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鎌倉の翼  作者: 平良中
プロローグ
5/12

-第五話- 鶴岡八幡宮寺の戦い ~後編~

大永六年十一月 鎌倉


 鎌倉の海は遠浅である。

 そもそも、相模湾は西に向かえばどん深、東に向かえば遠浅となっている。

 その地形的理由により、伊豆水軍は大型船を主力とし、三浦水軍は小船を主力としていた。

 変わって南総水軍はどちらかと言えばごちゃまぜの様相である。

 内海近海は遠浅が殆どであり、安房の先端に行けば深いところも陸に近くはなるが、中々に日常の運用が行えるほどではない。

 故に、指揮船としての働きをもつ数隻の大型船には、安房の稲村城に本拠を置く里見家の旗が立てられているのであった。


 「よしっ!伊勢の船は追い払えたなっ?!」

 「「はっ!すべて西の沖に向かって逃げ出しました!」


 通輔は満足げに配下の報告を受け取る。

 戦列が整わぬ最中に背後より急襲されたが、こちらの損害は大したことがない。負傷者はそれなりに出ているようだが、そのような兵は上陸が終わった後で休ませておればよい。

 逆に、伊勢方の船より射掛けられた矢を回収すればよい補給となるであろう。

 通輔はここまで満足のいく流れで戦が進んでいると感じた。


 「……排除を終えましたぞ!殿!それでは上陸攻撃の命令を!!」


 負傷者はそれぞれの船の者たちが確保・治療を行っている。

 ならば、ここからは大将として次の攻撃を開始するだけだ。

 そう結論づけた通輔は総大将の下知を求めた。


 「よしっ!それでは……」

 「殿、お待ちを……」

 「今度は何事だ?叔父上よ……」


 通輔の要請を以って、総大将の義豊が全軍攻撃の下知を出そうとしたところに待ったの声が掛かる。


 うんざりもするが、義豊としては己の一門年長者の意見を聞かないわけにはいかなかった。

 既に結論として実堯の案がどのようなものであれ、排除することに九割方決まっていたとしてもだ。


 「伊勢方は一度は引きましたが、再度の襲撃があるかも知れませぬ。ここは慎重に小船からゆるりと攻めさせるが宜しいかと……」

 「叔父上!下らぬことを申さないで頂きたい!」


 声を荒げる義豊。

 彼としても、もう少しまともな意見ならば話を聞こうとほんの僅かばかりは思っていたのだが、戦場、特に海戦の何たるかを少しも理解出来ていないこの発言には心底怒りが湧いた。


 「伊勢の襲撃は時間稼ぎに他ならない!あの規模ですぞ?!それがわからぬのですか?!今更時間をかけていては潮も上げ終わり、引きが始まってしまう!そうなれば今度は中船すら浜に届かず、少数の兵を迎え撃てばいいだけの鎌倉勢にいいように我が軍の兵が打ち破られるだけです!大軍を割って利を活かさずに敗北の憂き目に会えと申すか?!大概にして頂きたい!!」


 義豊は元からこの気弱な叔父が嫌いだった。

 父義通よしみちが祖父義成よししげと共に、安房の平定を目指し、刀槍を持って血汗を流している間、叔父は祖父より与えられた山間の土地を耕しているだけだった。


 「もうよい!此度の戦では、以後の発言を叔父上には禁ず!」

 「……」


 大声で叔父の更迭を言い渡すと、義豊はもう実堯を一顧だにすることはなかった。


 「……いつの間にか狼煙の色が変わっておる。戦が優勢ならば、たかが潮代わりの半日、一日程度の日股ぎを恐れてどうするというのだ。敵は寡兵、奇策の備えも多く出来よう筈もないのだから、ここは逆に時間をかけることこそが我らにとって最善の策だというに……」


 義豊の号令一下、全速で岸に向かって動き出した船の上では、誰も実堯の慎重論に耳を傾けるものは居なかった。


 ……

 …………


 (冬の乾燥、雨の降りが収まる前でよかったな)


 赤の狼煙が合図となった策がきちんと動いたことに僧は満足げであった。


 由比浜を作り出した滑川、鎌倉一の河川を使っての水計であった。


 鎌倉の川はそこまで大きくはない、土地一番の河川を堰き止めて使った水計も、陸上兵相手ならまだしも海上兵相手では微々たる損害しか出せない。

 それその通りである。

 事実、増水した川水が殺到した当初は大いに驚いた里見方であったが、実際の被害がほぼ存在しないことを見て取ると、息を持ち直し全力で打ち寄せてきている。


 「浄明殿!想定通りに浜に設置した柵と藁人形は流れていきましたな!」

 「ええ、思案と計算と試しは何度も重ねたので成功すると思ってましたが……ほっとしましたな」


 波打ち際近くの防護人が川水で流されたのを見て安堵する僧。


 「海中の水車も動いたようで綱が動いたのも見えましたからな。万事が上手く行きましたな、伊勢方もよい時間稼ぎをしてくれたので、潮も上げどまり、引きが始まりだしましたな!」


 僧の言う通り、満ち潮の刻は終わり、これより引き潮が始まるようであった。


 「力の強い引き三分あたりが始まる前に上陸しようとすべての船が全力ですな」

 「はっはっは。何事も上手く行く時は上手く行くようですね」


 満面の笑みを浮かべる鶴岡八幡宮寺の僧たちである。


 沖の方からは、そのように余裕たっぷりの僧たちとは違い、殺気に満ちた里見軍が軍船を駆っている。

 狭い由比浜に数百の軍船が殺到する姿は中々に壮観である。


 「「ぅおおおおぉ!」」「「進め!!」」「漕げ!」「全力だぁ!!」


 各々の船から威勢の良い声が浜まで届く。


 「さて、頃合いか?」


 僧が呟いた瞬間。


 まずは里見水軍の大船から異変が始まった。

 続いて中船の中でも大きい船、次いでその次の大きさの船と……順々に混乱が船の大きさ順に伝播していったようである。

 だが、素軽さを信条に船団の先頭を漕いできた小船たちにまでは後続の混乱が届いていない。

 浜が近くなった段階で数人が船から飛び降り、船を乗り上げさせるべく腰まで水に浸かって船を押していく。


 「ぐぁっ!!」「い、いてぇい!」「なんだなんだ?!」


 海中を走っていた兵たちが悲鳴を上げる。


 「はっはっは。鎌倉の童なら誰でも知ってることだべ。浜を草履で歩こうなんて磁器の欠片で足を切り裂くだけだべ」

 「がはっはっは!里見の兵どもはそこいらの童にもおつむが劣るべな!」

 「「だ~はっはっは!!」」


 砂丘の上からこの様を眺めていた漁民たちは大爆笑である。


 鎌倉は都として、拠点としての歴史が長い。

 その長い歴史の中で、この狭い湾内はちょっとした商業港として使われていた。

 鎌倉の市中には農耕地がほぼ存在しないことから、食料品や生活必需品の類はすべて外から運んでくる必要がある。

 その長い刻の中で、入れ物に使われたもの、腹ごなしに使われた食器、配送途中で破損した物など、多くの品々が波打ち際には集まっているのだ。

 川の流れが運んできたものならば、浜辺に到着する前に角が取れ、草履を突き刺すような鋭利な破片などは滅多に存在しないであろう。

 だが、鎌倉の浜には草履などはものともせず、足の裏をざっくりと切り裂くような陶器・磁器の破片がほぼほぼすべての浜辺に散らばっているのだ。


 (藁人形の中にも陶器の欠片をふんだんに仕込んでいたからな。藁だからと言って油断して踏み抜けば奥深く迄ざっくりよ。そこに塩水も沁み込むから痛いであろうな……。これも戦の常、兵法詭道はご容赦あれよ)


 「よぉ~し、撃てぃ!!足の止まった的が目の前に群れておるぞ!!」


 びゅんびゅんっびゅびゅんっ!


 伊勢家武将の掛け声の下、陸風に乗った矢が里見方に襲い掛かる。


 「ははっはっは!狙いなど適当でよい!撃てば当たるぞ!どんどん撃て!」


 まさにその通りであった。

 上陸間際の小船など、押手が動けなければただの的である。


 「そぉれ!火矢も見舞ってやれ!奴らに寒中水泳の見本を見せてもらおうではないか?!」


 今度は高台からの一方的な斉射に火矢が混じりだす。


 「うっわ!!火だ!!船が燃えるぞ!!」「は、早く海に飛び込め!!」「は、早く!!」


 里見軍の前線は混乱の極みであった。

 運よく押手が破片を踏み抜かなかったにしても、味方が全く付いてこないのでは、砂丘に位置する弓手の格好の的である。


 「な、なんで後詰が来ぬのだ?!中船や大船からの兵はまだ上がってこないのか?!」

 「我らをなんで見捨てるのだ?」


 小船で戦闘に参加してきたのは、南総でも小身の者達である。

 敵軍の矢の嵐の前で、彼らとしては力ある者たちに見捨てられたのかと絶望するしかなかった。


 だが、里見軍の主力も決して彼らを見捨てたわけではなかった。

 単純に動こうとも動けなかっただけである。


 「浄明殿から話を聞いたときにはこのような奇策、成功するわけもないので何時何処で逃げ出すかの算段ばかりでしたが……。こうまで上手く嵌るとは、この快元、下げるばかりの禿げ頭しか首の上には御座いませぬな」


 相も変わらず一言余計な僧快元である。


 「問題は前線というよりも奥の方、中船、大船でしたが、こちらも上手く決まりましたな」

 「水計で勢いがついた川水が水羽を動かし、その力で綱を巻き上げ水中に潜ませた杭を立たせる。潮が引き、海が浅くなれば船の底に杭が刺さる。お見事、お見事。流石は地元の海を知り尽くした一族の……っと、これは余計でしたかな?」


 余計な一言に余計な一言を重ねる快元であった。


 「これで策は終了ですな。敵兵も今日の上陸はあきらめるでしょうし、混乱はまだ続きそうですからな。……船が沈むまでの穴は開かないでしょうが、修理をせねば安房迄全員を戻す算段は付かぬほどには船がやられていることでしょう。願わくば、引き潮の勢いで燃えている小船が大船にでもぶつかって燃え上ってくれれば儲けものですがね」

 「はっはっは!浄明殿、それは望み過ぎというものでしょう。……ここは伊勢方にも十分な恩が売れたということで、我らはとっとと山に逃げ込みましょうぞ。戦でいいところなしの里見軍が鬼の形相で襲い掛かってきては敵いませぬからな!」


 後半は小声になりつつも、快元は満面の笑みをもって僧に応えるのであった。

 鎌倉は破傷風菌が多いところですので、里見兵の皆様には戦後も無事であることを数百年後の続かぬ世界より祈っております。はい。


 ということで、次回は激おこさんとなった里見軍が鎌倉の町に火を放つ感じの終い編になります。

 その後に、多少の戦後仕舞いが入ってから時が飛ぶ予定ですので、宜しくお願いします。<(_ _)>

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