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幸せの定義 ー初恋の代償ー  作者: 黄金色のかたつむり
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あさのにじ上

2017年8月。


 

  宇野朋成

 

 ことかさん──柏木琴華さんと一緒に帰ったあの日から、俺は死ぬほど悩み続ける日々を過ごしている。

 自分が恋をしていることは、あの日から数日で認めざるを得なくなった。夜も眠れないほど一人の女子の事を考えるなんて初めての経験だったから。それからというもの、学校にいる間はいつだって無意識のうちに目が柏木さんを探すようになっていった。

 

 見ていると、とにかく柏木さんは放っておけない人だった。

 周りより体力がないくせに人一倍よく気付き驚くほど俊敏に動く。でも動いているうちにやっぱり体力は限界に達していて、一通り片付くと廊下の隅っこでうずくまってひとり体力回復を図っている。

 そんな女子の存在を知ったからには何か手助けしたいけど、俺はいつも柏木さんが動くまで気づけなくて結局走り回る柏木さんを目で追うばかり。廊下で丸まっている小さな体を使い馴れない扇子(百均で購入した。言うまでもなく柏木さんに使うために)であおぎながら、毎日毎日苦いものを奥歯で噛みしめた。柏木さんはどんだけバテバテでも、人に声をかけられるとにっこり笑って「すみません、大丈夫です!」と明るい声で答える。そんな気丈な姿に、彼氏になれば少しは頼ってくれるようになるのか…?とずっと黙って問いかけてきた。

 

 好き、という感情がどんなものなのかは正直わからない。ただ心から支えたいと強く思った。いつも笑顔で頑張る柏木さんの力になりたい。弱い身体で無理をしないよう俺が守っていきたい。そんな気持ち達はきっと恋というジャンルに含まれているんだと思う。だから──

  

「つってもどうすればいいんだよぉぉ!」

 ガポポポッと大きな泡に言葉を変えながら湯船のなかで思いっきり叫んだ。

 今まで告白されたことは何度かあるし、元カノも一人いる。けど、それらが全部告られたから取り敢えずの付き合いであったことが、今ようやくわかった。そうつまり…これが初恋なんだ。認める。俺は柏木さんが好きだ。

 告白だっていろんなシチュエーションを考えた。柏木さんがまた体調を崩した時にさらっと言うとか、もうすぐ来る吹奏楽コンクールの本番の日に言うとか、学校帰りに呼び出すとか、とかとか。だけど「柏木さん」と名前を呼んだことすらない俺に告白なんて無理だろ!と、延々考え続けるばかりだった。

 

 ブーブブッ

 その日の夜、悩んでるまっ最中にラインが届いた。日鞠からだ。

『宇野、琴華のこと好きでしょ』

『いつ告んの?』

『琴華かわいいから早くしないと取られちゃうよ』

 立て続けに三件。あまりにも唐突で直球な言葉に一瞬固まった。好きなのがバレたのはいつだ?……ああ、野球応援当日か。ニヤニヤしてたもんなあいつ…まあもうそれはいい。重要なのはそこじゃない。

 ──かわいいから早くしないと取られちゃうよ

 固まった原因はその言葉にある。かわいい。確かにそうだ。茶色くてふんわりとウェーブのかかったロングヘアはポニーテールも可愛かったが下ろしてるとその倍は魅力的。いつもシャンプーのいい香りだし、日の光を浴びるとガラスのように透き通る瞳。柔らかそうなきめ細かい頬。何をとっても柏木さんは可愛い。最初は芸能人と比べたりしてそこそこの美人って認識だったが、好きになってからはもう何もかもが他と比べ物にならないくらい素敵に映った。きっと今の俺なら柏木さんのげっぷやオナラだって心から愛せるだろうと本気で思う。

 俺にフィルターがかかってるって訳じゃないんだ…

『いつと言われても』

 取り敢えず当たり障りのない事を言うと、即返信が来た。

『コンクール前日がいいんじゃないかなって思う』

『さすがに当日は色々無理だろうし、言われても困るだろうから』

『コンクール終わったらすぐ二学期に入って、琴華告られちゃうかもよ?』

 それはいやだ。

 はっきりとした拒否反応と妙な焦燥感を抱く自分に驚いた。そんなにか?そんなになのか?自分に問い掛けてしまうほどに。

『どうすればいいかわからない』

 素直にそう言うしか思い付かなかった。どうすればいいんだよ、こんな俺に何が出きるって言うんだ。

 今までの人生、誰かを振ったことはない。勿論振られたこともない。何も知らないのにこんなにも恐ろしいのか、振られてしまうという可能性っていうのは。

『宇野が本気でやるなら協力してあげる』

『…やる』

 柏木さんが他の男と付き合ってる姿なんて、見たくなかった。

 

 

 *

 

 

 そうして今、俺は緊張のピークに達している。今日だけで二回もペンケースを落とすし、さっきの合奏では一番大事な部分で思いっきり音はずすし、腹は痛くなってきたし、ぶっちゃけ今日は最悪な日だ。その上これが失敗しようものなら……やめよう、考えていると現実になってしまう気がする。俺は成功する、成功する、成功す──

 ハァァァ。

 盛大な溜め息が口から溢れる。まだ動悸はそんなに酷くないのが救いだが、きっと時間の問題なんだろう。

 指揮者の先生にメンタルをボッコボコにされながら、海も遊園地も見えないフリをし続け、青春の全てを懸けて練習してきた本番前日の練習後。ミーティングを終えた部員達は、疲れ果てた心身に鞭打って最高のコンディションで明日を迎えるため各々楽器の手入れに励んでいる。

 ──始めるよ。

 日鞠がこっちに視線を寄越す。その目を捉え心の中で頷く。気付けば心臓がドカドカと暴れていた。

「ねえねえ琴華」

「ん?」

「今日の走り込みの時にひまり家の鍵落としちゃったみたいなんだけど、この後探すの手伝ってくれない?」

「そうなの!?いいよ、一緒に探そう!」

「あんがと!あ、宇野も手伝ってね?」

「何で宇野君?」

「ほら、あいつと私小学校一緒だったからさ、私の家の鍵見たことあるんだよ。」

「あぁ。」

「てなことで宇野もヨロシク!」

 何の疑いも持たず、ものの十秒で柏木さんは快諾し話がまとまった。台本でも用意してたのかと本気で考えてしまうほど巧みな日鞠の話術に感心しながら楽器を片付け終えると、ちょうど柏木さんも帰り支度が済んだらしくスクールバッグを肩に掛けて俺の方に来た。 

「宇野君、日鞠いま先輩に呼ばれちゃって。先に行って探しててだって。」

 柏木さんが声を掛けてきた。初めて話し掛けられた訳でもないのにめちゃめちゃ緊張しながら、わかったと一言だけ返事をした。

「お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

 挨拶をし二人続いて音楽室を出る。何の事情も知らないはずなのに、音楽室からお疲れ~と返してくれた同輩や先輩達はどこか生暖かい目をしているように見えて恥ずかしかった。


 「ごめん宇野君、ちょっと待ってて!」

 靴を履くと、柏木さんは駐輪場へ駆けていった。一、二分して戻ってきた柏木さんが転がしてきたのは、空色の自転車だ。なんだか柏木さんにぴったりだな、なんてどうでもいい感想しか浮かばなかったけど、自転車のカゴにスクールバッグを縦に入れて押してくる姿はとても絵になっていた。

「おまたせ、行こっか。」

 柏木さんがにこっと笑った。そうやってすぐ笑いかけるの、ほんとやめてほしい。心臓が暴れてしょうがない。俺死んじゃうからまじで。

 緊張やら何やらが顔に出てしまわないよう無表情を決めこんで歩く。午前中に部員たちと走り込みをした河川敷に近付けば近付くほど、バクバクと騒がしい心音ばかりが聴力を支配していった。

 ──なにか話をしないと!いや、でも声を発したら何か勘づかれるか…!?

 もはやパニック状態で歩いていると、柏木さんの方から声をかけてくれた。

「日鞠、河原のどこら辺で落としたのかなぁ。」

「え、んー…」

「走ってる最中に落ちたんだから、全然見当つかないよね。」

 言葉を詰まらせているのを本当にわからないのと勘違いしたのか、柏木さんは笑顔でフォローしてくれた。

 柏木さんごめん。あいつ鍵、持ってるよ…。

 口内に溜まった生温い罪悪感をカラッカラの喉に押し込んでその笑顔に同意した。全部終わったらそのうち本当の事を言ってちゃんと謝ろう。柏木さんはこの手の話に対して素直すぎて罪悪感が尋常じゃない。

 

 走った場所への最短ルートは急な階段で自転車が運べないからと少し遠回りして、スロープがある場所から河川敷に降りる。

  カシャン。

 自転車の鍵がかかる音にいよいよだと腹をくくる。…腹はくくったが肺がガチゴチになって上手く呼吸ができなくて、肩で必死に真夏の熱気を吸い込んだ。柏木さんにばれていませんように…。

 鍵を胸ポケットにしまいながら柏木さんが声を上げた。

「さて、探すか!蚊に喰われる前に見つけちゃおう!」

「っ、だな!」

 らしくもない大声で柏木さんに応え、俺らはそれぞれ芝生のような背の低い草を掻き分けあるはずもない鍵を探す。そしてその数分後。

  

  ブーッ、ブーッ、

「ん?日鞠だ」

 狙ったように柏木さんのスマホが震える。息を呑んだ。右手を握りしめる。しゃがんでいる足を少し立て、止まる。

「もしもし、どしたの?」

 柏木さんが立ち上がり通話を始める。

「─うん、ついさっき探し始めたところ。────え、ほんと!?──や、謝んなくていいよ。なんだぁ、よかったー!────うん──うん、了解。気を付けて帰ってね。──うん。そんじゃまたねー」

 電話をきって、柏木さんが振り向いた。

「日鞠の鍵、あったって!ペンケースにしまってたらしいよ、まったく。世話のやける人なんだから。」

 呆れつつも愉しそうな笑顔で、柏木さんは視線を落としてスマホをしまう。その隙に俺も立ち上がる。

 

 ──行くぞ。

 

「柏木さんっ、」

 え?と言わんばかりに柏木さんはキョトンとした表情で顔を上げた。

 目と目が合ったその瞬間、俺と柏木さんの周りだけ時が止まった。川の流れも蝉の合唱も何もかもが消えた。

 予想外の静けさに怖くなって、思わず目線を柏木さんのローファーまで下げる。

 ──取られたくないんだろ、俺…!

 

「俺は、柏木さんのことを、守りたい。」

 

「辛いことも、忙しいあれこれも、一緒にやりたい。」

 

「一人で苦しまないよう、支えたい。」

 

「明日どんな日になっても、明日も、その先もずっと、」

 

「俺が隣で支えたい。」

 

「俺の…」

 

 ギュッと目を閉じてしまう。ああ、そうじゃないだろ。本当はほら、あの綺麗な目を見て言うって決めたじゃないか。

 空白と化していた頭からのかろうじの警鐘に握りしめていた拳をゆるめ、ギュッと握りなおす。

 

「俺の彼女に、なってくださいっ」

 

 目を、見た。柏木さんの瞳は、見たことないほど揺れていた。感情が読めない。その目はどこか辛そうに見えて焦った。

「あ、の、急にごめんなさい、降ってくれても俺だいじょ…っ!?」

 柏木さんの頬を、光が一粒滑った。

 おおお俺っ柏木さん泣かせたっ!?え、ちょ、どうしようどうしよう誰か助けてっ!

 

「…ごめん、大丈夫だよ。」

 柏木さんが目元を拭い微笑んだ。

「嬉しくて。宇野君から告白してもらえるなんて思ってなかったから。」

 そう言って俯く柏木さんの耳は赤く染まっていた。柏木さんの向こうでは鮮やかな夕焼けに川が染まっていた。なんだか目が、胸が、痛かった。目の前に広がる世界の何もかもが、見たこと無いくらい眩しかった。

 顔をあげると、晴れやかな笑顔で言った。

 

 

「よろしくお願いします、朋成くん。」


 

 *

 

 

 翌日、まだ暗く肌寒い時間に目が覚めた。布団から起き上がると、カーテンが冷たい朝の風を取り込んでふわりと揺れているのが見えた。

 コンクールだ。ぼんやりと手元に目をおとす。

 吹奏楽部には中学の時も所属していた。だが母校の吹部は弱小でコンクール出場の規定人数にも届いてなく、三年間一度もコンクールに出たことはなかった。と言っても高校で迷いなく吹部に入った理由はコンクールに出たかったからでも何でもなく、新しいことを始めるのはめんどくさい、それだけだったと思う。まあ担当楽器は中学で吹いていたバリトンサックスには選ばれずバスクラリネットという初めて出会ったやつになってしまったから、結局新しいことを始めているが。

 そんな俺がコンクールに出れる。しかも、それだけじゃない。

 初めてのコンクール。

 初めての恋。

 昨日は告白の返事をもらった後、ラインを交換して二人並んで駅まで歩いた。何も会話らしい会話はしなかったけど、何だかふわふわしたもので満たされていて何も怖くなかった。多分柏木さんもおんなじ気持ちだったと思う。横顔が笑ってた。駅前でチャリ通の柏木さんと別れるとき「また明日!」と笑いかけられて不覚にもきゅんとしてしまった。「また」と返事をすると、柏木さんも少し恥ずかしそうに俯いて笑った。可愛すぎる。

 高校生になってまだ三ヵ月と少しだというのに、俺の人生はこんなにも豊かになっていた。

 しばらく布団の中で足を遊ばせていたが、起きる予定の時間の三十分前には母さんが台所に立って料理を始める音が聞こえだし、頭もすっかり冴えいよいよ暇になってしまった。なんとなく外の空気が吸いたい気がして、寝ている妹を起こさないようそっと寝室を抜け出しベランダに出てみると、

「──っ」

 思わず息を呑んだ。まだ眠たげにぼやける町を大きな虹が彩っている。七色の光の帯は、微かに、でも確かにそこで両腕を広げマンションの五階の小さなベランダに立ち尽くす俺の脳裏に儚げだけど立派な像を結び焼き付いていった。昨日から変だぞ、おい。世界は俺にどこまで美しいものを見せてくるんだよ。次は何だ、夏祭りの夜に二つに分かれた彗星でも降ってくるっていうのか?

「おはよう朋。早いね。」

「あ、おはよ。」

 呆気にとられていたらいつの間にか父さんがベランダのドアに手をかけ立っていた。何してんだと聞いてきたから、外を指さした。父さんは虹に気付くと「おー、すげぇな。」と眼鏡を額の中央まで持ち上げ一歩前に出た。

 それはどこまでも綺麗で、どこか浮き足立つ自分がいる。らしくもないが、純粋に嬉しい気持ちになるのは柏木さんの影響かもしれない。そうだ、柏木さんにも見せてあげよう。きっと柏木さんはこういうの好きだ。

 寝室からスマホを持ってきて、薄れ始める朝の虹をカメラに収めた。


読んでくださってありがとうございます!!

彼女ができた朋成。

ほくほくラブラブな日々が始まる!




はずだった。

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