究極のゲーム『ワールド・ピース・ゲーム』
今時の子供はどんなゲームで遊んでいるのだろう? と、ある書籍で紹介されたひとつのゲームに興味が湧き、調べてみた。
ワールド・ピース・ゲーム。
略してWPG
『小学四年生の世界平和』という書籍で紹介された。
著者は、WPGを考案したジョン・ハンター先生。読んでみたところ、これは究極のゲームなのではないか?
WPGとは、どんなゲームなのか?
◇◇◇◇◇
「所属不明の傭兵部隊が、我が国の油田地帯に進軍しています!」
「首相! すぐに対応を! どうします?」
「あ、こ、国防大臣に一任する」
「では、我が国を侵略せんとするあの傭兵部隊に、大陸間弾道弾を発射します」
「国防大臣、攻撃は最後の手段です。ミサイルを射つ前にすることがあるでしょう?」
「先ずは国連に援軍の要請を」
「我々の部族の埋葬地が油田の近くにあるので、核の汚染はやめてほしいのですが……」
「うちの国に助けを求めてもいいんだぜ?」
「我が国の領土権は自国で守る!」
「国防大臣! 大規模な油田の近くにミサイルを撃てば、大惨事になる可能性が大きいことを理解して下さい!」
「首相も承認した! 私はミサイルを発射する!」
多くの反対の声を押し退けて、国防大臣は謎の傭兵部隊にミサイルを発射した。
だが、ミサイルは標的を逸れ油田に命中する。
核の炎が猛烈な油火災を起こし、油を含んだ灰と煙が地球を包む。太陽光を遮る暗い雲が長い期間、地上を覆う。有毒物質を含んだ海は、毒物を潮流に乗せ世界の海を汚染した。
全人類を滅ぼすかもしれない、未曾有の大惨事が訪れた。
◇◇◇◇◇
これがWPGの、いち場面を簡単に紹介したもの。
このゲームをプレイしていた国防大臣も首相も、本のタイトルのとおり、小学四年生。
いまどきの九歳の子は、なんて難しいゲームで遊んでいるのだろう?
WPGは、簡単に説明すれば国家運営シミュレーションゲーム。
ただし、テレビゲームでよくある国取り合戦では無い。故に世界平和ゲームと呼ぶ。
小学生のクラス約三十人に、全員に一人ずつ首相や国防大臣などなど役割があり、交渉で進むゲーム。
テレビゲームでは無く、テーブルトークで進むタイプの交渉が重要なゲームだ。
■ゲームフィールド
WPGのフィールドは四層のタワー状になったアクリル板。上から順に、宇宙、空、地上、海面下、となっている。そこに様々なプラスチックの駒が置かれている。下から順に。
最下層は海面下。
潜水艦や深海調査船の駒がうろつく。
海底資源があり、財宝を乗せた沈没船が沈んでいたりもする。
地上には四つの国がある。プラスチック模型の都市、工場、戦車、兵隊などの駒が並ぶ。人の住むところで最も駒の数が多いところ。
空、大気圏内、陸地の主権国家の領空には、航空機、輸送機、戦闘機、爆撃機など。
宇宙、最上層の宇宙空間には宇宙ステーション、人工衛星、スパイ衛星、小惑星、小惑星の資源採掘用の宇宙船、などなど。
このゲームで扱う駒の数は百を越える。扱う情報が膨大だ。
■ゲームの目的
このゲームの勝利は二つの条件を達成することにある。
『互いに絡みあった危機がすべて無事に解決されること』
『四カ国すべての資産価値がゲーム開始時点より増えていること』
この二つを攻略してゲームクリアとなる。
危機については後程に。
■プレイヤーの役割
このゲームは参加する人数が多い。必要なプレイヤーの役名と役割をざっと紹介しよう。
■国家運営、四つの国
プレイヤーは仮想の世界の仮想の住人となり、仮想の国の運営などに関わっていく。
四つの国には特色がある。
裕福な国。
貧しい国。
産油国。
環境保護を心情とする国。
■各国の首脳、内閣
四つの国それぞれの首相が指名される。
首相は閣僚を選び内閣を作る。外務大臣、国防大臣、財務大臣などなど。
この四カ国の首相が世界の主要なリーダーとなる。
また、首相と内閣が自国の名前を決める。
■世界銀行
世界銀行の総帥
最高経営責任者
最高財務責任者
この三名とその部下が世界銀行を運営する。国際的な開発プロジェクトへの融資、各国の財務大臣の帳簿の監査、国家の資金収支計画を立てる手伝いなどを行う。
国家財政の長期予測をし、国の債務や利率など会議する。
■国連
国際連合の事務総長
事務総長に選ばれたプレイヤーが事務次長を数人指名する。
国連では協定の提案、国家間の対立の仲裁、救援活動の調整、紛争地帯への派兵などなど。
そのために各国家、世界銀行、ときには武器商人に少数民族を相手に粘り強く交渉しなければならない。
■武器商人
武器商人は、ときに公然と、ときに秘密裏に武器を販売する。
母国からの分離独立を目指す少数民族、国家間の交渉に武力を背景にする軍隊の装備、破壊工作員の雇う傭兵の武装など、この世界の武器を必要とする者に武器を売る役割。
■気象の女神
神、または女神。ゲームで使うルーレットの管理に、不確定な事柄をコイントスで判定をする。
雨雲を動かし、恵みの雨を降らせたり、雨雲を去らせて干ばつを起こしたりなど。
株式市場は女神の回すルーレットで決まる。
急騰、急落、変化無し、これらはルーレットの出目次第。
気象もまた、ルーレットで決まる。津波やハリケーンなども司る。
ベンチャービジネス、事業運営、投資などの成否について判断し、結果を宣告する。
また、戦争やクーデターなどの成否はコイントスで決まる。その影響がどの程度になるかは女神が判断する。
女神の決定に異をとなえることはできない。
■少数民族
ふたつの少数民族
ひとつは環境保護意識の高い国の中のマイノリティ。独特の宗教を持つ島の少数民族。この宗教的リーダーは、この国家の外務大臣を兼任する。
国境の中に安住するよりも、宗教的、文化的な理由で自分達の土地を求める立場にある。
もうひとつの少数民族は砂漠の遊牧の民。この族長は、石油大国の中で国防大臣を兼任する。この少数民族は母国からの分離独立を目指し、国連に承認を求めるなど行っている。
どちらの少数民族も母国の内閣の中で限定的な権力がある。スタート時では武器を持っていない。
■破壊工作員
破壊工作員はゲームの進行を妨げ、混乱を起こす役割。
人狼ゲームのように、正体を知られずに活動しなければならない。
表向きは財務大臣であったり、国防大臣であったり、ときには首相であるときもある。自分の正体を隠し、国家間の交渉の中に言葉の毒を混ぜ混乱の種を撒く。
この破壊工作員の存在がゲームをさらに複雑にさせる。
これらの様々な役割をこなし、各人がゲームを進める。
改めて説明するが、これは小学四年生がプレイする為に作られたゲームである。
これは相当、難しいゲームなんじゃないか?
■課題
このゲームをクリアする為に、攻略しなければならない課題がある。これらの世界危機を解決する為に、皆で頭を捻ることになる。
この一例を紹介。
『ある貧しい国家が領有する辺鄙な孤島に、絶滅危惧種が生息している。
その島には偶然にも未開拓の油田がある。この石油資源からの収入を得られなければ飢饉を防ぐことができない。
そこでこの国は石油の新たな調達先を確保したいと熱望している。経済的に豊かな隣国に油田の採掘権を売却したい。
しかし、油田開発には絶滅危惧種を危機にさらすからと、生態系保護に強い信念を抱いている第三国が反対している』
これが課題のひとつ。
この解決しなければならない世界の危機は五十もある。
こんな解決する為にどうしていいか解らないような難問を、全てクリアしなければならない。
課題は多岐に渡る。しかも問題は相互に絡み合い、解決するのは困難に見える。
部族、民族、宗教を巡る対立。核拡散、核廃棄物、原発事故、放射能汚染。水利権、海洋資源、油田の利権を巡る争い。耕作と牧畜による砂漠化。国家からの分離独立運動。新独立国の主権争い。海洋への石油流出事故。領海と漁業権の見解の不一致。乱獲と海洋破壊。難民発生。航空機、船舶の領域侵犯。オゾン層の破壊。大気汚染物質の他国への流出。小惑星の鉱物資源を巡る争い。海底の鉱物資源を巡る紛争。国境を巡る小競り合い。
改めて説明するが、これは小学四年生がプレイするために作られたゲームである。
こんなのクリアできるのか? 難し過ぎないか?
しかし、ジョン・ハンター先生の教え子達は、何度もWPGをプレイし、何度も世界を救っていた。
世界の危機を解決し、ゲームは常に目標を達成し、最終的にクリアできなかったことは一度も無い。
三十五年間、生徒達はいつも世界を救ってきた。
小学四年生、すごい。
このWPG、おそらくだが十代の子が上手いのではないだろうか?
十代、二十代、三十代、四十代と、年代別にチームを組みプレイしたならば、若い世代の方が成績は良いのではないか?
歳を経た世代は知識はあるが、常識に凝り固まり新しい発想は出にくい。またプライドや面子から交渉も進まないのではなかろうか?
何より大人がこのWPGの課題をクリアできるなら、世界はこんなことになってはいない。
WPGの課題とは、現代で解決できていない社会問題だからだ。
ジョン・ハンター先生はこのゲームの開始に子供達にこう言う。
「みんなは、世界をこんな状態にしてしまった状況を受け継ぐ最新の内閣だ。君たちのせいじゃ無い。でも仕方無い。みんなの前に職に就いていた人達が、こうした数々の問題を引き起こしてしまった。だから今、君たちがなんとかするしかないんだ」
このゲームの課題の最適解は、ゲーム考案者のジョン・ハンター先生も知らない。
子供達は大人達も知らない難問の答えを、自分達の知恵で見つけていかなければならない。
世界の危機に挑む小学四年生の活躍は、ときにドラマティックで、ときにエキセントリックだ。
ゲームの主旨から外れ世界征服を目論む首相。
悪辣な独裁政権に対しクーデターを起こす少女。
破壊工作員の疑いを逸らすために自国の領土にミサイルを撃ち込む少年。
汚ない爆弾を売ることを拒んだ武器商人。
国軍を派遣し自国の領土を守る決断をする国防大臣。
領土を守ったものの、作戦中に戦死した兵士の両親へのお悔やみの手紙を書かねばならない軍の指揮官『あなたの子供が死にました。――ごめんなさい』
正体不明の敵に疑心暗鬼になる二つの国の首相。
周囲の反対を押しきり油田を占拠した少女の意外な目論み。
クーデターに敗北し、首相を下ろされ、かつて攻撃しようとした国にしか亡命先の無い、もと首相。
弁論ひとつで世界の流れを変えた国連職員。
地球温暖化を解決した難民集団のリーダー。
もう一度説明する。
これらは小学四年生が挑んだワールド・ピース・ゲームの中で起きたドラマである。
WPGの中で、解決不能とも見える現代の難題に挑み、子供達が悩み選んだ選択の結果は、
『小学四年生の世界平和』
著者、ジョン・ハンター
この本の中に描かれている。
人の未来と可能性に希望を見たい人は、是非とも読んで欲しい。
究極のゲーム、ワールド・ピース・ゲームに挑む、九歳の子供達の、ワクワクするような英知の冒険がここにある。
『小学四年生の世界平和』
著者 ジョン・ハンター
角川書店
『翼を持つ少女 BISビブリオバトル部』
著者 山本弘
東京創元社