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鎌倉の翼  作者: 平良中
プロローグ
3/12

-第三話- 鶴岡八幡宮寺の戦い ~前編~

大永六年十一月 鎌倉


 その時は、伊勢家臣下の思惑や、鎌倉の住人達の予想よりもよほど早くにやってきた。


 (準備は急いで行ってきたので、考え得るすべての用意が間に合ったと言えば間に合ったのだが……なんとも綱渡りの心持よな)


 僧はそう声に出さず独り言を呟き、首筋を伝う冷や汗をそっと拭った。


 伊勢家現当主である氏綱うじつなの弟、伊勢長綱いせながつなが鎌倉を訪れてから僅か十五日後の今日、鎌倉に住まう者たちは沖合に数百隻にも及ぶ大小さまざまな船影を見ることとなった。

 船に掲げられた旗が示すは里見、正木、安西、酒井、岡本などなど……。

 小弓方についた安房、上総の諸将・豪族が軒並み姿を見せている。


 「じょ、浄明殿……。そ、その……へ、平気なのであろうか?敵方の軍船は二百隻を超えているのではないか?……さすれば、敵方兵士の総数は三千にも五千にも達するのではないだろうか?!」

 「そ、そうだぞ浄明殿!我らの声掛けで集まった僧兵三百、伊勢殿が遣わした軍はたったの二百。これでは一揉みではないのかっ?!」

 「お、おっほんっ!!」

 「あ、いや。別に戸部とべ殿のお手勢に文句を言っておるわけでは……」


 鎌倉方の人間は想像以上の数で迫って来る里見方の大軍を目の当たりにし、早くも戦意を喪失しつつあるように映る。


 (里見方が大軍を擁してくるのは織り込み済みだったというのに……。なんとも皆々様方は少々頼りがないな。劣勢が故に俺らは色々と策を巡らしたのであろうがな)


 「各々方、落ち着かれよ!敵方の陣容は想定以内!ならば拙僧どもがこれから行うことも事前に決められたことに則るのみ!」


 半ば呆れてしまった僧であったが、ここに来て味方が一戦も交えずに逃亡してしまっては今後の先行きは暗い。

 さらに、その場合は策を献じた僧の立場が怪しくなることも大問題となるが、それ以前に鎌倉の立場自体が戦後の伊勢方に軽く扱われることになってしまっては元も子もない。


 そう、此度の戦の趨勢。

 鎌倉の戦は里見方の勝利で終わるだろうが、その後に続く玉縄城の戦いで伊勢方が敗北するとは僧は思ってもいなかった。


 この時の伊勢方は、小弓方に与する軍に大きく、そして深く侵攻を受けている。

 先年に調略を以って扇谷上杉家より奪取した江戸城周辺は、内海を渡来してきた小弓方水軍により城下や湊を大いに焼かれていた。

 また、武蔵一帯の豪族は己の館に篭り切りとなり、無人の野を行くが如く扇谷上杉軍が相模の深部に襲来、玉縄城を包囲・攻城をしていた。


 このように伊勢家は大きく侵攻を受けているのだが、この反伊勢家連合による侵攻作戦は早晩にも打ち破られると僧は見ていた。


 確かに鎌倉公方の正当後継を名乗る小弓方に味方する陣営は多い。

 

 今まさに鎌倉の目前に迫る里見家を始めとする安房、上総の諸将。

 江戸城を伊勢方に奪われ、内海の利権を大きく失った故に、決して伊勢方とは相容れぬ仲となった扇谷上杉家。

 関東管領の権威を蔑ろにし、武力をもって勢力を広げる伊勢家に煮えた腹が収まらぬ山内上杉家。

 東国公方、鎌倉公方の存在を弱めようと企む室町公方配下の伊勢家を敵とする古河公方と小弓公方。

 古河公方の後ろ盾となった佐竹家。

 津久井城表つくいじょうおもての支配権を奪われ、相模への進入路を遮断された甲斐武田家。

 東国下向初代の伊勢盛時いせもりときによって河東を奪われたままの今川家。


 結果、ぐるりと伊勢家のまわりは敵対勢力に囲まれている。


 だがこの連合勢力には大きな問題があった。それはこの勢力が決して一枚岩ではなったということだ。


 それぞれにそれぞれが顔を合わせれば「伊勢家憎し」で話は盛り上がるのだが、一たび領地や所領に戻ればこの結束は朝露となって消えてしまう。

 蔵の中の少ない食料と少ない金子きんす、そして毎日と顔を合わせるのは己の苦労を毛の先ほども理解しようとしない親族と家来達。

 ……大局論を大勢で語り合えば、彼ら第一の「敵」は伊勢家であるはずなのだが、すきっ腹を抱えて寝床から起きれば目の前には腹の立つ顔が並ぶとなれば、早々に「敵」の顔が入れ替わる。


 人間の卑小さはときが如何様に流れようとも変わることが無いのであろう。


 伊勢家と反伊勢家。

 それぞれがその立場を純然と守って行動を起こせば、一晩とかからずに伊勢家は海の藻屑、山の塵芥ちりあくたと化すところであったでろう……。


 だが、そのようなことは起こり得る筈がなかった。


 そもそも、関東の諸将が結束出来るのならば、鎌倉は陥落ちなかったであろう。

 足利方が北条を討つことはなかったであろう。

 若しくは北畠顕家公により足利方は揃って三条河原に首を並べていたであろう。


 歴史の行く末とはげにも奇妙なものなのだ。


 現に僧の集めた話では、山内上杉家内を始め、反伊勢諸将の内部では壮絶なる分裂が今まさに行われているようであった。


 本来であれば最大の兵力を集められる筈の山内上杉家は、現当主・現関東管領が小弓方に付いたことにより、実父の古河公方、義父・義息の山内上杉の一門衆と近いうちにも内紛が行われそうな気配である。


 次いで兵力を整えられる筈の扇谷上杉家は、家臣の離反により江戸城を失い内海の利権を失ったことで、今度は常陸・下総の内海に生まれた利権が次第に肥大化を見せ始め、江戸城を扇谷上杉家が奪還してしまっては自分の旨みを損なってしまうと考える派閥が生まれているそうだ。


 近年の東国権威という意味では頭一である筈の古河公方は、自身に真っ向から歯向かう親族の小弓公方と手を組みたいわけもなく、お題目の反伊勢を唱えるばかりで、心の底では小弓公方の敗死と江戸城奪還失敗による、今以上の常陸・下総の諸将からの上納金受領を夢見ているのである。


 今川家、甲斐武田家は、共に明日の夜明けとともに伊勢家には東国からの退場を願いたいところではあるが、自分たちの兵を使ってまでその願いを叶えるための実力行使をしたくはない。

 兵を先に出せばその分の守りが薄くなり、結果、漁夫の利をもう一方の家に奪われるのが目に見えているからだ。


 (つまりは、敵対勢力に囲まれているとはいえ、戦をする相手を一本釣り出来る立場にある伊勢家の方が有利な構図なんだよな)


 僧はなんとも苦い気持ちを腹の底に押し止める。


 (今の構図のままでは、伊勢家の勢力伸長は一向に収まらん。どうにかして伊勢家内部に反伊勢勢力が抱えているもの以上の火種を作らなければ、このゆっくりとした伊勢家による関東支配の歩みを止めることは出来ん)


 伊勢家の獅子身中の虫となる。

 僧の考えた三浦家再興と伊勢家討滅への道筋はそれであった。


 (大願の為にもここは大きく長綱殿に功績を挙げてもらい、同時に俺も顔を広く売らねばな)


 「お、お坊様!上げも半分が過ぎたようだべ!」

 「そうか、ではそろそろだな……お主は川上へ一走りをして、この場で上がる狼煙を見損なうなと伝えてくれ」

 「へ、へいっ!赤だったべか?」

 「そうだ。赤だ。決して間違える出ないぞ?!」

 「へ、へいっ!」


 砂丘の高台から沖を眺めさせていた漁民からの報告を受け、物思いに耽っていた僧はそう指示を漁民へと飛ばす。


 「上げ潮五分。そろそろ里見方は上陸を試みるか?」

 「ええ、未だに大船は難しいでしょうが、中船なら浜まで近づける頃合いとなりましょう。潮の勢いも付き、上陸にはもってこいの刻かと……」

 「うむ……。では、矢盾、藁人形を前面に出し弓の準備じゃ!」


 伊勢家より遣わされた武将が声を張り上げて兵を指揮する。


 「な、ならば……拙僧らは白の狼煙を上げるのだな?浄明殿?」

 「ええ、そういたしましょう」


 胸当て、鉢金に長刀を備えた僧兵が狼煙の準備を始める。


 もくもくもく。


 上がる狼煙の色は白。

 合図の相手は江の島の影に潜む船団である。


 (さて、多少は海からの援護もなければ浜は堪え切れんぞ?長谷はせ材木座ざいもくざは岩場が多く船が乗り上げられぬとはいえ、由比浜ゆいがはまだけでもそれなりの広さだ。仕掛けを施しているとはいえ、全ての船に一斉に来られてしまっては最初の一当たりとて耐えられん。矢盾と藁人形で半刻は稼がねばな……)


 「さぁ!各々方!!我らも弓を片手に配置に着きましょうぞ!」

 「「お、おおぉ!」」


 個々人の思いは別に、僧の一声を受け、八幡宮寺の僧兵達もまた前線へと向かうのであった。

 1455年より始まった享徳の乱により「戦国時代」へと突入した東国。

 物語プロローグは1526年末に行われた鶴岡八幡宮寺の戦いから始まります。

 プロローグ主人公の僧侶、相模守護三浦家の諸子、僧浄明を軸にして戦いが語られ出しました。


 プロローグは鶴岡八幡宮寺の戦いプラス1話程度で終わり、物語主人公視点による本編が始まる流れとなっております。

 これ以後も楽しんでいただければ幸いです。<(_ _)>

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