表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君のいない夜空なら今日僕は死ぬ  作者: 源 蛍
第三章 川の神の戯れ
52/87

3─3

 右手にイチゴのクレープ持って〜、左肩に学校のバッグ〜。因みにクレープ電車で食べたら小学生から注意を受けた〜。至らなぬお兄さんでごめんなさい。

 矢吹とは今日学校で会えてるから、一日に一回会わなきゃならない条件はクリア。放課後になって「用事があるから」と別れた。

 その用事とは、川の神に関係することだ。


「ふぅ、この道もう草とかツタとか大量だな。足引っかかってコケそうになったじゃんか」


 夏になって一気に生い茂った草木を掻き分けて、見えて来たのは跨いで通れるくらいの小さな川。

 最近この川は雨で少し増水した筈なのに、もうすっかり元通りだ。


「んーと……お、あったあった」


 砂利の上で倒れていた掌サイズの祠を起こして、川の中心に戻す。濡れないように手を伸ばして。

 川に入らないように腰を下ろして、両手を合わせた。


「呪いを少しでも緩和してくれ! 本当少しで構わないから! 出来るか知らんけど。脳内で話しかけても返事がないから、直接会いに……あれ?」


 手を叩きつけた場所が水だったから驚いて眼を見開いた。そこでようやく、ある異変に気付く。

 川の神が祀られている小さな祠。木と石で作られた、少し歪なそれは──


「これ、ここの祠じゃない……?」


 川から取り出して、祠をじっと眺める。

 これまで祠の中心部には、人型で半分立体的に掘られた石の部分があった。

 だけど今はそれがない。見たままの形こそ変わり映えはないが、ただの祠になってる。


「神様が消されてるのか、これ? 誰かの悪戯じゃないなら、川の神はここにいないのか……?」


 たかが人間が作った祠。そんな物に本当に神様が宿るのか、と考えたことも何度かあった。

 でも、ここの川の神は確かに棲んでいた。俺や昇を、何年も見守ってくれていた。

 そんな気配はもうしない。俺に川の神が入り込んでからは、強く感じていた何かが、もう一切ない。


「おい、川の神。返事しろ。ここの祠は何で変わっちゃってるんだ? なぁ、答えろよ川の神」


 何だか焦らずにはいられなくて、脳内に語りかける。いつもの部屋は映し出されない。

 川の神は、完全に消えた──のか?


「俊ちゃん」


「んがっ? あっ」


 背後からちょっとエロいなって感じる声に呼ばれ、驚いた拍子に膝を川に突っ込んだ。

 夏だけど水は冷た〜い。冷たいっ‼︎


「いやぁはは、申し訳ない。冷たっ。ちょっとすんませんね冷たっ!」


 バッグから汗拭き用のタオルを抜き取って、ズボンを拭く。まぁ全然意味はないっぽいけど。

 ようやく顔を上げたら、そこにあったのは女の子の姿だった。と言っても声で性別は分かってたんだけど。

 たまに叶都パイセンみたいな女声の男もいるから一応ね。


「えっと……」


 真っ先に胸を凝視した俺を許してください仏様。でも真っ平らでした。

 スレンダーだけど、腰つきは大人っぽい。長く真っ赤な髪は、艶が目立って超ビューティフォー。

 セフィと同じくらいぱっちりした眼は、髪の毛と同色。でも染めたりコンタクトとかしてる感じがなくて恐らく地。

 何とも謎の美少女、といった印象でござりまする。


「こんにちは。初めまして。やっと会えたね」


「へぁ……?」


 少女はにっこり、と笑う。百点満点でクッソ可愛い。

 ただ俺は絶賛困惑中! こんにちはからの初めましてで、なのに「やっと会えたね」。ついでに言うと、俺のことをさっき「俊ちゃん」って呼んでた筈。

 知ってるのに初めましてでそれどころかやっと会えた? ネット上で誰かと関わろうとしたことはないしなぁ。


「えっと、どちら様? てか何人? 日本語通じてるから日本人なんだろうけど、髪の毛赤くて……でもアカソメちゃんみたいに違和感はないな」


「地毛だからね。それより、やっぱり分からないかな。私も今日初めてこの姿で人前に出たんだけれど、()とは少し離れているし、無理もないね」


「んんんんんんん?」


 何か、何かが引っかかる。歯の隙間に食べ物のカスが挟まった時みたいにもどかしい。

 このコの口調も顔も髪の毛の色も、何処かで見覚えがある筈なんだけど……。

 それに、高校生くらいなのに「今日初めて人前に出た」ってとこもよく分かんない。


「あのぉ、もしかしたら俺忘れちゃってるっぽいんでその、名前教えてもらってもいいかな?」


「多分聞いても分からないと思うよ?」


「えっ、じゃあ俺達知り合いとかじゃないんじゃ? 昔何処かで迷子の女の子を助けた記憶とかはないどころか、むしろ俺が中学生時代に園児に案内してもらったし」


「君は園児以下なのかい? 俊ちゃん」


「……あれ?」


 反射的に呆れた様子の少女を見た。

 今の口調、何処かではっきりと聞いた覚えがあるぞ。最低、一ヶ月前には聞いた。


 矢吹の場合は「〜なの?」。

 昇の場合も「〜なの?」。

 流美たん場合はそのまま「?」。

 セフィなら「〜なのか?」。


 そもそも、昇と流美たんは俺を「君」と呼ばない。

 勿論、他の二人じゃないことくらい見れば分かる。

 だとしたら、この口調でこの顔でこのエロい声でエロい尻で細い腰で赤い髪の女の子と言えば──


「君、まさかとは思うんだけど……川の神?」


 少女は嬉しそうに笑顔を煌めかせて、


「うん、そのまさかだよ。俊ちゃんっ」


 大きく頷いた。俺は膝から崩れ落ちる。

 おい、嘘だろ。俺の脳内にいた川の神は確かに赤い髪の毛だったし、こんな口調だったし顔だった気もするけど……こんな貧乳ではなかった。いやこれは微乳と表すべきか。

 あのいい感じに育ってた胸は一体全体何処に置いて来てしまったんだろう。


「ちょっと、失礼過ぎやしない? 人の胸を残念そうな眼で見て」


「あだっ! やめろ髪の毛引っ張んな! お前は間違いなく川の神だ! もう分かったわ!」


「いっそ禿げちゃえ! 産毛の一つも残さずに禿げてしまえ!」


「だーかーら! お前はどんだけ俺を禿げさせたいんだよ!」


 川の神の手首を掴んで引き離し、そのまま均衡状態になって睨み合う。

 まずは物事を整理だ。そっからじゃないと話が進んでも追いつけない。


「何で、俺の前に出て来れるんだよ。お前は俺の中にいるんじゃなかったのか⁉︎」


 何だか脅してるようで心苦しいんだけど、少し強めの口調で訊く。全く恐れていない様子の川の神は、ふふっと可愛らしく微笑む。


「そろそろ力は充分戻ったかなって思ってね、戻ってみたんだ」


「戻れば神様は人の前に実体化して出て来れるのかよ?」


「ううん。私はね、会えない間、罰を受けていたんだよ」


「……罰?」


 手を放すと、川の神は痛かったのか手首を摩った。何か申し訳ない。

 それより罪って、こいつ何をやらかしたんだ? 神としての力はそこそこ減っていたらしいし、大したことは出来ないと思うんだけど。


「私、神様辞めちゃった。てへ」


 屈託ない笑顔で、川の神はピースした。

 しーーーーーーーん……と、俺達の時が止まる。川のせせらぎや虫の鳴き声が真夏の河原に流れる。

 えーっと、ちょっと待ってね。


「神様、辞めたって言いました?」


「うん、辞めた」


「へぇ、神様を辞めたのね……」


「うん、辞めた」


 へぇ……………………いやいやいやいやいや!


「かかかかかかかか神様辞めたってどういうことぉ⁉︎ 何がどうしてそうなって、つーかそんなこと出来んの⁉︎ 神様お仕事感覚⁉︎」


 全力で取り乱した。わざととか大袈裟とかのつもりもなく、完全に素で。

 川の神がにこにこしてる。そのにこにこ今直ぐやめろ。その笑顔こそ辞めろ。


「上級の神様達に事情を説明してお願いしたんだよ。『私から神の地位を剥奪してください』って。私は、人間になったんだ」


 さっきまでの笑顔とは正反対。川の神は少し悔しそうに微笑んだ。

 俺としてはまだ混乱中だからもうちょっとゆっくり簡潔にことを話してほしい。


「えーとつまり? 何? 何かお前的に問題でも見つけて、自分から神としての権利を取り下げてもらったってこと? は? 何がしたいの?」


「もうっ! そんな酷い言い方しなくてもいいじゃない。私は、俊ちゃんと昇ちゃんに罪悪感をずっと抱いてて、ようやく決断出来たってだけで……考えてたことなんだから」


「俺達への罪悪感?」


 川の神がしゅんとして頷く。涼し気な服の裾を握り締めて、何かを押し殺す感じで俺の顔を覗く。


「昇ちゃんから、記憶を奪ってしまったこと。私は後悔しかなかったんだよ」


 落ち着いた様子で、だけど声だけは震わせて川の神は俯く。

 俺がこれまで恨んできたことを、後悔してると言った。

 涙ぐむ川の神相手に、何だかこっちが悪いことした気分になる。何故か謝りたくなってくる。だけど気を引き締めて、次の言葉を待った。


「神としての地位を捨てた私は、ルール違反として罰を課せられた。人間に情を抱いてしまった以上、それは絶対」


「どんな罰かは訊かないけど、それが会話出来なかった約一ヶ月間のことってわけか」


「うん、そういうこと」


 頷く川の神を見て、視線をずらした。あれえ? ヤドカリがいる何でだろう。

 ……正直なところ、凄く気になる。一ヶ月もの間どんな罰を受けていたのか。

 川の神が権利を剥奪されたのなら、もう「川の神」じゃない。人間だ。少しは、その罰で受けた傷を癒してあげたいとは……ちょっとだけは思ったりもする。

 別に、同情以外に感情はないんだからネッ。


「これからは私も、俊ちゃんと一緒にいていいかな。もしここで君に断られてしまえば、私に残された道は一つになってしまう」


「……死ぬとか言うなよマジでそれ。俺が悪いみたいだから。ていうかもしかして、うちに来るの?」


「ダメかい? ダメなら私は、自分のふるさとであるこの川で──」


「ストップ! 川に入ろうとするな! まずこの浅さと小ささじゃ溺死も出来ないから!」


「人間は、少量の水で溺れ死ぬことが可能なんだよ?」


「入るなぁあああああ! 分かったから、連れてってやるから早まるのだけはよしてお願いこの通り!」


「いや土下座されても……」


 何てこった。何でこんなメンドーなことになった。

 何で川の神が人間になって俺の家に来る? 神じゃなくなったから呪いの緩和とか絶対無理じゃん。そもそもお荷物になっただけじゃんこいつ。

 罪悪感とか感じるくらいなら、山の神・トオノミノ神に呪いを消してくれって頼んでくれよ。何で更に迷惑な方を選んだの⁉︎

 その場にがっくりと手と膝をつきながら、頭痛に耐えることにした。


「クスッ」


「な、何笑ってんだ。こっちは本気で悩んでんだぞ。お前に呪い緩和してもらおうとか企んでたのに!」


「ごめんごめん、まずそんなこと出来ないからね」


「出来ないのかよっ!」


 今度は勢いよく立ち上がって眩暈がした。おおっと、部活の後は自分を労わなければ。今日はないけどまだバイトしてるんだし。

 まだクスクス笑ってる川の神を、威圧したつもりで睨みつける。全然気にも留めない。


「ごめんね、何か嬉しくって。これまで姿を見せることも敵わずに見てるだけだったから、俊ちゃんと面と向き合えてるなんてって」


「なっ……。そ、そんなの、脳内で何度も向き合ってるから平気だろ」


「ううん、あれは想像の中みたいなものだもの。現実では、本当に触れ合えるんだよ」


 川の神が、心底愛しそうな表情で俺の手を握る。顔が結構近いから、身長は昇と同じくらいだな。

 ……っべぇ。

 可愛いんだが。

 神様にこんな感情抱きたくなかったんだけどもう堪えられない。可愛過ぎる。顔近い。胸はないから当たらない。

 ちょっとヤンデレの気があるのは怖いけど、それ含めてでも可愛いが過ぎる。こんなの惚れるなって方が無理な話だ。


「ソウダナ、実体ガアルモンナ。じゃ、じゃあそろそろ帰るから、ついて来いヨ」


「何か変な発音」


 仕方ないだろ、俺の知り合いの女子はこんな積極的じゃなくて慣れてないんだから。

 俺は女の子が照れちゃう姿を見るのは大好きでつまり攻めるのが得意なんだけど、自分が照れてしまうのが恥ずかしくて受けは苦手。

 だから俺と矢吹の薄い本を描く人がいたら是非俺×矢吹にしてほしい。

 ……あ、でも積極的な矢吹もいいかも。


「何でニヤニヤしてるんだい? 私、早く俊ちゃんの家に行ってみたいなぁ。後で昇ちゃん家にも行く!」


「あー、はいはい。矢吹と昇と流美たんには事情話しても平気だしな、分かったよ」


 てかこいつ昇にもちゃん付けになったのか。俺がフルネームやめろって言ったからか?


「あ、ちょっと待ってろ川の神」


「うん?」


 このまま家に帰ったとします。勿論川の神も連れて。

 李々華「浮気? キモい。死ねば?」となり、廉翔「矢吹さんにチクるぞ」とか何とか言われるような誤解が起きる気がする。

 これから住まわせるんだとしたら、何か考えなければ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ