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4話 可愛い女性と出会ったweeb


ここでこの女性が一体誰なのかに対して話してみよう。

彼女の名前は稲崎栞里。とある比較的にマイナーな国立大学で文学部に所属していて、今年で大学を卒業するため卒業旅行にイギリスに来ていた。英語は堪能ではないけど、大学でもそれなりにまじめに学んだため一人旅でも問題ないと自分では思っていたのである。

地方に住んでいて、入った大学も家に近かったのが理由で、文学部に入ったのは特別にやりたいことがなかったんだけど文学部に集まる女性が多かっので、自分が行っても目立たないと思ったから。

父は喫茶店のオーナーで、母は学校の先生と、要するに平凡な中間層の家庭で生まれ育ったというわけである。平和ボケするに適している環境で彼女の趣味は読書であった。主に英文学を読んでいて、ジェーン・オースティンとアガサクリスティーが好き。シェークスピア全集も持ってる。ビートルズも好きでよく聞いていた。つまりイギリスに対してそれなりの思い入れがあるわけだけど。

二日目だった。一日目はホテルからすぐに行きたい場所へ行って、見て回って、食事も事前にネットで見た場所に迷いながらも地元の人のような雰囲気の買い物袋を片手に帰宅している中年女性などに尋ねながらたどり着いて、主に主要な観光地からはかけ離れた、例えばローマ植民地時代に建てられた石碑が飾られた建物とか、昔の地下道と繋がった道だとかである。

ロンドン橋とか国会議事堂とかバッキンガム宮殿とかは見たいとは思わなかった。ロンドンが泣いている。なぜ見ようとしない。せっかくロンドンまで来たのに興味がないなんてどうしちゃったの。

それで彼女は見た目は平凡だと自分では思っていて、背が高いのがコンプレックスでいつも猫背で、中学までは声も小さくあがり症だった。

ずっと共学だったけど引きこもり気質もあってか一度も異性との交際の経験がなく。

そのくせ読書好きなせいで他人の生々しい性的な話も読んだ分だけは知っているということは、どこでも自慢できない。

ちなみに彼女は別に魅力的じゃないわけではなく、日本では女が男より背が高かったり優れていると恋愛対象にならないというふざけた雰囲気のせいで告白された回数がゼロなのだ。

稲崎栞里も小学校の時に男子からの軽いいじめ対象となっていた。

と言っても稲崎栞里は綺麗で整った顔立ちなため、怒ると怖いという印象を周りに与えていたことを彼女自身は知らないのである。

そんな稲崎栞里の一世一代の大ピンチであった。夜、昔のブルジョア階級が住んでいて今でも綺麗に整頓された住宅街を外側から見て歩くだけのニッチなことをしていた彼女だったけど。

写真も撮って心の中で燥いでいたらつい夢中になって予定していた時間より大分遅くまで歩いてしまった。足も疲れて、どこかの喫茶店に入って休むこと30分。外へ出たら暗くなり始めていて、平和ボケしてはいても少しは危機感を覚えた稲崎栞里は少し早歩きで近道を選んで進んだ。路地裏も含まれていたけど気にしない。

ちょっと綺麗な窓のデザインを見ては少しだけ視線を移していたところ、向かってくる男性とぶつかった。


ロンドンでは労働者階級の人も多く住んでて、階級による生活の区別は労働者階級の不満をいつも幾分かはためていることはイギリス人なら誰でも知っているのである。なのでサッカーなどのスポーツで発散させたりするけど、それでも足りない。

男は工事現場で働いていた。二十代半ばで、高卒。父は地方にある鉱山で働いていたが、面白みのない街に飽きて卒業してはロンドンへ。お金はたまらないのに性欲だけたまる。彼女を作るなんぞ夢のまた夢である。ロンドンで地方よりまともな生活ができるんだろうと思って出てきたので今更戻らないとあがいている。友人はいるけど、パブでビールを飲みながら黙々とサッカーを観戦する程度である。ロンドン出身でもない労働者がロンドンで作る友人関係なんて大体そのようなものである。

同じサッカーチームが好きならパブで出会った奴は簡単に仲間になるが、サッカー試合がある時にだけ意気投合して応援する。

だがロンドン生まれの連中にはそいつらの縄張り意識がある。地方のなまりなんてそうとれるものではない。そういう訓練なんてしてないのでわかるものかと。

そして今日は自分が子供のころからずっと応援しているサッカーチームが負けた。むしゃくしゃしてたまらない。パブから出ていつもの路地を通ってワンルームに戻る途中、誰かがぶつかってきた。

よく見るとかなりの美人だ。アジア人だけど見ればわかる。いかにも気弱そうである。アジア人女性が背が高いところで強そうに見えない。しかも一人。むしゃくしゃした気分をぶつけるには丁度いい。都合のいいことにここは普段から滅多に人が通らない。入れて出すだけでいいか。そこまで時間はかからないだろう。前にもやったことがある。その時は別の奴と一緒だった。相手が観光客なら犯したところで警察に行くこともないだろう。そう思って女の手首をつかんで壁に押し付けて、顔を近づけて髪の匂を嗅いだ。甘い。アジア人は初めてだけど、気持ちよくなりそうだ。

それに、ああ、そう。

自分を見る目は震えてて叫ぶことすらままならい。首を絞めながらやるか。死ぬかもしれないがここに自分がいた痕跡が残らなければそれで…。

そう思いながら女の首筋に手を近づけた時だった。壁についていた腕をつかまれ、ひねられる。痛みで気を取られるのも一瞬のこと、足を払われた。体が傾くと同時に腹に鈍重な衝撃が走って呼吸が一瞬止まる。こんな痛みは父に子供のころけられた以来だ。痛すぎてそのまま気を失いそうだった。

しかしそれでも終わらず、腕を別の手でつかまれて肩の関節を外された。

痛みで叫ぶ。誰か、助けて。これは一体なんだ。まだ何もしてないのに、ここまでのことをされるいわれはない。

男にとって不運だったのは自分が仮釈放中であったことを忘れて犯行に走ったこと。未遂でも犯罪は犯罪である。男が刑務所から出たのはそれから12年も後のこと、その前に一度パンデミックにもかかって味覚も失い性機能もかなり失っていた。

自業自得である。

だけど、そもそもの問題。

夜中に外国で路地裏なんぞを通ろうとしていた稲崎栞里の平和ボケがなかったら起きなかったことである。

それでろくでもない思考の持ち主が刑務所へ閉じ込められたのはあくまで結果論である。

それを言うならケヴィン・フィッツジェラルドと稲崎栞里の出会いも結果的に見たら良かったことと言えなくもない。


本人たちはというと、せっかくだからとケヴィンと栞里はデートをすることにした。何がどうなってそうなったかというと、簡単なこと。栞里がお礼をしたいと言ったのである。本人は記念品店で男性が好きそうなこと、例えば男性の湖水やコーディネートに使える男性用の簡単なアクセサリーをプレゼントするつもりだった。

彼女は子供のころから親に人にもらった分は必ず返すようにときつく言い聞かされながら育ったため、その言いつけを守る気でいたのである。

それにケヴィンは、あの謎の格闘術はともかく、普通に印象がいい。神は短く切っているけど怖いというよりスタイリッシュな感じがした。服装もおしゃれで、半そでなので鍛えられた筋肉もよく見えて、顔立ちはモデルなんじゃないかと思うくらい整っている。

彼女は今まで一度もアプローチされたこともなく自分からアプローチしたこともなかった。大学も女性がほとんどだったし男性との会話の経験も少ない。

つまり自分が栞里は今自分がケヴィンに興味を抱いているということを自覚していないのである。

ケヴィンもケヴィンだった。別に損することもなければ栞里は美しかった。胸を控えめだと他人の体の部位を勝手に口にして侮辱するのは普通に訴えられるかちょっと過激な人からならmind your own businessと言われながら平手打ちされるような案件なのだが、栞里はそこでもまたまな板のくせに背だけ高いとかさんざん言われていたもので。

いろいろ自身がなかった栞里はケヴィンが自分を意識ている、異性として見ているなどという可能性自体を勝手に排除していた。

ケヴィンは栞里がお礼を提案したのを自分に興味があるのだと勘違いではない、まさにその通りのことを受け入れて話に応じた。

別段下心があったわけではないと言ったら噓になるが、ケヴィンは別に彼女が自分に笑顔を向けてくれるならそれでいいと思ったのである。旅行中のことだ。いくら何でも深くつながるまでは望むまい。

それで二人はすれ違いでも何でもない、互いに正面から向き合ったけど片方だけ自分の心を自覚せずに翌日出かける約束をしたのである。

警察が事情聴取を終えた後、すぐ前にあった喫茶店で。ただまた一人にはできないとケヴィンは栞里をホテルの入り口まで送った。

ケヴィンは部屋に戻って視線を迷わせながら顔を少し赤らめて、それでもはっきりと自分に約束を取り付ける栞里を可愛らしい思った。



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