2─14
花歌さんは睨みつける様な鋭い目つき。しかし涙目で、矢吹を見る。
その矢吹は、完全に花歌さんを疑っていて、ジト目。
沈黙が少しの間続いているんだけど、未だ信じられないっぽいね。
……俺? 俺は雑草のつもりで立ち竦んでます。
「星歌、『月歌』……この二人の娘を、私は優秀な人間に育てたかった。そうなれば、簡単に仕事も見つけられるだろうしな」
花歌さんは涙を拭って、悔しそうに歯を食い縛る。
今すっと出て来た『げっか』って、矢吹の双子のお姉様の名前だろうか。もうちょい何かなかったのかね。
あと、矢吹は優秀に育たなかったのが悔しいのかしら。
「しかし月歌はあの男について行った。金の亡者として育ってしまったから、金融会社で働くあの男を選んだのだろう」
あの男って、どの男? でも矢吹に関係する人間で金融会社に勤務してる人なら一人知ってるな。
金融会社矢吹グループの代表取締役だ。
つまり矢吹の父親に当たる人のこと。
「待って。貴女とあの人、僕がいない間に何かあったの?」
矢吹が手を挙げて質問する。矢吹も知らないことらしいし、流れ的に父親で間違いなさそうだ。
でも矢吹、君は父親のことも「あの人」なんだな。
「奴と私は、私が高校生の時に出会った。偶然、ロサンゼルスでな」
──ロサンゼルス。ロサンゼルスって、何処だっけ?
とにかく日本ではないよね。間違いなく、外国だよね。地理出来ないからよく分からんけど。
「花歌さん? 貴女高校生の時何してたんすか」
「留学だ。世界の言語を基本的にマスターしてしまえば、後々便利だからな。結果、役に立っている」
「世界……」
世界中の言語を、全部ではないだろうけど覚えたってのか? 怖い。そんな人間ガチでいるんだ。俺なんて日本語すらマトモに話せないのに。
高校生で外国に留学してる人間は別に、少なくはないって聞く。だからそこはいいんだけどさ、どうして偶然後の旦那様に出会うの?
「ロサンゼルスで出会った『奴』は、既に社会人だった。これから父親の後を継いで会社の代表取締役になるんだって、不安を毎日愚痴って来た」
「jk相手に何してんすかお父様。それと毎日って、お互い同じ学校にでも通ってたの? お父様社会人なら、ないんじゃ……」
「私が飛び級して既に大学に通っていたからな」
「高校生じゃないじゃんっ⁉︎」
「年齢で言った方が分かりやすかったか。すまん」
いやいや、そこは仕方ないけどね? 大学に通ってたなら、お父様社会人じゃねーだろってとこですよ。学生じゃないっすか。
てか、急に過去に遡ったけどどうしたの?
「──で、結婚した」
「意味不明だああああああああああああ!」
何でそうなったああああああああああああああああ!
「うるさい男だな本当に。互いの利益のためでもあった」
心底嫌そうな顔で俺を睨む花歌さんは、腕組みをして坦々と続ける。
「私にとってあの男は、『別に顔も良い訳ではないし、今からプレッシャーに潰されかけているチキン野郎だしそもそも面倒臭い』と認識していた程度の人間だ」
「貴女酷過ぎませんこと⁉︎」
矢吹が会話に入って来れてないけど、今は徹底してツッコミに回りたいテンションだった。
すまん矢吹、折角ついて来てくれたのに。
「しかし、金を持っていることも確か。このリゾートがまだ大して発展していなかった当時、そこが最も重要だった」
「所詮男は顔と金ってか⁉︎」
「いや、そうではない。それと知能が揃えばパーフェクトだ」
「そうなんじゃねーか!」
俺に至っては全部無いよ! 矢吹が気にしないタイプの子でよかった本当に!
てかさっきからお父様が可哀想なんだけど、何でそんな可哀想なお父様が嫌いみたいな言い方してんだ?
「……あの男にとって私は、跡継ぎを産ませるための道具であり、会社を維持させるための脳でしかなかった。これでおあいこ。ダメか? 花菱君」
寂しそうに眼を閉じた花歌さんを見て、とっさに口から出る言葉はなかった。反応しようがない。踏み込むべき内容じゃなかった。
花歌さんは矢吹に穏やかな眼を向けると、また悔しそうに歯を食い縛る。
「その年に産まれてきてくれた娘達が癒しであったが、あの男は私が子育てに夢中になってるのが気に食わず、二人に暴力を振るう様になった。私ではなく、娘達に」
「……うん」
花歌さんの話と、矢吹がそれに頷いたことでようやく、点と点が……線で結ばれた。
矢吹は呪いのことを教えてくれた時、「両親からの理不尽な暴力」と言っていた。だからずっと花歌さんからも代表取締役のお父様からも暴力を振るわれていたと受け取っていた。
でも、それは単純な勘違いでしかなかったんだ。
花歌さんはきっと、二人を守った。でも矢吹は、その背後から攻撃してくる父親と花歌さんを混ぜて認識していたんだ。
これは俺の想像でしかないんだけど。
「月歌は暴力を恐れない強気な性格だったため、今でもあの男から離れないでいる。しかし、星歌。お前は私が守ってやれなかったあの日、姿を消してしまったな」
「うん。とうとう、見捨てられたって感じたからね」
あの日がどんな日なのか、二人は喋らない。でもやっぱり、俺の想像は正解だったみたいだ。矢吹も今ようやく、それを思い出したっぽい。
花歌さんはきっと既に、忙しかったに違いない。だとすると、その隙を狙って双子が虐待を受けてた可能性も浮かび上がって来る。
何より、この花歌さんが虐待とか、今となっちゃ考えつかない。
「あの日私は絶望して、あの男と縁を切った。つまり、離婚したということだ。姓はそのままだがな」
「そんなの、聞いてない」
「お前が生きていることを知ったのは、半年後だったからな。住所を調べて、毎月生活出来るくらいの金は仕送っていたつもりだ」
充分過ぎた大金だと思ったのは、俺だけなんだろうか。財布に何十万とか入ってたんだけど星歌さん。
「……姉さんは、何であの人から離れないの?」
矢吹が遠慮がちに訊ねると、花歌さんは大きく溜め息を溢した。さっき言ってたような。
「月歌は金の亡者となった。お金大好き人間だ。より、金に近い方へついて行ったという訳だ」
「貴女の方が稼げると思うんだけど」
「ああ。私の方が数倍稼いでいるな。今頃後悔してるんじゃないか? 彼女は。帰って来るなら、いつでも準備は万端なんだがな。連絡すら来ない」
この人やっぱ娘大好きらしい。クソ忙しいのに準備万端ってどういうことだよ。
あと、大手の金融会社の数倍稼ぐって凄いっすね。
「星歌に許されるとは当然、願ってもいない。だからこそ直接は会いに行かなかったんだ。合わせる顔も、ないつもりでいたからな」
花歌さんは項垂れる。死んだ魚の様な眼が一瞬だけ見えた。
「今日、数年振りに会えて嬉しかった。色々成長してくれていたみたいで、本当にわくわくしてた」
「待って、何処見て言ってんの。頭は成長してないからって、身体に眼を向けるのはおかしいと思う」
「本当っすよね。よくここまで成長してくれたもんですよ。じゅるり……」
「花菱君!」
矢吹が睨んできたので、口笛を吹きながら眼を逸らす。脇腹を抓られた。思ったより痛い。
「ところで、もうヘリを呼ぶのは諦めよう。その代わり二人には、ある質問をしたい」
ヘルメット持つの疲れたな。なんて雑念を抱きつつ、花歌さんの眼を真剣に見つめた。
ヘリを呼ばないってことは、取り敢えずスカイダイビングはなくなったってことだよな。助かった。永久ループから脱出成功。
ありがとう矢吹。ありがとう花歌さんの娘愛。
「質問って?」
俺がしようとしていた質問は矢吹に先を越され、俺は一瞬開いた口を誤魔化すために嘘のくしゃみをした。二人にジト目で見られる。まるで「空気読め」と訴えかける様に。
花菱俊翔。特技・空気を読まない。
「二人が本当に愛し合ってるか、だ」
「ぶっ」
花歌さんは真剣な眼差しだが、矢吹は直ぐに噴き出した。
「私やあの男の様にはなってほしくない。故に、花菱君の星歌への愛を試させてもらっていたんだ。星歌を幸せにするためなら、スカイダイビングも簡単だろう、とな」
よく言ってることが分かりません。何で矢吹を愛してるからってスカイダイビングが平気ってことになんの。
ほら見ろ、矢吹だって口開いたまま固まってるでしょうが。
「まず花菱君。君は例え死ぬことになっても星歌を愛せると誓えるか?」
花歌さんが背後に怒りの面をした仏像を出現させる。完全に俺のイメージなため、その他誰にも見ることは出来ないけど。
それと、俺達は既に互いを道連れにして三回死んでますけど。
「勿論。どんなもんに阻まれようが」
例え山の神様がかけた陰湿な呪いだろうが。
「どんな悪条件が道を塞ごうが」
そろそろトイレに行きたい。我慢が限界に近いとしても。
「矢吹を幸せにしてみせるのが、この俺です」
親指を立てて、オーバーに動いてウィンクして見せる。灰色の髪した美女親子に苦笑いされた。
「結構。それが本心ならば、私から君にはもう用はない」
花歌さんは珍しく可愛らしい笑顔を見せた。娘のことは大丈夫って知って、安心したのかな。
俺に用はないってことは、もう帰ってもいいのかな? とかそわそわしてると、花歌さんは矢吹の名前を呼んだ。
「……僕にもあるんだったね質問。何?」
そうだった。二人に質問したいって言ってたじゃんな。流石俺バカ。
花歌さんはチラりと、注視してなければ分からないくらい一瞬だけ俺を見た。
それから矢吹を見て、自分の娘の幸せをもう一度確認する。
「今、花菱君といて楽しいか? 嬉しいか? 大好きと、言えるか?」
花歌さんは多分不器用だ。そして少しばかり天然だ。だからかなりストレートな質問ばかりする。
俺だったらさっきみたいに簡単に答えられるけど、矢吹みたいな照れ屋なコは返答に困ると思うのよね。隣にそのお相手いるんだし。
正直、矢吹がスルーするんじゃないかってドキドキしながら待っていた。でも、ふと視界の端に見えたのは、矢吹の満開の笑顔だった──。
「うん、僕は花菱君のことが大好き」
心臓がトビウオなんか目じゃないくらいに跳ねた。可愛いとかの感情より、心から救われた様な、何か言葉にし難い気持ちが湧いてくる。
嬉しい。嬉し過ぎて顔面がニヤけまくってしまう。キモいって思われない様にポーカーフェイス。
ザ・真顔とはこのことよ。ザ・真顔ってなんだよ。
「一緒にいれるってだけで、凄く嬉しい。話したり遊んだり、とにかく楽しいよ」
真顔が一瞬で崩れた。もういいわ。ドン引きされてもニヤニヤしておこう。
矢吹が俺を好きって言ってくれてるんだし、この極楽に浸ってても罰は当たらないだろ? ふへへ。
「その他にも、感謝してる」
「……感謝?」
思わず俺が反応した。俺、矢吹に感謝される様なことって何かしたっけ。今回に関しては俺が感謝する側の筈なんだけど。
「うん、感謝。ありがとう花菱君。梅原さん達と出会わせてくれて、僕みたいな厄介な人間を好きになってくれて。本当に、感謝しきれないよ」
「……き、気にしないでいいっすよ。昇とは仲良くなってほしかったし。つーか、仲良くなるって、信じてたし? 矢吹はもう可愛過ぎるし好きになっても仕方ねーし」
「何で変なキョドり方してるの?」
「きょ、キョドってねーし!」
「いやいやいや、明らかに今変だから」
「ふふ、お前達は本当に変な奴らだ」
「僕も⁉︎」
矢吹、俺は思いっ切り変だと言ってる様なもんだからその反応。今のは照れ過ぎて素でキョドっただけだから。
花歌さんは何やら、手元の小さなボタンを押した。黒い小さな丸いボタン。だからって特に何もないけど。
「お呼びですか、社長」
「ああ、来てくれてありがとう。この二人をホテルまで送って行ってあげてくれ」
「承知致しました。お二人、こちらへ」
「え、はい」
ボタンが押されて数十秒で部屋に来たのは、確かドライバーだったおじさんだ。ホテルまでってことは、皆のとこへ帰れるってこと……。
「花歌さん! またいつか、読んでくれれば駆けつけるんで! ただ車酔い激しくてちょっとキツいんですけど」
部屋を出る直前に振り返った。花歌さんが、初めて会った時とは全く違う優しい笑顔で、俺達を見送ってくれた。返事はなかったけど。
「矢吹、久し振りに花歌さんと会って、本心聞けてどうだった?」
送られている中、車内で俺は隣に座る矢吹に言う。小さく唸った矢吹は、カーテンで遮られた窓に顔を向けて息を吐く。
呆れてる様な溜め息だった。
「もっと素直でいてくれれば、僕も信用していられたのに。本当不器用な人だったなぁ。今も昔も」
そう言う矢吹の声にトゲは一切ない。
だから俺は顔だけで笑う。
「そうだな、不器用だ」
三回目でようやく花歌さん戦をクリアし、ようやくまた、部員達の待つホテルへと戻って来た────。




