3─12
俺、花菱俊翔。今から全力で補習しまーーーーーーーーーすっ!!
──五分で撃沈。ダメだ、勉強ってどうもやる気が湧かない。
「あと数日で柊祭り始まるってのに……。折角ヤマナカ先生に頼み込んで、今日中に残りの補習用課題を全て終わらせることにしたってのに」
出鼻を挫かれた気分だぜ。放課後だからなのかより一層やる気出ない。
ここに昇が居て、二人きりだったら何かしらラッキースケベが発動するんじゃないかな。昇とはソレのお陰で幾度となく触れ合っているから、触れれば元気になることは分かってるんだけどなぁ。
何故彼女である矢吹じゃないのかって? はっはっは何を今更。矢吹は昇と違って暴力で済ませるようなコじゃないのだよ。
心の臓まで凍り漬けにされるくらい凄い目で見てくるのさ。怖いんです。
「何か考え事? それともココが分からないの? ここはね、まず因数分解が必要なんだよね。ほら、一応書いてあるでしょ?」
「あ、マジ? ホントだー。でもそうでなくて、昇の大きなお饅頭をモミモミ出来るラッキースケベが起きないかなぁって考え事をね」
「ふーん。花菱君は、おっきな胸が好きなんだ?」
「正確に言えば、女の子が大好きでして、おっぱいは女の子しか膨らまないから女の子の象徴とも言えるじゃん? だからひっくるめて好きって訳で。更にはあの揉み心地が堪らんのよ。小さければあまり柔らかく感じれないけど、大きければ指が包まれてもう気分サイコー。小さくても大好きなのに変わりはないんだけどね」
胸一杯語って最後に親指を立てる。正面には、机に肘をついて両頬を手で支えるセフィがいた。わお、かわゆす。
……。
…………。
……………………。
「おわああああああああああああああああ!?」
女の子相手に何言ってんの俺!? 女の子が大好きなことは悲しいことにもう知れ渡ってるからいいとして、何でおっぱい好きなことまで暴露しちゃってんの!? セフィがいたことにすら気づいてなかったけど!
話しかけられても何か思い切りスルーしてたけど!!
このフロアに木霊した悲鳴に耳を塞いでいたセフィは、そっと俺の目を見て、更にはジト目になった。
「ヘ・ン・タ・イ」
クスりと笑みを浮かべて、超ラブリーに蔑まれた。ダメージを受けるどころか大分回復した気がする。
矢吹や昇と違って、このコの蔑みは愛がある。だからなのか嫌じゃない。むしろ嬉しい。
流美たんも俺に対しては愛が込もってるけど、目付きと口調は侮蔑そのもの。もしくは軽蔑。冷凍光線で胃を貫かれた気分になってしまうのだ。
「セフィ、は、いつからそこに? 流石の俺でも、ドアが開いたら気づく筈なんだけど……」
目の前で話しかけられてるのに誰かが居るとは気づけてなかったから、明確な自信はない。
セフィはグッと背伸びして、可愛らしく片目を閉じる。
「ずっといたよー、教室にはね。授業終わって早々、来てみたら難しい顔で課題やってるんだもんビックリした」
「皆が部活のために移動してる時に来たってこと?」
「そうだよ?」
「てかセフィ部活は?」
「小鷹先輩も一回ここに来たから、その時に手伝うって言っといた。まだ部活中だし、早めに終わらそ」
「多分時間内には終わらねーっス。これ四日分だから」
「何で!?」
──午後七時半を過ぎて、もう校内に残っている生徒は殆どいない。俺は唯一灯りが消えていない職員室へと課題を運んだ。先生達まだいるのか。
真っ暗な廊下が嫌~に雰囲気あるけど、なるだけ気にしない様にして昇降口へと降りる。先に靴を履き替えていたセフィが、俺に気づいてひらひら手を振る。
「お待たせセフィ。んじゃ帰りますか」
「そうしよ。もう電車なくなっちゃったかな……?」
「ちょい待ち。……んーと、まだ八時のが残ってるっぽいけど、間に合うかな」
「じゃあ走ってみよ。セフィ達幸いサッカー部で、足には自信あるし」
「行きますか。足元気をつけろよ?」
別に俺はスタミナにも脚力にも自信はないのだが、セフィが何か楽しそうなので乗っておくことにした。恋人らしいことしてやれない分、こういうとこで優しくしてやらないとな。
──結局途中から勝負みたいになって、とてもお恥ずかしいことにわたくしめが負けました。スタミナの差ですね。セフィは足も早いし。
「あーあ、楽しかったぁ。真夏にいっぱい汗かくのも気持ちいいね!」
「そ、そーか? 俺は部活中は気にならないけど、この時期にここまで汗かくとめちゃくちゃ気持ち悪いのだが」
「そっか。そりゃ残念」
セフィがクスッと笑う。俺はその先の道で女の子がじっと見つめて来てるのが怖くて仕方がない。
だって今午後の八時を過ぎているのですよ? 小学生くらいのコが外に出てるのはおかしいでしょ。
「あ、そだ花菱君」
セフィがトントンと肩を叩く。この距離での上目遣いは鼻血出るかも知れないレベルに強烈。
もし、俺を倒そうなんて輩がいるのなら、わざわざ自分の手を汚す必要はない。美少女に頼み込んで色仕掛けさせりゃ一発ですから。
アレ? 代わりに女の子が手を汚すな。それはNGだから俺を倒すのはやめてください。何の自慢にもなりはしないし。
「聞いてる?」
「あ、悪い何だっけ?」
「もぉ」
セフィが膨れっ面になる。ハムスターみたいだ。ただハムスターに見えるんじゃなくて、ひまわりの種を頬張った状態のハムスターにそっくり。
「セフィも、お祭りついて行きたいんだけど」
「えっ」
「『えっ』って何!? ダメなの!? 二人きりじゃないんだし別にいいじゃん!」
「……他のメンバーに訊いてみてくれ。俺は何も知らない」
「何それ!? セフィ本当は二人だけで行きたかったんだからね! 矢吹さんが優先だから我慢するだけだから!」
「は、はい。さーせん。どうぞご自由に」
「むぅうううううっ」
何か最近、セフィが積極的な気がする。ニセモノの恋人になったばかりの頃は特にここまでじゃなかった。
別に祭りについて来るのは構わないんだけど、これ以上女子メンバー増えたら矢吹に何と言われるか……。またデレデレしてるとか勘違いされるのはごめんだ。きっとデレデレはしてるけど。
「花菱君から矢吹さんには伝えておいて! それと瀬川さんにも。梅原さんと流美ちゃんのはチャット持ってるから自分で話す」
「了解。先に言っておくけど、今の俺は金欠だから奢るとかは無理だかんな?」
「別に奢ってもらおうとはしてないよ!? そもそも、花菱君が金欠なのはとっくに知ってるから!」
「ま、金借りてるしな。でも何か嫌だなそれ。まるでいつまで経っても金稼げない奴」
「何でお金貯まらないの?」
「矢吹に貢ぎ過ぎた」
「バカ……」
心底呆れた様子のセフィと、分かれ道でお別れ。偶然、買い出し帰りの昇と出会い、その場で祭りのことを伝えた。
流石と言うべきか、昇は微塵足りとも嫌がっていなそうな清い笑顔で頷いた。どんどんメンバー増えていってるのに、寛大だな。
「バカ兄」
いきなりですね。いつから俺の部屋に居たんですか李々華さん。
俺今から寝るとこなんだけど。
「どした李々華。お兄ちゃん眠いから早めに済ませてくれないかい?」
「キモい。柊祭りの日のこと訊きに来たんだけど」
「ああやっぱそれか。悪い李々華、今年は友達とでも行ってくれ。俺今年は五人と行くことになってて、しかも金欠なんだ。奢れない」
「分かった、誰か誘ってみる。おやすみバカ」
「おやす──バカで止めるな」
♠️
パーパラパッパパッパ~ン。
ついに柊祭り当日になりました。午前十一時から開催なんだけど、まずはこの日までの約四日間で決めたルートの下見にでも行って来ます!
「さーてと最初に、今日の天気はどうだかな!?」
午前八時。気温、三十一度。天気、快晴。
────流美たんを殺そうとしてんのか、この天候。
「俊ちゃん私も行く~!」
「お、起きてたのかミコト。なら早く出かける準備しろよ。そのパンツ姿では外に連れてけないから流石に」
「分かってるよ! ちょっと待ってて!」
「ほいほい」
全く、暑いってのに待たせおって。ちょっと中に戻ってよ。中もそこそこ暑いけど。
前に昇達と選んだらしい、Tシャツとミニスカというラフなスタイルに着替えたミコトが駆け降りて来たので、ドアを開ける。
いつもいつも思うけど、お前は何で下が短めなの? 今回も超絶って言えるレベルでミニじゃん。長い脚が丸見えじゃん。舐め回してほしいのか?
「だって、李々華ちゃんが、『バカ兄は短いのの方が好き』って教えてくれたんだもん」
「何であのコは俺の性癖を全てミコトに教えているのかな? つーか何で知り尽くしてるのあたし怖い」
「性癖……?」
「気にするな。さぁ行くぞレッツゴー。因みにめちゃめちゃ暑いぞ」
「ホントだ!? コレ流美ちゃん大丈夫かなぁ」
やっぱり気づいたか、流石元神様。呪いの点には敏感なんだな。
流美たんは場合によっては、日が暮れてからってことになるだろうな。そしたら回った場所だとしてももう一回行ってあげよう。
俺とミコトは矢吹や昇がリクエストした『様子見して来てほしい場所』を見て回る。矢吹は基本的に食べ物の屋台なのだが、今は看板が置いてあるだけだ。
「ねー、この柊祭りって、どうして行われるの?」
「中々難度高めの質問が投げられた。柊祭りは結構古くからあるらしいし、俺は知らん。楽しむためじゃん?」
「ふーん。神様が関係してるかと思った」
「十字仙山や小川は関係ないと思うけど、無いとも言い切れないよな」
「じゃあ関係してる?」
「分かんねーっつの」
それより、さっさと昇のリクエストである山の上の神社でも見に行こう。階段百段程度だからまだマシだけど、何でこんな場所に行きたいのか。
そもそも、この山も十字仙山の一部だから、俺からしたら不安が積もっていくだけなんだが。
「うおっ!?」
「俊ちゃん!?」
階段を三十段くらい駆け上がったら、いきなりつんのめった。すかさず手すりをキャッチして、堪え切る。
何だ、今の。俺は明らかに前に体重をかけていたのに、後方にひっくり返りそうになったぞ。
「俊ちゃん大丈夫!? そこぬるぬるしてた?」
「いや、こんな低い場所じゃそれは無い。雨でも降らない限り」
まぁ俺バカですから確かではないんだけどね。
それでも、乾いてるんだ。階段は間違いなく乾いている。そもそもこんな天気だし。
「ま……特に何もないとこで滑ることだって稀にある。気にせず行こう!」
────神社に到着した頃俺は、肩で息をしていた。ここまで来るのにスタミナが削られ過ぎたのだ。
「何だ今日は……。何もないとこで滑るわ何でいるのか知らないけど猿に飛びつかれて落ちかけるわ一段崩れてるわで……」
「階段が一段無いのは私も驚いたよ……」
俺と違って災難には遭っていないが、百段ってだけでミコトは疲れ切った様子だ。仕方ないっちゃ仕方ない。
「と、昇にメールしといたから、少し休憩してから降りるか」
念入りにストレッチして、もう使われていないのだろうか半壊している賽銭箱に寄りかかる。あー、疲れたマジで。特に腰が。
昨日駅まで走ったのも悪いんじゃないかしら。
時間はまだ九時半前。これなら、少しここで寝るのも有りじゃないっスかね。祭りの時間に足痛い疲れた~とかなるのは嫌だ。
「……っ!」
俺が仮眠タイムに入ろうとしたら、視界の中央でミコトがバッと立ち上がった。神社の方を、不安気に見つめている。
「どうしたミコト? 俺ちょっと疲れたから寝ときたいんだけど」
「何だろう……何か変な感じがする」
変な? あ、もしかして。
ミコトは元神様だから、何か気配を感じるのかも知れない。ここは神社だし。
でも、表情だけ見たら何かを警戒しているというか、怯えているというか。そんな風に見えなくもない。
「もしかして、今日ここまでに起きた不幸って──」
「ミコト? どうした? 気分悪いなら帰るか? 俺も神社で仮眠なんて罰当たりなことしたくはないし」
「俊ちゃん来ちゃダメ戻って!!」
俺が立ち上がったら大声を出されて、反射的に立ち止まった。その瞬間、俺の目に映る女の子の身体がふわりと浮かび、こっちに掌を向けたまま────階段から吹き飛んだ。
「ミコト……うおっ!?」
突風が、遮られている筈の後方、神社の方から尋常ではない勢いで吹いた。
だけど、ミコトが落ちた。
だからむしろ、風に身を任せてその後を追った。
「ミコトーーーーーーーーーー!!」
何とか追いついて、宙に浮いたままミコトを抱き締める。その中でようやく、勘づいた。
暫くなりを潜めていたくせに、また俺を殺しに来たんだ。
十字仙山の神様による、矢吹にかけられた呪いが。