第16話『男への晴れぬ疑い』
ソータは螺旋階段を進む途中でも、男への疑惑は絶えなかった。
前を歩く男は、ソータに言葉をかけてきていた。
「お前がこの国が初めてで、あの門から入ってきたと勝手に推測するが、俺たちの組織はこの国広しと言えども中々の羽振りでな、あの殺風景な街並みも過去に住んでいた住民が避難した有様だ」
「…」
ソータは黙っているが、男は喋り続ける。
「そんなこともあって、ここに来るような輩は0人というわけだ。ここに来る危険性も重々承知しているし、子供もここに来ることはない」
「…」
ソータはさっきから黙ってばかりいる。男の心中を探ってるのだ。
折角の善意を疑うのは失礼だが、今は親切でも後に化け、非情になる可能性も捨てがたい。
「ほう…疑っているのか…」
男は向こうを向いているのに、ソータの視線に気づいたらしい。背中に目でもあるのかと思うほどだ。
「…当たり前です…」
「…確かにな…」
淡々とした声の調子ではわかりにくいが、男もソータの意見には頷いている。
「確かに、そうだろうな。元よりお前らを助けても、何のメリットはない。だが、男一人を拘束するのにもメリットなしでな。最善の手を取るまでだ」
「そ…そうですか…」
疑いは晴れぬままだが、何とか彼を信じる他に、托生を救う方法はないのだ。
「──そろそろ階段を抜けるな…」
この設備を理解している男はそうソータに言う。
「この先に…彼が…」
「あともう少しだ。向かうのは地下牢だ」
「地下牢…」
「ただでさえここにやって来る人間はいないが、闖入者は地下牢に監禁することになっている。男もそこに幽閉されている筈だ」
「はい…」
彼の元に到着するまで、遠くはないか…。
そう思った時のことだった。
──カッ、カッ!
ヒールで強く踏みしめるような足音が近づいてきていた。
男は足を止め、ソータもそれに止まった。
「だ…誰か来ていませんか」
「…あいつか…面倒だな」
「あいつって…──」
「話は後だ」
男はソータに強く警告する。
「あの物陰に隠れていろ。面倒なことになる」
「…!は…はい!」
隠れたのは、ソータでも完璧に隠れられる格子の奥。
「…」
そこから、声も出さずに様子を眺めていたソータは、男も壁の辺りに隠れたのを発見する。
そして二人は、声の主を目にするのであった。
「はーッ、はあーッ…!」
ただならぬ怨嗟を込めたような息遣いで、一人の女が歩いてきた。
「(あの破廉恥な装飾の女性は…)」
托生の時にはエルと呼ばれていたあの女だ。
「あの男と来たら…客人の分際で…──」
ソータは一つ言葉が引っ掛かった。
「あんなに濃いクマ…人間とは思えなかったわ」
「(!!)」
エルの話は、ソータの疑惑を確信に変えた。
「まあいいわ…ここに来た時点で当然の結末よ」
「(…)」
托生が今どんな状況にあるのか、確かに理解した。
──そして、強い恐れに襲われた。
※
「…行ったか…」
エルもようやく遠くへ行った。
男はそれに気づき、しばらくしてから物陰を出る。
「おい、もう行ったぞ…」
声に応じてソータが出てくる。
「…」
「…」
その様子から、彼女の緊迫する感情が伺えた。
「…大丈夫か」
「…はい、行きましょう…!」
一刻も速く托生を救うことが、今の自分にできることだ。