4─14
「クーラー効いててすぅずしいいいいいいっ!」
まだまだ真夏真っ最中。きっつい日差しの炎天下。ハッキリ言って冷房ガンガンにして引き篭もりたいくらいだ。
しかしこの電車内、すんばらしく気が利いていてめっちゃ涼しくなっている。ありがたやありがたや。
「ちょっとシュン。この車両にはいないだけで他に人いるんだから、静かにしててよ恥ずかしい」
「おぉっとついつい。最近くっそ暑いからなぁ、そろそろお天道様にクレーム入れるところだったわ」
「入れたところで届きもしないから。本当に恥ずかしい」
「そんな恥ずかしがるなよ、昇っ」
「恥ずかしい男」
「そうなると色々変わってくるじゃないの」
酷いわ昇ちゃん。誰が恥ずかしい男よもうっ、失礼しちゃうわ?
取り敢えず騒がないようにはしよう。みんなにも迷惑がかかるし。
「ハナシュン、相変わらず尻に敷かれてんなぁ。彼女じゃなくて幼馴染みにだけど」
背中合わせの形で座るコタケが、ククッとバカにした笑い方をする。何じゃこんにゃろ、より長い付き合いなのはお前だぞおい。
あ、ちなみにヤスダクンは女の子だらけなので、コタケの隣で縮こまっています。ヘタレ野郎め。
「てか俺ら、本当について来てよかったん? セフィとかは特に、あんまり話したことないんだけど」
「いいんだよ、つーか居てくれよ。女の子ばかりで俺も割と気まずいんだよ」
「ま、みんながいいなら。俺らもお言葉に甘えて楽しませてもらいますけどっ」
「来てくれてありがとう。楽しんでね」
コタケに目を向けられて、矢吹はにこっと笑む。まぁ可愛い。凄く可愛い。
いやぁ、俺を通して関わることが増えたからなのか、慣れて来てくれたっぽいな。矢吹もコタケも、互いに。
俺としては凄く有り難い。だからヤスダが情けなく見える。
「……てか流美たん電車酔いとか大丈夫そう? 俺はまぁ、もう着くし全然平気なんだけど」
向かう駅は王都駅から二つ先。隣町だからかなり早く辿り着くのだ。
……あ、これ矢吹の家の方向じゃんよく考えたら。だから矢吹、そっちで待つって言ったのか。今気づいたわ。
おっと、直ぐ別のこと考えちゃう俺ほんとバカ。これお約束。いや〜なお約束。
流美たんどうかしら?
「私も、大丈夫そう。今日は少し……日差しが怖いけど」
「……そうだな」
二人で改めて、窓の外を見る。初めに描写したように、今日も炎天下だ。
流美たんは日に当たり過ぎると死んでしまう。屋内プールでしか遊べなそうだな、申し訳ない。
「あんまり無理しないでいいからな。プール入りたかったら、屋内のもあるから。俺もそっち行くよ」
「ありがとう。大丈夫。私は日陰で休んでおく」
そもそも、あんまり水着になるのも好きではないらしい。何故今日、誘ったのを受け入れてくれたのか。
あ、多分みんなで遊びたいって思ってくれたのかな。流美たんは確か、内気なのをどうにかしたいって感じだったし。
そしてふと、視界の端で揺れる美脚が気になった。
「楽しみか? ミコト」
「えっ……うんっ!!」
「可愛いなお前は本当に」
「えぇっ!? き、急に!? 何!? どうしたの怖いよ……?」
「段々怯えてくのやめてくんない?」
そんな珍しくもなくない? 俺は女の子に可愛いって言いがちらしいし。もーう矢吹に申し訳ない。
ウキウキなご様子でパンフレットを眺めるミコト。何か凄く微笑ましくて、自ら誘ってくれた矢吹に感謝しかない。
正面の昇も、菩薩のような微笑みを向けている。
「いやぁ本当にもう、花歌さんありがとうだわぁ。いやいやマジ。この人数特別にタダって、太っ腹にも程があるって」
「矢吹さんのお母さん、すっごい人だったんだねぇ」
「凄いなんてもんじゃないぞ本当に」
矢吹がいないからと、ミコトの反対側の隣に座るセフィは、そわそわしてるからはしゃぎたいんだと思う。俺とテンションの高さは競えるくらいだし。
……ぶっちゃけセフィの水着は楽しみnmいやなんでもないです。
もう1人。昇の隣にクールな態度で腰かける少女に、目を向ける。
「……李々華」
「ん? 何?」
「李々華も、楽しんでな」
「まぁ、こんな機会滅多にないしね。楽しませてもらうけど」
日差しが反射し、キラリと輝くネックレスを下げ、李々華は珍しく微笑む。
珍しくって何だよ。うちの妹無愛想過ぎない?? よく考えたら。
「お、矢吹はもう駅着いたっぽいな。俺達もそろそろ到着致しますよっと。送信っ!!」
「うるさいっての。全く」
「あ、ついいつもの独り言してる時のテンションで」
「俊翔の独り言うるさそう」
「何てことを言うのよ流美たん。客観的に見てうるさいとは思うけど」
「驚いたな。お前が客観的に物事を考えられるなんてな」
「うん、驚きだよ。本当にあんたが来てるなんて」
車内中央付近で仁王立ちしている、うちの第二保健室担当医・フルサワ。今朝連絡が来て、ついて来ることとなりました。
テンション下がるわぁ。
「実費なんだから文句は言うな」
「いやでも、先生がいるのってだいぶ萎えるというか〜」
「私がわざわざ来たのは、お前のためでも自分のためでもない」
フルサワはチラッと視線を移した。ガッツリ目が合っていた俺くらいしか気づけない程、一瞬だけ。
視線の先にいるのは李々華だ。つまりこの人は、李々華の呪いについて探るため、来たってことか……?
だとしたら、邪険にするわけにはいかないな……。
「えっとじゃあ、保護者としてよろしくお願いしまっする」
「頼むなら最後までちゃんと言え」
「俺、先生にはとことん反発反抗抵抗したくなっちゃうんですよね」
「張り倒すぞお前」
「いやぁんやめてぇんあたしの体をどうするつもr……っ」
物凄い勢いで、ペットボトルが顔に突っ込んで来た。鼻血出たらプール入れなくなるでしょうよ昇ちゃま。
……待って普通に痛い。泣いちゃいそう。
♠
「海だああああああぁぁぁぁあああ間違えたプールだああああ!!」
「ほんっとに恥ずかしいからやめて!」
おまけに「人として」と追加されて、昇にぶん殴られた。グーパンだった。そのままプールに落ちた。
いきなり痛いじゃないの。傷があるから入っちゃダメとかになったら泣くよ俺。
「それにしても……」
共にやって来た皆の水着姿を、チラりと見る。おお、おおおお……oh……。
えっぐぅ……。
「何つー顔してんだハナシュン。鼻の下伸びきってるぞ」
「あ、助かるよコタケ君。君が遮ってくれたことで、僕の命は助かった」
「鼻血でも出して死ぬのか?」
「いや、彼女達からの渾身の一撃が来そうだなって」
「こーわっ」
だってあんなん、一度見たら目を離せないって。あんな神々しいもの。
美少女達の水着姿ですよ? 流美たんは上着ありだけど。
え? フルサワの水着? そんなもん興味無い興味無い。
「はーなびーしくんっ。ボール持って来たよ遊ぼっ」
「あららセフィ、早速はしゃいでるわね。可愛らしい白の水着だこと。フリルがあって、清楚な感じがまたいいわね」
「何で説明みたいなことしてるの? あと何その喋り方」
「こっちの事情よ」
「その喋り方も??」
「これは何となく」
セフィに手を引かれ、昇とミコトも待つかなり広いプールへ着水。ここは他の人達もたくさん居るから、気をつけて遊ばんとな。
うおっ、あそこの美女スタイルえっぐ! 大人っぽ! 並んだら短足目立つから近寄らないでおこう。
「ちょっとシュン、他のお客さんジロジロ見ないの気色悪い」
「失礼とかじゃないんかい。今ちょうど、神は平等じゃねぇことを憂いでいたとこだよ。もう見れない悲しくて」
「何の話してんの」
「俊ちゃんあっそぼー! ばしゃーん!」
「おげぶぉあっぶぁ! おめっ、危ねぇだろ水の中でいきなり乗っかるな!?」
「えー、ごめんなさーい」
「二人共もうちょっと周りを気にしなさい……」
水だからか、いつにも増してミコトのテンションが高い。元々川の神様だったんだし、喜んでくれてるのかな。
矢吹、そして花歌さん本当にサンキュ!
「……ってその矢吹さんはいずこ?」
パッと見、周囲にはいない。俺と来たかったんじゃないのあの子。
水着も買ったって言ってたし、絶対遊ぶ気はある筈なんだが。
「矢吹さんならさっき、先生と話してたよ。ちょっとしたら来るんじゃない?」
「あ、マジ? んじゃそれまでもたくさん楽しみましょうかね!」
「せっかく来たんだから、そうしよ」
ミコトとセフィ、そして昇の三人とキャッキャうふふ楽しんでいたら、コタケとヤスダのアホコンビが突撃して来て、男VS女の勝負になりましたとさ。
何の勝負かって? ボールを弾き合うだけの簡単な遊びさ。水中でやると疲れるねこれ。
「バカ兄ー、ちょっと来て」
そう言えば何故か一緒に遊んでいなかった、我が妹の呼び声に振り返る。水着かわちぃわね、水色のチェックだわ。
皆控えめな水着だなぁ、ビキニは誰も着てない。そんなん着られたらプールから上がれなくなるけど。
「李々華どしたー? 一緒に遊ばんのかい?」
「上級生に混ざって遊ぶの、難しいし」
「それもそうか、気が利かなくてごめんな? じゃあ今からはしばらく一緒に遊ぼうな」
昇に視線を送ったら、口パクで「行ってらっしゃい」って言ってくれた。流石昇さん、助かるわ。
「ん? 李々華お前、ネックレス付けたまま遊ぶのか? 失くさないようにな?」
「え、ああ……」
李々華は、この間……もうループし過ぎて何日前だか覚えてないが、矢吹と三人でデートした日に買った、少し濁ったエメラルドグリーンの宝石がついたネックレスをしていた。
これ、最近ずっと着けてるよな。気に入ってくれてるみたいで嬉しい。
「うん、大事にする。買ってくれてありがとう」
「何だも〜改まっちゃってぇっ。気に入ってくれて何よりだ! んじゃ遊ぼうぜっ」
「あれがいい。ウォータースライダー」
「いきなり失くしそうなやつ選ぶのねあなた」
「行こ、バカ兄」
珍しく年相応な軽やかな足取りで、李々華は駆けて行く。俺の腕を引いて。しかもちゃんとコケない様、早足程度の走り方で。
兄としては、楽しそうな妹の姿を見れるのは幸せだ。矢吹には、改めて感謝を伝えないとな。
皆楽しそうだぞ、矢吹。
「のおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「きゃーーーーー」
「んぬぉデンジャラスッ!!」
ウォータースライダーで、ひたすら悲鳴を上げる俺。対照的に棒読み悲鳴の李々華。
李々華さんそれ本当に楽しんでる?
「楽しいねこれ」
「悲鳴が機械なのよ李々華たん。本当に楽しい?」
「楽しいよ? じゃないとこんな何回もやらない」
「それは確かに……もう4回やったもんな」
「もう1回行く?」
「お兄ちゃんそろそろ吐いちゃうかも」
「プールで吐いたら最悪だからやめてよね。一回上がろっか」
「ふえええい休憩じゃ休憩じゃああ」
ドリンクバーに行きましょう。李々華は別のとこ行ったけど、あたしはドリンクバーに行くわっ。
「あ、花菱君どう? 楽しめてる?」
「おお矢吹、どこに居たん? 俺は吐きそうなくらい楽しんでるよ」
「心配なんだけどそれ」
「李々華がはしゃいでて何よりさね」
各々ドリンクを準備して、だ〜れもいない休憩ルーム的なところで、椅子にまったりと腰を下ろす。ふぅ疲れた。
矢吹は、前を開けたパーカー姿。覗く水着は地味目な感じだけど、矢吹って感じがして俺は好きだ。
やっぱり最高に可愛い。素敵だぞ矢吹。
「……李々華ちゃん、今日大丈夫かな」
静まり返った空間を割いたのは、矢吹の暗い声色。
それに関しては俺もまぁ、不安がないわけではなかった。
「『午後6時までに、家に戻らなければ死ぬ』呪い……」
そう、李々華の呪いは当然まだ続いているんだ。今日だけ特別なわけじゃない。
家に着く時間も考慮すると、そこまで長く居られないんだが……李々華にどう説明して早い内に帰宅するか。
「李々華ちゃんからしたら、別にそんな早く帰る必要はないもんね。でも……」
「俺の家は、駅からも遠いからな。母さんが迎えに来てくれる手筈だとしても、結構かかる」
「遊べても、3時半までかな?」
「まぁ、そのくらいにするべきだよなぁ……短ぇ……」
現在は正午を少し過ぎたばかりだ。だとしても、夕焼けを見る前に帰らなければならない。
事情を知らないセフィもコタケもヤスダも、李々華本人も、不思議に思うだろう。
「んー、やっぱ別の日がよかったのかな」
「でも、呪いがいつ解けるか分からないよ? 永遠かも知れない。そうしたら、この夏皆と遊べないし……僕は寂しい」
「……だよな、俺も同じだよ」
そうだ、条件はもう明確なんだ。どうしても短くはなってしまうけど、ギリギリまで遊んで余裕を持って帰る。そうすればいい。
そして李々華の呪いを解けたら、来年また改めて来ればいいんだ。
何より、あんな楽しそうな皆の笑顔を見れてるんだから、やっぱり来てよかったんだよな。




