3─2
なぁ皆、俺は大ピンチなんだ。もう挫けそうになるくらい……っていうのは大袈裟かもなんだが、脚はガクガク震えてる。
繁華街のレストランで夕飯を済ませるつもりで、注文するより先にトイレ行こうと席を立ったんだ。
でも男子トイレが満員で、仕方なく多目的トイレを開けたんだよ。
そしたら知り合いがいたんだ。それも同じ部活の先輩。
それだけだったらまだよかった。「何で鍵開けっぱにしてんスか」って出ていけばいいんだから。
でもね、
──その先輩が、ウェイトレスの服装してたら、気まずくない?
「叶都、パイセン……。ご、ごごご無沙汰しております。さよなら……!」
「待て! 待て、待て待て花菱! 全然無沙汰じゃないし!」
「いいえ無沙汰です! 金輪際無沙汰ってことにさせていただきます!」
「ふざけんな部活で会うだろ! いいから待てっての!」
「手を放してー!」
──俺も叶都パイセンも巨乳店長さんに激怒されて、応接室ってとこに監禁された。ひもじい。飯食いに来たのに飯が食えないで閉じ込められた。
もう八時だよ。教室で談笑して今日は一段と下校時刻が遅れたっていうのに、更に遅れそうだよ。家まで三十分くらいかかるのに。
「花菱……」
店長さんに怒られてしょんぼりしてた叶都パイセンが、俺をジロッと睨む。反射的に、土下座(手はつけてないけど)した。
「何も見ていません。今もこの通り見ておりません。叶都パイセンがふりふりのミニドレス着てるなんて知りません」
「知ってんじゃねーか。まず目が合っただろ。てか何でその呼び名が定着してんだ」
「何か気に入りました」
「……別にいいけどさ」
分かる。俺には分かるぞ。今叶都パイセンは凄い悲しんでる。
恐らくバイトをしてたんだろうけど、俺のせいで店内で騒いじゃったもんね。クビにされるんじゃって、不安なんだろう。
脚すっげー綺麗だったなぁ。もうちょい顔上げれば見えるけど、よくよく考えりゃ男の脚なんじゃんね。
「花菱、俺は別に怒ってない。怒ってないから、顔上げろって」
「え、脚見てOKってことっスか?」
「やっぱ一生下向いてろお前」
「それ生きてられねーっスよ。上を向いて歩かなきゃ」
「比喩でも何でもなく、普通に下向いてろ」
ブリザードアイズが俺を捉える。思わず怒られた子犬みたいに縮こまった。
俺の周りにはさ、睨むと怖い方々が多いと思うのよね。叶都パイセンも然り、矢吹に昇に流美たん、と。皆可愛いね。
あ、叶都パイセン男なんだった。今見るとまるっきり女の子だけども。
「お前の視線って本当に汚らわしいよな。今、気づかれないようにスカート覗こうとしただろ」
叶都パイセンが素早くスカートを押さえつけた。確かに、その中はどうなってるのか気になりはしたけど。
「実はそれを狙った訳じゃなくて、スカートを押さえた仕草が見たかったといいますか。やはりサイコーに美少女ですね叶都パイセン」
「お前それ、マジで、キモい……」
「そんなマジ引きしなくても。男同士減るもんでもないでしょ?」
「何かを失った気分にはなるんだよバカ」
そろそろ本気で怒らせそうだから、黙ることにした。お口チャック。腹減った。
しかし叶都パイセン可愛いなおい。こんなん見てしまうくらいなら、メイドカフェにでも行けばよかった。
……ここら辺にメイドカフェあったっけな。分かんねーや。
「失礼します。話はついたの? カナちゃん?」
「うっ、店長……」
「あ、どもっス」
叶都パイセン、バイト中は「カナ」って名乗ってるのかな? 充分女の子だし、違和感ないけど。
それより入って来た店長さんの陰が暗くて怖い。そーとー怒ってるなこれ。
「カナちゃん、あなた今自分がバイト中だってこと分かってるの? あまり時間かけると、働いたことにならないからね?」
店長さんが深く溜め息を吐く。そっかこれ、時間取ってることになるのか。
謝って出て行こう。バイトの邪魔をする訳には──
「ここを紹介してくれたお兄さんに申し訳ないでしょ? ほら、私はもう行くから、さっさと済ませちゃいなさい」
「はい……店長」
店長が出て行くと、叶都パイセンは小さく溜め息を吐いた。
俺は立ち上がろうとしたのを無理やり店長さんに押さえつけられた。あの人、腕力がヤバい。
──聞いていいのか分かんないけど、お兄さんがここを勧めたん? ナイスじゃん。
「花菱……」
「あ、うす。大丈夫? 叶都パイセン。酷く疲れ切った顔してるけど」
「半分お前のせいな。……ってそうじゃなくて、お願いがあるんだけど」
「お願い……?」
明日一日中ご奉仕させてください、とかだったら喜んで受け入れるけど。ふっふっふっ、家事任せちゃおうって考えさ。
普段から家事しないけどねー。
とまぁ、叶都パイセンがそんなお願いするわけなくて。
「このことは、内緒にしててほしい。前にここ来た裕也と、お前くらいしか知り合いにはバレてないから」
裕也とは、小鷹先輩の名前である。
「学校には? 親には?」
「その二つは除けよバカ。常識だろ。……で、どうなんだよ。秘密にしてくれるのか、ダメなのか」
「んー、そうだなぁ」
俺がテキトーに悩むフリをしたら、叶都パイセンの肩が分かりやすく震えた。何かゾクゾクする。
普通に秘密にしておいてあげるけど、少しからかってみよう。小鷹先輩は普段弄る隙ないし、入谷先輩は真面目過ぎてからかう気力削がれるし。あと無口だし。
三年組をからかえる、数少ない好機なのだしな!
「な、何で近づいて来んだよ。何か怖いぞ花菱」
壁に追いやって、両脇を腕で通行止め。身長俺より低いから上目遣いなのがそそる。
これ、後で流美たんにもやってみようかな。矢吹とか昇だと蔑視されるだけだし、照れ屋な流美たんで。
「叶都パイセンが、俺に尽くしてくれるなら考えてやってもいいんだけどなぁ〜」
「ひゃっ⁉︎ ちょ、ち、近いバカ! 耳元で喋るな!」
そうは言いつつも、押し除けたりしないのねパイセン。てか、今普段より声高くなかった?
矢吹とも昇とも流美たんともセフィとも全然タイプが違う。反応が面白くて、俺の冗談はさらにエスカレーター。
「『ご主人様、わたしをペットにしてください』ってお願いしてみて、カナちゃん?」
「はぁっ⁉︎ 頭大丈夫かお前! そ、そんなこと言わにゃいしぃ……耳に息かけるなばかぁ」
「うほ……」
はぁ……何かいけない気分になってきた。もう叶都パイセンがカナちゃんにしか見えない。真っ赤なのが可愛い。
理性なんて吹っ飛ばして、ここで組み倒しちゃうのも有りかな? 有りだよな? 男同士だもん別にいいよな! じゃれてるってことで!
「えっ、花菱……⁉︎」
カナちゃんの肩をがっしり掴む。その綺麗でいい匂いのする首筋、舐めさせてください。てか舐めます。
「くたばれバカ兄」
「あごぉっ⁉︎」
電波が悪い動画みたいに視界が点滅した。そして調整されて元通りになった頃には、眼の前は床。叶都パイセンのヒールが見える。
……さっき、俺を呼んだのって──
「ごめんねカナちゃん先輩、このバカもう連れて帰るから。二度と来させないように首輪つけとく」
「り、李々華⁉︎ 何でこんなとこに……中学生がこんな時間に出歩いてちゃダメでしょう!」
「うっさいバカ兄クズ兄ゴミ兄。超ド級変態兄貴。早く立って帰るよ」
「酷くね⁉︎ てか腹減ってんのに!」
「お弁当買って帰ればいいでしょ」
んな酷い。横暴だ。俺が何をしたっていうんだ。
李々華にずりずり引かれながら、ふと思い出して叶都パイセンに手を振った。
「黙っときますから、心配しないでねー!」
「え、あ、うん……」
叶都パイセンも、惚けた様な顔で小さく手を振ってくれた。
家についた頃には九時。大体寝始める時間なのに、今日はお夕飯がまだ。腹減った。
「てか、何で李々華あの店に? んで俺のとこに? 愛し過ぎて居場所が分かるとかだったら流石に愛が重いぞ」
「んなキモいことあるわけないでしょ? あそこで友達が働いてて、バカ兄が騒いでたってメールくれたの」
「おぉ、李々華歳上の友達いたんだな。そして俺は認知されてしまっているんだな」
「そりゃ、中等部の頃あんな発言してたからね」
「やめろ黒歴史やめろやめろ」
「今それ以上に酷いけどね」
矢吹と水族館デートの時に話題になって、心に空洞が出来てしまったくらいにつらい出来事だったんだからやめてくれ。もう二度とあんな注目の浴びかたしたくない。
李々華を部屋から追い出して、早々に想像したのは叶都パイセンのカナちゃんモード。
「写メ送ってもらえないか後で訊いてみよう。『可愛かったよ』って追記して」
叶都パイセンにメール送ったら、「あげるかバカ。気持ち悪い」って返ってきた。今度また店に行って、意地悪してあげようかしら。
……ん? 小鷹先輩が知ってるなら、可愛さについて語り合うことも出来るんじゃないか? 後でこっそり話しかけてみよう。
♠︎
「神様からの呪い、どうにかして解けないのかな。部活がない日は毎回デートとか、金が保たん。前の遠征で更に減ってるのに」
ベッドで寝転がりながら、うとうと考える。
最近はそのせいでお家デートだし。それも、矢吹が約一時間かけてこっちに来るっていう。
普通は男が行くべきなんだろうけど、矢吹の家は本当に狭いんだよな。あと俺に電車代の余裕もなくなってきた。
台風みたいな呪いはここんとこないけど、呪いが消えたわけじゃないってのは、感覚的に分かる。
「なぁ川の神。俺達ってこれから、無事最後まで生き抜くこと出来ると思うか?」
──。
返事がない。寝てるのだろうか。
そもそも、何かしらあると川の神は口を利いてくれなくなる。前に流美たんの呪いを知った後は、暫く会話出来てたんだけどな。
引き籠ってゲームに明け暮れているとかはないだろうし、あいつはよく分からない。
「手を貸してくれたっていいじゃんか。俺達、一心同体みたいなもんなんだし」
──俺達は今のとこ、死なずに耐えられているわけじゃないけど呪いには勝てている。
どっちも諦めてないからだ。俺と矢吹はお互いに愛してる──って言うのはちょっと照れ臭いな。
でもさ、うん、期末には勝てなかったわ。
「ふふふ、デートする気満々だったせいで、少しも勉強してなかった」
雨が思ったより長続きして、デートは中止。その間に期末考査がやって来たのだ。
俺の平均点は二十九点。学年、百九十二位だった。ワースト十三位である。
「ふっふーん、僕平均三十一点だった。今回は僕の勝ちだね」
「殆ど変わらないよね、それ」
そんなことより俺達より下な方々はどうしたの? 勉強してないどころか学校に来てもないの? ワースト一位は平均何点?
「呆れた……どっちも前より下がってるじゃない」
「本当だ⁉︎」
矢吹が心底驚いた表情。前回矢吹は、平均三十六点だったからね。俺に勝てたからって上がったつもりでいたんだろう。
そもそも、殆ど授業に出ない矢吹じゃ追いつけないの当たり前なのか? サボってるだけだからアウトだけど。
「私は九十八で、三位」
「惜しかったな昇。脳みそ貰っていい?」
「バカなの? 谷田崖さんとセフィはどう? ついでにコタケ君とヤスダ君も」
「ついでって……」
俺の親友達をおまけ扱いしないでくれよ大親友。どうせ大した点数じゃないって。はっはっはっ。
「セフィは七十二点! 六十六位だったー」
「私は、八十点。三十九位」
「俺は七十八点だな。五十五位だって」
「お、俺は四十八で百一位」
ヤスダ以外、中々やるな。コタケお前今回勉強しやがったな? 徹夜で頑張りやがったな? この裏切り者!
「いや普通に取れたわ。授業受けてりゃこんなもんだろ」
「お前がそんな点数取れるわけがないっ!」
「普通はお前みたいな点数は取らねーよハナシュン」
仕方ないじゃないか我が親友よ。今回国語が五点だったんだから。一門しか正解なしって、中々ないよ? 凄くね?
「最高点は保健の八十だったんだけどなぁ」
「僕は歴史のゼロが一番下」
……矢吹、とうとうその域まで行ってしまったのか。それで俺より上だったのね。他は頑張ったんだな。多分。
後々、昇に土下座で頼んで勉強会開こうぜ、ヤスダも共に。
無理か、こいつは。昇が苦手だもんな。情けない。
「このままじゃ夏休みが数日潰れる……! 予め祭りの日は補習無しって頼み込んでおいたからそこは多分大丈夫だけど、デートが……」
「そこまでして行きたいのかよ祭り」
行きたいよ、矢吹と。その矢吹も補習になるだろうけどね。補習デートとか笑えないし楽しくない。
祭り当日が雨にならないとも限らないな。十字仙山の神は俺と矢吹を引き裂こうとしてるんだし。
……ちょっと、寄ってみるかな。




