第09話『ソータ大激闘』
「ここから一気に降りるのも危険すぎますし、ひとまず山道を歩いて降りていきますか」
「…」
「?」
ソータはそう言うが、托生は何も言わなくなった。
不思議に思った彼女は振り返る。
托生は、そこにへたり込んでしまっていた。
「だ…大丈夫ですか?」
「…腰…が」
「あらら…」
足に力が入らず、立つことができない様子だ。
さっきの狼に腰を抜かしたのだろう。
だがソータが安心させてくれたことで、托生はゆっくりと立ち上がろうと努める。
──ゴ…ゴゴゴ…
「「…?」」
突如森が震えだすのを、2人は驚く。
範囲が狭いことから、地震ではないことはわかる。
「ガロロォッ…」
どこかからか響くその呻きとともに、その震源の正体が現れる。
体高4mほどの、猿ともいえぬ、ヒトのような体躯の巨大な哺乳獣。
「ゴロロァアアッ!!」
「…!く…クリフギャング!?」
ソータも、珍しく驚いていた。
「何だ…こいつ!」
「くっ…」
自分の身長など優に超えるその体高に、2人はのけぞりそうになる。
説明どころではないソータの代わりに言うならば、こいつは高原に巣食う獰猛な肉食獣である。
危険レベルは13──強さで言えば、コバルトハウンド程度のレベルの理屈では効かない。
「ソータ…いけるん…だろうな…」
托生の震えた声の質問に、ソータはうなずかなかった。
「後ろは崖…逃げ場はない…──ですが、できるだけやります!」
ソータは手に濃厚なエネルギー弾を溜め、そして放つ。
「はあっ!」
緊張でブレてしまったか、照準の外れたそれは、ヤツの右頬を掠るだけの結果に終わった。
その結果は、むしろヤツの怒りを煽るものとなってしまった。
「ウグゥ…ゴァアアアッッー!!」
天まで響くような、轟音にも似た咆哮を上げると、ソータめがけてパンチが飛んで来る。
「まずい…っ──ぇあアっ!」
──ブンッ…!
ソータが高く飛び上がって避けたそのパンチは、托生を外して地面にめり込み、高原に皸をいれる。
托生は、すぐ横に叩き込まれたパンチの威力に、崩折れることしかできないのだった。
彼女はパンチ後の隙に、すかさず腕を伝って走り続ける。
「今度こそは…!外さないっ!うああァーっ!!」
バシッ──!
ソータはいよいよ飛び上がって、顔を目掛けて、その濃縮させ続けたエネルギーを爆発させる。
「ガァオッ──」
顔をエネルギーで抉られたかダメージを食らって、とうとう死んだかヤツは倒れる。
その巨体は倒れ、ただならぬ揺れを引き起こす。
「はぁ…っ…はあっ…」
今までに類を見ない強敵との戦いに、ソータは息を切らすのだった。
※
「タクセーさん…っ──大丈夫ですかっ?」
ソータは腰を抜かした托生を按じて、後方を振り返る。
「あ…ああ…」
「よかったです」
腰を抜かす経験を2度一気にすると、どうやら足が動いてくれるらしい。
「立てるようになったんですね」
「…ああ…だが、少し…フラフラ…す…るっ」
「…ッ!?」
托生は立ち上がろうとした瞬間、ズルッ──と足を滑らす。
「はっ…!危ないっ!」
「がっ…!?」
托生は、そこで止まる。
地面の隙間ほんの1寸…そこで、ピタッ──と足を止めた。
「…!ホッ…」
「は…はぁ…」
2人して胸を撫で下ろした。
──バキッ…パラパラ…
「え…」
嫌な音がした。
托生はそこで、自分のいる場所のすぐを、さっきのモンスターが殴ったのを思い出した。
そこで彼は、全てを悟る。
「(そうか…俺…まだ死ぬんだな…)」
もう驚きなどなかった。
ため息を漏らすような淡々とした感情で、現状を受け入れるのが関の山であった。
「待っ…!タクセーさんっ!」
「…」
地面がバキッと音を立てて崩れ、托生は宙に浮く。
浮遊感と落下感に支配され、托生はそこで、死を受け入れる。
「待ってぇえッ!托生さぁあん!!」
「…」
呼びかけにさえも、表情は一切変わりはしなかった。
無表情のまま、地面へと、真っ逆さまに…。