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プロローグ『嵐丸托生という男』

 青年の意識いしきは今、ただならぬ頭痛ずつうとともに途絶とだえようとしていた。

「…あぁっ…ぐっ…ぅうあ…!」

 彼はそのとき、死を覚悟かくごしたかのような気分だった。

 頭におの穿うがてられるような激痛を、青年は当然ながら絶えうることはできない。

 もはや正当な判断も効かず、しまいには呻き声を上げる機能さえも、彼には残らなかった。

 そして、脳が一気にけるような感覚かんかくから、そのまま青年の意識は暗い穴に落ちていく…──



 いずれ青年に起こるその事態から、およそ7時間前のことである…──

 小さな企業きぎょうを支える小さな職場しょくばで、青年は黙々(もくもく)とアルバイトに打ち込んでいた。

 重たそうな荷物にもつはこぶ彼のからだはひどくせこけており、腕など今にも折れてしまいそうだ。

 ボサボサの髪の長さは肩まで届き、前髪も隠れている。

 彼の名は、嵐丸あらしまる托生たくせい──彼はよわい17にして、社会的に追い詰められたフリーターとして生きている。


「托生くん…」

「…ハぃ…」

 托生のすぐ隣から、20代程のバイトリーダーの女性が申し訳なさそうに呼びかける。

 托生はそれに活力かつりょくなく反応し、おもむろにそちらを向いた。

「…」

 前髪から覗く死人のような目…──そのまぶたには、マーカーで塗りつぶしたかような、ひたすらにクマが刻み込まれていた。

 彼の活力を失った目を見るたびに、目を背けたくなる。

 心臓しんぞうが握られるかのような気分だった。


「…どうしたんです…」

「い…いえ…──最近調子は良いのかなって」

 質問に托生はしばらくだまってから、その表情にさらにかげをおとすと、彼女から目をそらして言う。

「…よかった時なんてありません…」

「…」

 托生がため息混じりにこぼしてから、バイトリーダーも調子を落とす。

 彼はこれでも、アルバイトで1年間は頑張がんばっている。

 ただでさえの虚弱きょじゃく体質でも、ここまでも勤勉きんべんに働いているのだ。

 だが、ただそれだけの苦労だけなら、托生もここまで追い詰められていただろうか。


「──うっし、じゃあこれもやっといてくれや」

 托生の前に、10代の男が荷物にもつを置く。明らかに一人分のものではない。

 後方からは若者共がケラケラと笑っている。きっと彼らのノルマも含まれているのだろう。

「…」


 バイトリーダーは、なさけないその男をにらむ。

 睨まれた彼はそれに対し…──

「おいおい何見てんだ?こいつに給料2倍に見合った働きをしてもらうには上出来じゃねぇか」

「ふざけないで…!托生くんには特別な事情があるの!」

「事情ねぇ…俺らの給料から差し引くほど優先することかぁ?」

「「そうだ〜出てけ邪魔者ーッwww」」

 托生をおとしめる一同。

 バイトリーダーは義憤に震えて声をあげようとする。

 だが、托生はそれを止めた。

「…やめてくださいよ」

「托生くん…──…本当に、こんなに頑張ってる人をいじめるなんて…恥を知りなさい!」

「…やめてくださいって言ってるでしょ…かえって迷惑です」

「…」

 托生が止めたのは、バイトリーダーの方だった。

 彼女は托生を気の毒そうに思いながら、彼の心中を察してそのまま黙ることしかできなかった。


 托生は文句1つさえつけずに、黙ってその仕事をこなす。

 その重荷を持ち上げ歩きはじめた。

 が…、その時彼に悪意が迫る。

「おおっと!危ない」

「おぁっ…!?──うっ!」

 突然やって来た女がぶつかってきて、ただでさえ弱い托生の躰は、それに押され荷物ごと地面に倒された。

「はっ!托生くん…!」

 托生は頭から倒れて、そして動かなくなった。

「…!」

 彼を倒した女の方を見ると、彼女は1人の金髪の男とグータッチをしていたではないか。


「あ…托生ちゃーん!ごみーん!」

 わざと声を高くして、女は舌を出して平謝ひらあやまりをする。

 金髪の男とともに托生の様子を笑っているということは、簡単に察せた。

「…ぅあ…」

 托生は頭を持ち上げて女を睨む。今までは悪口だけで容認していたが、暴力となると話が違う。

 托生に睨まれた彼女はヘラヘラと、横の金髪の腕に怯える素振そぶりで巻き付いた。

「やだーっ、こわーい!私ワザトじゃないのに!」

「あぁん?ゴルァ托生俺の女をなに睨んでんだよ!?殺すぞ」


 バイトリーダーは、この惨状に涙が出そうになっていた。

「もうやめて!いい加減にして!──大丈夫?托生くん」

 バイトリーダーは、托生に駆け寄って肩を貸す。

 彼の体重がただでさえ軽いせいで、簡単に背負えてしまう。

「女性に背負わせるなんてダッサー!」「ヒョロヒョロでキショいんだよ!」

 托生は後ろからの罵倒に耳を塞ぎたくなった。

 だが今は、献身の擁護をしてくれるバイトリーダーの優しさに、ひたすらにすがることしかできなかった。


「あなたのノルマはもう終わってるの!このまま家に送ってあげるから…──…えっ?」

 彼女はそこで、異変に気づく。

「はっ…はぁっ…──ゥンッ!ゲホッ!」

 托生は、突然咳き込みだす。

 まるで、何か喉を込み上げてくるものを、抑えるかのようだった。

 その何かを必死に食い止めるさまを見て、一同は狂人をあざ笑うようだった。

 バイトリーダーは、そのまま托生とともに、殺伐とした仕事場を出るのだった。



 バイトリーダーは車に托生を乗せ、そのまま彼を家まで送ってくれるという。

「…ンゲッフッ!ぇえっホ!」

 まだ、托生の咳は続いた。

「托生くん…それいつものことだから私はわかってる…だから遠慮せずに、全て出してもいいよ」

 意味ありげな彼女の言葉。

 それを受けてからか、托生は咳を止めた。

「…──…ゥウッ──」

 咳は止まったが、何か彼が抑えていたものが、溢れてきた。

 口を抑えていた掌には、血がこびりついていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 初めまして、エッセイから来ました。 まだ高校生ということですから、この先大きな伸びしろがあると思います。 [気になる点] >頭に斧を穿てられるような激痛を、青年は当然ながら絶えうることはで…
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