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李々華の行動範囲くらいなら、知る手段は一応ある。絶対とは言えないし、変に思われる可能性も高いが、そんなこと構っていられない。
──中等部校舎。李々華の隣のクラスに訪問。
「い〜ずみちゃ〜ん! やほやほ〜ん」
「んー? おっ? 花菱先輩じゃないですか。どうしたのー?」
俺の呼びかけにぴょんっと跳ねた、パッと見清楚の具現化とも言える女の子。普段は話しかけないけど、今日は李々華のことを聞きたい。
我が親友・コタケの妹にして李々華の友達、和泉ちゃんだ。
「ちょーっとお尋ね申し上げたいことがあるんですけども、少し二人で話せない?」
和泉ちゃんはこの容姿もあって、超人気者だ。明るいししっかりしてるし、優しいし余計ね。華奢な身体もいい感じだしね……ってそうじゃなくて。
まぁそんな人気者の和泉ちゃんと話してたら、ビビるくらいには注目を集めるというね、そういうことです。
「うーん。花菱先輩と二人きりになるのは、身の危険を感じるなぁ」
「いやいやいや、大丈夫だから。俺彼女いるから」
「彼女いるのに、他の女の子と二人きりになりたいの?」
めちゃくちゃジトーって見てくる。違うのよ、別にそういう意図じゃないのよ。
「誰にも聞かれたくない話ってだけだよ。お願いっ」
「んー、仕方ないね。いつも和くんがお世話してるし、少しくらいなら」
「ありがとう和泉ちゃ……お世話になってるじゃないのかよ」
「え? 和くんがお世話になるほど、花菱先輩って出来た人間でしたっけ」
「和泉ちゃん、うちの妹の影響かな? 中々鋭利な言葉を使うようになったね」
「それほどでも」
「褒めてないのよ」
それに、俺もたまーにコタケの世話はしてるぞ。アイツも中々困ったところがあるからな。下世話という意味で。
あ、因みに和泉ちゃんの言う「和くん」というのは、コタケのことである。
初出しかも知れないが、コタケの本名は「古武和音」だからね。
兄妹揃って「和」という文字が入ってるのよね。うちは李々華だけ違うや。
「──ここまで来れば誰も来ないかな? ね、花菱先輩」
「いやここ職員室の前じゃん」
「何かされても直ぐに先生呼べるから」
「信用無いね!? ただ聞きたいことがあるってだけなのに!」
「下着何処で買ってるかはちょっと……」
「シンプルに気にならないかな!!」
「先輩、お熱があったりする? 保健室に持ってってあげようか?」
「物か俺は! 熱もないよ!」
何か、うん。懐かしいや。確かに和泉ちゃんってこういうタイプのコだったわ。うん。
コタケには甘々で、李々華にはベタベタで、俺と廉翔にはこんな感じ。嫌われてんのかな俺達。
「それで先輩? 私の休み時間奪ってるんだから、早く本題に入ってくれないかな?」
「あ、うん。えっと、李々華のことなんだけど」
「本人に聞けないこと……? 言っておくけど、スリーサイズとかは流石に教えられないよ……?」
そんな怯えた目をするんじゃない。興味なくはないけど知ろうとは思わないよ。てか何で知ってんのよ。
「違くて、今日って李々華が何処に遊びに行くか知ってる?」
何でそんなこと知りたがるんだって顔をされるけど、李々華を呪いから解放するためだ。耐えろ俺。
「……つまり、ストーキングしたいから教えてくれって……」
「違う違うそうじゃなくて、一緒に暮らしてる身として、何時頃まで帰って来ないかな? っていう目処を立てときたいのよ」
「ああ、なるほど」
よし、ナチュラルに時間が知りたいことも伝えられたと思う。聡明な和泉ちゃんのことだ、言いたいことは分かってくれる筈。
「えっとね、今日りりと遊ぶのは私もなんだけど」
「うんうん。妹をよろしくね」
「うん。それで、何処行くかまでは教えないけど、何時くらいまで遊ぶとかは一応、教えられるよ」
「それでいい! ありがとう和泉ちゃん!」
「いえいえ。中2の妹が夜まで出歩くのって、心配だと思うしね」
「そう! そうなんだよ! その通り!」
本当は、ご飯とか何時にするか決めなきゃ〜って意味で言ったんだけど、結果オーライだよねうん。
嘘に嘘を重ねて、それで幸せなら問題ないない。
「んー、でも六時くらいまでしか遊ばないよ?」
「え、学校終わってからでそんな遊べる?」
「……先輩? 本当に大丈夫?」
「ゑ?」
ゾンビ映画に何故か出てくる、クリーチャーを見つけたような目を向けてきた。いや俺を何だと思ってんのよ。
それともあたくしの被害妄想かしら。多分こっちだねうん。
和泉ちゃんは廊下の先にある時計を指差す。
「今日は2時で終わりだよ? 多少遊べるって」
「…………ん、は? え……!?」
「だから、2時で終わりだよ? 忘れてた?」
本気で心配そうな顔をされた。俺も直ぐさまスマホを起動し、学園のスケジュール表を確認する。
因みにうちは、そういうアプリを強制的に与えられます。まぁまぁ容量食います。あは。
「……そ、そうだったね。思いっ切り……忘れてたよ」
確かに、スケジュールは午後2時で下校となっている。特殊な日程となっている。
──だが、前回までは少なくとも、普通に6限で午後5時まであった筈だ。
内容が、変更されている。
「もー、しっかりしないと。部活で疲れてるのかも知れないし、ちょっと保健室で休んで来たら?」
画面を見ながら固まる俺を、和泉ちゃんは優しく撫でる。本当に根が優しい子だ。
今朝矢吹達と話した時は誰も触れていなかった……みんな気づいていない可能性もあるな。教えとこう。
いやそんなことより、何故唐突に変化してしまったのか。
「ありがとう和泉ちゃん、少しだけベッド借りて来るわ」
「うん、そうしな? 知りたかったことはこれで大丈夫?」
「取り敢えず大丈夫! ありがとーうっ!」
「いえいえ」
和泉ちゃんと別れ、矢吹とミコト・流美たんにチャットする。全員、さっき知ったと言う。
下校時刻が早まったということは、李々華が外出する時間が延びるということだ。その時間に何か起こっても、到底分かりっこない。
神様の。トオノミノ神の嫌がらせだろうか。
「──関係ないと思う」
「ゑ??」
放課後、うちで集まってみた。誰もいなかったから。
そこで流美たんからの衝撃の一言。日程が大きく変化したのに、何故? 関係ない? どして??
「時間は早くなったとしても、帰宅する時間は大体同じ。だから」
「……」
俺と矢吹とミコトの三人は、真剣な面持ちなまま無言を貫く。つまり誰も理解していないだけ。
「……遊ぶ時間が延びただけで、呪いに殺される条件が変わったわけじゃない。元々は一時間くらいしか遊んでなかった。その中で条件が当てはまった。だから延びても関係ない」
頑張って説明してくれる流美たん。かわいい。
要するにこれはアレか? 時間が延びただけだから別に条件は変わらないってことか? うん分からん。
「そっか。グラフにすると分かりやすいけど、結局遊び終わる時間は同じだもんね。元々の時間帯は含まれてるし、条件は変わらないんだ」
「ミコトよく分かったな。偉いぞうんうん」
「……絶対、俊ちゃん分かってなかったよね」
ふむ、よく理解しているじゃないかミコトよ。ああそうさ分かってなかったさ。図星を悟られないように目を逸らしておくけど。
「……つまり、条件は気にしなくていいってこと?」
「矢吹? だいぶテンポ遅れてますことよ?」
「仕方ないじゃん、分からなかったんだもん」
「……」
いやそれはそうなんだけど、それでも更にワンテンポ遅れての反応だったのよ、あなた。
矢吹って基本鋭い発言したり、勉強出来なくてもこういう時は察しがいいのに、今回は普通にね。ふっつ〜に、
バカだったね。
「だから特に気にしなくていい。考えることは増えてない」
「分かった! 流美たんありがとう!」
「うん」
昇の頭を借りれない今、次に頭が切れるのは恐らく流美たんになる。何せ他三人がバカだから。
頼りっぱなしで本当に申し訳ない。
「…………ん? 車の音? 隣の方かしら」
普段あんまり聞かないタイプの音が聞こえて、外を見てみる。あら。うちの駐車場に止まってない? あれ。
「そういえば、忘れそうになるけどここってアパートなんだったね」
「そうだぞ? 4階建て四世帯用のアパートだぞ」
「一世帯2階分使えるの凄いなぁ……」
「しかも、そこに駐車場あるけど、車庫もあるからな。うちの母上はそこを使ってる」
「じゃあ今停まってる車は……?」
俺とミコトで、改めて窓の外を確認する。黒っぽい青の……大きめな車。
そのお車さんが、うちの駐車場に停まっている。
「えーと」
ふん、と息を吐いて冷静に思い出す。最近見なかったけど、アレは知ってる車だった。
「「ぱぱ??」」
俺とミコトがハモる。俺とミコトの目が合う。俺とミコトは互いに、眉間に皺を寄せた。
恐らく、お互いに「ぱぱ呼びかよ」って思ったんだと思う。
いやまだ俺はよくない? 実の父親なんだし。普段絶対呼ばないけど。
「「────ぱぱ!?」」
数テンポ遅れて、俺とミコトが再びハモる。割と大きな声が出たためか、矢吹と流美たんはビクッとしてた。すみません。
「でも、何で父上が……!? こんな時間に帰って来るの珍しすぎるんだが!?」
「そう言えば昨日、明日早くなるよって言ってたかも!!」
「何で言わなかったのよ!?」
「だって『昨日』が何日も前なんだもん!!」
「それはごめん!!」
取り敢えず整理すると、たった今天然記念物ことうちの父上がご帰還なさり、時期中に入って来ると。
まぁそれは問題ない。そこは全然問題ない。
警戒すべきなのは、俺の部屋がある2階に上がって来ること。
「上がって来たらこの話、迂闊に出来ないぞ……!?」
「でもぱぱあんまり上がって来ないから……! お部屋も下だし!」
「もし聞かれたとしたら、呪いが伝染しちゃう。ここでやめた方がいいかもね」
「グループチャットでも話せる」
「でもそのグルチャ昇もいるから、混乱させちまうんじゃ……?」
「さっき言わなかったけど、『昨日』はもう過ぎた。梅原さんには、そこまでのことを簡単に説明してある」
「……あ、そうだループ回避したの、別の日だった」
「……あ、そっか」
ミコトとアホ面で頷き合う。もう僕たちバカ過ぎて泣いちゃいそう。
それよりまさか、流美たんが動いてくれてたとは。一番、昇との距離は離れていそうなのに。人見知りでもあるのに。
てか昇に苦手意識あった筈なのに。
「マネージャーだから話しやすい」
「それもそうか」
「あと別に、中等部の時も話したことないわけじゃない。梅原さんの記憶には、残っていないだけ」
「あ……」
そうだったな……。一応昇は、中等部時代もサッカー部のマネージャーだったんだ。同じく当時から所属していた流美たんと、会話がないわけがない。
俺? 俺は流美たんのこと怖くて、会話したことなかったよ。つーか陰キャ過ぎて部内でも話す人、昇くらいだった。
部長ってことで、小鷹先輩とは話すけど。
「中等部時代……のことは、僕達みんなあんまり話したくないね」
矢吹が、悲しそうな微笑みを向けて来る。
間違いない。この場にいる全員が、話題にしたくない思い出を持っている筈だからな。
俺とミコトは昇のこと(俺は更にクラスマッチの黒歴史)、矢吹は呪いをかけられた時のこと、流美たんは……呪いに耐え続けた3年間、かな。みんな呪い関係してるな……。
「……はっ! そうこうしてる内に父上がご帰宅!」
「え、今更? さっきドアの音してたよ」
「いやまぁ、リアクション忘れたから今しておこうかなって」
「俊ちゃん、意味分からないことはしなくていいから……」
すみませんでした。シンプルに謝ります。
とにかく李々華のことは、これまで通り気にしておけばいいってことだったよねオーケィ。そろそろ呪いの発動条件を解き明かしたい。
「てかそろそろ親父の描写欲しいって読者いるよね! パピー!」
「読者? 描写? 花菱君どこに行くの……?」
「私は時々、俊翔が分からない」
「パピーだけ小声なのは何で?」
背後から次々と放たれる冷めた声に振り向かず、珍しく会話出来そうな父上の元へ駆け下りる。
ちょっとね、伝えたいこともあったもんだから。さっき思い出したんだけど。
「お帰りなさいませ我が大黒柱の花菱せ…………」
リビングにいなかったから、両親の寝室の前まで来てみた。来てみて立ち止まった。
……えーとね。
うちの親父って、割と寡黙なタイプの男なんですよ。と言っても、子供のことは可愛がってくれる感じの人なんですよ。愛情はたっぷりなんですよ。
でも何かね、たまーにこういう日があるんですよ。
「……部屋の扉に、『今日は引きこもります』って貼ってある」
パピーヘラってる? 何かあった? どしたん? 話聞こか?