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病院へ行こう(耳が痛い)

作者: 黒川闇彦

カラン


ドアにつけてある来客用のベルが鳴りました。


ここは町中の個人経営の小さな病院。

ドアにつけてあるのは、カウベルと言われるのどかそうな音のベルです。


あまり目立たない病院ですので、あまりベルは鳴りません。


私はここの看護婦で、ちょっとばかり長く勤めています。


入ってきたのは、顔色の悪い女の人。

黒い髪がざんばらで、クシも通してないような絡まった髪で、見た目美人なのに目が怖いです。


「先生、耳が痛いんです」


先生は少し困った顔をしました。

そろそろ中年に差し掛かる、少しこめかみに白いものが混じり始めた、中肉中背の体に古びた白衣、小さな目を眼鏡の奥で少し惑わせ、先生は聞きました。


「ここは内科と外科ですよ。」


「わかってます!、でも耳鼻科では何も無いって言われたんです!」


ヒステリックな、でも小さめの声。何かに怯えているような。

大きめの目が血走って、ぎょろりと音がするような動きでした。


他の科で何も無いと言われ、内科に来る患者さんは珍しくはありません。

確かに、他の病気のきっかけで関係なさそうな部位に症状が出る事はあります。


「血液検査はされましたか?」


差し出されたのは、誰でも知っている有名な大学病院での検査報告でした。

つまり、そちらでも何もないと言われたということでしょう。


30代後半か40ぐらいかと思っていた女性は、まだ27でした。


そして検査数値は、何一つ異常なし。

多少年齢にしては血圧が高めぐらいでしょうか。


先生は、数値をしばらく見て、彼女の顔色を確認して、報告書を閉じました。

『んー』と声が聞こえそうな、ちょっと悩んだ顔で、先生は患者さんに向き直りました。


暗風切虚くらかぜせつこさん、あなたは幻肢痛という言葉を知っていますか?」


「ゲンシツウ、ですか?、いいえ。」


「事故で手や足を切断せざる得なくなった人が、切断後にその部位が痛みを感じるという症例があります。」


「わ、私の耳は切ってませんよ?!」


暗風さんが髪をかき上げると、小さな耳が見えました。


「無くなったはずの部分が痛みを感じるという事は、今ある部分に何も無くても痛みを感じるのと同じではありませんか?」


「どういう意味でしょう?」


「私は外科もしていますので、完璧に近い処理をしても、痛みを感じる例を見ています。自分の大事な部位が『亡くなった』という事も、心が痛みを感じる場合があるのです。」


私には『無くなった』ではなく『亡くなった』と聞こえました。


自分の大事な一部を失うということは、そういう意味なのでしょう。




ただ、そう聞こえてはならない人も、いたのです。




「いやあああああああああああああああああああああっ!!!!」



両耳を抑え、暗風さんは、魂が途切れるような絶叫を上げました。


突然、狭い診察室で走り出し、ガシャンとガラス扉に激突し、血まみれになりながら、さらに道具棚にぶつかり、頭を叩きつけて、ガンッガンッガンッと顔中血まみれになりながら、


「いやあああああああっ、いやああああああああっ、いやああああああああああああああああああああっ!!!」


取り押さえようとした先生も、私も、部屋の端まで突き飛ばされ、必死にそれでも顔を上げると、

扉に激突して、ドアごと倒れ込み、道具棚から弾き飛ばされた手術用のメスの収納箱、それから零れ落ちたピカピカのメスを握りしめて、



「いやあああああああああっ、いやあああああああああああああっ、いやああああああああああああああああああああああっ!!」



ズシュッ


耳に突き立てて、暗風さんは倒れました。



待合室にいた患者さんが、仰天して119番を回し、警察を呼び、ようやく起き上がってきた先生が、彼女の首筋に手を当てて、無念そうに首を振りました。


何があったのか、誰も分からないまま、救急車とパトカーが病院へ集まり始めました。





一週間後、





病院に出入りしている処分屋さん(病院から出る体液や生体部位、様々な処分品を処理する仕事の人です)にお茶を出したところ、


「先生の所、大変だったようですね。実は私も・・・」


処分屋さん、警察から呼ばれて、彼女の部屋を処分する仕事を頼まれたそうです。



一人暮らしだったはずの暗風さんの借家は、凄まじい匂いがたちこめ、

中には、ほぼ白骨化した性別すら分からない遺体がベッドにあったそうです。


ただ、そのあばら骨の間には、錆びた出刃包丁が突き立っていたと。


そして、横のベビーベッドには、小さな小さな白骨が。



女の私が言うのは何ですが、子供が出来て捨てられる話は耳にします。そして捨てた男が刺される話も。


ですが、子供は・・・・・。


恐らく暗風さんは、『亡くなった』という言葉を、一切聞きたくなかったのでしょう。

耳は色々と不思議や謎が多い部位です。耳で聞いた事が、何十年でも忘れられない事があります。だから、聞きたくない言葉は、死ぬほどつらいです。決して離れてくれないから。

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