表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/19

第17話『なけなしの希望』

 今思い返せば、自分の受けた災難の多さに失笑してしまう…──ただでさえで情弱な托生は、この状況にはとっくに正気を失っていた。

 底なしの沼は托生を完全に飲み込んでなお、さらに引きずり込んでくる。

「…」

 気づかぬうちに、もう何度も死んだ。回数など数えていない。

 死に及ぶその前は、絶望的な状況からの脱出を望んではいるが、それからはあたかも常人のように、“死にたくない”という自分が度々顔を出す。


「(そうだ…そうだよ…──端から運命は決まっていたんだ…)」

 この人生では、もはや希望を望んではならない。

 絶望の泥にまみれたなけなしの希望は輝きを失い、托生の生きる意義も消滅させていく。

 この世界には心花はいない…バイトリーダーもいない…──彼女らの優しさにもっと甘えておくべきであった。

 だが無理もないか…こんな地獄を見るとは思いもしなかったのだから。


 ──受難と言ったが、この馬鹿げた世界に来てから遭遇したものだけではない。

 不安定な精神は日を重ねるうちに荒んでいく──それに追い打ちをかけるように、アルバイトでのいじめも絶えず…。

 気付けば無意識のうちに、首筋にカッターナイフを携えるようになっていた。

 生きる目的とは何だろう…。

 もう希望を持つのも馬鹿らしい…──人生の表面をいくら希望で塗っても、所詮は剥がれて絶望が顔を出す…。

 ──この状況が、正にそうだ…。


 托生は正気を失った3人の男に殴られながら、その度に近づいてくる死に見惚れていた。

「ケヒヒ…ッ──ハハハ…ッ!!」

 目を閉じれば見えてくる…ドス黒い檻の奥から、髪と思しき者が見つめてくるのが…。

「こ…こいつ…笑ってやがる…!?」「クソッ!何だコイツ!?」

 腕や足の骨を折られ、内臓などを傷つけられても、托生は笑っていた。

「こッ…このバケモノォオーッ!?」

 巨大な鈍器を手に取ると、男はその醜悪な所業を見かねて、托生の頭に鈍器を振り下ろした…。


「し…──く…ぬぇ」

 いつだったか言ったようなことを、繰り返し言ってしまった。

 ──…今更、何を…


 ──ガッ!

 鈍い音がした。

 だがなぜだろうか…痛みはやって来なかった。

「…と…止まった…」「何が…起き──ヒヤアッ!?」

 托生の前で止まった鈍器を見たとき、男は目を見開く。

「ボッ…ボス!?」

 気付けば、目の前のボスに睨まれ、男は正気を取り戻していた。

「お前等…ここで何をしている…拷問室は闖入者を収容する場ではないぞ…」

「あ…ぇ…」「か…──あっ…」

 ──ガランッ…

 力を失った男の手からは、鈍器が滑り落ちるように落とされた。


「タクセーさん!」

 男の後ろからソータが托生に寄り添った。

 彼女は托生を見て、驚愕した。

「ひっ…!?」

「がっ…ぁあぅ…」

 手足は拘束され、赤く腫れ上がった皮膚、そして衝撃で凹んで血が流れなくなった部位は、彼が数えられぬほどのの痛みを受けたのを否応なしに物語る。

「だ…大丈夫ですか…?」

「…」

 托生の顔が、ゆっくりとソータに向いた。

 そしてその目が、ソータを見た。

 キ…

「…ッ」

 その目を見ると、ソータは声すら出なかった。

 そこから見えたのは、あまりの絶望に一切の希望を消滅させた目だったのだ。


「くっ…!」

 何より許せないのは、彼を縛り付け痛めつけた男共だ。

 いったいどれだけの人智を越えれば、このような所業に走るのだ。

「この…ッ!」

 ソータは思い切り睨みつける。

 無抵抗人間を、どういう了見で傷つけたか。

 しかし、男の方を見るとそこには、意外な光景があった。


 目の前に活力を失って倒れる傷だらけの托生を、男共が見たその瞬間…──

「ひっ…ひあぁああッ!?」「なっ…何だこれはあっ!」

 ソータの目に映るのは、男が声をあげてのけぞる姿であった。

「(ど…どういうこと…!)」

 ソータは、目の前の情報に理解が追いつかない…。

 横を見ると、他の男も恐れる様子だ。

 ボスは何かしら事情をわかっている風で、男から目をそらしていた。

「こっ…こいつを…──俺が!?」

「ふざけないで下さい…!これだけ痛めつけておいて何を…!!」

「う…嘘だッ!!」

 訳がわからない。

 この状況の混沌さは、理解が追いつく境地ではなかった。

「お…俺はこんなんになるまで…!」「許してくれえぇエ!!」

「…!な…何がどうなって…」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ