にあえて八幡宮寺を襲わせるか……。確かに源氏の血を引く里見家が、源氏の守護神たる鶴岡八幡宮寺に手を掛ければ、ことは坂東すべての武士から後ろ指を指されることとなる。此度の戦の形式上の主君である小弓公方は未だ鶴岡八幡宮寺の別当を務めてもいる。……これは面白い手かも知れぬな)


 「翔千代丸よ……」


 僧はおもむろに立ち上がり、翔千代丸に近づく。


 「よう申した!お主の策は立派なものだぞ!誇るが良い!」


 がしがしがしっ。


 僧はやや乱暴に翔け千代丸の頭を撫でまわす。


 「あ、ありがとうございます!!」

 「えっ?あっ?い、いやぁ……」


 頭を撫でられ頬を赤らめる童と、聞いてはいけないことを聞いてしまい顔面蒼白となる僧侶。

 なんとも対照的な翔千代丸と快元である。


 「そういうことで御座る!快元殿!これも鎌倉の将来のため!此度は共に火付けの咎を背負おうではありませぬか?!八幡大菩薩も我らが行動に否とは申されまい!!」

 「え?!火付け?!は、話が大きくなっては御座らぬか……?!」


 闇夜に響く僧侶の悲鳴。


 こうして大永六年十一月、歴史に名高い鶴岡八幡宮寺の戦いは、里見方の略奪と放火によってその最後が描かれることとなった……と史書は伝える。

 これにて鶴岡八幡宮寺の戦い終いとなります。

 皆さんは決して罰当たりな行動をしないでくださいね!

 作者の心からのお願いです。<(_ _)>

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