納めるべきところに納まる。
「お待ちください、父上!」
「待たぬ。吾輩はベルベリーチェの意向を尊重する。というか条件は、お前の王太子宣誓書にしっかり書き込んであるだろう。リリリーレン嬢を娶らぬのであれば、王太子の条件から外れる」
「一体、聖女であるアンアンナの何が不満だというのですか!」
元平民である聖女は、焦るヨーヨリヨとは違って、ニコニコと笑っていた。
ヨーヨリヨは金髪で夫に似て優しげな面差しをしており。
彼を冷たい目で見るフロフロストは、ほんわかしたホワホワールにも銀の髪色以外は似ず涼しげな顔立ちをしている。
そしてベルベリーチェが才媛と認めて猫可愛がりしていたリリリーレンは、完璧な淑女の笑みを浮かべていた。
この状況で意外だったのは、アンアンナの表情くらいだ。
ーーーあら、王太子妃になりたいわけではないのね。
「アンアンナ嬢に不満はありません。あるのは、リリリーレンへの期待と、貴方に対する失望だけです」
ベルベリーチェが言葉を口にすると、ヨーヨリヨは黙り込む。
見た目は完璧な貴公子で、真面目で、しかし才覚だけが平凡な実の息子が、強かな女性に騙されたのかと思っていたのだが。
「ヨーヨリヨ。聖女の力などどうでもよろしいのですよ」
「そ、それは、どういう……?」
目を細めて怒っている時のベルベリーチェの怖さを骨の髄まで知っているヨーヨリヨの顔が引き攣る。
「彼女の役割など、わたくしとリリリーレンでも大体できる程度のことです。教会が無駄に崇めて仕事に誇りを持っているので、放置しているに過ぎません」
「は?」
「国を覆う防御結界を、聖女がいない間、誰が維持していたと思うのです?」
ベルベリーチェ自身である。
聖結界でなくとも、防御結界は張れる。
なんなら、ベルベリーチェとリリリーレンが力を合わせたら、聖結界よりも硬い。
「そんなお飾りを、頭脳も才能も優れたリリリーレンより重用する訳がありません。国主たらんとする者がその程度の判断も出来ぬなど、恥を知りなさい」
「……」
「アンアンナ」
「はい〜」
どこかホワホワールに似ておっとりとして、確かに美しく優しげなアンアンナが、間延びした返事をした。
「お前、王太子でなくともヨーヨリヨを引き受けますか?」
「受けます〜。私は彼が好きで、お金は聖女のお仕事で稼げますから養います〜」
「おや、お前、なかなか気骨があるのね」
外見に似合わず逞しい彼女を少し見直して、ベルベリーチェは、次にリリリーレンに目を向ける。
「我が可愛いリリリーレン。お前、まだわたくしの娘になるつもりはありますか?」
「どういう意味でしょうか、妃陛下」
完璧な淑女の微笑みに、目の奥に少しの戸惑いを滲ませるリリリーレンに、ベルベリーチェは彼女の横にいるフロフロストに目を向ける。
「お前さえ良ければ、王太子となるフロフロストの婚約者として立ってもらえればと思っているのです」
すると、フロフロストとリリリーレンは顔を見合わせて。
二人がほんのりと頬を赤らめる。
「まぁ、フロフロスト様と……?」
「わ、私がリリリーレン嬢と……」
リリリーレンは嬉しそうに、フロフロストは信じられなさそうに言葉を漏らす。
ーーーおやおや、お互い憎からず思っているようね。
むしろ今の状況は、ベルベリーチェにとって良いことだったようだ。
お受けします、という二人の言葉を受けて。
実の息子だけがバカであることに、ほんの少しの残念な気持ちがあったものの、切り捨てるのに否やはない。
ーーーだけれど。
少しだけ引っかかる気持ちを覚えながら、チラリと横の夫に目を向けると、彼は王の顔で宣言した。
「では、ヨーヨリヨは廃嫡、代わりにアンアンナ嬢との結婚を認める。新たな王太子は第一王子フロフロスト。リリリーレン嬢を新たな婚約者とする」
ベルベリーチェはアンアンナ嬢が気に入った。
なので問題なければ、ヨーヨリヨの継承権を失わせた上で、王弟としてフロフロストを補佐するか、公爵に降って実力に見合った領地を与えるかを選ばせても良いだろう。
それが嫌なら平民なので、どうするかは自分で決めさせてやろうと考える。
王に相応しくはないと思っていたけれど、ベルベリーチェは決して息子を愛していないわけではないので。
※※※
「それで、陛下」
話し合いの後。
寝室を共にして、ベルベリーチェは問いかける。
「なんだい?」
「ヨーヨリヨを裏からけしかけたのは、陛下でしょう?」
問いかけると、バロバロッサは苦笑した。
「やっぱりバレるか?」
「当然でしょう。気の弱いヨーヨリヨが噛みついてくるなど、誰かに唆されたとしか思えませぬ。どういう心変わりです?」
彼は、息子に甘い以外は有能な為政者なのだ。
「……立場に、才能が見合っておらぬことに苦しんでいるのを見てな。本当に後継に据えるのがあの子の幸せなのか、と考えたのだ」
「おっそいですわね」
何でベルベリーチェが、ヨーヨリヨが幼少の頃に考えたことを、今更考えているのか。
息子への甘さが目を曇らせていたのかもしれない。
「言葉もない。なので、アンアンナ嬢に惹かれているようだという〝影〟の報告を受けて、アンアンナ嬢の意思を確認して、バカな企みを認めた。あれをすれば、王太子に相応しくないことが周知できるからな」
一時的にリリリーレンが悪者になるだろうけれど、冷静になればどう考えてもヨーヨリヨが悪名を背負う。
そこまで見越していたのだろう。
「道理で、動きが早いと思いましたわ。ねぇ、バル」
「なんだい、ベル」
久しぶりに愛称で呼んでやると、彼は嬉しそうに表情を緩める。
「ここまで引っ張ったのはバカですけれど、最後の最後に正しい判断をしたことは、褒めて差し上げますわ」
最強王妃ベルベリーチェ様は、息子に厳しいのに夫に甘いようです。
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