第18話『甚だしき混沌』
「こっ…こいつ、どうしてこんな風に!?」
先程まで托生を何度も殴った男たちだというのに、まるで自分たちのやったことでないように言う。
ソータが抱き締める托生の弱りきった姿を見て、驚きに顔を歪ませる様子だ。
「何を言っているんです!タクセーさんを痛めつけたのはあなた達でしょう!」
「な…なぜだ!」
「は…?」
「…おっ…俺はこんなことをした憶えはねえっ!」「頼むっ!信じてくれぇ!」
ここまでに自覚がないと、最早憤りさえも憶える。
その怒りは、男3人に一気に爆発する…!
「いい加減にィ…ッ!」
ソータは声をあげようとした…だが…──
「やめろ…」
「っ!」
ソータの剣幕に怯える3人の為か知らないが、身を乗り出した彼女をボスが止めた。
肩を捕まれ、意識が冷静に戻ってくれるが、彼女の正義はそれを許さなかった。
「止めないでください…ッ!」
「何が理由だ…」
「は…?」
「3人に罪はないぞ…」
何を言い出すかと思えば、それは思いがけぬ一言であった。
「あくまで…同僚の肩を持つつもりですか…!」
「違う」
「…!では何なんです!」
だが男は答えなかった。
「答える理由は今はない…」
「どうして!」
「ないと言っただろ」
きっぱり言い切って、男は質問から逃げ続けていた。
「クッ…!」
ソータは思えば止まらなかった。この組織は何から何までおかしすぎる。
「とにかく、お前はこいつとともにここを脱出しろ。それが目的だったのなら、こちらの組織についての詮索は控え、早く出ていくんだな」
「くっ…」
ボスに頼まれた男たちは、震えた手で自分達の拘束した托生を解放する。
先程の言動にこそ難はあるが、ソータと托生の脱出のために尽力してくれている。
まあそれが尚更怪しいのだが。
──托生の拘束も解かれて、ついにここに残す未練はないと思えた。
「よし…また俺について来い。帰りも危険がないとは限らんのでな」
「…」
たった一人の人間に、ここまでやってくれもらえるとは思わなかった。
あとは、托生と一緒に安全な地帯にありつくだけだが…。
「よし、行くぞ…」
「…ありがとうございます…──うっ…ぐ…」
ソータは貧窮の体力のまま、何とか全力を振り絞っていた。
托生の痩せ細った軽い体でさえ、魔法に頼っていて体力も限界の彼女には重たかった。
死人のようにピクリとさえ動かない托生は、そこで何か動きを見せる。
「…ぁ…く…」
「…!起きた!」
やっと目覚めた彼は、ソータの体に微細な震えを伝えた。
「大丈夫ですか…」
「う…ぅぅ…」
どうやら覚醒というわけではないらしく、返事は返されなかった。
…そう思っていたが…──
「し…──く…ぬぇ」
「…?今、何と…」
これだけ近い距離でも聞き取れなかった…。
どうやら二度も言うらしく、次はさらに耳を澄ます。
「死にたく…ねぇ…」
「!?」
ソータは、驚いた。
その言葉が、あの托生から出たものかさえ疑わしくも思った。
「…!」
死を望むばかりの人間だと高を括っていたが…──。
「…ん?何を止まっている…」
「い…いいえ…」
幻聴ではないらしい。耳に粘り強く張り付いているのが何よりの証拠だ。
2人が牢獄を出ようと歩き出す。
「ボッ…ボス…!」
男のうち一人が、ボスを呼び止めた。
「俺たち…これからどうすりゃあ…」
ソータはその男の様子に、疑問を持たずにはいられなかった。
このおかしな様子さえ見なければ、ただの因果応報だと突っ撥ねることもできたろうに。
「…安心しろ」
男は一つ残して、ソータと消えるのだった。
※
地下を潜ると、空は暗雲が立ち込める夜になっていた。
ソータの闖入でパニックになるアジト内であったが、男はこの地形、さらに人の動きまでをしっかりと把握していたのだ。
そして、あの門に到着する。
「ここを潜れ」
男に受けたアドバイスのとおりにする。
「俺はこの先には行けない、後はお前の力で、メインの門を潜った所にあるカルルージュ街を目指すんだ」
「カルルージュ街…?」
「ここよりもうんと平和な街だ…ほら、早く行け。二度と不用心に来るんじゃないぞ」
「…は…はい、ありがとうございます」
結局、最後まで彼の真意は分からなかった。
しかし脱出には成功できたのだ。新たな街で、托生を療養しなくては。