不思議な体験~狐は神の使い?~
「あ、パパ。あのキャラクターのお面、ほしいぃ~~」
そう言った女の子は、一緒に来ていた父親に買って欲しいのだと訴える。夏休みが入って既に2週間は経ち、暑さが日に日に増していく。高校1年でも暑いとは思っていたが、2年になった今の夏は……更に暑く感じる。
今からこんなに暑いと3年生になった時にどうなるんだと、つい思ってしまう。
「お待たせ~、絵里」
「あ、唯ちゃん」
女の子が買って貰ったお面は、テレビで大人気のアニメキャラクターだ。弟が見ている流れ、私も見ていたからすぐに分かった。友達である唯が待ち合わせ場所に現れる。
なんといっても今日は夏祭りで、部活も休み。
8月に入るとバレーボール部の練習が激しくなる。大会や練習試合が多くなるからね。ちょっと休みたい、もしくは気分転換したいなぁと思っていたら、夏祭りに行こうと誘ってくれたのだ。
「祭りに浴衣だって言うのは分かるんだよ? 食べ物で汚したりしたら面倒だし、夏しか着ないってなると身軽なのでも良いかなって」
「そうなんだよね。小さい時に祭りは浴衣で、っていう妙なこだわりがあったんだよね」
浴衣を着て祭りに来ている人達を見ながら、私達はこそっと話している。
小さい時に着て喜んでいたものが大きくになっていくと、無性に着なくていいかなって思う。着て行く人達がいると羨ましいとは思うけど、いざ自分が……ってなると面倒になる。
ま、今は浴衣を着ている人達を見て自分も着た気でいるから、それはそれで良いのかなって思うのは内緒だ。
「あ、私も小さい時にアニメのキャラクターのお面買った買った。……懐かしいなぁ」
「平気平気。私も同じ事を思ったから」
2人で話しながら屋台で、おみくじを引いたりお好み焼きを食べたりしながら、花火が打ちあがる時間まで楽しむ。その目玉の花火は夜20時に打ちあがる。
話題は幼い時に買った夏祭りのものだったり思い出だったりと色々。宿題の事はそっと逸らしつつ話していると、あるお面を売っている屋台に――思わず足を止めた。
「どうしたの? へぇ、珍しいね。キャラクターものもあるけど、交じって狐のお面があるんだ」
「そうだね」
お祭りも年月が経つにつれて、お客さんに買ってもらえるかというのもある。小さな子供に人気なのは、その年に流行ったアニメのキャラクターだ。現に来ている子供達の何人かは、その流行りであるお面をつけていたりしている。
その中で古い感じにも見える狐のお面。でも、懐かしく思った私は……既に足が向いていた。
「すみませんっ」
「あいよ。何をお求めで?」
「狐のお面を、下さい」
「はいよ」
一瞬、珍しそうに見ていたがお面を買いつつ、やっぱりというか懐かしく思う。
友達の唯が「え、買ったの?」と驚かれた。ま、そうだよね。高校生にもなってお面なんて……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それは、私が7歳の時。家族とで楽しんでいた夏祭りでのこと。
人の多さと祭りの賑わいと、テンションが上がっていたのが原因で……迷子になった。夏祭りにと白い下地にピンク、緑、黄色の蝶々が描かれた浴衣。私が蝶が好きであったのと色合いが良かった事から、お母さんに頼んで買って貰った。
そのお気に入りをお祭りに着れて、すっごくはしゃいでいたんだと思う。
「うぅ。……お母さん、お父さん……」
祭りの明るさとは違い、町はずれの神社は薄暗かった。その神社にある狐の像の前で、私は体育座りをして綿あめを食べていた。
お父さんと手を繋いでいたのに、人の波によって離れてしまった。どうにか抜け出した時には、知らない道に出ていて……自分の家なのか、どこから来たのかが分からなくなっていた。
唯一、その時の私に分かったのはこの神社。
このお稲荷神社、というより私は狐の像が好き。恐らくその当時に放送していたアニメの影響かも知れないが、狐に心惹かれた。
神主さんも優しい人で、学校の帰り道には寄っていた。その日の出来事を言ってから、狐の像にも同じように話していた。もしかしたら、アニメのように動いてくれるかもって期待していたのかも……。
そんな狐に似たお面が祭りで売っていた。浮かれていた自覚は、ある。
でも、泣かずにここまで来たのは狐の像に話したかった。不安を消して、少しでも気を紛らわそうとしたんだと思う。
「泣かないで」
「えっ……」
そんな時だ。自分しかいないと思って所に、声を掛けられる。
両親かと思い俯いていた顔を上げた。目の前には10歳くらいの男の子が狐のお面を付け、水色の髪をしていた。
神主さんと似た服装と、彼の周りには銀色の光が輝いて見えた。浮世離れしたような雰囲気にのまれ、ポカンとしてした。そんな私の反応に、彼は不思議そうに首を傾げお面を外した。
「いつも来て、話しをしてくれる子……だよね」
「え」
話……?
金色の瞳が優し気に細められる。やがて、ポンポンと頭を撫で再びお面をして「内緒だよ」と言われる。
「いつも話をしてくれるお礼だよ。ちょっとしか居れないけど、両親が見付かるまで傍に居るから」
「わか、るの……?」
「うん。今、相棒が見つけてくれたんだ。そこまで送るよ」
優しい口調に、安心して私は泣いていた。
落ち着いた私の手を握り、歩きながらこうして聞いてくれる。なんだかあの狐の像を思い出し、お面で表情が見えないのにすっごく優しいと感じた。
気付いたら、不安が消えていて男の子と話す方が楽しくなってきた。すると彼は「もうすぐ花火が打ちあがるね」と嬉しそうに言っていた。そうなんだと思っていた――その時。
「絵里!!!」
「良かった……。無事だな!!!」
「お父さん、お母さん!!!」
両親の声が聞こえ、私は嬉しくて泣きながら走った。手を離して悪かったと何度も謝罪をしていたが、私には再会出来た事の方が何倍も嬉しい。
一緒に居た男の子のお陰だと、言おうとしたら……その子の姿はなかった。
思わずキョロキョロと見渡しても、見付けることが出来なくてしょんぼりした。不思議な体験だと思いつつ、花火を見た帰り道にあの神社の前を通る。
小さい声で「ありがとう」と言い、次の日にお稲荷さんをお供えものとして置いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いや~。今年も綺麗な花火だったね!!」
「ねっ。花火見ると時間忘れるし」
花火を見終わり唯と話をする。
お祭りを楽しんだ事もあるけれど、この狐のお面を買って前に起きた不思議な体験を思い出した。それもあって、結構嬉しいのかも知れない。
「このお面も懐かしくて……嬉しかったな。助けられてるみたいで、不思議な感じがしたし」
祭りの帰りにあの神社に寄る。人もいないし、妙に静かだからつい話し込んじゃうけどね。そうしたら「また、お話聞かせてね」と、あの時の男の子が言っているような気がして振り返る。
当たり前だけど、神社の風景に変わった様子はない。
あの時の男の子にお礼が言いたい。でも、どこかでそれが叶わないとなんとなく分かる。そんな気持ちを抱えたまま、私は夜空を見ながら家に帰った。