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君のいない夜空なら今日僕は死ぬ  作者: 源 蛍
第三章 川の神の戯れ
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3─1 スズイロノミコト

 すっかり夏だ。セミがミンミンミンミンジージージージーギャーギャーギャーギャー喧しい。ついでに虫が沢山。

 知ってる? 暑いからって窓開けて寝てると、虫が寄って来て痒いんだぜ?

 俺は今日虫に起こされて、一足早く部室に向かうつもりでいたんだけどセミに放尿されて、今保健室で着替えている。

 散々なスタートだ。


「あーあ、シャツまで汚れてんよ。何これ。あのセミめピンポイントで狙うどころか水鉄砲並みの量出したのかよ」


 とんだセミもいるものだ。これから夏が終わるまで、セミの止まってる木は避けて通ろう。

 ……と危ない。着替えるって言ってもパンツまで脱ぐ必要はなかった。


「花菱君? 流石に女性の前でそれは叫ばれても文句は言えないからね」


「あ〜らごめんあそばせアカソメちゃん。わざとじゃないのよ。無意識の内に家で着替えてる気分になっちゃって、替えもないのにパンツも脱いじまっただけ」


「うつかりで許される行為ではないのよ?」


 アカソメちゃんことアヤサワ先生が、呆れて眼を逸らした。そりゃそうだ。俺まだ大事な部分出しっ放しだもん。

 さっさとパンツを上げて、上を脱ぐ。ジャージ何処置いたっけなとキョロキョロしてたら、再び呆れ顔になる。


「ジャージは後ろ。花菱君、何故私の方を向いて着替えてるのかな」


「だって近くにいるのに背を向けるのもまた変じゃない?」


「その所為で見たくないものまで見えてしまったのだけど」


「気にしない気にしない」


「私は気にするのよ」


 ジャージを拾って、アカソメちゃんに借りた保健室のTシャツの上に着る。おお、これ女子用? 結構キツい。

 わざわざ手で視界を遮ってるアカソメちゃんの前に椅子を持って来て座る。


「もう終わったよアカソメちゃん。貴女保健担当なのにダメなのね」


「君の、さっきからその変な口調は何なのかな? あと放っておいて」


「Tシャツは洗って返すんで、そこんとこよろしく」


「よろしくも何もそれはマナーでしょう」


 アカソメちゃんが頭を抱えた。どうしたんだ? 体調でも悪い? 保健医がそんなんじゃいけませんね。

 睨まれたから眼を逸らしておいた。


「そういやアカソメちゃん、フルサワ先生とは仲良い? それとも悪い? ライバル関係とかになってる?」


 第一保健室という文字を見つけて、気になったことを訊いてみる。

 アカソメちゃんは不機嫌そうに眉を曲げて、机に突っ伏す。


「何でそんなこと訊くの。フルサワ先生とは、別によくも悪くもないけど……ライバル?」


「いや、別に。同じ保健医として仲良くしてんのかなぁって」


「ふーん? 校舎がかなり離れてるから、あまり会うことはないわよ?」


「やっぱり? この学校広いもんな……」


 中等部と高等部に校舎が分かれ、それぞれを繋ぐ空中廊下の下は運動部用のスペース。かなり広い。

 高等部は高等部で一・二年棟と三年棟に分かれてる。

 一・二年棟の一階端に第二保健室があって、三年棟の隣にあるサッカー部専用フィールドから三年棟の廊下に入れば、直ぐ第一保健室に来れる。

 結論、第一保健室と第二保健室は結構離れている。


 実は第二保健室より第一保健室の方が利用者が多く、その理由として担当医が挙げられる。

 第二のフルサワはキツい口調で乱暴だけど、第一のアカソメちゃんは優しくて巨乳。オマケに顔がいいしまだ二十代前半と、大人気なのだ。

 しかし赤い髪は似合わない。


「もういいから、早く部活に行きなさい。夏休みの間にあるんでしょう? 大会。今度こそ、優勝トロフィー取ってくること、期待してるから」


「お、マジ? 確かに優勝は狙うけど、流美たんと俺が万全じゃなきゃキツいんだよね」


「そっか。るみるみ、体弱いもんね。でも今の高校生の中でるみるみ以上にサッカー上手い人なんていないみたいだし、体調管理に専念して練習は程々でいいと思うな」


 るみるみ……? 流美たんのことなのは分かるけど、そう呼んでんの? もしかして仲良かったりするのかな。

 保健室のベッドで、二人でナニかしちゃったりするのだろうか。

 てか、流美たんマジでパネェっスわ。

 本日最初のチャイムが鳴ったから、部室に向かうことにした。けど一回振り返って、


「アカソメちゃんのフルネームなんだっけ?」


「覚えてなかったのね……。まぁ、変なアダ名ついちゃったし無理ないか。綾沢綺音よ、今度は覚えてね」


「おっすリョーカイ。あざっしたアカソメちゃん!」


「……はぁ」


 保健室を後にし、ダッシュで部室に駆け込んだ。

 滑り込みセーフ。フィールドを横目で見た感じ、まだ始まってはいないみたいだ。

 でも本当に滑って膝を擦り剥いたのは痛い。


「……花菱。ノックしてから入れ。てか、何で転がってんの」


「あっれぇ? 叶都パイセンじゃないっスか。いつも見かけないのに、今日はいるんスね」


「いいから、閉めろ。んでこっち見んな」


 部室で着替えていたのは、佐藤叶都先輩。三年生だ。大会を諦めて一度辞めてしまったが、小長屋先輩とかが集まってくれた時戻って来てくれた。

 因みに、やはり小長屋先輩達二年組は、大試合が終わってからは来なくなった。

 ま、流美たんに振られたからだろうけど。


「やっぱ、いつ見ても思うけど叶都先輩肌綺麗っスね〜。本当、同じ男とは思えないくらい」


「うるさい。こっち見んなっつーの。お前の視線は汚らわしいんだよ」


「酷いなおい」


 叶都先輩が睨んで来るので、背を向けておいた。

 さっき言ったように、叶都先輩は流美たんレベルに綺麗な肌をしてる。その上結構華奢で、目も大きめ。極めつけは低音の女声で、それでも既に声変わりはしたのだという。

 要するに、男の娘ってやつだと思う。

 中国から転校して来た二年前、小鷹先輩にネタにされたらしく根に持っている。


「……終わった。もういいぞこっち向いても。後、遅れるのは言っておくから焦らず着替えてろ」


「あ、すんません。んじゃ遠慮なく」


「それより花菱お前、何でジャージなんだ」


「セミに漏らされたんでさぁ」


「……ご愁傷様」


 ひらひらと手を振った叶都先輩が部室から出て行った。

 ──と、待て? 遅れるのを伝えておいてくれるってことは、始まる直前だったとか? 嘘だろ? 皆何処にいたんだ?

 急いで着替えて、外に出る。いつも練習してるフィールドには誰もいない。

 歩くの早過ぎない? 叶都パイセン。


「今日は珍しい人達と会話したし、珍しいこと尽くしだな。エイリアンでも降って来る? 練習場所いつもと違うなら先に言っておいてくれんかのぉ」


 中等部校舎と高等部一・二年校舎の間にある、運動部用のグラウンドでの練習だったらしい。昇からメールが来たから間に合った。


「昨日の部活中に話した筈なんだけど。明日朝方雨降るから、芝生は危ないって。フィールド濡れてたでしょ?」


「マジ? 全然覚えてなかった。それどころか、雨の日でも余裕で練習しまくってきたから気にも留めてなかった」


「あんたも病気よね、随分」


 俺の膝を消毒しながら昇が苦笑する。

 サッカー中毒ってか? 昇はその俺が好きなんでしょうが。もう知ってるのよ?

 あ、痛い痛い。押さないで昇。染みるから。


「花菱君、朝から災難だね。セミに制服汚された上に転ぶなんて」


 矢吹が心配そうに言う。多分、十字仙山の神様がかけた呪いでだと思い込んでるんだ。

 そうじゃないんだよ。違うんだ。セミは知らんけど、この膝の傷は自業自得なんだ。滑り込みセーフなんてスライディングしたのが間違いだったんだ。

 バカでごめんなさい本当。ご迷惑をおかけしてます。


「終わったよシュン。練習、休んでもいいけど?」


「サンキュー昇。練習はする。アカソメちゃんも期待しちゃってるみたいだし、今度こそ優勝してやらんとな! そして部員を増やす!」


「アヤサワ先生が? 期待してるんだ? あの人、運動部とかに関心ないと思ってたから意外」


「流美たんがよく通ってるし、色々知るっしょ」


 流美たんが何か話してるのかは知らないけど、るみるみなんて呼び名があるくらいだし。

 それより七月ってこんな暑いんだな。期末も近いのに、やってらんないよもう。

 長年やってるから慣れてるけどな! うっしゃ行こう!


「ヘーイ! 小鷹先輩パース!」


「今はパス回しじゃなくてDF越える練習だわ」


 ♠︎


 王手! あ、クソ躱された。猛攻するより、じわじわ追い込んだ方が勝てるのかもな。


「花菱君、今何してるの? スマホゲーム?」


「おう! 将棋やってる。あんま興味なかったけど、じぃちゃんとやってたの思い出してさ。久々にやるとやっぱ奥が深いって感じる」


「そうなんだ? 面白いなら僕もやってみようかな」


「お、やろうぜやろうぜ。矢吹に合うかは分からないから無理強いはしないけど、対戦とかしてさ」


「うん、やってみる。……でも僕達がやっても大したことない戦いになりそうじゃない?」


「頭悪いからね、どっちも」


 放課後の教室で、二人で笑う。主に俺の敗北を見て。強いなCPU。

 それとも俺が弱いのか。

 既に午後六時を過ぎているのに、俺達は帰らない。部活が終わったばかりで疲れてるからだ。


「矢吹、矢吹は俺のこと待ってないで先帰っちゃってもいいんだぞ? 家遠いんだし」


「ヤダ。一緒に帰りたいから。それに、僕と花菱君はそんなに距離の差ないと思うんだよね。それぞれの家と学校までの距離」


「ほぉ、そう思うかね」


 俺は駅から電車で一つ。そこは矢吹と同じ。そこから三十分くらい歩いたとこが家だ。

 矢吹は別の駅だけど、家から十数分──あれ? 俺の方が遠い?


「花菱君は多分、何かを勘違いしてるんだよ。例えば、学校から鵬路町までの距離……とか」


「あ……」


 矢吹が申し訳なさそうに言ったことで、直ぐに納得した。

 鵬路町とは、この王都市の最も端にある町の一つ。俺の家からは、実に三つの駅を過ぎることになる距離だ。

 矢吹と俺が初めて二人で死んだ日、矢吹は俺を避けて鵬路町に逃げてしまったんだ。だから俺は学校から矢吹の家、そして更に鵬路町まで走ることになった。

 アレは俺が信じなかったから悪いのに、気にしてしまっているんだ。


「確かに、それはあったかも。それと、俺の家から矢吹の家までは地味に距離あるしな。三十分歩いて駅ついて、一つ進んだら乗り換えてまた一つって」


「うん。でも、それ僕は花菱君の家に行く度やってるからなぁ」


「ごめん。次からは俺が行くようにする」


「いいよ、大丈夫。僕の家狭いから、いつも通り花菱君の方で」


 女の子に知らず知らずの内苦労させたとあらば、申し訳ない気持ちになってくる。何か、お詫び出来ないかな。


「そうだ矢吹! 今度またデートしよう。お家デートじゃ、俺ん家いっぱいいるし」


 よく考えたら、結構久々だ。


「暑くないかな? 僕はデートしたいけど……いつにする?」


「夏休み前に行きたいな。あと、期末よりも先で」


「なら、一週間以内かな? 暫くは雨続きらしいし、その後にしよ」


「おう! んじゃあ色々決めちまおう。先生に見つかるまでが勝負だ」


「何と戦うつもりなの」


 夜の教室で、矢吹と何をしたいか何処に行きたいかを相談する。意外なことに、今回食べ物関連は出なかった。

 矢吹が行きたいというのは、「涼しいとこ」。それは俺も賛成。真夏に熱いとこ行くのはただのおかしい人だと思うし。


「水で濡れる系の何かないかな。それなら涼しいんじゃないか?」


「そうだね。着替えはちゃんと持って行かなきゃだけど。ところでさ、花菱君」


「ん? 何だ矢吹。何か思い浮かんだ?」


「違うんだけどさ」


 矢吹は遠慮がちに微笑んで、スマホを操作し始めた。指の動きからして、何か検索しているよう。

 やがて上機嫌そうに脚を揺らした矢吹は、スマホの画面を俺に見せてきた。


「ああ、『柊祭り』か。そういや後二週間ほどだっけなそれ」


「うん、そのくらいだと思う」


 日数を数えることすら出来ないらしい俺達馬鹿ップル。そのままの意味での。

 これお約束。嫌〜なお約束。

 柊祭りは王都市柊町で行われる、年に一度のデカい祭りだ。俺は去年までは李々華と昇とコタケとヤスダと行ってたけど、今年は矢吹に絞ろうって考えてる。

 だけど、


「夏休みは、梅原さんも流美ちゃんも一緒にお祭り行こ」


 矢吹は二人とも行きたいみたいだ。勿論、頷いておく。

 昇のことは一人にするの正直不安だし助かった。

 矢吹は流美たんとも保健室で談笑するようになったらしく、呼び名も「谷田崖さん」から変わってる。友達が増えてよかったな、どっちも。


 今年の祭りは、悪いな李々華。連れて行ってやれん。コタケ・ヤスダは二人で楽しんでくれ。

 お前ら三人いると奢ることになり過ぎて金足りないし。

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