2─12 花歌VS星歌
チクタク……チクタク……。
時計はないから針の音なんてしないけど、俺の脳内では時間が過ぎるのを知らせるためかそれが聞こえる。
でも、正直言うとこの音別に「チクタク」じゃない気がするんだよな。近いとすると「カチッカチッ」かな。分かる? 誰か分かってくれる?
「花菱君、時間っていつ頃か分かる? そろそろだと思ったんだけど、全然来ないよあの人」
バスタオルを肩にかけている矢吹が、不満気に眉を曲げる。その気持ち、分かる。
昨日花歌さんを見かけた時間は既に過ぎているんだ。なのに、姿は一向に見えない。
「道路とかも注意して見てるつもりだけど、あの長い高級車っぽいのは見当たらないな。明らかに前回と別だ」
「前回と今回……次は殆ど何も変わることない筈なんだけど」
「俺も、そうだと思ってる」
だとしても、現に花歌さんはいない。俺をわざわざ誘い出すために、姿を見せることもしない。明らかに前回とはシナリオが違う。
更にカチッ、カチッと時間が過ぎて行く。下手をしたら日が暮れてしまうんじゃないか?
突如スマホが振動し、メールを受信したことを伝える。
「あ、昇からだ。『来た?』だってさ。『まだなんだよね。前回はとっくに来てた筈なのに』……っと」
送信して、数秒で返信が来た。
内容は、『バカなの?』だった。いや何で?
「あ、続き……『お母様はきっと、自分の娘であんたの恋人な矢吹さんを警戒する。あんた言ってたでしょ、計画してたんだって。矢吹さんが近くにいれば全力で拒否されるって分かってるなら、わざわざ一緒に居る時に来る訳ない』──お?」
名探偵昇ちゃんの推理を読んで、俺と矢吹は眼を合わせる。
そう言えばあの人は、俺の行動を把握していた筈だ。だとしたら自分を心底嫌っている、唯一反論出来る娘を避けない筈がない。
つまり、俺と矢吹が二人でここに来た時点で、花歌さんは諦めた──かも。
「俺ら、こういう時本当脳が働かないな。わざわざ矢吹がいないタイミングを狙った人が、矢吹いる時に出て来る訳、ないな……」
「うん。僕達、どっちも頭悪いからそんなことにも……」
気づけませんでした。じゃーん。これぞ正真正銘の馬鹿ップルなり。えっへん。
「……ってことは? 今から矢吹だけ隠れたとしても、花歌さんが来る確率は低いと?」
俺なりに考えて、項垂れた。雨に濡れただけとか冗談じゃない。
しかし矢吹の考えは違うらしく、首を振っていた。昇程じゃないけど揺れる揺れる。……あ、いや。何でもないです。
「決勝戦まで残り二日しかないし、あの人なら本当に僅かな隙でも狙って花菱君に接触すると思う」
だから自分が姿を隠せば現れる──矢吹はそう主張した。
大会の決勝戦前には解放してくれるっていうのは、前回で聞いた。それを前提で考えると矢吹の言う様に、今日確実に攫いに来る。
二日間しかない時間で、仕事の手伝いとスカイダイビングをやらせるつもりだし。一日じゃ足りない。
「じゃあ、今から隠れるか? 矢吹。でも何処に隠れるんだ? 確実に別行動したって思わせなきゃ、多分出て来ないぞ。だとして遠過ぎると矢吹がついて来れない」
「それなら僕に考えがあるから、安心して。でも、ちょっとだけ時間かかるから、車に乗るまで時間稼ぎしてくれると助かるな」
矢吹は掌を合わせてお願いのポーズ。可愛い。この近くに大人なホテルがあったら確実に大人の階段上ってる。
俺の悪い癖だな。事ある毎に元気になっちゃってたらドン引きさせちゃうっての……。
いや、このことは知らないフリしておいた方が身の為だな。
「時間稼ぎなら、任せてくれ。いつもの減らず口で会話を引っ張りまくって耐え続けるから」
「ありがとう。僕はなるべく早く移動して、タイミング見計らって飛び出すよ」
スマホで時間を確認した矢吹は、バスタオルを店員に渡して踵を返した。
それから小さく手を振って、かなり自然に微笑み、
「じゃあね花菱君。また」
店の奥へと歩いて行った。確かにこれなら離れたことになる。俺も俺で演技力が試されるの緊張するな。
なるべく、自然なつもりで背伸びした俺の視界、隅の方に灰色の長い髪が入り込んだ。間違いなく花歌さんだ。前回同様の登場か。
「よし、俺も頑張りますか」
バスタオルあざっしたー。と店員に返して、俺は焦る演技をしながら入店した方と別の出口に向かう。
この先は駐車場だ。扉を開ければ、待っている筈。仁王立ちをした花歌さんが。
深呼吸して、ドアノブに手をかける。そして勢いよく開けた。
──前回振りです。花歌さん。
「ついて来ると予想していたよ、君なら来るとね」
「だと思ってましたよ、俺もね」
花歌さんは気味が悪そうな眼を俺に向けて、直ぐに口元を緩めた。
「ふむ? 私の存在を先に知っていた様な口振りだな。目立つ様な行動はしていないつもりだったが」
「でしょうね。花歌さんはしっかりと隠密行動出来てましたよ。俺も気付けなかった」
「私の名は、星歌からでも聞いたか?」
「そういうことにしておきますか」
花歌さんの名前は、花歌さん自身が教えてくれたんだよ。
それと、花歌さんが俺を尾けていたのは前回から知ってることだ。本人は知る由も術もないけどね。
「思っていた以上に気味が悪いな」
花歌さんが少々青冷めた顔になる。誰が気味悪いだ。失礼な人なのは知ってたけど、本当に失礼だな。
「君の行動は先程まで観察させてもらっていたのだが……」
花歌さんはまだ開いた状態の扉から、店内を薄目で覗く。俺に視線を戻して、また君の悪そうな顔をする。
「星歌と一緒にいたな。何やらよく分からないことを話していた様だが」
「あ、聞いてたんですか」
「ああ。しかし、この店は電波が悪い様だな。雑音混じりで聞き取りにくかった」
雨のせいだと思うけどね、俺は。
それに盗聴されてたってなると、会話が筒抜けじゃなくて助かったな。雨サンキュー。ナイスプレー。
今の俺には無いスプレー。
花歌さんは少し戸惑った様に眉を曲げ、手をポンと叩いて分かりやすく思いついたという態度を取った。
「改めて自己紹介と行こう。私は矢吹花歌──」
「『元帝矢吹プラチナエージェント』……でしょ? 前に名刺見せてもらって、『星南』は本名じゃないってのを教えてもらいました。顔はそっくりだし、一目で分かりましたよ」
「そうか。それなら話が早いな」
半分くらい嘘だけどね。名刺は遊園地デートした時に見せてもらったけど、本名のことなんて教えられてない。矢吹は花歌さんを「あの人」としか呼ばないから。
顔はそっくり。これも本音。だけど前回、直ぐに誰だかは気付けなかった。矢吹に凄い似てるなぁとしか。
花歌さんは、車まで続く傘差し黒服おじさん達に眼を向けて、頷いた。──今回も一番後ろの人はずぶ濡れか。可哀想に。
「君を招待したい場所があるんだ。来てくれないか?」
花歌さんは親指を立て、後方の車をぐいっと示す。
さて、ここで乗ってはならない。まだ矢吹が出て来てないからな。
俺の本気をお見せしよう。ザ・やかましいマシンガントークの開催だ!
「それよりまず、娘さんについて思い出や可愛さを共有しませんか?」
花歌さんは不意を突かれ、眼を丸くする。
「今、必要か? やることを成せた後ではいけないか?」
今直ぐ車に連れ込みたいって感じだ。目立ちたくないんだろうね。
俺は黒服のおじさんがまた一人車から出て来たのを確認して、掌を向け待ったをかける。
逃がしゃしないぜ。
「今俺を無理やり連れ込もうとするなら、自慢のバカデカい声で助けを呼びますよ。いいから星歌さんについて話しましょうって。雨は冷たいと思うけど」
ごめんね、一番後ろで傘差してるおじさん。
俺が脅すと、それが効いたらしく花歌さんは溜め息を吐いた。
「いいだろう。では、何から話そうか」
「そうですね、星歌さんの身体について話しましょうか」
「いや何故だ。どういうことだ」
「まず、矢吹は花歌さんよりもおっぱいが心地いいと思うんですよ。花歌さんのは実際に触ったことないから見ただけの判断なんですけど」
「……星歌のは触ったのか」
「抱き着かれるとどうしてもね。あの柔らかさは一級品ですよ。しかし、程よい張りも感じられて揉み心地はきっとワールドクラス」
「君は心底気持ち悪い。その気持ち悪さこそワールドクラスだろう」
「照れ屋のくせに無意識に押し付けて来るの、俺としては嬉しいけど我慢出来なくなっちゃうから程々にしてほしいですね」
「聞け」
花歌さんがドン引きを始める。何かゾクゾクして来た。
しかしこんな話ばかりして、もし矢吹に嫌われでもしたら嫌だな。別の話題にしよう。
「星歌さんと言えば頭の悪さも一級品ですね。俺も言えたもんじゃないけど、前回の定期テスト俺よりダメでしたし」
「君は星歌を貶したいのか褒めたいのかどっちだ?」
「褒め千切りたい可愛さと柔らかさなどは持っていますが、厳しくしなくてはためにならない。花歌さんならお分かりになるでしょう?」
「何か偉そうで腹が立つな」
「星歌さんは国語はまぁまぁ出来ますね。しかしそれ以外は壊滅的で。部活やらせてみたのはまぁ二人の間で真剣な理由が出来てまして。でも両立出来なくて更に成績が落ちると」
「だから聞け」
明らかに嫌悪感を抱き始めている顔な花歌さんに遮られぬよう、喋りながら次の話題を探す。思った以上に矢吹での話題が見当たらない。
「──最近は早退することが増えて来ましたね。サボりなんですが。それで、えーっと、えーっと……」
「ふん」
やべぇ、飽きられたかも知れない。
そう焦ったけど、意外にも花歌さんはまた別の方向に話を進めた。
「星歌の頭が悪いのなんて、昔から知っている」
思っクソ酷いこと言った。てかやっぱ昔から頭悪かったんだあの子。
花歌さんは何処を見るでもなく、斜め下に眼を向けて腕を組んだ。少し、悲しそうな顔にも見える。
「運動も殆ど出来ないくらいには病弱だったんだアレは。それで代わりに勉強を覚えさせてみようと試みるも、『分かんない分かんない』とやる気も見せない。いつしか、学年最下位になったこともあったな」
「そんなバカなんかい」
俺より酷い。
「通知表には『もう手遅れです』と書かれたこともあった」
「その担任もどうかと思うけどね?」
「授業は途中で脱走。走り過ぎて保健室で寝込んで、必ず出る言葉は『ラッキー』だ。私は頭を何度抱えたことか」
「……」
矢吹、君が親に冷たくされたとかいうのって、それが原因なんじゃないですかね。僕は心配になりました。君の頭が。
自分の身体犠牲にしてまで授業受けたくないの? 学校を早退するのがほぼ毎日って、まさかそれが理由?
「そ、そこまでだよ! 花菱君に何もしないで!」
「……む」
傘を借りてるのか貰ったのか、矢吹がやたら大声を出して登場した。
矢吹、帰ったら一緒に勉強しような。俺ら二人だけじゃ直ぐに辞めるだろうから昇に頼んで三人で。
……何かセフィもついて来そう。何となく。
「星歌……お前まさか私の存在を勘付いていたのか? 中々やる」
バトル漫画か何かかよ。言えないけど、前回から知ってましたってば。
てか矢吹何処から出て来たんだ? 店の裏側から出て来たけど。──あ、従業員用の出入り口でも使った?
でも立ち入り禁止じゃね? それ。
「ねぇ、花菱君を連れてくつもり? スカイダイビングなんてさせないから!」
「何故知っている」
「矢吹……」
矢吹がおバカ丸出しだ。何で飛ぶ直前まで知らされないことを知ってるんだよ。後の方要らなかったよ。
ハッと口を押さえた矢吹は、まるでヤケクソの様な大声を出した。
「て、テレパシーだよ!」
「お前にそんな能力がある訳ないだろう。相変わらずのバカっぷりだな」
「……結構傷つくんだからあまり言わないでよ。まず僕、貴女のこと大嫌いだし」
「……そんなこと昔から知っている」
あれ? 花歌さんが一瞬不快そうな顔をした。何か、気に食わなかったか? でも何だろう、分かんないや。
あと、やっぱバカバカ言われるの傷つくよな。その気持ち痛い程分かるよ矢吹。
「しかし、何の用だ? この花菱君のことは連れて行くが、お前には関係のないことだ」
花歌さんが凄い鋭い眼を矢吹に向けた。娘にそんな眼を向けていればそりゃ嫌われるわ。
「関係大有りでしょ⁉︎ 僕の! 彼氏! だから連れて行かせない」
「矢吹が彼氏って言ってくれるの凄い嬉しい」
「お前の言葉などに耳は傾けない。行くぞ花菱君」
「おわっ! 無理やり⁉︎ 大声出すって言ったのに⁉︎」
「それなら既に星歌が出しているだろう」
「ホントだ!」
「ちょ、待ってよ!」
俺の腕を引く花歌さんの正面を矢吹が遮る。警戒心剥き出しの警察犬みたいな眼で、花歌さんを睨みつけてる。
「それなら、僕もついて行く。特にやましいこととか無いなら、問題無い筈でしょ」
「勝手にしろ。お前を特別扱いなどしないがな」
「別にいいし」
矢吹と花歌さんは先に車に乗った。俺も後に続くけど、本当にこれでよかったんかね。
この親子、誰がどう見ても手に負えない。




