3─9
結構涼んだ。涼んだ越えて凍えた。
一人だけトイレを済ませて、その間に昇達が会計。因みに俺以外が割り勘で払ったのだけど、それは俺が金に余裕がなかったからだ。
格好悪いけど、矢吹に貢ぎたい俺としては非常に助かる。
「そもそも、僕に貢ぐ必要とかは全くないんだけどね」
昇のオススメスポットに向かう中で、矢吹が恐ろしいことを言いおった。俺の、俺の気持ちを踏みにじるつもりか⁉︎
「だって僕、お金に困ってないし。親が大金寄越してくるんだから、幾ら無駄遣いしても普通の生活じゃ余裕あるよ」
「まぁ、確かに花歌さんからのお小遣いはヤベーよな。何だっけ十万が毎月?」
「三十万くらいかな」
「……」
言葉を失った。俺の全財産より遥かに多いお小遣い。そりゃ貢ぐ意味もないね。
毎月毎月で、使い終わってもないのに増えていくから百万以上貯金されているらしい。そんな高校生嫌だ。
「むしろ、僕が花菱君に貢ぎたいかな。花菱君のためにお金使いたいよ。デートとか、ペアで何か買うとか、旅行するとかにも」
照れながら、矢吹が笑う。抱き締めてもいいかな。
「俺には貢がなくていい! 男として何が何でも自力で何だこんだやってみる! デートくらいは金出させてくれ!」
「じゃあ、ペアにする物とか旅行の時は僕が出してもいい?」
「そ、それはうーん。俺としては助かるけど複雑だなぁ」
「もー。花菱君がお金なくなったらそれこそ困るでしょ? だからそこは譲りませんー」
「じゃあ、すまぬ」
矢吹がニコッとして腕に抱きついて来た。理性崩壊して、このままホテルにインしちゃっても構いませんか。
俺も矢吹もお互いに尽くしたいのなら、きっと情熱的で楽しい時間になると思うんです。グヘへへへへ。
「二人とも、目の前でイチャつかないでくれる? 今は瀬川さんに町案内してるんだからね、分かってる?」
「「ごめんなさい」」
「……はぁ」
即謝罪でどっちもがイチャついてることを認めたからか、昇が深い溜め息を吐いた。
今日は彼女が冷たい日だなんて落ち込んでいたが、急にデレ始めた。女の子の武器で俺の腕を包み込んでいるくらいには、積極的になった。
俺の彼女可愛いサイコー! でも脛蹴るのはやめてほしい。
町行く人々が俺達を見つめる。これ程までに優越感を抱くことはそうない。美少女に囲まれるって、勝ち組気分だね。
「で、何処向かってんの昇コレ」
いつまで経っても歩き続けてるから、そろそろ目的地を教えてほしい。もうウォーターパークとか過ぎちゃったよ? 息抜き程度の場所って何処?
「とっても、涼しい場所。楽しめるようなとこじゃないけど、是非とも行っておきたかったの」
「へぇ? 昇がそんなこと言うの珍しいな。ミコトのために教えておきたかった場所ってことだろ?」
「うん、そう。むしろ他はどうでもいいわね」
「それは酷くないかね」
クスッと、昇は控えめに笑う。時々左右からはみ出すその背中を追うようにして、歩き続けた。
昇が入って行ったのは、確実に道ではない林の中だ。確かに冷んやりとした空気だし、陽射しも木漏れ日になっているくらいの涼しい場所だけど……何故?
こんなとこに行っておきたかったのか?
「もうちょっとで目的地。ここにはね、川が流れてるの。とっても小さな川がね」
どんどん先へ行く昇の表情は窺えない。ただ、声だけで穏やかな感情なのが分かる。
俺も次第に、昇が何のためにそこを目指すのかを、理解していた。
「本当だ、小さい」
流美たんがそう溢す。俺達の目の前には、突然河原が現れたのだ。
そんな拡がってもいないし、川自体の幅も一メートルない。周りは木に囲まれている──まるで、俺と昇の秘密の場所でありミコトの故郷である、あの小さな川のようだった。
矢吹には教えてしまったのだが。
「ここ、何か好きかも。静かだし、涼しいし、落ち着く」
「分かるよ、俺も。てかセフィって意外にも静かな方が好きな感じ?」
「意外って失礼だなぁ。セフィは元々、お淑やかな女の子だよ」
「え……?」
「流美ちゃん! な、何か言いたいことでもあるのかな?」
「……セフィは全然お淑やかじゃない」
「言っちゃうの⁉︎」
サッカー少女達の会話が何だか微笑ましくて笑っていたら、背中をつんつんとつつかれた。矢吹が神妙な顔つきで俺を見上げてる。
……ああ、ミコトのことでか。
「小川……」
ミコトはじっと小さな川を見つめる。何とも言えない表情で、どんな心境なのかイマイチ掴めない。
ここに連れて来た昇は昇で、柔らかな面持ちでミコトを見ている。
……ところでこの後どうすんの?
「私、勉強で躓いたり、何か嫌なことがあるとここに来て涼むの」
昇の呟きに、セフィと流美たんを除いて反応。俺はこんなところ、教えてもらったこともない。
ミコトの川ではなくて、こっちで頭を冷やしていたってことか。
「向こうの川は、楽しい思い出だけにしたかったからね。ここは本音をぶち撒けるためにって、ずっと考えてた。今日を迎える前まではね」
昇が何を言いたいのか分からん。わざわざ自分のストレス発散に活用していた林に、ミコトを連れて来たのだろうか。つまりは「お前もここでストレス発散しておけ」ってことなのか?
うーん、何か違う気がする。
「瀬川さん的には、どう? 小川とか、雰囲気あなたのに似てたりしない?」
「うん。もう私はあの川の神様ではなくなっちゃったけど、嬉しいよありがとう」
「ふふ、よかった。気に入ってくれたならいつでも来てね」
──何だ、昇はストレス発散に適した場所を紹介した訳じゃなくて、ミコトの川に似ていたから連れて来たのか。驚かせんでくれ。
「……花菱君、何?」
俺はセフィの耳を間一髪で塞いだ。何てあぶねー会話をしてんのよ。セフィは呪いのこと知らないんだから、迂闊に神様のこと話題にしたら危険でしょう。
「花菱君?」
「あ、いえ。脳を破壊する危険なノイズが発生したもので」
「それよく皆生きてるね?」
そもそもノイズって、耳を塞ぐだけで防げるようものなんだったっけ? ノイズって何だっけ?
矢吹が本気にしてパニックになってたから、急いで誤解を解いた。
俺達そのままの意味で馬鹿っプル。これお約束。嫌〜なお約束。
──結局、この林の中ではやることなどないため、思いの外早く移動することになった。やはり息抜き程度か。
「……」
セフィだけがキョトンとして、他は皆無言。何だか神妙な雰囲気になっちゃったけど、俺はこの空気嫌いなのでぶっ壊してみたいと思います。
「さぁあてとっ! 次はいよいよ流美たんのオススメスポットだね⁉︎ さぁ張り切って行こう!」
「俊ちゃん、声うるさいよ」
「シュン、傍迷惑」
「花菱君、隣で大声出さないで」
「ビックリした……」
「注目浴びちゃったじゃないか……」
全員に纏めてごめんなさい。折角テンション上げたのに一瞬にして撃沈。
ジェットコースターの急降下? タワーオブテラー? 激しい感情の変化は苦手なんですけど。楽しく行こうぜ楽しくさ……。
「じゃあ、案内する。ついて来て」
「うん。流美たんのオススメスポットって、何処なのか凄い気になる」
「……」
返事がないのが寂しいけれど、文句は垂れず黙ってついて行く。何だか、やたら見覚えのある表通りに出た。
猫カフェや、叶都パイセンがバイトしているレストランや、王都市唯一のシアター、ライブハウスなど様々な建物がある。
大人のホテルだってある。何だってこんな目立つ場所に建てたのか。
「ここ」
「うん……?」
表通りの道路を横断して、数分歩いただけ。流美たんは立ち止まって、そのお店の中へと入って行った。
スポーツ用品店であります。まさかの。
まぁ、ありがちではあるよね。スポーツ少女となると。
「私、普段は病院かここにしか来ない」
店内でスパイクを眺めながら、流美たんは呟いた。思わず二度見してから、今聞いたことを脳内でリピートして、
「マジかよ⁉︎ ──って、冗談じゃんな。流美たんのバッグとか服とかオシャレなの多いし、アパレルショップとかにも結構行ってるっしょ〜」
「……」
流美たんが俯いてしまった。俺、何かNGワードでもぶっ込みました? そんな筈はない……よね?
だって何がいけなかったのか全く分からないし。図星で恥ずかしくなっちゃったとか?
「ここ、何か独特なにおいがするね。何のにおいだろう」
「新品の物って大抵こんなにおいだと思うぞ俺は。あんまり好きじゃないけども」
「へー、ところでここで何するの?」
「……買い物くらいじゃね?」
流美たんに目を向けたら、真顔で頷かれた。ずっとスパイク見てるし、もしかしたら新しいのが欲しかったのかも。
セフィはさっきまでよりイキイキしていて、既にサポーターを手にしてレジに向かっていた。
「でもアレだな、俺は今は何も買わんでいいや。別に何かダメになった訳でもないし金ないし」
「私も、スポーツとかはやらないからなぁ」
「最近人間になったんですもんね」
俺とミコトは突っ立っているだけで、その間に流美たんはレジへ。セフィは満足そうに帰って来た。
セフィって、いかにもスポーツバカなイメージがついてきたな。俺はサッカーバカで馬鹿だけど。
てか、マネージャー二人が何だか遠くで話ししてるけど、何してんだろアレ。
「昇、矢吹どした?」
「そろそろ注文するべきかなって。もうちょっとで済むから待ってて」
「……いや何を注文するのか教えてくれよ」
俺の呟きは届く筈もなく、昇と矢吹は再び会話に戻る。部員に何の説明もないとか酷くないスか。
♠︎
「そうだ、瀬川さんまだ服とかそんなに持ってないでしょ?」
スポーツ用品店を出て少しのこと。直ぐ近くにオシャレな洋服店が見えたからか、昇がミコトに問いかけた。
何だかとても、嫌な予感。
ミコトは不思議そうに首を傾げて、小さく頷いた。
「うん、制服と一着しかないけど」
「え⁉︎ 何で⁉︎ 今までどうやって生活してたのそれ⁉︎」
「セフィ、世の中には全裸で日々を過ごす猛者というのが存在してな」
「そんなことする訳ないでしょバカ!」
焦ってフォローをしたのに、グーで殴られた。じゃあ本当にどう生活していたのかセフィに説明しろよ自分でああん⁉︎ 出来んのかアホ!
「私さ、パジャマは持ってるし部屋着もあるけど、外で着る物は一着分しかないんだよね」
「あ、そうなんだ。ビックリしたぁ」
普通に誤魔化せるんかい。何だよ。殴られた分損じゃねーか俺。
ていうか、それ大嘘だよな。お前部屋着と外で着てた服一緒だし、寝る時もそのままだったし。
もしかしてその服、イメージで作った唯一の服だったり……?
「洋服買いましょ。好きな物選んでくれて構わないから」
「ホント⁉︎ やったー! 俊ちゃんありがと」
「俺が払うの⁉︎」
「ダメだよ瀬川さん。花菱君は今金欠だから」
「やめて矢吹男としてのプライドとメンタル削れる!」
「俊翔は外でいいと思う」
「流美たん⁉︎」
「じゃあシュンを捨てて皆で買い物しよ」
「おおおおいいいい⁉︎」
確かにオシャレなお店とかは引け目感じるから入りたくはないんだけどさ⁉︎ 捨てるって言い方はどうなの⁉︎ てか流美たんちょっと怒ってね⁉︎
金銭面でも人としても役に立たなそうな俺は、一人だけポツーンと取り残されてしまった。様子を見ていたらしい人達が哀れみの目を向けて来る。
「女の子達がキャッキャして服選んでるとこ見てみたかったんだけどなぁ……。運がよければ試着とかも見れたかもなのに」
仕方ない、暇潰しにゲーセンでも行くか。丁度直ぐそこだし。
昇にメールで伝えて、ふらふらゲームセンターに入店。最近のUFOキャッチャーって取らせる気ないよな、アーム弱過ぎて。
少ない金を無駄にしないためにも、確実に楽しめる物で遊ぼう。シューティングゲームとか。
「うわっ、そうだ俺シューティングゲーム殆どやったことないんだった。おわっ! やられるやられるやらるられるら……? 変なこと言ったから死んだじゃん……」
滑舌あまりよくないからなぁ俺。てか騒ぎ過ぎたかな、独りで寂しいのを紛らわすためとはいえ。
ゲーセン自体が騒々しいからって、はしゃぎ過ぎるのはやめましょうね。他の人達の迷惑になります。
ところで、土曜日って会社ないの? それとも休暇? 明らかな社会人が朝なのに多めなんだが。
もう直ぐ夏休みだし、補習してた方がよかったかな……。
「セフィも一緒に受けてあげよっか? 補習」
「おわっ⁉︎ ビックリしたいつの間に来たのセフィ⁉︎」
「ついさっき。セフィはスポーツのことしか考えてなくて、向かないなぁって。出て来ちゃった」
「え、すげーオシャレに見えるんだけど」
「これ全部お姉ちゃんが買って来たやつを着てるだけ」
「……なるほどね」
セフィ、お姉さんいたんだね。