4─15
「……遊ばないの」
「いや、流美たんの様子を見に来ただけだよ」
「そっか」
一人屋内テラスで過ごす流美たん。遊ばせてあげたいが、陽に当たり過ぎたら死ぬ呪いにかかっているこの子は、屋外プールに出るのは危険だ。
それを自分で理解しているから、ここにいるのだろう。
「屋内プールもあるみたいだぞ? 一緒に行くか?」
「大丈夫。今日は別に、遊べなくていい」
首を横に振って、オレンジジュースを口にする。
うーん、これはどっちだろう。遊びたいけど〜って方か、本当に遊ぶ気はないのか。
だとしても、何か、せっかく来てくれたのに申し訳ない。
「やっぱ遊ぼうぜ流美たん! ほら、せっかく来たんだし。何時間もここでなんて……」
「いい。遊ばない。ずっとここでいい」
バッサリと、叩き切られた。何だろうこの感覚。心閉ざされたとかじゃなければ、いいんだけど。
そんな俺の心情に気づいたのか、流美たんはもう一度口を開いた。
「嫌なわけじゃない。俊翔と遊ぶのはきっと楽しい。屋内プールなら、そこまで日差しを気にする必要もない」
「だったら……」
「でも」
流美たんは、前方に大きく手を伸ばす。一本だけ更に伸びた指のその先にいるのは──
「李々華ちゃんが、見えるから」
流美たんはここから、遊んでいる李々華を見守ってくれていた。
「何かあれば直ぐに気づける。もしかしたら、呪いを解く方法が分かるかも」
俺は散らばる皆に呼ばれるから、李々華に付きっ切りでいられない。不審がられないためには、自由にさせておくしかないし。
だからなのかは分からないけど、流美たんはここから、ただ李々華を視界に入れ続けてくれているんだ。
「……だから俊翔は、たくさん楽しんできて」
ほんのり。ほんの少しだけ、流美たんは微笑みかけてくれた。
その笑みは女神のように感じて、俺は自然と、
「……俊翔?」
流美たんを抱き締めていた。
「ありがとう、流美たん。本っ当に」
「……うん」
「俺、今日気が気でなかったから……今の言葉で、心から安心した。だからありがとう」
「……うん。俊翔」
俺が放したわけじゃない。
流美たんは自ら、俺の手を離した。
「行ってらっしゃい」
「楽しんで来るよ。そしてまたここにも来るから」
「また来てね」
彼女の元から離れ、矢吹が待っているであろう屋内プールの方へ向かう。流美たんと話した後、合流予定だった。
流美たんは、本当に優しい子だよな。何で俺なんかを好きになっちゃったんだろう。
ありがとうな。これから、いい相手と巡り会ってくれ。
「あ、花菱君。流美ちゃん来なかったんだ?」
──その代わり俺は、この子を絶対に幸せにしてみせるから。
「おう、李々華を見守っててくれるみたいだ。感謝しなきゃ」
「そうなんだ、優しいね流美ちゃんは。僕はちょっと、花菱君と二人きりにもなりたい……ヤキモチ焼きだからさ」
「何それ可愛いんだが。むしろもっと妬いてくれていいんだぞ?」
「もー、これ以上妬いたら大変だって」
そんなにヤキモチ焼いてくれてんの? 天使かよ俺の彼女。セフィとかと遊んでた時いなかったのは、その所為かしら?
「あ、そういえばフルサワと何話してたんだ? てかあの人何処?」
「んーと、花菱君と上手くやれてるかー? みたいな。気にかけてくれてただけだよ」
「ちょっと何よあたしと矢吹のことが心配だっていうの。大丈夫よ! やんなっちゃうわっ」
「今はねー、何処行ったんだろう。さっきはのんびり流れるプールで流されてたけど」
「漂流してんのかおい」
因みにフルサワの水着は下を隠すタイプのビキニだった。いやあれはビキニなのか? ごめん知識不足。
色は意外にも白でした。スタイルはいいから男ウケはよさそう。
俺はあの人には苦手意識が勝つんで無し。
「あー、矢吹にはこんなにも欲情するのに」
「ねぇ嫌だよこんなとこでもそんななの」
「ごめんなさいでもこんな所だからこそなのよ。今、肌色の方が多いんだから」
「パーカーもう1回着ようかな……」
「ダメよ! 水の中でそれは危険でしょう!? 大人しく俺に見せつけなさい!」
「やだ気持ち悪い!」
「気持ち悪い!?」
凄ぇ悲しい。彼女からドストレートに言われるの、普通に拒否られるの、結構クる。
あ、でも他の男がじろじろ見るのは普通に嫌だなぁ。昇の言う通りだわ。さっき見つめちゃったお姉様すみませんでした。
「やっぱり、視線気になるなぁ。公共のプールって苦手なんだよね」
「あ、そうなん? 矢吹発案だから全然平気なもんだと」
「うーん、あの人が経営してるから行きやすいってだけだったから……」
「なるほど。まぁ確かに俺ら9人、皆無料になったのもデカいしなぁ」
「まぁ、凄い人だよね改めて」
「凄過ぎるけどなぁ、権限の多さとかなんて特に」
矢吹と手を繋いでプール内を歩くだけという、凄く照れくさいイチャつき方をしている。ナンジャこれ。
あー、でも屋内プールいいな。日差しが殆どないから暑過ぎないし。
いや暑い中水に浸かるのがいいんだろうけどね?
「え、何アレ矢吹見てみアレ。昔こんなんあったっけ、滝みたいなのあるんだけど」
「あー、僕も知らなかったかも」
最近導入したのかしら。にしても首折れそうな勢いなんだがアレ。え、危険とか大丈夫ですかね。
「……行ってみる?」
「いや誰も使ってないぞアレ。間違いなく危険なんだと思うわ。やめとこうぜ」
「やめておこうか。ちょっと怖いし、関係ないとこで死ぬのもアレだし」
「ほんっとシャレにならんなそれ。流美たんに土下座もんだよそれ」
2人して苦笑いして、その場から離れる。近くにいると水に流されそうだし。流されそうなだけだけど。
さぁ次は何しようかねってタイミングで、頭にオモチャのアヒルさんがぶつかって来た。
「おーいイチャついてんじゃねーぞお前らー!」
「コタケぇえええ! ヤスダぁああ! 邪魔すんじゃねぇアホ共があ!!」
「いや俺は何もしてないだろ!?」
アホ2人による妨害だった。え、ヤスダが何か言ってるって? 知らん知らん聞かん聞かん。
矢吹が少し照れた様子で、再び手を握って来た。
「行って来てもいいよ?」
「いや、この時間は矢吹と過ごすね。あんなバカ共に邪魔されてたまるか」
「あはは、ありがとう」
「でもちょっと腹立つから……おーーーいコタケええええ!」
アホ面で、人目も気にせずはしゃぐアホなコタケを呼ぶ。お前マジで恥ずかしいからな今。
「なんだーーーーー?」
「お前あの滝試してみーー!?」
「いやアレ滝じゃなくて、プールの水入れ替えてるやつだろよ」
「「え??」」
俺と矢吹で、気の抜けた声を出した。
コタケ曰くアレは、古い水と新しい水を入れ替えているもので、特大の管から出てる新しい水だとのこと。
へー、滝じゃなかったんだ。新しいスポットではなかったのか。へー。
えーと。
流石俺達、馬鹿っプルと。はい。
♠
「めっちゃ笑われたな、他の人達に」
「誰も使ってないんじゃなくて、使うものじゃなかったんだね」
「何であんなとこにあるんだよもっと安全なとこに設置しろよ」
「よく見たらアレ、柵で遮られてたけどね」
「言えば言うほど自分が恥ずかしくなっていくの、恐ろしいよね本当にね」
あのエリアから逃げて来た俺達カップルは、今度は流れるプールエリアへ。
いやぁ、何だこの大量のクラゲみたいな光景は。みんな生気を失くして流されてるだけじゃないか。
流石に過言だけど。
「あ、そう言えばフルサワはここにいるんだっけ? 一応声かけるか」
「いや、もう移動してる可能性もあるよ?」
「それもそうか。じゃあいいやスルーで」
「ここにいるが何か言ったか?」
「怖ぇよ真下にいるのは」
何でこんな端の方で浮いてんのよ。俺らがここに来るの分かってたのかこの人は。不気味だな。
てか、浮き輪……泳げないのか?
「違う。この方が気楽に流れられるだろう」
「漂流物かよあんた」
「何も考えずにいる時間もいいものだろ」
「李々華のこと気にかけてくれてたんじゃなかったの?」
「お前こそ矢吹とイチャついてて妹は見殺しか?」
「嫌な言い方すんな! まだ別にその時間じゃないんだからいいだろ!」
「ふん、甘い奴だなお前は」
「んぬぉおおおおおおっ!?」
プールに引っ張られた。超危ねぇ何だこの人。本当に教師かよ。
水中で目を開けたら、至近距離にフルサワのオヘソがこんにちはしていた。形は綺麗。
「ぶへぁっ! 何スか、何が言いたいんスか」
「お前らの呪いも、そんな単純なものか? 少なくとも回避条件は単純だが、そんな油断していられるものなのか?」
「……何か、知ってるんスか」
まさか、李々華の呪いにはまだ何か、他に条件が……? だとしたら一体、どんな条件が。
「特に知らんが」
「知らんのかい! じゃあ何が言いたいんだよ!」
ギロりと、鋭い眼光に捉えられる。この人の威圧感は、生徒に向けるもんじゃない。
何かずっと感じてることだけど、やっぱ俺にだけ冷たいよな。何かした覚えはないんだけど。
俺のこと、敵視してないか? この人。
「花菱李々華から目を離すな。それだけは気をつけろ、いいな」
「……自由に遊ばせてるのは危険ってことスか?」
「私も何か分かっているわけではないんだが、引っかかることがあってな。谷田崖だけでは何かあった時、どうしようもない」
「流美ちゃんは、日差しに弱いから……」
「だからお前達が目を離すな。何か分かれば、私も直ぐに教えてやる。行け」
「……ちゃんと教えてくださいね!」
結局、矢吹とのイチャイチャはここで終わりか! 悔しいけど、あんなこと言われたら俺だって不安になって来る!
「行こう花菱君。僕らが何か分かるかも知れないし」
矢吹に手を引かれ、李々華達が遊ぶ屋外プールエリアに戻る。
屋内テラスにいる流美たんと目が合って、不思議そうな顔をされた。ありがとうな、見ててくれて。
「シュン、矢吹さん戻って来たの?」
「あ、バカ兄」
「俊ちゃーん! 矢吹さーん!」
「二人で遊んでたんだね。だからないなかったのか」
4人が各々声をかけてくれる。えーと、李々華の違和感違和感違和感はっと……。
「何でじろじろ見んのキモいんだけど」
「あ、悪い。その、ちょっとな」
「は? 何? 変なこと考えてないよね」
「考えてねぇよ! 水着可愛いな、くらいだよ!」
「キモ」
「なぁぁああんでだよ!!」
「わっ」
バシャーンと水面を叩いたら、ミコトにぶっかかった。ごめんごめん。
ミコトも水着可愛いね。脚長いのが目立つね。よしよし。
「うぇぇ、なんで撫でるのー」
「あ、何かペットを愛でる感覚でつい」
「ペット扱い!?」
「瀬川さんは愛でたくなる愛嬌あるよね」
「矢吹さんも!?」
「あー、ごめん瀬川さん。私も同じかも」
「昇ちゃん!?」
「なるほど、瀬川さんは皆のペットなんだね」
「セフィさん違うよ!?」
「皆のペットって何か卑猥だなぁ」
「「何で??」」
全員から総ツッコミを受けたので、何食わぬ顔で潜ってみた。危ねぇ危ねぇ、本気で危ねぇこと言うとこだった。
シャレにならない下ネタ言うとこだった。
あ! 待ってここで潜るのヤバい視界がヤバい!
「ぶはぁ!! 危険過ぎる」
「何言ってんのバカ兄。さっきから意味分かんない」
「いや、何でもねぇさ何でも。刺激強かったってだけ」
「変態」
「すみませんでした」
全員が身構えてしまった。仕方ないじゃない、みんなの下半身が目の前にあったんだから。
ここにコタケとヤスダがいないことで、悪い方向に進みませんように。主に俺の感情が。
「ああ、そういうこと? 花菱君はえっちだなー」
「やめてセフィ! セフィの声でそのセリフは普通に興奮する!」
更にドン引きされた。全員から。すみません正直で。
いや普通に、目の前に彼女がいるのにアホなこと言ったからか。後で土下座します。
「俊ちゃんのえっちー」
「ミコトぉお!」
「花菱君のえっち」
「矢吹も!?」
「ド変態」
「キモすぎ死ね」
「……」
昇と李々華のは、胸にグサリとクるだけなのよ。トーンがガチだから泣きそうになるだけなのよ。
セフィの可愛らしい言い方の、ご褒美的なのとは大きく違うのよ。
あと、周りの人達から凄ぇ見られてるんでやめて下さいお願いします。皆にクレープ奢るんで。
「皆さん、バカ兄が興奮して鼻血出す前に、もっと遊びましょうか」
「李々華、大丈夫だ。今ので悲しくなって興奮は時空の彼方へ飛んだ」
「プールで鼻血出されたら、お水汚れちゃうよ……」
「安心しろ出ないから。興奮して鼻血出るのは二次元だけだから」
「本当に出ないのかな? 表現に使われるってことは、有り得たりするんじゃないのかな?」
「あーどうなんだろう」
「セフィ、矢吹。それ絶対無駄な話題」




