表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/19

第10話『壊れゆく精神』

「(もう…いい加減に…しろぉ)」

 托生は暗い空間で、心の中で弱々よわよわしくぼやいた。

 いかに不死身ふじみとはいえ、こう何度も死ぬことになっては肝が冷え切ってしまう。

「また…ここかよ」

 また、かの巨大な牢獄ろうごくの前である。

 いったいここは何だというのか。

「…」

 あきれて声も出ない。

 決して解消されぬなぞが、よもや限界寸前の托生のストレスを、どこまでも引き上げてくる。

 もはや限界だ。ややもすれば爆発しそうだ。

「くっ…──」

 嗚咽おえつこらえた途端とたん、托生のまわりに何かが起きる。


 ──ボゥアッ!

「ッ!?」

 突然にして、托生を囲むように炎が燃えさかった。

 状況の変化が唐突すぎるあまり理解が追いつかず、彼を目にして回る炎の竜巻たつまきを、ほぼ無反応で見ることしかできない。

『フッハッハッハッ!!』

 空間にとこからとなくひびく、哄笑の大音声だいおんじょう。低い男の声のそれである。

 その声に気付いた時には、炎の竜巻は形を変え、托生の前に、1本だけそびえるはしらとなってえ続けた。


 そしてそれに、目のような2つの器官きかん宿やどる。

『…幾十年いくじゅうねんぶりの目覚めかッ!』

 火の柱は、その声の興奮こうふんに合わせていきおいをした。

「…」

 目の前にいる謎の何かの巨大さは、後ろのろうかくすほどだった。

 だが、托生は…──

『む…?』

「…」

 …ただ一点、その火柱ひばしらを睨みつける。

 それは、きわめてするどかった。人間にこんな目ができるのかというほどにけわしい目付きである。

 それも、意識的なものではなく、むしろ無意識であった。さっきのソータへのものに似たものであろうか。


「ほう…うぬがワシの享受者きょうじゅしゃか」

「…何…言ってんだ…」

 火柱の不可解な発言に、托生はその睨みを解かず、そう問い返す。

『ほう…ワシを見てその態度たいどを保つとはな…──』

 火柱は目を見開いて言う。

 目だけのその容貌ようぼうでは、表情が見えないが、そのときその目はほそめられた気がした。

『面白い…』

「は──ぁあ…?」

 様子を見るに、どうやら気に入られたらしいが、釈然しゃくぜんとせぬ托生は困惑こんわくの色を浮かばせる。


「テメェ…誰だ」

 托生の質問を聞いて、火柱はさらに笑みをたたえる。

『我は、正義の神!』

 大雑把おおざっぱとした返答に、托生は理解が及ばなかった。

「名前を聞いてんだ」

『…名前などない…ワシは正義の神なのだ』

「…本当に…神なんだろうな」

「ワシは神だ…人をだますことには何の意味いみもあるまい」

 本当にうそをついていないらしい。

 だが、くされていないのは、今のこの状況に他ならなかった。


「…何なんだ…この状況は」

『というと…?』

 問い返す神に、托生は怒りを覚える。

「何聞き返してんだァ!?テメェが神ならヨォッ!全部知ってんじゃねえのかアァアア!?」

 神相手に、腹の底から恫喝どうかつする托生。

 いつも寡黙かもくな托生から出たそれは、うわずってふるえていた。

 彼を見て、神はそれに何かを感じ取る。

 彼の中の何かが、たれたらしい…──だが神は、答えは返す。


『ワシにある知識は、決して全てと言えるものでh──』

 神の話をそこまで聞いた托生を、神の知恵を持ってしても日本には帰れないのかという危惧きぐが一気におそいかかった。

 …ブチッ…

「チッ…──ぐぅ…ふざけんじゃねエぇエッ!!!」

 腹から喉へ、一気に

 托生は、そこにひざまずく。

「うぁあ…ッ…ウァアアアッッ!!」

 慟哭どうこくし、喉をいたませながら叫びだす。


「とッとと教ェろォッ!!日本に帰るに…どうすりゃァ…ッいいんだよオオオッ!!?」

『おい…』

「神のクセ…何も知んねェのかァ…!?…フザッけ…──…グゥアアアアアッ!!」

 神から見ても、そのざまは目をおおいたくなるものであった。

 地面じめんで駄々(だだ)をこねる子供のように、托生はそこにたおれ暴れる。

 神を目の前にして正気を失った托生は、もう誰の手によっても止まることはなかった。

「俺ァこレッから…モぉオどうすんだヨォおアアああアッッ!!ゥアアアッッ…!」

 托生の精神がすり減っていくのを、神は重たいまぶたを閉じる。

『致し方ないか…──』



 ──視界が、明るくなる…。

「──…ァアアアアッッ!!」

 つんざくような絶叫をあげて、硬い岩肌に横になっていた托生は飛び起きる。

「ひっ!いやぁあっ!」

 それに声をあげておどろくソータが目の前にいる…──どうやらまたもや戻ってきたらしい。

 落下からこの状況までを説明するなら、托生が死んだ後のソータは、落ちて行く托生を追って魔法でがけを降りた。

 そして、やっと追いついた托生を抱きしめると、彼女は風の力を介した魔法で落下速度を抑制よくせいしたのだ。

 がけに身をけずられるようにして落ちた托生はひどい出血しゅっけつではあったが、死んではおらず気絶しただけであった。

 ソータはあきらけてはいたが、丁度そこで、托生が意識を取り戻す。


「ハァ…っ…ハァッ…!!?──っ!」

「だっ…大丈夫ですか?タクセーさ…──」

 ソータは、そこで托生を見て絶句する。

「…っ!?」

 彼女と目があった托生の顔に、感情が入り込んだ。

「へへっ…へへぇ」

 だがそれは、もはや感情と呼ぶことさえできない、狂気的きょうきてきな笑いであった。

「へっ…へへへハハッ!!」

「た…タクセーさんっ!どうしたのです──」

 死後、托生が何かを体験したのだろうというのは、ソータは理解していた。

 だが、いったい何を体験すればここまで追い詰められるか…ソータの脳内を数々の疑問が支配した。


「うァあっ…ハアァアア…ッッ!!」

 涙を流しながら、托生はソータに泣きつく。

「ちょっ…どうし──」

「こ…ろ…──」

「…!え?」

 ソータは托生が言おうとした何かを、あせりの中でも聞き入れる。

「…ころ…ぉ──…殺セエエエエッ!!」

 抱きしめたソータを揺らしながら、さけ嘆願たんがんする。

 自分が起死回生の能力者であり、死後に見た世界だったのだと考えた托生は、ソータなら自分を楽に死なせてくれると考えたのである。

 だが、ソータはそのバックボーンを知らない。知るはずもないし、知ったとしても殺しはしなかろう。


「神ニィ…ッ…ハァ!神ニあワセロオオオッッ!!」

「あなた…何を言って…」

「ゥガアアアッ…──ァアッあアッ!!」

 そういかけるのにも反応せず、托生の狂乱はかれない。そもそも声が届いていないのだ。

 このままではらちが明かないと、ソータはやむを得ず思い切った行動に出る。

「…っ、すみませんっ!」

 魔力を少し腕に溜め、鳩尾みぞおち掌底しょうていたたき込むと、托生は泡を吐きながら、わらってそこに気絶した。

 ただの気絶きぜつなので、じきに目をますであろう。


 たおれる托生を受け止めると、あまりにもかるかった。

 先程までの騒々(そうぞう)しさが嘘かのように、そこは鳥の鳴き声や風の音だけが響くだけの空間となった。

「…」

 托生に突如起きた変化への驚きが抜けきれずとも、ソータは托生を背負いながら、崖から降りて近くなった街へ、再び進むのだった。


 再び落ち着いた托生からでさえも、何故だか涙は流れていなかった。

 正義の神にさえも、先程も、そして今までも…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ