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君のいない夜空なら今日僕は死ぬ  作者: 源 蛍
第一章 100回目
9/83

1─9

 電車を二、三回乗り換え、遊園地のある鵬路町にやって来た。

 鵬路町と言えば、矢吹と共に死んだ嫌な思い出が蘇って来る。もう二度とあんなことになりたくない。

 だからこれから先、絶対に失敗なんてしない。


 鵬路町の中心街には、小さめのアミューズメントパークが存在する。

 わざわざそんな邪魔くさい場所に建てたのは確か、目立ちやすいからだった記憶がある。

 創業二十六年とまだ新設(?)だが、設備は充実しており防犯機器なども有能なものばかりだ。


 こんなとこで悪さする人間の気が知れないんだけどな。絶対に大事になるしバレやすいだろ。


「花菱君、どうしたの? 死んだ鼠みたいな目してるけど」


「ねえ、それどんな目? 知りたくはないけど全く分からないぞ。俺死んだ様な顔だったってこと?」


「うん、まあ楽しくなさそうだよね。ごめん僕と一緒でなんか……」


「い、いやいやいや!!」


 精気を削がれた様に虚ろな瞳を見せた矢吹を宥め、遊園地の入場口前だと言うのに思い切り抱き締めた。

 驚いて離れようとする矢吹を人目も気にせず撫で回す。背中を優しく包見込み、耳元で囁いた。


「俺は矢吹と一緒なら、楽しいよ。元気になれるよ。今のはボーッとしてただけだから安心してくれ」


「う、うん分かった。だからもう放してっ」


「いや! もう君を放さない!」


 放したくないんだ! 主に腹部に密着する二つのマシュマロを堪能していたいから!

 カーディガンだからか、もちもちとした感触は分かりにくかった。セーターかシャツならよかったな。流石にセーターは季節外れか。

 夏に向けて早くも気温が上昇していっている為、下手をしたら体調を崩してしまうだろうし。


 だとしたらカーディガンもそこそこ暑いのではないだろうか。抱き締めてもっと暑いだろうし。

 矢吹が体調悪くなるのはいただけないので、手を放した。「ご馳走様でした」一言添え、右手を差し出した。

 矢吹は恋人行為をなるべくしたい様なので、手くらい握ってあげなくてはならない。これは義務なのだ。決してトイレに連れ込んで人には言えないコトに励みたい訳じゃないぞ!

 ……それも否定は出来ないけど。


 矢吹は俺の手を握ると、下を向いて幸せそうに微笑んだ。

 この娘は本当に俺を悦ばせるのが得意らしい。そんな愛らしい表情を見せてしまっては、我慢出来なくなって襲ってしまうぞ。矢吹。

 因みに俺はまだ未経験だから、上手くはないと思う。我慢してくれ。


「矢吹、最後はホテル行こうか?」


「う? うん、いいけど。朝帰りにするの?」


 矢吹は首を傾げて質問を投げて来た。この娘ピュアだよ。エッチな漫画は読むけどピュアな女の子だよ。

 ピュアな女の子をめちゃめちゃにするのって、興奮するよな。彼女なら特に。

 一から百まで全部教えてあげたいな、なんて思ったがまず俺も未体験ゾーン。ファンタスティックワールド。

 どうしようもない。


 金は貯金の七割を持って来た為まだまだ残っている。少なくとも、遊園地で沢山アトラクションに乗った後に二、三店回るくらいは。どうだ、結構あるだろう。

 だけど、矢吹はアトラクションに乗る為に必要な『アホラホ券』なる物を自分で買った。平等にってさ。

 彼氏づらさせてくれよ矢吹さん。


 因みにこの遊園地の名前は『アホーモクラホ遊園地』というらしい。『アホも暮らそう遊園地』じゃなくてよかった。

 ネーミングセンスはヤドカリ並みだが、施設が充実しているのでよしとしよう。それよりヤドカリ並みのネーミングセンスってどんなだ?



「花菱君っ、アレ乗らない? あの、ビューンッてなって、ヒューンッて降りるやつ」


「おお、ドロップタワーってやつだな。絶叫系アトラクションの一つだ。構わないけど、その……」


「ん? じゃあ早く行こうよ」


「あ、ああ」


 食べたばかりで吐きそうになったらどうしような。てか絶叫系も余裕なのか矢吹。凄いな。

 あと、少し心配になったよ矢吹の語彙力。俺より勉強が出来ないのは知ってたけど、これはかなりのものかも知れない。

 期末前に『ドキドキ二人きりの勉強会』を開くしかないな。流れで押し倒したりしちゃってな。ふふふ。



「だあああああああああああああああああああ!!」


「わーーー!」


 ──あまりの高さに脚が震えた。てか、超怖かった。

 乗ったことないから知らなかったが、アレ二回とかじゃないんだな。五、六回は繰り返してたぞ。吐くわ。

 俺が気持ち悪さに耐え、ドリンクを買って休んでいたベンチに戻ると、矢吹は腹を押さえて小刻みに震えていた。

 まさか、体調が優れないんじゃ!? 心配で駆け寄って行くと、小さく笑い声が聞こえて来た。


 矢吹は、腹が痛くなる程笑っていた様だ。


「矢吹? 何がそんなに面白いんだ? 全裸のおっさんがラッコの真似でもしてたか?」


「いやそれ、気持ち悪いだけだよ。ちょっと、ちょっとごめんね。想像以上に怖くて力抜けちゃってさ」


「あ、なるほどね」


 何だ、乗ったことがある訳じゃないのか。経験があるから乗りたがったのかと。

 矢吹そう言えば、ここに着いた時惚けていたな。もしかして来たことないのか? 親が酷いかなんかって言ってた記憶あるしな。


 矢吹にソーダを手渡し、彼女の隣に腰をかけた。

 俺が座ったのを確認すると、矢吹は服装の乱れをただし、姿勢を直した。

 ちょこんとしてるのが本当愛でたくなるよ。


「なあ、矢吹ってやっぱ初めて? だとしたらよく券買えたな。もしかして前に誰かと来たとか?」


「ううん、花菱君だけだよ。初めて。でもこのくらいで足りるかとても不安かな」


 首を振った矢吹はバッグの内ポケットから花柄のポーチ取り出しひらいた。中には目を疑う程の大金が詰め込まれている。

 何これ、どういうことなのかしら。

 不安に満ちた視線を矢吹に向け、反応を待ってみる。意外にも、直ぐに察してくれたみたいだ。


「僕、お金持ちだよ。だからこんな大金持ってるし、食べ歩きが毎日だって可能なの」


「か、金持ち……?」


 上目遣いで遠慮がちに告白した矢吹を見下ろし、目を開けるだけ開いて痛くてやめた。乾くし人混みからの埃凄いし。

 本題に戻るけど、金持ちってお金いっぱい持ってる人のことたよな? 富豪だよな? 億万長者……とは限らないのか。

 金持ちが普通、ボロアパートに住むか?

 しかも使ってるのに減らないとかそんなんある? 俺だったら三日で使い切りそうだ。バカだから。


 言っちゃ悪いけど矢吹俺よりバカだった。ごめん。

 失礼なことばかり考えてる上疑問ばかりで頭が痛いが、そんな俺を気にも留めず矢吹は財布から紙切れを取り出した。

 突きつけられて理解したが、これは紙切れじゃない。名刺の様な物だった。


 名刺の中央には『矢吹 星南』と大きく記され、上部には『元帝矢吹プラチナエージェント』とある。元帝って何だろう。

 どこかで、どこかで聞いたことはあるんだけど。

 てかプラチナエージェントって、凄いな。誰?


「僕の母親だよ、最低な人間。元帝社って聞いたことない? 最高クラスのリゾート経営社なんだけど。僕の家系は代々そこを継いでるんだ」


「リゾート経営社……。なるほど、よくCMで見るわ。そんなお高い場所行けねーよ! って負け惜しみして見てるわ」


「うん、行かなくていいと思うよ。あんな最低な女が経営してる場所なんて」


 どんだけ最低なんだよお母様。凄い言われよう。

 そういや、矢吹が呪われた原因は主に彼女の両親にあるんだったな。そりゃ最低だって思うか。

 それにしても、矢吹みたいないいコが何で暴力を受けたり、人から嫌われたりしなきゃいけなかったんだろう。理解不能だ。


 俺だったら傷心中の矢吹に近づいて頭撫でて警戒心が解けてきたら秘密の関係に持ち込みたいよ。

 誰もいないかも知れない人気のない野外でね。グヘヘ。


 妄想に浸っていると、矢吹はまだ不明な点を明かしてくれた。少し、苛立っている様な険しい面持ちで。


「僕を見捨てたくせに、未だにお金を送って来るんだ。勿体無いし、僕だけじゃ貧乏だから使わせてもらってるけどさ。あんな人間のお金を使ってるってだけで頭痛がするよ」


「それはいかんね」


 まずいぞ。踏み込んではいけないとこに脚を突っ込んだかも知れない。楽しいデートの筈が、気まずいデートにすり替えられてしまいそうだ。

 たった今眼の前で。

 矢吹の眼を盗んで周囲を見渡し、何か注意を反らせないかと探る。ダメだ、遊園地ワカンナイ。


 突如右手を握られたので、そちらに振り向いた。

 矢吹が作り笑顔を見せてくれている。作り笑顔って分かるといつもみたいにドキドキ出来ないな……。


「大丈夫だよ花菱君。今日はあんな人じゃなくて、君と一緒に目一杯遊べるんだから。折角なんだし、色々忘れて楽しもう?」


 明らかに無理をしている矢吹に釣られて口の端を少し上げた。笑えない。

 だけど、俺も作り笑顔で返した。


「おう。次は何に乗ろうか? 一旦絶叫系はNGで」


「うん、そうだねそうしよう。んっと、じゃあ映画でも観る? ……て、もう流石にいっか。コーヒーカップ乗ろう!」


「オッケ。……矢吹、大丈夫か?」


「何が?」


「いや、何でも」


 先程までと違っていつもの表情に戻っていたので、それ以上はその話題に口を挟まないことにした。

 触らぬ悪魔に祟りなしだ。あれ? 全然違う気もする。色々と。



 ──コーヒーカップで散々回された俺はトイレに籠っていた。吐き気がするけど吐けない矛盾。んだクソコンニャロー。

 外で五分も待ってもらっている矢吹に悪いので、我慢することにした。

 ふと、すれ違ったカップルの会話が耳に入って来た。


「珍しいねあの髪色。絶対日本人だけど、茶色でも黒でもないなんてね」


「染めてんじゃん? それよりめっちゃ可愛かったなぁ。写真撮りたかったわ」


「ちょっと?」


「悪い悪い」


 黒でも茶でもない髪色の日本人って、矢吹くらいしかいなくね? 染めてるとしても、他の人間は違和感があるしほぼの確率で彼女だろう。

 写真を撮りたくなる程の可愛さか。そんな娘が彼女なんて優越感以外何もないな。

 矢吹を自慢のネタにするつもりは無いけど。


 それと彼氏の方、写真撮りたくなる気持ち凄い分かるぞ。俺なんて一日一写が日課だよ。

 まだ恋人になって一週間も経ってないけど、俺の画像フォルダは矢吹の写真で一杯だ。アルバムにもあるぞ。

 そうだ! 今年は矢吹と花見に行こう! 八月の夏休みには夏祭りデートしたりプールで遊んだり旅行行ったりして、冬になったらお泊まりしたい。下心は満載で。


 企画書作って矢吹に渡しとこう。

 そういえば、彼女の誕生日知らないな。いつなんだろう。


 トイレから戻りまたベンチにやって来ると、矢吹の姿が見当たらず一瞬硬直した。

 帰っちゃったのかと思ったから。

 とにかく荷物だけを一旦置き、有っても役に立たない脳をフル回転させる。矢吹の行動を読むんだ!


「ふふふ、矢吹は俺を愛している。ラブなんだ。だから俺から逃げるなんてことは……」


 自分で言っておいて、項垂れた。

 初めて呪いを実感したあの事故は、矢吹が俺を信じず、俺も彼女の話を信じれず逃げられてしまったことが原因だ。思い切り逃げてるよ。

 だとしたら、他に矢吹がやりそうなことは?


「矢吹は元々食べ歩きが目的だった筈だ。だとしたら食べ物を買いに行ってるのかも知れない。……彼氏に一言も伝えずに、か」


 また項垂れた。そろそろ彼氏としての自信が無くなってきたぞ。また怒らせたとか無いよな?

 俺はさっきコーヒーカップで回りに回って吐きそうになっただけだし……もしかしてそれが原因? 矢吹にとっては貧弱過ぎた?

 有り得ないことは無いよな。呪いから守ってくれる様な屈強な男でないとならない。


 だとしたら、俺嫌われちゃったのかな。矢吹、矢吹さん四日程度で別れるのは悲しい。

 今度からもっとしっかりするから、戻って来てくれよ。拗ねちゃうよ俺。


「魅力はそりゃ無いけどさぁ。俺だって矢吹大好きなんだから、死んだとしても愛してんだから、信じて欲しいぞ……」


「へ、へぇ。僕のこと、そんなに好き……なんだ」


 どこからか、明らかに聞き覚えのある声がした。勿論、矢吹の声だ。

 周囲を見渡していると、反対側のベンチに座るポニーテールの女の子に突かれた。


「こっち」


「矢吹、そっちか間違えた! てか何髪型変えて。めちゃくちゃ可愛いんだけど。どんなに可愛い女の子が現れても大人な美女が現れても矢吹にしか目がいかないぞ!」


「あ、ありがとう。これは暑いから纏めてみただけだよ。それより、長かったね」


「スミマセンでした」


 矢吹の隣に座り直し、頭を下げた。

 ついでに禿げていないか気になったので即座に顔を上げた。ああ目の前に天使いるよ。

 二人揃って立ち上がり、ジェットコースターを見据えた。何故か矢吹は戦場にでも赴くかの様な真剣な表情だ。

 因みに俺は絶望の表情。もう絶対吐く。


「行こう!」


「おう!」


 もうヤケクソだが、矢吹に手を引かれるのが嬉しくて嬉しくて歩き始めた。

 ああ柔らかい矢吹の手。身体を抱いたら、この温もりが全身で感じられるのだろうか。

 早くそこまでの関係になりたい。けどそれ以上に愛し合いたい。愛し合うなら身体を重ねるのが一番。……結局抱きたいんじゃんか俺。


 節操の無い自分を心の内から殴り飛ばし、思考を中断した。

 その時、右側をかなり見覚えのある少女が通過したことには、一切気がつかなかった。

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