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俺達みんな、仏像だ。顔が強張り過ぎて、パーフェクト無表情になっている。口数もとても少ない。楽しいなんて雰囲気でもない。
それもどれも全部、セフィが共に来てしまったからなのだろう。
「最初は花菱君が案内するんだよね? どこ行くの?」
「え、あ……そっスね」
ダメだ、目的地は明確なのに口が回らない。なるだけ喋りたくない。
セフィ以外が喋ろうとしないのはきっと、俺と同じ理由だ。
セフィは呪いのことを知らない。呪いのことを知ってしまったら巻き込まれる。俺はそれを恐れて、迂闊な発言をしないように口を結んでいるんだ。
でも黙ってたら行進してる変な高校生集団と見られるよな。
「王都柊公園だよ。王都市って言ったらまずそこだろ? 俺も矢吹とのデートはそこで待ち合わせだし」
噴水を見てミコトがどんな反応をするか。アヒルボートに乗せたらどうなるのか、なんて楽しみでもある。
もう一つ、ここを選んだ理由がある。
一週間とちょっとで、祭りがあるからだ。その下見にでも、と。
期日まで二週間を切ったからか、町中全てがお祭りムード。花火や団扇が各所で販売されて、コマーシャルでは浴衣のことが増えたりもした。
柊町はイベント系に情熱を持っている町だ。夏祭りが終われば次は、ハロウィンに向けて何かが始まるだろう。
……矢吹、似合いそうだから魔女の仮装してくれないかな。
「デートかぁ……ふーん」
ボソッと、セフィが呟いた。そう言えば俺とセフィは仮の恋人関係になってしまっているが、デートなんてしたことないかも。
まぁする必要なんてないんだけどな、仮なんだし。俺の真の恋人は矢吹なんだし?
でも、恋人といるための時間を棒に振ることになったのは、同情する。
「公園で、何するの? あんなとこ、テキトーに『ここです』で終わりじゃない」
「ふっふっふ、甘いな昇。あそこには大きな池もあるじゃないか。それに多少は遊べる」
「子供向けの遊具があるくらいだと思うんだけど」
……そうですそれです。親切にふかふかなマットが敷いてあるジャングルジムとかのことです。すみません。
因みに、池を出したのには理由がある。さっき言った、アヒルボートに乗せるから。ミコトを。
それ以外は祭りの準備に忙しいだろうし何も期待出来ませんごめんなさい。
「さぁ見よミコト! これが噴水だ!」
「わぁあああああ! 噴火してるみたい!」
噴火に見立てての噴水なんじゃないかな、詳しくは知らないけど。てか噴火のことは知ってるのね。
気を取り直してさっさと噴水広場にやって来た俺は、ミコトの笑顔に救われた気がした。何せ今日は昇が特に冷たいから。
「矢吹達も暑いだろ? 少し濡れて行こうぜ。へいへいカモンカモン」
ミコトは噴水に近づき過ぎたから少し引き離して、代わりに矢吹達を誘う。流美たんは傘があるからと拒否し、矢吹とセフィはこっちに歩き出した。
俺の作戦、その一。女子メンバーの濡れ透け見たいです。
「多分、シュンは服が濡れるのを期待してると思うから、行かない方がいいよ二人とも」
「「えっ」」
──ソッコーバレた。流石幼馴染み、俺の思考を読んで来たな。おかげで矢吹達が離れて行っちゃったじゃないか。
「ここでも充分涼しいし。それよりシュン、まさかここに来たのこのためだけとか言わないよね?」
「も、もちろんだぜいコンチクショー。次はかき氷でも食べて涼んでからにしよう」
「今そこで涼んでるんじゃないの?」
思ったよりビショビショになりそうだから、そろそろ離れたいんです。風邪引いたら補習がね、長引くからね。
まだ噴水を見ていたいらしいミコトを何とか引き摺って、近くのベンチに座らせた。犬に待てをするように言い聞かせ、その間にかき氷の屋台へダッシュ。
「一人で運べないでしょ、私も行く」
「昇はおっぱい邪魔じゃね?」
「ぶん殴るわよ」
「ごめんなさい」
昇が拳を構えたので、谷折りになって即謝罪。戻る時におっぱいに当たって、結局殴られた。
不可抗力なの、あなた頭いいんだから分かるでしょうよ……。
全員分のかき氷を、好きな味を訊き忘れたのでテキトーに買った。
矢吹はメロン、流美たんはレモン、セフィはイチゴ、ミコトはブルーハワイ、昇は練乳がかけられている。
「昇は、練……乳か」
「何で変な言い方してるのよ」
「いえ特に理由は、ないです」
因みに俺はデミグラスソース。美味しくないので一口で捨てた。
「てか皆その味でよかった? 何となくバラバラにしてみただけなんだけど」
「僕はどの味も好きだよ」
「マジで? デミグラスソースとかケチャップとかも?」
「そういうのは抜こうね」
矢吹に脛を蹴られた。段々、矢吹も手を出すようになって来たな。それ程打ち解けたってことなんだろうけど。
待って結構痛い。
「セフィも大丈夫!」
「私は、レモン苦手」
「マジか、別の買ってこようか?」
「大丈夫。酸っぱいのが得意じゃないだけだから」
流美たんが食べる度表情を苦くするのが、何だか可愛い。でも残すなら代わりに食べるから言ってくれ。
「これが、ハワイの味」
「ミコト違うそうじゃない。そういう意味ではない」
「甘……」
ハワイをどうやって食べるんじゃアホが。それと昇、めちゃめちゃ甘いなら何で選んだ。
隣で蒸せる昇の背中を摩って、俺は今更次にやりたいことを思い出した。そうだアヒルボート!
「ミコト! 俺だけにあまり時間かけてられないから次行くぞ次!」
「ええ⁉︎ まだハワイ食べてるのに⁉︎」
「アヒルボート今なら空いてるから! 何なら殆ど人乗らないからアレ! 行くぞ!」
「スワンボートね」
「かき氷落としたーーーー!」
ミコトの手を引きながら、アヒルボートへダッシュ。その間背中を殴られ続けた。
……何すんのよ。痛いじゃないっ。
「ほら、新しいかき氷買ったから食え。今度はイチゴ味」
「ありがとう。このボート、何で鳥の形してるの?」
「知らん。作った人に訊いてくれ」
何年も昔に亡くなっているだろうけど。足で漕ぐのがアヒルの泳ぎ方に似てるからじゃねーの?
かき氷食べながらアヒルボートとか妙だな。ミコトもあまり楽しそうではないし。何よりアヒルボートに乗ってない四人がベンチでつまらなそうにしてる。
流美たんなんか寝てるじゃんか。
──それにしても暑いな、流石真夏。
「どうだった? スワンボートは」
「つまらなかった」
昇の問いかけに、ミコトは笑顔で返す。そんなにつまらなかったか……。悲しいなおい。
忘れかけてた祭りの下見だけど、思ったより装飾とかされていない。まだ早かったか。
「よしじゃあ、次は矢吹のオススメにしますか。もう行ける?」
「行けるよ大丈夫」
「瀬川さん、五段階でシュンのオススメを評価したら?」
「何でそんなこと訊いちゃうの昇さん⁉︎」
「二!」
「低いな!」
ショック。夏だから涼めるかと思ってここを選んだのに。半分祭りの下見のためだけど。
それに、ミコトは元々水関連の神様なんだし、水が多いなら楽しめるかなって。……ダメだったか。
脱力したまま、矢吹に連れられて公園の外へ。暫く歩いたら、そこそこ人が並んでいる屋台が見えて来た。
「僕のオススメ、たこ焼き」
「多分祭りでも食べるよね矢吹さん」
「もちろん。お祭りで食べるといつもと違った味わいになるからね」
「へぇ、祭り風味的な何かでも出るの?」
「ううん? 雰囲気の問題」
俺の彼女は食に関することなら、テンションが上がる模様。もしかしたら食べ物の出店全部回るのかも。
結婚したら、一日にどれだけ大量のメニューが出て来るのやら。
「たこ焼きって、タコでも焼いてあるの?」
ミコトが、小さいコなら気になりそうなことを訊いてきた。俺も昔そうだと思ってたよ。
「タコを生地の中に入れて焼くだけだろ。タコを直に焼くわけじゃない」
「そんな大きなの、食べ切れるかなぁ」
「タコをそのまま入れてる訳ねーだろ! 誰も食べねーよんなもん! 流石に園児の俺でもそこまでバカじゃなかったわ!」
「またバカって言った!」
ミコトがポカポカ殴って来る。何だろう、見てる分には可愛らしいのに、めちゃめちゃ力が強い。すんげー痛い。
矢吹とセフィでたこ焼きを買って来て、全員で分ける。まさか暑いのにたこ焼き食べることになるとは。
たこ焼きを口に運んだミコトが、目をキラキラ輝かせて両頬に手を添えて、
「美味しい! でも中に入ってるのコレ何? ちょっと硬い。噛みにくいから俊ちゃん食べて」
「さっきタコを入れて焼くって説明したよね⁉︎ 食い掛けを渡すなアホ」
「タコって、こんな色してたっけ?」
「焼いたら大抵の物は色が変わるんだよ。多分」
「へぇ、コレがタコなんだぁ」
タコくらい知ってるだろ全く。まぁ、食べたことがないってことだろうけど。
「ここのたこ焼きは凄い香ばしくて、口に残るけど後味にクセはなくて…………」
矢吹が、誰も訊いていないのにペラペラ説明を始める。無論、彼氏である俺さえも聞かなかった。
セフィも久々に食べた、とご満悦な模様。昇はいつの間にか俺にタコをパスしていた。
「昇って、タコが苦手なんだったっけ」
「見た目がムリなのよね……そのうねうね、今にも動き出しそうなのが」
「大丈夫死んでるから、ってそういう問題じゃないか。じゃあ俺食べるわ」
「ごめんねありがとう」
「いいってことよ」
タコって硬いなぁ。硬過ぎる。噛み切れないな何だこのタコ。
……うぉい、タコ足のおもちゃだったんだけど。何コレ。このまま焼いたの?
よく見たら昇も一つだけ生地残してるし、もしかしてそれか。気づいたのに渡したのかお前。
「私、練乳の後にたこ焼きはキツいかも」
「あ、ごめん」
「気にしないで。練乳選んだのは私だし、順番決めてこうなったってだけで、矢吹さんは元からたこ焼きを選んでたんだから」
「昇が練……乳を選びました」
「さっきから何なのあんた。また殴られたい?」
「滅相もございません」
そろそろ乳ネタも潮時か。これ以上ふざけてたら病院送りになるかも知れん。
炎天下……ってほどではないけど、かなり陽射しは強い。長時間外にいるべきではないのかもな。
ところで陽射しで思い出したんだけど、
「流美たん大丈夫か? 何処か涼しい場所行く?」
俺の言う「大丈夫?」は、呪いが発動しないかどうかに対してだ。流美たんはそれを察してくれたみたいで、考え込む。
「分からないけど、そろそろ次に行きたい」
呪いで死ぬことになるかは不明だが、体調的にはキツい。そういうことだろう。
次は公園で決めたから、昇のオススメスポットだ。
「谷田崖さんのために、まずは何処か陽射しの入らない涼しい場所に行かない? 私のはその後でもいいでしょ?」
「どうする、ミコト」
「うん、そうしよ。そうがいい」
流美たんの呪いのことも知っているからか、ミコトは進んでそっちを選んだ。神様って自己中なのが多い気がするけど、ミコトは間違いなく別だ。
昇のオススメスポットより先に、クーラーの効いたファミレスに入る。あらぁ、涼しいわここ。
涼しいなんてもんじゃなくて鼻水垂れそう。冬かよここだけ。
「かき氷にたこ焼きって食べたばかりだから、あまりお腹は空いてないけど。お昼になるし食べてこ」
「そうだな、俺は全然腹減ってないしライスと麦茶だけにすっかな」
「もぉ、相変わらず少食だなぁ花菱君は。僕なんてペコペコだよ」
「もぉ、相変わらず大食いだなぁ矢吹は。俺なんか怖いよホント」
真似してみたらテーブルの下で脛を蹴られた。正面に座るんじゃなかったな失敗した。
俺、セフィ、流美たんと並んで座る。テーブルを挟んで正面には矢吹、ミコト、昇と着席。何このサイコーな景色。脛の痛みさえなきゃ大興奮だよ。
「ミコトは、どれ食べる?」
「……」
「おーい、ミコト〜?」
「あ、ごめん。何が何だか分からなくて」
「メニュー見ろよ。写ってんだろほぼ」
「でも、見ても何が何だか……」
めんどくせぇなおい。何で料理については全く知識がないんだこいつ。
結局、昇と共に小さめなハンバーグを注文して、そわそわしながら待つミコトが小さな子供に見えてならない。見た目大人っぽいのにな、胸以外。
「セフィは隣の二人が寂しく見えるよ」
全員の注文した料理が運ばれた後に、セフィが苦笑いをした。セフィの隣と言えば、俺と流美たんだ。
「ああ、どっちもライスだけなのね」
「だ、だって腹減ってないんだもんよ。かき氷は捨てたけど、タコいっぱい食べたし」
「それだけでお腹いっぱいになる?」
「なるよ! なぁ流美たん!」
「私はまだお腹空いてる」
「えええ⁉︎ じゃあ何でそれだけ⁉︎」
「調子悪くて……」
ああ、流美たんもう既に限界そう。まだ昇と流美たん自身のが残ってるけど、大丈夫なのだろうか。
最悪、帰らせるけどさ。