第07話『ソータの魔法』
「タクセーさん!この堀を超えましょう!」
「こ…これをか…」
目の前には、向こうまでに6mはあるであろう堀があった。
いくら目を凝らしても底は見えない。石を落としても音はしない。
この堀を超えるとなると、難易度は極めて高く、失敗は死に直結する。
「失敗したら死ぬぞ…」
「大丈夫ですって!」
「…なぜ、そう言い切れる…」
呆れてものも言えなくなる。
ソータは彼のその言葉を振り切って、後退し助走をつける。
疾風のような速さで駆けた彼女は、そこから向こう側めがけて飛び上がると、華麗に回転し軽々と着地した。
「ご覧のとおりです」
「す…すげえ」
「えへぇー…そうでしょう──…はっ!パンツとか見えなかったでしょうね!」
ソータの質問などどうだっていいが、先程の動きはプロの体操選手の比ではない。
これも、魔法の力だろうか。
「はい、次はタクセーさんの番ですよ」
「…」
托生は絶句する。先程のソータのようにやれと言われて、できるわけがない。
「…」
托生は崖の見えない底を見つめる。
これだけあれば、もしや…──彼の脳内に、何かが現れる。
「ど…どうかしました?」
ソータの呼びかけに答えず、托生の体は…
前へと…
「…──ん?」
托生は、そこまでは覚えていた。
今の彼は、全身の浮遊感と、何とも言えない安心感を覚えていた。
「危なかったですね…」
「…えっ」
ソータが突如そう言い、托生は前を見た。
彼女は手に謎の魔法陣を取り付けていた。
その姿を見て、托生は自分が浮いているという現状を理解した。
「どうしたんです!本当に危なかったですよ」
「…え…」
魔法の力で軽い托生を浮かせつつ、それでもソータは伸ばした腕を震わせ、深刻な表情だ。
托生はそのまま浮かせられ、向こう側まで運ばれて、地面に降ろされた。
「大丈夫ですか…!」
「んぁ…あ?」
自分でもわからなかった──体が自然と前に傾いたのだ。
「はぁ…っ…ぁ」
今になってから、息が荒くなる。自分が何をしようとしていたのかを実感し、震えは止まらなくなっていた。
風呂でのカッターの件や、先程の狂乱の件も含め、自殺未遂はこれで3回目だ。
今までに、自殺を望んだことはなかった。しかし、今日という日にどうしてここまで…。
ソータの抱いている疑問には、托生自身も答えられないのだ。
「高い所は…クラクラするんだ」
「…──なるほど…わかりました」
ソータは何とか納得したと装いつつも、どこか彼の様子がおかしいことを感じ取っていた。
「…」