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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ある日突然修道女は伯爵令嬢になった

作者: 田中 まもる

 私は馬車に乗せられ、私の父親だと言う人の家に連れて行かれている。私を育ててくれたシスターマリアは、私のお父様は神様だと言っていたのに。


 私には父親も母親もなく、生まれてすぐに修道院に入った。毎日が祈りと掃除の日々だった。私の世界はすべて修道院の暮らしだった。


修道院長様は「あなたにとっては辛い日々になると思います。しかしこれも神様があなたの信仰を試される試練です。疲れれば、いつでも修道院に戻って祈りなさい」と言って下さった。


 私は半年後には貴族院という貴族が学ぶところに入ることになっているそうだ。家ではなく屋敷に着くと、お風呂に入れられるとすぐに、華美な衣装を着せられ、歩き方、話し方、楽器の演奏、外国語、算術、そして意味不明な歌を歌わされた。それは魔法という貴族にしか使えない、神様からの恩寵おんちょうの歌だった。私がその歌を歌うと水やら火やら、風が踊った。


 周囲の大人たちは「さすがは伯爵様の娘様」だと褒めてくれた。父親と称する男の人も「やはり、私の娘だけのことはある」と満足そうだった。


 私は修道院で一番讃美歌が上手だった。シスターマリアは、イライザ、私の名前、シスターマリアから貰った名前、耳が本当に良いのねって褒めてくれていた。ただそれだけのことなのに……。


貴族としての最低限の礼儀作法を身に付けた私は、貴族院に送られた。私には侍女が一人付けられた。元は貴族院で先生をされていたそうだ。その方がなぜ侍女をされているのか? 私にはわからない。ただ、貴族院でわからないことがあれば、ステラ先生に尋ねるようにと言われている。


 ステラ先生からは、貴族院ではステラと呼び捨てにするように言われているが、たぶんステラ先生と呼んでしまうだろう。



「あなたって、不義の子なんですってね! よく貴族院に来れたわね」


「私は不義の子何ですか? 知りませんでした。生まれてすぐに修道院で生活をしていたので、教えていただきありがとうございます」


「あなた、不義の子の意味を知っているの?」


「正妻の子ではないということですよね。ただ、私、王室の届出では正妻の子として届けたそうです。国王陛下はそれをお認めになったと聞いております」


「あなた様は国王陛下がお認めになったことをお認めにならないのですね」


「誰が、そんなことを言ったの! 行きましょう。ここは空気が悪いわ」


「エマヌエル様によくあそこまで言ったわね。怖くなかった? エマヌエル様は公爵家よ。あなたは伯爵家」


「何か罰を受けるのでしたら、私は受けます。私は半年前まで修道院におりましたから」


「罰というよりイジメられるわよ。私の派閥に入ればイジメられないわ。エマヌエル様と同じ公爵家の派閥ですから。考えてみたら」


「ありがとうございます」


「私はユステラ、あなたと同じ伯爵家なの。よろしくね」


「ユステラ様、ご厚意感謝します」と言うとユステラ様は自分の教室に戻って行った。


 私はまだ貴族社会に馴染めていないということで、私の教室は男爵家と子爵家の子どもが学ぶ教室になっている。異例のことらしい。教室に入ると、私以外の方々はかたまって座っていた。


 授業は、屋敷で家庭教師に習った通りのことが話されていた。音楽の授業ではリュートを弾く。どういうわけだか私の音色が一番良い音に聞こえた。楽器の差のように思う。


 昼食はステラ先生が教室に届けてくれる。修道院にいた時と違って豪華なのだが、馴染めない。お給仕はステラ先生がしてくれる。他の方々にもそれぞれ侍女がついているのだが、お食事の様子はそれぞれの侍女が壁になって私からは見えないようにしていた。


 私の一日は寮を出て貴族院の教室に入り、授業が終われば図書室に行き、歴史書を書き写しては寮に戻って、ステラ先生に、読めなかったところを尋ねている。最初、ステラ先生は男爵家の者にお小遣いを渡して筆写させるようにと言われた。「先生、私、教室ではどなとも交流がないのでお願いが出来ません」と言ったらそれきり何も仰らなくなった。


 日曜日には朝から貴族院にある礼拝堂で神様に、修道院にいた時と同じように、神の恵みに感謝の祈りを捧げている。


 日曜日、いつものように礼拝堂に行ったところ、王族の方がいらっしゃっているということで中に入れなかった。ただしかし、礼拝堂に入って祈りを捧げないといけないというわけではないので、礼拝堂の近くでいつも通り祈りを捧げていたら、男の方に声を掛けられた。


「なぜ、そんなところで祈りを捧げている?」


「今日は王族の方が礼拝堂で祈られておりますので、ここから祈っておりました」


「一時間程度で王族の儀式は終わる。それまで貴族院の中を散歩でもすれば良いのではないか?」


「私、寮と教室と図書室と礼拝堂の場所しかわかりません。貴族院を散歩すればたぶん迷子になると思います」


「私が貴族院を案内してやろう。付いて来るが良い」


「ありがとうございます……でも」と言ってその男の方を追いかけた。すると警護の騎士の方々も一緒に来られてしまった。私は遠慮しますと言おうとしたのだけど、王族の方があれは実験棟、あれは教師の宿舎だと説明しておられるので、何も言えずに、最後まで案内してもらってしまった。


「順番がおかしいが、お前の名前は何というのか? 私はカールと言う」


「私はオット伯爵の娘でイライザと申します」


「私はオットからよくお金を回して貰っている。感謝していると言っておいてくれ」


「はい、そのように伝えておきます」


「イライザ、今日は良い日だった」


「はい、良い日でございました」


 そう答えると、カール様は護衛の騎士の方々と貴族院から出て行かれた。



 私は迷わないように一度礼拝堂のところに戻ると、エマヌエル様とそのお友達がいらっしゃった。


「イライザ、あなたどうしてカール王子と一緒に貴族院を散歩していたわけ!」


「カール様が、私に貴族院を案内すると仰られて畏れ多いとお断りしようとしたのですが、すでに歩き出されていて、こうなってしまいました」


「あなた、王族に貴族院を案内させたって、あなたは何様のつもりなの。私だってそんなことはしてもらったことがないのに……」


「エマヌエル様、それは少しアレでございます」


「イライザ、今言ったことは忘れなさい命令です」


「はい、忘れます」


 私がそう答えるとエマヌエル様たちは行ってしまった。



 貴族の方の考えることはよくわからない。私は誰もいなくなった礼拝堂でまた祈りを捧げることにした。


 私が祈っていると「君、何をしているの?」と私と同じ年頃の男の子が声をかけてきた。


「ご覧のように神様に祈っています。今日はちゃんと祈れていないので」


「ごめん、僕、邪魔をしたのかな」


「いえ、祈り終えましたから。大丈夫です」


「君、カール様の出待ちをしていたんじゃないんだね」


「出待ち? 私はいつも通り祈りを捧げに来たらこんなことになってしまいました」


「君って面白いね。友だちになってくれない。僕の名前はルイ。貴族院二年生」


「私はイライザと申します。私は先日貴族院に入ったところでございます」


「途中入学か? 珍しいね。先生は誰なの?」


「アルフォンソ先生です」


「君、子爵家それとも男爵家?」


「私はオット伯爵家の娘なのですが、長い間修道院で暮らしていたので、貴族社会の常識が皆無ということでアルフォンソ先生にご無理を言って、入れて頂きました」


「オット伯爵に娘がいたとは聞いたことがないなあ」


「ええ、私も半年前まで知りませんでしたから」


「君、本当に面白いよ!」


「ねえ、君、こっちに来て僕の描いている絵を見てくれるかな。君、修道院にいたんだよね。聖母子の絵は見慣れているよね」


「はい」


「礼拝堂の横にある祠に、ルイ様と一緒に入った」


「穏やかな表情の聖母様です。でもどうして神様は背を向けていらっしゃるのでしょう?」


「浮かばないんだよ。顔がさ。仕方ないから背中を向けた絵にしてみた」


「修道院では修道院長の子ども頃の顔を想像して絵描きさんが描いておられましたけど……」


「君のこと、僕は断然気に入った。君が小さい頃の顔を想像して描いてみるよ」


「私の顔ってそんなお畏れ多いです……」


「だって誰も神様の子どもの頃の顔なんて知らないもの。修道院長の子ども頃の顔よりは良いと僕は思う」


「おっと、もう夕暮れだ。一人で寮に戻れる?」


「はい、戻れます。お気遣いありがとうございます」


「困ったことがあったら、僕で良ければ相談してね。君は後輩だけど、僕の友人だから」


「ありがとうございます。ルイ様」私はそう言うと礼拝堂を後にして寮に戻った。


「お嬢様、お帰りが遅うございますね」


「ごめんなさい」私は今日あったことをステラ先生にお話した。


「お嬢様、王族には近寄らないで下さいませ。まだお嬢様の貴族の礼儀作法には問題がございます。それとルイ殿下も王子様ですので、気軽に相談に行かないようにしてくださいませ」


「ルイ様には護衛騎士はついていませんでしたが……」


「王族と言っても格差がございます」


 私には理解出来なかった。やはりここは私のいるべきところではないと思う。


「ステラ先生、私、修道院に戻るべきだと思います。私は神様に仕える生活が一番良いと思います」


「お嬢様、残念ながらそれは無理でございます。お嬢様は養子を迎え、子どもを産み伯爵家を継がすお役目がございますから」


「私が子どもをなせば、修道院に戻ってもよろしいのでしょうか?」


「……、おそらく跡継ぎさえ出来ればお父上は許されると思います」


「ありがとうございます。ステラ先生、ようやく希望が持てました」私は微笑んだ。私に両親はいない。


 私の父は神様、母はシスターマリアなのだから。



 

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