瞳の中のキセキ
海斗がいなくなってからというもの、いまいち調子がでない愛楓。そんな時、奏多にもう一度告白され、お試しでもいいから付き合おうと言われ戸惑う。梨音に相談しても、海斗を忘れるためにも奏多と付き合った方がいいと言われて、戸惑う愛楓だったけどーーー。
海斗と連絡が途絶えてから、半月が過ぎーーー。
今日は日曜日、試験が近いこともあって梨音の家で奏多と3人で勉強をすることになった。
「奏多、ここわからないんだけど……」
英語のワークを広げたまま、わからないところを指差した。
「ああ、ここは………」
奏多は、ひょいっとワークを覗き込む。
「ーーーー!!」
その距離があまりにも近く感じて、私はドキッとする。
「………ーーそれでここは、過去形だから……って、愛楓聞いてるか?」
顔を覗き込まれ、余計に奏多のことを意識してしまう。
「あ~~、喉が渇いた!飲み物持ってくるね~~」
急に梨音はサッと立ち上がったと思ったら、さっさと飲み物取りに行ってしまった。
「梨音のヤツ、俺達に気を使ったのかな」
「あはは、まっさかぁ~~~」
苦笑いすると、肩をすくめてみせた。
「愛楓………」
急に真顔で奏多に見つめられ、ドキッとしてしまう。
「えっ……と、ごめんね、奏多。告白の返事を先延ばしにしちゃってて」
まだ返事を返していないことに、後ろめたさを感じていることは自分でもわかっている。
「ホントだよー、いつまで待たせるわけ?」
奏多に軽く睨まれ、肩を竦めたみせた。
「お試し期間でいいからって言ってるのにな~~~」
「本当にごめん……もう少し待って」
海斗がいなくなってから、全然ケジメがつけてない。でも、前に進まなくちゃいけないことくらいわかってる。
「アイツのことが忘れられないのはわかった。でも、空想の世界の人間なんだぜ。例え、アイツと付き合えたとしても自分の物にはならないことくらいはわかってるだろ?」
「ーーーそんなのわかってる……。でも、自分の気持ちにブレーキがきかないんだもん」
「アイツのこと想ってたっていいよ。付き合ったら俺のこと幼なじみとしてじゃなく、男として好きにさせてみせるから。俺とお試しだけでも彼女になってくれないかな?」
「……………」
真剣な眼差しにひしひしと想いが伝わってきて、私は思わず瞼を閉じた。
「わ…わかったから、そんな顔しないでよ…………」
「わかったって……彼女になってくれるってことでいいのか?」
「う、うん………」
押しに負けて頷いてしまった時だったーー、
「お待たせ~~~!!」
梨音がいきなりドアを開けて入ってきた。
「はい、どうぞ~」
勉強道具を端に避けると、梨音はトレーから飲み物が入ったコップをテーブルの上に置いた。
「あ…ありがとう!!」
動揺した私の様子に、梨音がニヤリとする。
「愛楓、どうしたのよ~?」
「え?な、何が……?」
「だって、さっきと様子が違うじゃな~い」
梨音が期待の瞳で見つめてきた。
「そ、それは……………」
眉をひそめ躊躇していると、
「コホン!それは、俺と愛楓は幼なじみから恋人に進展したんだよな~~?」
明るく口を挟むと、奏多は私の肩を抱いた。
「う、うん……でも、お試しだから…」
「お試しでも、そのまま付き合うことになるかも知れないじゃない~~~!!」
梨音はぱあっと表情を明るくさせた。
「サンキュ~!!」
「あーあ、私も彼氏欲しい~~~」
羨ましそうに言う梨音に、ただ苦笑いをするしかなかった。
それから奏多とは何度かデートしたものの、幼なじみが長かったせいか、いまいち奏多の彼女になった実感がわかない。
今日もデートで奏多と映画を観ることにー。
「愛楓が観たい映画って、これだったよな?」
「うん、これこれ」
通路に貼ってあるポスターを見ながら頷いた。
つい最近始まったばかりのラブコメの映画。
チケットを買うと待たずにすぐに上映の時間になったので、急いで自分達の席へ向かった。
2人で観る映画は、最初は笑いもあったけど、ストーリーがクライマックスに近づくにつれてラブコメとは思えないほど、泣けるシーンもあって独りで涙を浮かべていると、奏多がそっと手を握ってきた。
チラッと奏多に視線を向けると、無言でスクリーンに目を向けたままだ。
「……………………」
こんな時、ドキドキするのかも知れないけど鼓動は平行線のまま。
海斗が隣りにいたら、きっと違うんだろうな………。
そっと目を閉じて、想像してみる。
海斗だったらこんな時、頭をポンポンしたりそれから………。
想像しているうちに、鼓動が高鳴って顔まで熱くなっていく。
しばらくして映画が終わり、場内が明るくなるとお客さんがぞろぞろと出口の方へ向かう中、私と奏多は座ったままでいた。
「どうした?顔赤いぞ~?」
奏多はからかうように顔を覗いてくる。
「これは…………」
まさか海斗とのことを想像して顔が赤くなったなんて言えない。
「わかった!映画観てるのに俺が手を握ったからだろ?」
「………う、うん…まあ………」
「ごめん、映画に集中できなかったよな?」
歯切れの悪い返事をしたにもかかわらず、奏多の表情はニヤけてる。
こんな奏多見てたら、何にも言えなくなってしまう自分に躊躇しまっていた。
学校の帰り道、いつものカフェで梨音と抹茶ラテを飲んでいると、
「愛楓、この前も奏多とデートしたんだって?」
「ぅん……………」
真顔で梨音に聞かれて、ストローを咥えたまま軽く頷いた。
「何よ~、気のない返事して…奏多とデート楽しくなかったの?」
「ん~、楽しくないていうわけじゃないんだけど…ちょっと、トキメキがないって言うかなんて言うか………」
「そりゃあ、今まで幼なじみできてたぶん、それは仕方ないんじゃない?」
「ん~、でもなぁーーー」
「もぅ、愛楓!この際だから、言うけど、いつまでも海斗さんを想ってるより、奏多みたいに一途に想ってくれてる人の方が、愛楓にはいいと思うよ?海斗さんが居なくなってからの愛楓、いつも泣きそうな顔で見てられないし!それとも、奏多のこと嫌い?」
「………嫌いではないけど……」
「いくら期間限定でも、付き合ってれば恋愛に発展するかもよ?」
「……………………」
海斗が居なくなってから、そんなに酷い顔してたのかな…………。それに、奏多と付き合ってたら恋愛に発展する可能性もあるのかな………?
もやもやした気持ちのまま、それから月日が流れて高3になった春ーーー。
「愛楓とまた同じクラスでよかった~!!」
学校の帰り道、梨音と一緒にいつものカフェでお喋り。
今日は始業式で、ドキドキしながらクラス発表を確認したら、また梨音と一緒のクラスだとわかって私も一安心だ。
「あ、そうだ!これなんだけど……」
ふと思い出したように、梨音は鞄の中から1枚のチラシと封筒を出すと、私の前に置いた。
「えっ、これって……」
『君のスター』の作者、梶木 皐月 先生のサイン会が記載されたチラシと、封筒の中には整理券が入っていた。
「ど、どうしたのこれ!?」
結構、梶木先生は人気あるから、サイン会の整理券が手に入る確率は低い。でも、どうして梨音が持ってるのだろう。
「従姉妹が先生のサイン会に応募したら当たったみたいなんだけど丁度、その日は都合が悪くて行けなくなったみたいなの。だから、愛楓にあげる」
日付を見ると、サイン会は2週間後。
「えっ、本当にいいの!?」
「うん、無駄にするのも勿体ないから誰かもらってくれたらって従姉妹も言ってたし」
「ありがとう~、梨音!!」
なんかドキドキしちゃうな~!今まで応募しても当たらなかったサイン会の整理券が手に入るなんて夢みたいだ。
Twitterとかの情報によると『君のスター』の主人公の海斗は、梶木先生をモデルにした噂になっている。
梶木先生、顔までは公表してないからサイン会に行った人以外は誰も見たことがない。2週間後が待ち遠しい気持ちで、ウキウキするのだった。
その頃、海斗の方はー。
「海斗、おつかれ~!!また、明日な。時間は後日メールするから」
今日の仕事も終わり、うちまで木内さんに車で送迎してもらった。
「OK!おつかれ~~~」
自分が住んでいるマンション近くで車から降ろしてもらうと、自分の部屋直行する。でも、その前にポストを覗いてからにしよう。
エントランスでポストの中を確認すると、差出人が書いてない封筒が入ってるのに気がつく。
ん?誰だろう……?ファンレターかな?でも、ファンレターは事務所の方に届くようになっているから、家に届くって言うことはその可能性は低い。
とりあえず、他の郵便物と一緒に部屋まで持っいくことにした。
夕飯は事務所の人達と済ませてきたし、あとはシャワーを浴びて寝るだけだし、寝る前に郵便物は確認することにしよう。
部屋へ帰ると、早速シャワーを浴び、出た後に冷蔵庫に入っていた缶ビールを飲み干し一息ついた。
「ぷはぁ~!今日もやっと1日終わったーー!!」
と言っても、時計を見ると夜中の1時を回っていた。
10時くらいには木内さんが迎えに来ると言っていたから、それまで睡眠時間を取っておこう。
ベッドに入る前に、ポストから持ってきた郵便物をチェックしながら、さっきの差出人がない封筒を手に取る。
んーー、普通なら不審に思って封を開けないんだろうけど……。
何故か開けなければならない…そんな気がするのは気のせいか?
躊躇しながらも、恐る恐る封を開けると、1枚のメッセージカードが………………。
ー願い叶うのは 巡り合わせ そして統一感であるー
「んー、意味が分かるような分からないような………」
少し頭を傾げたけど、そのメッセージに書いてある内容が分かるのはもう少し後のことになる。
「ごめんね、奏多ー。付き合わせちゃって」
梶木先生のサイン会当日。
奏多と一緒に会場へきていた。
サイン会へ行くことになったことは、言っていなかったので、何も知らない奏多はサイン会の日にデートに誘ってきたから、理由を話して断ったけど、一緒に行くと言い出して結局、デートみたいな形なってしまった。
「俺が一緒に行きたいって言ったんだから気にするなよ」
「うん、でも待たせるのも……」
「まあ、その辺でもぶらぶらしてるさ」
「わかった」
小さく頷くと、さっき買った梶木先生の新作の単行本を袋から出すと、整理券を持って長い行列に並んだけど、整理券の番号は結構、後の方なので結構時間がかかるかも知れない。
周りを見渡すと、男性より女性のほうが多いことに気づく。
年齢は、中高生から大人の女性って感じの人まで。
女性のファンが多い梶木先生って、どんな人だろう?
胸を弾ませながら、順番を待つこと1時間半、次第に梶木先生の姿が視界に入ってきた。
「きゃ~♡噂通り梶木先生イケメン♡」
先にサインを貰った人達の嬉声が聞こえてくる。
前の列の人達がサインを貰っていき、いよいよ自分の番になる。
サインを書いてもらう為、緊張のあまり、俯き加減で先生の本を差し出した。
「お名前は?」
「愛楓で…………」
先生に名前を聞かれ先生の顔をみた瞬間、
「ーーーーー!?」
鼓動がドキドキと速くなっていく自分がいた。
どうしてかと言うと、梶木先生の顔が海斗に瓜二つだったから。
「…………………………」
年齢は20代前半でで海斗と同じくらいと言うことは知っていたけど、まさか、こんなに似ているなんて…………。
固まっている私の顔を先生はじっと見つめ返した。
「……君、何処かで逢ったことないかな?始めて逢ったような気がしないんだけど」
そう言われて益々、気が動転してしまって言葉を詰まらせてしまう。
「…………………………」
先生は何か思い立ったように、サインを書き終わった後、メモ用紙に何か書いて本に挟んだ。
「はい、これからも応援よろしく」
「頑張ってください」
本を受け取り、その場から離れた。
会場の出口まで来ると、そっと本のページの間に挟んであるメモ用紙を手に取った。
そこには、先生のアドレスが書いてあったので、驚いてメモ用紙を落としそうになってしまう。
「嘘…………これって夢?」
人気作家の先生からアドレスをゲットできるなんて狐につままれた気分だ。
メモ用紙の下の方に、連絡待ってますと書いてあった。
さっきの梶木先生の表情を思い浮かべると、驚いている感じもした。
海斗を生み出した人でもあるけど、実際に海斗が私の前に現れたなんて言っても信じてくれるかどうか………。
「愛楓!こんな所にいたんだ」
奏多が、ほっとした顔で立っていた。
「奏多…………」
「どうしたんだよ、サイン貰えなかったのか?」
「え、貰えたよ?どうして?」
「いや…何か、難しそうな顔してたから」
「そ、そう?そんな顔してたかな?奏多の見間違いだよきっと……」
サイン入の本をバックの中にしまいながら、苦笑いをした。
秘密にしたいわけじゃないけど、何故か奏多に話すことを躊躇ってしまう自分がいたーー。
梶木先生のアドレスを毎日のように眺めては、いつ電話をかけたらいいか迷いに迷って1週間ーー。勇気を出してやっと先生に電話をかける。
「はい」
呼び出しコールが何度か鳴った後、先生が電話口にでた。
「あ、あの…私、先生のサイン会の時に先生からアドレスを………」
「あー、あの時の!」
私が言い終わらないうちに、先生の声のトーンが高くなる。
「は、はい…橘 愛楓っていいます」
「愛楓ちゃんかぁ~~!」
いかにも、チャラそうな感じが海斗に似ている。
って言っても、先生の分身が海斗を生み出したって聞いたことがあるし、チャラそうなのは当たり前か…………。
「もう一度、会って話がしたいんだけど、どうかな?」
「えっ…………」
もう一度、会いたいなんて言われて夢みたいだけど、先生のファンが知ったら睨まれそうだ。
戸惑っていると、
「梶木先生ーー!どこですかーー?」
電話の向こうで、先生を呼ぶ男の人の声が聞こえてきた。
「あ、愛楓ちゃん!待ち合わせ場所はメールするから、大丈夫なら来てくれ。よろしく!」
「えっ、あの先生!?」
慌てて呼んだけど、電話は切れてしまった。
「どうしたらいいのかな……」
先生に逢えるのは嬉しいけど、今ひとつ勇気が出ない。
次の日、先生から待ち合わせ場所のメールが送られてきたのだった。