3─11 夏祭り
「おはよー! 今日は朝から俊ちゃんが寝惚けてて、遅刻しかけたんだよねぇ~」
「おはよう瀬川さん。因みに、起きるのは皆朝だと思うから朝しか寝惚けないと思うよ」
「あと遅刻してるよ普通に」
「あれぇ?」
──三分遅刻で登校し、運良く授業開始前だった。ミコトはたった数日で慣れたのか、クラスメイト達と楽しそうに談笑する。
何だ、アイツ昨日まであんなにビビってたくせに、俺よりよっぽどコミュ力高いんじゃないか? 俺は中等部時代に思い出したくもない事件を起こしてからようやく、昇・コタケ以外と打ち解けたんだから。
まぁ、その頃に昇の記憶が失われたんだが。
中等部時代、いい思い出あんまないかも。
「瀬川さん、慣れたのかな? よかった」
「お、矢吹ハロー。見ての通りって感じじゃないかな」
「だといいね。これでわざわざ僕達がお世話する必要もなくなったっていうか」
「昇の前ではそれ言わない方がいいぞ……」
つーんとそっぽを向いてしまった矢吹は、何も言わずに授業の準備をする。許すつもりなさそうだな。
俺は、本人にも伝えたようにもう呪いについては、ミコトを責めない。呪いを受けた昇の意思を尊重する。
だからその、彼女である矢吹がいつまでも許さなくて冷たくして、昇が怒るなんて事態に陥ったら、その……どうしようかと今から胃が痛い。
「ねぇ、花菱君?」
ミコトの様子をじっと窺っていたら、ボールペンでつつかれた。犯人は矢吹である。
「どうした? 因みに今日は部活無しになったから、普通に帰れるぞ。朝練は、流美たんと俺と入谷先輩がいなかったから中止になったらしい」
「あ、いやそうじゃないんだけど。流美ちゃんは体調崩したって言ってたね。入谷先輩って、あの目立たない人?」
「言い方アレだけど、まぁそうな。あの人は別に暗い性格じゃないんだけど、真面目過ぎて口数が少ないんだわ。今日は何か用事があるらしくて来ないってさ。……で、何だっけ?」
「あ、うん。何かあったのかなって。花菱君いつもより元気なさそうだから」
矢吹が心底心配そうな顔で俺を覗き込む。ううむ、元気がなさそう、か。あながち間違いじゃないのが何とも。
チラりと時計を見て、まだ先生来ないのかとか考えつつ、椅子に寄りかかる。
「多分、昨日雨に濡れて帰ったからだと思うんだよな」
「風邪……?」
「そこまではいかない……と思ってる。俺的には。多分予兆ではあるんでねーかと。何せ、川に────」
「お前ら席につけー。はいそこ、転入生と仲良くするのはいいことだが後でなー」
昨日、ミコトが氾濫した川に入っていたことを矢吹に伝えようとしたら、担任のヤマナカが気怠い声を出して入って来た。というわけで雑談ここまで。
「川に、何?」
「悪い矢吹また後でな。矢吹は基本保健室だから知らないだろうけど、ヤマナカ先生厳しいから真面目に受けよう」
「……分かった、後でね」
矢吹は自分の席(授業によって座る人が変わる席)に戻り、俺もしていなかった準備を急ぐ。その間にミコトも隣の席に着き、あんまり理解出来ない授業が始まりを告げた。
授業中、俺は時々ミコトの様子を窺っていた──。
今朝は俺の部屋に侵入していなかった。鍵がなかった可能性もあるにはあるが。
四時間分授業を受け、その間俺と目を合わせなかった。
昨日まで恐る恐るといった感じで多少距離を置いていたクラスメイト達と、普通に会話をしていた。
「ミコトの様子が早くもおかしい」
昼休み、矢吹・昇を屋上に呼び出した。俺の言葉に、二人は怪訝そうな顔をして見合う。
「確かに、今日は花菱君について歩いてるとこ、見てないかも」
ハッと思い出したように矢吹も頷く。そうなんだよ、今日俺がミコトと話したのは、登校する前までなんだよ。
「私はそもそもクラスが違うから様子は見れていないけど、そう聞くと変ね。昨日まではシュン以外には消極的だったように思えたし」
昇もうんうんと頷く。そうなんだよ、ミコトは知っていた昇にすら、引け目を感じていたから内気だったのに、関わりが殆どない生徒と平然と話すようになってるんだよ。おかしいだろ?
ふと、昨日の帰りにミコトが川の中にいたことを思い出す。
「まさか俺に言われたことを気にし過ぎてってことはないよな……」
昇の目がギラリと光った気がした。
「何を言ったの……?」
「い、いや別にそんな酷いことは言ってないぞ? ミコトに町案内した帰りなんだけど、『お前といても楽しくはない』って本音打ち明けただけで。──あ、いや! その次の日はいつも通りだったんだぞ!?」
「ほんっとにバカね。相手の気持ちを考えることくらいしたらどうなの?」
「うっ、悪い……」
昇がマジな目で睨み付けてきたから、縮こまった。ありゃ軽蔑の目だ。怖過ぎる。
ああ、そうだ。まだ話してなかったな。
「矢吹、今朝俺が途中で話終わらせちゃったっしょ? アレのことなんだけど」
「あ、川がどうのって?」
「何の話?」
昇、ちょい待て。今から話すから。何の話? ってのの内容は、今から話すから。待て。
アレがもし、ミコトが神様になったことを後悔していることの表れなのだとしたら、あまり人に聞かれるべき話じゃない。回りに誰もいないことを確認してから、なるべく小さな声で二人に教える。
「昨日ミコトが、氾濫した川の中にいたんだ」
「「えっ」」
二人がハモる。矢吹は「何で?」って感じの表情で、昇はまるでトラウマが甦ったような表情だ。
よく考えたらこれ、同じく氾濫した川に流されて死んだ昇がいるところで話すことじゃなかったかも。
でも話し始めちゃったんだから、進めるしかない。
「まだ、あの時程流れは激しくなかったし、水量も溺れ死ぬレベルではなかったから助けることが出来たんだけど……アイツはどうして、あんなとこにいたんだろう」
昇が凄く居心地が悪そうに目を逸らす。けれど直ぐに俺の目を見て、苦い顔をした。
「理由は分からないけど、やっぱり、人間の生活に慣れないとか……?」
「昇、お前がそんな顔してるんだから、考えてることくらい分かるぞ。そんなことしたら、アイツの言った償いにならないだろ」
「僕もそう思うよ」
「そう、かな……」
俺も、矢吹も昇の考えはお見通しだった。だから直ぐに否定する。
昇はきっと、ミコトが神として宿っていた川が自分にしてしまったことを、自分でも受けようとした。なんてことを考えたんだ。
でもそれはおかしい。ミコトは昇への償いとして神の座を降りたのに、そんなことするなら迷惑なだけだ。
流石にそこまでバカではないだろう、ミコトも。何故か脳内で話していた時とは別人だけども。
「……理由がどうであれ、またそんなことがないように見張っておきましょ。自然の神様が罪を被る必要なんて、本来はないんだから、絶対に無駄死になんせさせない」
「だな。俺はずっとクラス一緒だから、ちゃんと見とくよ」
予鈴が鳴ったから、俺達はそれぞれ別の教室へと別れる。でも矢吹だけ向かったのが教室ではないから、第二保健室にでも行ったんだろう。サボりかな、マイハニー。
全然見張る気ないやんけ。
「うんうん、昨日の朝見た猫なんだけど、ちょっと太ってた」
「一日でそんな変わらないよ~。別の猫だと思うよそれ」
……教室に戻って、また他の生徒と談笑するミコトを盗み見る。俺以外とは、喋ってるんだけどな。
それにしても昇は、やっぱ心の広さ宇宙クラスなんじゃねーのかな。俺にはそうでもないけど。
だって、「自分を呪ったくせにそう簡単に死ねると思うなよ」って理由でなら分かるけど、「神様が罪を被る必要はない」からって死なせたくないと言うのだよ彼女は。どんな時でもミコトのこと考えてあげてるよ。優し過ぎない?
「コタケ、お前ミコトと普通に話せる?」
「は? 特に話題もないし、あんま話さないと思うぞ?」
「そっか」
ミコトが本当に人に慣れたのか気になったから、友人を使ってみようと策を立てたが無意味だった。そもそも、身長高くて顔がまぁ良いだけで俺と同じく漫画オタクなコタケじゃ、あの輪に入って行くのは難度が高いか。
漫画オタクだからって関係があるかは知らないけども。
「つーかいっそ俺が話しかけりゃいいんじゃね? おーいミコト!」
目の前でコタケが呆れ顔になった。何の話だったんだよって顔だ。すまん特に何も。
「何? シュンちゃん」
ミコトが振り返って、首を傾げる。なるほど、こっちには来ないってか。やはり様子がおかしいな。
だがお前がいくら俺に近寄りたくなくてもな、絶対にこっちへ来るように仕向けることが出来るんだ今は!
「そろそろ授業始まるけど準備しなくていいのか」
「あっ!」
──授業開始三十秒前ぇ!
♠️
「俊ちゃん、もうちょっとでお祭りあるって本当?」
帰り道、ミコトがキラキラ目を輝かせながら訊いてきた。校内ではあんな態度だったくせして。
てか祭りのこと誰から聞いたんだ?
「あと六日だったっけな。多分そのくらいで始まるよ。」
「むいかってろくにちだっけ? じゃあもう一週間切ったんだ!」
「だな、気がつきゃ。もう夏休みに入るんじゃん。明日補習だよチクショー」
「今日ね、カワサキさんから教えてもらってね、いっぱい食べ物売ってるし、いっぱいいっぱいあるんだって!」
「んー? ま、そっスね」
テキトーに返事をしていたら、ギュッと手を握り締められた。何だこいつ、体温そんなに高くないな。
ミコトは俺の目線に追いつきたいのか、一生懸命背伸びをしてる。仕方ないから、中腰になってやるか。
「私も行きたい! お祭り行ってみたい! 俊ちゃん一緒に行こう!?」
小さな子供みたいなテンションで、ミコトははしゃぐ。えーと、こういう場合はと。
「連れて行ってやりたいとこなんだけど、俺は先約があるんだよな。矢吹と昇と流美たんが一緒……」
「矢吹さんと昇ちゃん、『いいよ』って返事くれた!」
「あれぇ!? お前いつの間にスマホなんて持ってんの!?」
「矢吹さんが買ってくれたんだぁ。一年間くらいはお金支払ってくれるらしいの!」
「矢吹スゲーな!? 確かに一年分くらい余裕で余ってるだろうけど、好きじゃなさそうな相手にスマホ買ってあげるとか! 案外許してんのか!?」
普段の態度からしてミコトのこと嫌いだと思ってたんだけど、そうでもないのか!? 俺や昇への罪悪感から神様を辞めたってことに対して同情とかしてたりする!?
でも何より、俺は知らなかったんですが!? ほぼずっとミコトと行動を共にしていたのに、いつ買った!? まさか俺とセフィがゲーセンにいる時!? いやでもそんな早く済む!?
「何か、お母さんに頼んで直ぐに手配して貰ったって、昨日受け取ったんだ~」
「スゲーのは花歌さんか!!」
だよね! 色々残念な矢吹じゃ少しの時間でスマホ買ってあげるとか無理だよね! そして花歌さんやっぱパネェッス。
……ん? でもちょっと待てよ?
「なぁ、流美たんとはチャット交換してねーの?」
さっきミコトは、「矢吹さんと昇ちゃん」とだけ言ってた。つまり流美たんからの許可は得ていないということ。
「えっと、流美ちゃんは今日体調崩して休んでるでしょ? まだ時間もあるし、今度訊いてみる」
「あ、俺より人のこと考えられてるわねイイコイイコ」
「ひゃわあっ!?」
頭を撫でたら、ミコトが持ち前の超絶エロボイスで可愛い反応をした。顔も、耳まで真っ赤になってる。──え? 待ってどした?
ミコトは俺から目を逸らして、胸の前で指を絡ませる。明らかに照れてるよねコレ。
「ご、ごめんビックリしちゃって……」
「ビックリしたのはこっちだわ……。と、取り敢えず、流美たんが『ダメ』って言うことはまずないと思うから、大丈夫だと思うぞ祭り。ついて来ても。だから、その、帰るか」
「う、うん」
ミコトは目を逸らしたままついて来る。相変わらずスカートが短過ぎて、後ろからパンツ見えてるんじゃないかと心配になった。後で李々華にタイツのことでも訊いてみるか。
──あ、大事なこと言うの忘れてた。
「えーっと、ミコトさん」
ミコトがハッとした様に顔を上げる。
「な、何でしょう」
「俺今金欠だから、屋台で遊び放題食べ放題は出来ないっス」
「あ……そ、そうだね」
ミコトが申し訳なさそうに挙動不審になる。どんな心境なのそれ。
期待を裏切るようで本当に悪いけど、黙っておいて当日に「お金有りません」よりはいいよな。こっちの方が。
──因みに。
帰宅して母上にミコトも祭りに連れて行く話をしたら、ミコトだけ当日お小遣いが貰えることになりました。
ミコトだけ。




