4─16
嗚呼、絶景かな絶景かな。
可愛い女の子達の水着姿絶景かな。
その上濡れてるのは刺激強過ぎて、興奮からか目眩がしてきた。ちょっとギブ休ませてごめん。
「……何してんの?」
「昇、この角度から見るたわわは目の毒過ぎる」
「変態」
寝そべっていたら、目の前に日差しを覆う大きなお山が二つ。いやぁ、すっごい……。
まずいもう意識がソッチに行っちゃう。
「やっぱり、女の子大好きな俺が水着女子に囲まれて、水の中で濡れ濡れイチャイチャするのは危険だったんだな」
「イチャイチャは矢吹さんとだけにしなさいよ」
「そのつもりだけとさぁ、ミコトも甘えて来るし李々華は妹だし、セフィは距離近いし、昇は親友だし。どうしてもイチャつくことにはなるじゃん?」
「ああ、イチャイチャってそういう意味ね」
「何でそんな哀れみの目を向けて来るのよあなた」
真横から見下ろして来るスタイルいい女の子が、そういう目を向けて来るだけでだいぶ興奮するよね。ゾクゾクするよね。
でもあまり意識すると、薄い薄い水着に隠れた花菱君の俊翔君が、主張激しくコンニチワしちゃうから、気をつけないとね。
「仕方ないわね、飲み物持って来るからそこにいて」
「え、あ、サンキュー」
ドリンクバーの方へ向かう昇を見送りながら、今日飲み過ぎじゃね? と不安になった。
今別に日差しにやられたーとかじゃなく、単純に健全な男の子ゆえに限界来ただけですのよ? お嬢様。
あまり飲み過ぎると、トイレとお友達にならざるを得なくなってしまうといいますか。
「バカ兄」
「んぉ、李々華」
長い美脚を輝かせ、李々華がそばに寄って来る。相変わらず、俺の妹とは思えないくらい美人なんだよな。
いや、前に言ったけど俺だけ父親似で違うんだった。廉翔のバカも一応顔だけはいいんだった。
「大丈夫? 暑さにでもやられた?」
「いや、そうではないんだけどな。まぁ少ししたらまた遊ぶよ。李々華はたくさん楽しんでな」
「せっかく誘ってくれたのに、ぐったりされると遊び難いんだけど」
「ごめんって。気にせんでおいてくれ」
「私はバカ兄と遊びたいし」
腰を下ろした李々華が、子供っぽく頬を膨らます。あらら、可愛らしいこと言ってくれるじゃないの。
と言っても多分、俺くらいしか気軽に話せる相手がいないだけだろうけど。
あ、ミコトは普通に遊ぶか。仲いいみたいだし。
「アレだなぁ、コタケに頼んで和泉ちゃんも誘ってもらえばよかったな」
「矢吹さんのお母さんに、もう一人分無料にしてもらうの? 厚かましくない?」
「んー、確かに。流石に多いもんなぁ」
「それにあの子多分、夏期講習とかで忙しいしね。詳しいことは聞いてないけど、色々頑張るって言ってたし」
「さっすが和泉ちゃん、真面目だなぁ」
「まぁ、先生からの期待も凄いからね。それに応えようとしてるんだと思うよ」
「なるほどなぁ……」
あまり期待され過ぎても、それがプレッシャーになって潰れたりもするのにな。
和泉ちゃんは昔から成績がいい。人当たりもいい。俺目線だと信頼も期待も、され過ぎている印象だ。
「……楽しそうだね、瀬川さん」
少しの間沈黙が続き、小さな声で李々華が呟く。
何やら憂いのある瞳で見つめるのは、少し離れた場所でセフィと遊ぶミコト。今は水鉄砲で撃ち合いをしているみたいだ。
小さな子供も集まって来ている。マジで楽しそう。
「そうだなぁ。ミコトがあんなにも楽しそうにしてくれてるのは、俺からしたら本当に嬉しい」
「前から聞きたかったんだけど」
「ん?」
こっちに目をくれるわけでもなく、李々華がハッキリとした声色になる。
前から聞きたかったこと。前から? いつからだ?
「瀬川さんって、何者なの?」
「えっ」
相変わらず視線は外したままで、恐ろしい質問をされた。何よりも心臓がぶちまけそうになる疑問だった。
思わず喉が渇く。息が詰まった。直ぐには、何も答えられなかった。
「……答えられないの?」
「えっと……」
「私はさ、ずっと昔から。本当に小さな頃から、バカ兄を見てきた」
溜め息を吐きながら、李々華が何かを語り出す。
「誰よりも近くで、十年以上バカ兄を見てきたつもり。コタケ兄より、梅原さんよりも。ずっと」
「……そうだな、妹だもんな。ずっと近くにいてくれてありがとうな」
「妹だからって、だけじゃないけど」
李々華がキッと睨みつけるように、俺を見下ろす。何か今、癇に障ることを言ってしまったのだろうか。
でも本当に。思い返したら本当に、一番そばにいてくれたのは李々華なんだよな。妹だし。
でも、何で今その話に? ミコトの話じゃなくて?
「……ずっと近くで見てきたからこそ、私には分かる。歳も二つしか変わらないから、流石に違和感があったよ」
「李々華……? 一体何の話を?」
「バカ兄に、瀬川さんみたいな友達は間違いなくいなかった。昔、そんな女の子と遊んでた筈がないの」
「……っ!」
鋭い、指摘だった。間違いなくとまで言われてしまった。
これは、李々華だから分かること。昇ともコタケとも出会っていなかった時代の俺を知るのは、今や家族だけ。
その中でも、交友関係を知っているのは、李々華だけなのだ。
だってそれまでは、俺の隣には常に、李々華がいたのだから。
「あ、アレだぞ? 昇とは出会う前だが、コタケとは既に出会っていた時期だぞ? ちょっとの間だけど、ミコトと遊んでたんだ。その時期だともう、李々華もそんなは分からないだろ……?」
苦し紛れで、一応設定した通りのことを早口で言う。これはコタケに不思議がられた時に、昇が咄嗟に考えてくれたことだが。
一応、昇とコタケは地味に、出会った時期が離れている。その間にミコトがいないとは、限らないだろう。な?
「瀬川さんが、梅原さんの記憶喪失を知ってるのは何で?」
しかし李々華は納得がいかないみたいだ。更なる疑問をぶつけてきた。
けどこれなら、簡単に躱せる。俺であっても。
「そりゃあ、俺や昇が教えたからだよ。ちょっと前に記憶を失ったんだって」
「違う。私が聞いたのは瀬川さんからで、うちに来た日に聞いたの。まだ、梅原さんとは出会ってない筈だよね」
「──!!」
何だと。ミコトのやつ、言っちゃってたのか!? 何迂闊なことしてんだよ……!
再び言葉に詰まる。明らかに矛盾した話になってしまった。
俺が後々話したとして、昇は分かる。だが、ミコトサイドからしたら昇との面識はない筈。なのに、記憶のことも存在も知っているんだ。
えっと、えっと。
「家に来る前に、昇と会って……」
「明日会うんだ、ってその日に言ってたけど」
ミコトおおおおおおお! お前何でもかんでも考えなしに喋ってんじゃねええええ! めっちゃ怪しまれてるぞどうすんだこれえええ!!
俺の目が死ぬほど泳いでるのを見てか、李々華の声色は少し強くなる。怒りが、籠っているようにも感じる。
「私には言えないことなの。瀬川さんが何者かってことすら、私は知っちゃいけないの」
「いや! 李々華すまん、これには複雑な事情があって、だから……」
「私は瀬川さんのこと好きだよ。でも、嘘をついたままの人を、うちに置いておきたいなんて思うわけないよね」
「いや、あの、李々華。その……」
「瀬川さんは、家族に見捨てられたわけでもない。バカ兄が話したことは嘘で、本当のことは話せないって、お母さん達に話してもいいよね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ李々華! な! 頼むから、頼むからミコトを追い出すのだけはやめてくれ!」
家から出たらミコトは、あてが無くなる。昇の家にも、矢吹の家にも、ましてや流美たんの家にも暮らせるスペースなんてない。
流美たんはいいよって言ってくれるが、何も関わりがなかった相手を、ご両親が長く置いておいてくれるわけがない。
アイツは人間になったばかりなんだ。俺と昇への償いとして、神様としての自分を失ったんだ。
俺達が助けてやらなきゃ、ならないのに……!
「じゃあ、瀬川さんについてちゃんと教えて。じゃないと私は納得しない。納得したくない」
立ち上がった俺に対抗するように、李々華も勢いよく立ち上がる。真っ直ぐに目を見て、離そうとしない。
思わず気圧されてしまった。
「瀬川さんは何者なの。何でバカ兄が庇って、私達の家で暮らすことになったの。今ここで、ちゃんと答えて!」
「李々華……」
横切る人達が、変なものを見る目でいる。別に聞き入るわけではないが、これほど嫌な状況はあんまりない。
俺はずっと、うちの家族は単純でお人好しで、だからミコトのことも直ぐ受け入れたのだと思っていた。
「バカ兄、答えて」
だけど李々華は、そんなことなかったんだ。家族で暮らすスペースに、突如謎の女の子が入り込んで来たことに、疑問を抱き続けていたんだ。
李々華だけじゃなく、もしかしたら廉翔も母さんも、父さんもみんな。
そりゃ、そうだよな。バカなのは俺だけなんだから。
俺のわがままを、許してくれただけなんだから。
「李々華、今から言うことは全部事実だ。けどきっと、信じられる内容じゃない」
「うん、教えて」
「ミコトには、家族はいない。昔俺と会ったというのも、ほぼ嘘だ」
「ほぼ?」
「俺からしたら会ったことはなかった。けど、ミコトからしたら俺とも昇とも、長く遊んできたんだ」
「……どういうこと」
「ミコトは元々、小川の神様なんだよ」
真剣な顔で、ハッキリと事実を伝える。ちゃんと人が殆どいないのも確認した上で。
李々華は何とも言えない表情をしている。そりゃそうだろう、神様なんてアホらしい。
神様に直接呪いをかけられた矢吹や昇、流美たんだったり、脳内で会話すらしていた俺だったりとは打って代わり、李々華は存在を知らないんだから。
呪いはかけられていても、記憶を残さずループするのが李々華。俺達とは、違うんだ。
「信じられないよな、でもそれが事実なんだ。覚えてるか李々華、前にその小川が氾濫して、ミコトは姿を消した」
「……」
「氾濫した川は元々ミコトの棲む川だった。ミコト自身だった。かつて昇の記憶を奪ったあの川で、その償いをしようとしたんだ」
これ以上は話せないが、あの川が奪ったのは記憶だけでなく、昇と猫の命もなのだが。
話せるのは、ここまでだろうか。俺達と同じ呪いを伝染させないように、伝えられるとしたら。
「……それが本当だとしたら、何で瀬川さんは人間になったの」
「そこは、どうしても話すことが出来ないんだ。これは分かってくれ。俺や矢吹は今、それと戦いながら日々を生きてるんだよ」
「……分かった」
露骨に声のトーンを落とした李々華は、もう一度腰を下ろす。俺も隣で、同じようにした。
納得出来ないよな、理解なんてしようがないよな。信じられないだろうけど、これは事実なんだ。
頼むから李々華、ミコトを見捨てないでくれ。頼む。
「バカ兄がうちに連れて来たのは、人間になったことで行くあてを失ったから……ってことなんだよね」
「ああ……一人で生きて行くなんて、到底出来っこないしな」
「分かったよ、信じる。思い返してみれば、瀬川さんには不思議な発言が多過ぎるし」
自分の名前を忘れてたり、食べ物を全く知らなかったりな。少し前まで自然の神様だったんだから、当たり前といえば当たり前なんだが。
本名なんて、スズイロノミコトなんだし。急遽つけた名前なんだし。
「いつか、話せる時が来たら全部話すよ。いつになるかは分からないけど、今のままじゃリスクが大き過ぎるんだ」
「……そうなんだ。でも、いつまでもうちにってわけには、行かないよね? そこはどうするの」
「そうなんだよな、そろそろそこも考えないと」
「三人で、引っ越しちゃう……?」
「え?」
足を抱えながら座る李々華が、顔を埋めるようにして呟いた。ちらりと、目だけをこっちに向けて。
「バカ兄と、瀬川さんと、私の三人で。三人で引越しして、三人だけで暮らすの。出来なくもないし、それなら瀬川さんもずっと居れるし」
「いやでも、そんなの母さんが許してくれるとは思えないし、何より李々華が居心地悪くないか?」
「お母さんは説得する。それに私は居心地悪くない。だって私は──」
李々華が何かを言いかけたタイミングで、俺達は揃って空を見上げた。何なら俺は、周囲も見回した。
さっきまで照りつける太陽が剥き出しだった空が、暗く雲に覆われている。繁盛していた筈のプールから、殆どの人がいなくなっている。
待て、何が起きてる。今日の天気はずっと快晴だった筈だ。
──バシャン。
視界の端で上がった小さな水飛沫に、目を向ける。
「ずっと楽しいなんて、面白くないじゃん」
プールに浸かった李々華の様子は、明らかにおかしかった。




