3─18 ただの女の子だから
夏休みだ。わーい夏休みだ。今日からほぼ毎日バイトだ死ぬなハッハッハ暑い暑い。雨凄い。
「何で二日連続で雨なんだよ……。こんなんバイトするだけでキツいって」
それどころか、ミコトのあの言葉が何度も何度もリフレインして来ててさ、色々手につかないんだわ。
「俺にかかってる呪いは一つじゃない……か」
大きく深く溜め息を吐く、バイト先までの道中。あーあ、一緒に同年代の美少女が働いていたらテンション上がるんだけどなぁ。いっそ叶都パイセンが女装してくれたのでもいいけど。
そういや、気にしないようにしたけど、祭りに浴衣姿の叶都パイセンっぽい人見かけたんだよな。多分小鷹先輩が一緒にいた。
あの二人、デキてんのかな。男同士で。
「まぁいいや俺には関係ない。先輩達には先輩達で楽しんで貰いましょう! おはよーございまーす」
「おはよう花菱君、今日もよろしくね」
「うっすよろしゃーっス」
眼鏡姿のカキサワさんは、バイトの先輩。一年前から働いてる大学生で、廉翔とは知り合いらしい。
因みに眼鏡でもイケメンだから天敵だ。ここで女の子がバイト始めても、どうせこの人にベタベタするんだろう。俺には矢吹いるし問題はないけど。
「そう言えば、雨大丈夫だった? 昨日今日ってかなり激しく降ってるけど」
分けられた仕事に集中したいのに、カキサワさんはいちいち話しかけて来る。俺要領悪いから集中したいんだけど。
「どうかって言ったらダメっスね。バイト終わったら彼女と会わなきゃならないんで、出来れば止んで欲しい」
「彼女いるんだ?」
「悪いですか」
カキサワさんの衝撃を受けた顔が気に食わなくて、軽く睨みつけた。そしたら微笑まれて、拍子抜け。
いや、歳下だからって舐めてるのか?
「悪くないよ、むしろ羨ましいかな。俺はモテないからね」
「嫌味ですか? その顔でモテないとか冗談でしょ」
「いやいや、本当だって。俺は虫とか爬虫類が大好きでさ、それが気持ち悪いってね」
「あ、あると思います」
カキサワさんが切なそうな顔になったから、テキトーに返した。コレは俺が悪い。すんません。
俺も虫や爬虫類は得意じゃないけど、やっぱそういうのって女の子には不評っスよね。顔がよくてもアウトなんだもんなー。
俺としては、矢吹の鼠好きも少々苦手意識あるけど。
「いらっしゃいませ……お?」
お客さんが入店したんで、会話を中断。直ぐにレジまで行ったから追いかけてみたら、結構知ってる人だった。
「フルサワ、先生……? こんちは。先生ってこんなとこに来るんですね」
ここは本屋である。俺は食べ物になるべく触れたくないからここにした。高い棚でもまあまあ届くし。
何故食べ物に触れたくないか。それは、中等部時代に小鷹先輩がミスしまくったって言ってたから。あの人でミスだらけなら、俺は赤字を招くかも知れない。
「私が本を買いに来て何かおかしいのか?」
ブスッと、ちっとも可愛くない睨まれ方をされる。単純に、俺が年増を好けないってだけかも知れんが。
因みにフルサワが何歳なのかは知らない。二十代後半とかじゃないかな。多分。
「いんや別に。で、何かお探しで?」
「王都に祀られる神達について記された本とかないか?」
ピクリと、無意識に足が止まった。何だか知らないけど重い空気を悟り、慎重にフルサワの顔を見る。
「……ここは、図書館とかじゃないんで。案外本屋とかって、そういった種類のは置いてなかったりするんスよ)
「そうか、なら図書館にでも行って探してみるかな」
「あ、いや。それなら先にパソコンとかスマホとかで検索かけてみるといいかも。無いんだったら、無駄な体力でしょ?」
「それもそうか。まだスマホって慣れなくてな」
「あんたいつの時代の人よ」
「花菱にしては冴えてるじゃないか、またな」
年齢に関係する質問は完璧無視で、フルサワは背を向ける。
だけど直ぐに立ち止まって、その切れ長の瞳を少しだけ覗かせた。この人の目つきって、本当怖いんだよな。鬼みたいで。
鬼見たことないけど。
「花菱」
名前を呼ばれて心の世界からリターン。いつの間にか、フルサワは顔がちゃんと見えるくらい振り返ってた。
それから小さく息をして、
「矢吹から目を離すなよ」
──たった一言、置いて行った。
俺はただボケッと聞くことしか出来なくて、数秒後我に返った。
矢吹から目を離すなって、どういうことだ? いや呪いに気をつけろって事なんだろうけど、こうしてる今も目を離してる訳だしなぁ。常に付きまとってろって?
むしろ永遠に視姦してたいくら……ゲホンッ、ゴホゲホんんっ!! 何でもございません。引き続きお買い物を続けて下さい。
「今の人知り合い?」
「ん? あ、はい。通ってる学校の、第二保健室の担当医です」
「保健医ってことか……」
カキサワさんが、もう雨に紛れて見えないフルサワの後をじっ……と見つめる。お客さんを注目するのは良くないと思う。
「俺が通ってた頃、あんな人はいなかったな。第二保健室なんて無かった筈」
「え……?」
「新しく取り入れたってとこだろうけど、気をつけなよ花菱君。──じゃ、俺仕事に戻るから」
「あ、はい」
第二保健室はなかった……のか。いやでも、そもそも俺とカキサワさんは三つくらい離れてる。俺らの学年が高等部に上がる時に作られたってだけの可能性も充分あるじゃんか。
でもさ。
でも確かに、
俺も第二保健室が出来るなんて話、聞いたことなかったかも知れない。
「あの部屋はいつからあったんだ? 中等部の頃はなかった筈。一ヶ月もない新学期までの時間で、完璧な保健室にすることって可能なのか?」
思い返してみれば、あそこは狭い、手入れもされていない倉庫だった。確かに覚えてる。第二保健室のある場所は、中等部にも近いから自然と視界に入り込んでいたんだ。
蜘蛛の巣に塗れ、扉は半決壊。運動部用グラウンドのある方面の窓は、何があったのかヒビ割れていた。面積は今の半分以下程度。この変化は、普通じゃない。
なのに矢吹は極自然にそこに通い、フルサワもまるで二年程前から勤務しているかの様子。
「カキサワさんの記憶違い……? それとも、何かおかしいのか?」
更なる謎に頭を抱えて、お客さんが来たから何食わぬ顔でバイトに戻る。
まだ納得行ってないけど、考える時間も能も足りていない。
♠︎
「……バイト先にフルサワ先生が?」
バイトを終えて、久し振りに矢吹宅。相変わらず鼠のオブジェが大量。チューチューうるさい幻聴が聞こえてきた。
これと言ってやることはないから、二人して矢吹の好きな漫画を読む。こちらも相変わらず、官能的なシーンがチラホラ入る物ばかりだ。
俺は一般コミックだけど、矢吹は完全に十八禁と書かれた物を読んでる。
「何か、王都市の神様とかについて調べたいっぽかったぞ?」
「へぇ……。そんなこと載せてある本、中々ないと思うけどなぁ」
「だよなぁ。でもアレってやっぱ、矢吹のために呪いを解く方法考えてくれてるってことだよな? 見た目とか口調に反していい先生なんだな」
「うん、いい先生なのは確かだよ」
矢吹は突然、まだ半分も読んでいなかった漫画を閉じる。そのまま棚に並べて腰を下ろした。
気分でも悪くなったように、暗い顔をしている。
こんな雰囲気の相手に、空気も読まず質問なんて出来ないな。第二保健室とフルサワについては、また今度訊こう。
普段ならチクタクチクタク秒針の音がくっきりハッキリ聞こえる狭い部屋だけど、今は土砂降りの音で掻き消される。何だか、落ち着かない。
普段なら、「矢吹の部屋だいい匂いサイコー本人押し倒したい」って更に落ち着きないだろうけど。
「あ、そうだ矢吹。実は気になることがあって……」
「ん? 何?」
「……悪い何でもない」
矢吹はキョトンと首を傾げる。体調が優れないのか、膝を抱えて蹲ってしまった。小さい溜め息も微かに聞こえる。
……言えない。
ミコトの言っていた、俺にかけられた呪いは一つじゃないという事実。ただでさえこんなにも疲弊している彼女になんて、打ち明けられる訳がない。
周りに広まることのない呪いならば、自分一人で何とかすりゃいい。
「俺、そろそろ帰ろうか? 何だか調子良くないみたいだし」
俺が切り出すと、矢吹はハッとして時計を見た。
「もう帰っちゃうの? まだ、夜まで少しあるよ?」
眉を八の字に曲げ、寂しそうに上目遣いする矢吹。可愛過ぎて鼻血出るかと思った。
矢吹がこんな風に甘えて来るのって、レアな気もする。手を繋ぎたいとかはあるけど、それとはまた違った印象だ。
欲望のままに矢吹の頭を撫でたら、恥ずかしそうに伏し目がちになった。舐め回していい?
「このままだと俺、矢吹のこと襲っちゃうかもよ? 言っておくが、俺はこの部屋入るだけで興奮出来るような奴だからね?」
男は狼なのである。俺と矢吹の場合、生涯を誓った間柄だからあまり気にする必要はないんだろうけど、やっぱり危機感は持たせないと。
いつもは、ここで「やっぱ帰って」的な具合で返して来るけど……
「いいよ……?」
ベッドに腰掛けた矢吹が、茹でダコレベルに赤面しながら指弄りする。俺はそれだけで悩殺されそうになった。
え、え……? え!? ええええ!? 矢吹今何て!? 俺が襲うって言ったのに「いいよ」って!? それマジ!? 何処かにドッキリカメラとか仕込んでない!?
「や、矢吹? からかうのはやめてくれ。俺これでも結構いっぱいいっぱいだから」
テンパりながら何とか冷静に対処。と思ったら、無意識に空気を揉み揉みしてた。やめろこのバカな手め!
そんな俺を見て、矢吹はムスッとなる。頬を小さく膨らませて、小さな子供みたいだ。
「先にからかったのはそっちじゃん。それと、からかってないし」
「え、じゃ、じゃあマジで? マジでいいの……?」
「そう、言ってるじゃん……」
矢吹が、着ていた極薄ですっけ透けな上着みたいな物を脱ぎ出す。俺はそれを目を見開いて焼き付ける。
「お風呂は、入っておいたから。汚くない筈……」
続いて矢吹は、ニーソを脱ぐ。俺の大好物、綺麗なお御足が露わに。俺の心臓大興奮!
今日ここで俺は、大人の階段を上ってしまうのか。高校一年生の身で、甘くて情熱的な一時を経験してしまうのか!?
──でも、さ。うん。
「え? ……花菱君?」
俺は矢吹に、上着らしきさっきのアレを被せる。矢吹が裏切られたような顔になった。
だって、あんな怯え切ってるんだもん。居た堪れないよ。
「悪い矢吹。勇気出してくれたことすっげー嬉しいし、何なら朝までコースとか夢見てたけど……そんな顔されたら、出来ないよ」
矢吹は、ハッと自分の頬に触れる。自分がどんな表情をしていたか、今ようやく気づいたみたいだ。
「……ごめんね」
「いやいやいや、そ〜んな焦る必要なんてマジでないって! 俺らまだ高一よ? 日々エロいこと考えてる俺が言えたもんじゃないけどさ。まだまだこれから先があるんだし、本っ当に俺でいいって思えた時に、今度こそ! ……それでいい?」
矢吹の顔を覗き込む。何だか泣きそうな顔してるのが見てて苦しいけど、きっとこれが正解だと思う。
矢吹は二度、無言で頷くと、精一杯の作り笑顔を見せた。
「うん、ありがとう花菱君。今度こそは腹を決めて、花菱君とエ……」
「あわわわわわわわわ矢吹ストップ! と、とにかく俺帰るな! また明日もこの時間で!」
「あ、うん! 今日はありがとうまたね花菱君!!」
ふぅ、もう少しで矢吹の口から、とんでもない言葉が飛び出すところだった。危ない危ない。
「ってどぉわぁぁあ!? そうだった大雨だった! 矢吹傘忘れたー!」
「やっぱり!? 何も持ってない気がしたんだよね!」
全身を容赦なく叩き打つ雨で、Uターン。忘れた傘をパスしてもらって今度こそゴートゥアゲイン。
ゴートゥアゲインって何だっけ? もう一回来ること? だとしたらそれは明日ですね。行くぜマイホーム!
滝の如し降り注ぐ雨に、疲労感は土曜日の部活に相当。土曜日は殆ど授業ないから、朝から夜まで練習。アレはイカれてる。
でもそこまで真剣に取り組むのは、俺と小鷹先輩と入谷先輩だけなんだよね。流美たんは途中でリタイアだし、セフィは時々休んでるし、叶都パイセンは早めにバイトで抜けるし。
ま、女の子達が無理する必要はないけど。
……叶都パイセンに怒られるかな。
「たっだいま〜。さーてと、夜飯食べてくたばるかね〜。疲れちまったし」
「あっ、バカ兄!」
「あらぁどうしたの李々華、そんな雑に上着着て。外は暗いし雨ヤベーし出ちゃダメよ?」
「だったらバカ兄行ってよ!」
「ほぇ?」
やたら狼狽してる李々華と、更にはリビングで頭を掻き毟ってる廉翔と、誰かと青冷めながら電話してる母さん。皆して、何してんだ?
無理やり李々華に玄関まで追いやられ、傘を渡された。
そして、
「瀬川さんが帰って来てないの!!」
──俺にとって、最も嫌なニュースが明らかとなった。




