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君のいない夜空なら今日僕は死ぬ  作者: 源 蛍
第一章 100回目
4/87

1─4

 告白された内容は想定外なもので、第二保健室の空気を緊張感で埋めて行く。俺もただ息を飲んで矢吹に視線を集中させる。


 身体を揺らしもしない俺を片目だけ開けてフルサワは溜め息を溢した。


「矢吹、見てみろ。他人なんて所詮こんなものだ。呪いのことを教えてやれば変な眼で見てくる。諦めた方がお前の為になる」


「……うん、そうみたいだね」


 あまりにも衝撃が大き過ぎて、俺は反応が遅れてしまった。直ぐに気を取り直して矢吹に向き直った。

 希望を砕かれたかの様に俯く矢吹に覗き込み、まるで機嫌を取る為に焦る自分に少し、罪悪感も覚えた。


 確信は何も無いが、俺は矢吹のその『呪い』について詳しく知る必要があると自分自身に急かされたのだ。


「矢吹ごめん、衝撃的過ぎて脳が追いついてなかった。その呪いって、どんな呪いなんだ? 教えてくれるか?」


 俺は矢吹の肩に手を置き、イメージはイケメンな面持ちで彼女の気持ちを引き出そうと努力する。


「うん、話すよ。恋人、だし。それに、もう呪いの事は教えちゃった訳だし」


「ありがとう矢吹。絶対に聞き逃さないから、話しやすいように教えてくれればいいよ」


 恋人の単語のみ声が小さい事にショックを受けたが、それが照れならば可愛いものだ。単に嫌だというなら傷が深いけど。

 呪いの効果は、『一日に一度好きな人に会えなければ死ぬ』と、先程告げられたものだろう。


 だとしたら何故今日まで生き延びていたのだろうか?


「僕は幼い頃、虐待を受けてたんだ」


「え……」


「両親からの理不尽な暴力、周囲からゴミの様に扱われて、誰からも見捨てられた。それが事の始まり」


 矢吹はワイシャツから肩を出しはだけると、鎖骨の下方を指で示した。直径五センチ程の、大きな痣がその存在を放つ。

 フルサワにはその痣を見せた事で事情を説明せざるを得なかったのだろう。それ以降、恐らく校内で唯一の理解者であるフルサワと時折共に姿を消すようになったのかも。


 痛々しく、生々しい痣や傷痕に俺は思わず顔を顰める。その行為で矢吹は恐らく、傷ついてしまっただろう。

 例え後悔していたのだとしても、矢吹は言葉を繋げてくれた。


「僕は耐え切れなくなって、この世を自ら去ることに決めた。古くから家の近くで伝われてる、神様に身を捧げることで、ね」


「神様? 神様って、十字仙山(じゅうじせんざん)の神様か?」


「うん、そうだよ」


 ──十字仙山とは、何百年もの間噴火を続けたとされる歪な形状を保つ火山だ。

 真上から見下ろすと、山は四方に伸びている事が判明し、その名がつけられた。それはもう、百年前の話だが。


 無慈悲に続く噴火を抑えるべく、人々は神を祀る決断をしたのだ。一説によると生け贄を一ヶ月周期で与えていたとも。

 何とも悲しい話しだが、それで噴火は修まった

らしい。

 その神様に、矢吹も身を捧げたのだという。


「死にたくて神様が祀られた祠にやって来たんだけど、彼は僕を殺してはくれなかったんだ」


 申し訳無さそうに胸に手を当てる矢吹の言葉に、違和感を覚えた。

 生け贄は知らず知らずの内に魂を抜かれていたらしいが、例外として矢吹は死ななかった。そういうことなのだろうか。


 だが、例外が何故発動したのだろうか? 俺が思考を巡らせて答えを見つけ出そうと無言になると、フルサワが割って入って来た。


「神が矢吹に惚れたんだと」


「へぇ、神様が。……神様が、矢吹に惚れた? え、惚れたって、アイラブユーって感じか?」


「何か変な喩えだが、まあそういう事だ」


「マジか凄いな! 凄いけど、ライバルじゃん!」


「ライバルじゃないよ。僕は君が好き、なんだから」


 またまた『好き』が小さいよ。もっとはっきり、大きな声で「大好き!」って言ってくれて構わないんだからな?

 にしても、神様に好かれちゃうくらい美少女なんだもんな。神よ、分かってるじゃないか。

 俺も胸部のお饅頭召し上がりたいです。


 神様に惚れられて矢吹は死ななかったんだろ? 好かれたのに、何で呪われてるんだ? 神様が呪いを解いてあげるとかないのか?


「僕の呪いは、その神様にかけられたものだからそれは無理。一生、解けないよ」


「え、え、え? あれ? 神様って矢吹のこと好きなんじゃないのか?」


「矢吹を好いてるぞ。今も恐らく見てる。身体の隅々までな」


「うわマジで!? 羨ましい。んで、何で好きなのに呪いかけて来てんだ? しかもわざわざ恋人に会うように仕向けた呪いで」


「わざと、だよ」


 フルサワが瞳を閉じると、そこからは矢吹が小さな口を開いて説明を始めた。

 身体をもじもじと動かす仕草に興奮したけど、何とか理性は保てた。心と裏腹身体は元気一杯。


「僕の恋を、邪魔する為の選択だよ。死んで絶望を煽る、それが目的なんだ」


「嫌な神様だな……」


「自分のものにする為、だろうな。中学半ばまでは矢吹に好きな人が居なかったから呪いは無かったものの、それが出来てから酷かったからな」


「先生知ってんのかい」


 矢吹達のこの説明を受け入れたい。信じたい──のに、何処か信じ切れない自分が存在してる。

 神様に好かれて、束縛する為に呪いをかけられて、一日一度会わなきゃダメ……なんて信じる方が難しい話だ。


 まあ俺は毎日毎日通いつめたいくらいなんだが、部活だってバイトだって始めてしまったからな。実はバイトを先日始めました。

 何度も何度も繰り返し、確認を怠らない矢吹。それに対する俺の態度は、それ相応だっただろうか。


「お願い、夜までに会えなきゃダメなんだ。多めに見て八時頃までに」


 ──花菱君、信じてるよ。



 微笑みを向けて来た矢吹に、『ああ』と曖昧に返して俺は授業に戻った。勿論教師には怒られた。

 なるべく会うようにはするが、まだ心の底から信じるのは無理だな。その神様と会話でも出来ない限り。




 雨が降りそうな灰色の空を見上げ、放課後の俺はサッカー部の部室にスキップしていた。別段いいことなんて無かったのだけど。


 傘なんて、朝晴れていたから所持していないし正直邪魔だ。雨が降れば駆け抜ければいい。

 雨天中部活なんて無い話じゃないし、泥塗れになるなんて日常茶飯事だ。サッカー部だからな。

 雨どーんと来いや。


「うわ、本降りになって来たな。流石に部活無いだろうか? もう直ぐ夏大会の予選だもんな」


 サッカー部の大会は大きく分けて三種類。まず最初の大会は夏で、夏休み中の八月に開催される。

 地区の予選を勝ち抜いて、この地区からは上位五校が県大会に出場出来る。そこで優勝すれば名誉に繋がる。


 そして冬大会。二月前半に行われ、真の勝者を決定する最重要大会だ。

 夏大会同様、地区で競い合い上位三校のみが県大会に出場。そこで終わりではなく、全国大会という至高の舞台への出場が許可される。

 全国大会で優勝を納めれば、永遠に自慢出来るというものだ。俺はそれを目指してる。


 あと一つはまあ、練習試合などの簡単なものだ。手を抜く必要は無論無い。


 うちの高校はどうかって? 県大会に二度しか出場していない大した事のない部と聞いてるよ。



「あれ? 部員も顧問も誰もいないんだな。本降りになったから、中止になったのだろうか」


 静まり返る無人の部室で、俺はふとメンバー表に目を通してみた。

 ──部長、小鷹裕也。副部長、入谷健太。二番、佐藤叶都。六番、俺。十三番、谷田崖流美。マネージャー、梅原昇。計、六人。


 まさか、俺と谷田崖と昇以外三年生だったとは。二年は居ないのか。


「それにしても、六人じゃ試合は出来ないだろう。昇はマネージャーだしな。まさかそれが理由で誰も練習してないんじゃないだろうな」


 大会への不安が急上昇して吐きそうになった。

 こうなったら、俺が部員を集めるしかないな。俺はムードメーカーでありそこそこ人脈もある。人探しには困らない筈だ。


 今日は、一斉下校だから殆ど居ないだろうが。


「明日こそ、残り六人を最低でも集めてやる! 目指せ、俺の青春絶好調! 彼女も出来て大会も優勝! ついでにテストは絶不調! やべぇ来週中間テストだ!」


 テスト目前にして、一度もノートに手をつけていないのに血の気が引く。また、最低な兄貴と冷たい妹にドヤされる。

 そろそろ俺も出来るところを見せつけなければ、矢吹にも見放される可能性が! あの子俺に言えないだろうけど。


「今日は急いで帰宅して勉強漬けになろう。漬け物として一日を終えよう」



 部室の扉を明日のドアをぶち破る気持ちでこじ開けようとして、空振ってドアノブではない別の何かを鷲掴み。先に扉が開いたようだ。

 少し高めの位置に付けられているその柔らかいモノを一度、揉む。揉み揉み揉み揉みドコバキベキグシャッ。


「あんた何してんのよ……!?」


 振り絞る様に怒声を発する昇に滅多打ち。大丈夫かなぁ、俺生きてるかなぁ。

 それにしても、中々健康に育ってるじゃないか。柔らかくも弾力があり、鷲掴みで余る程大きいとは。

 幼馴染みとして誇らしいというかもっと堪能したいというか。


 はっ! 何を血迷った事を考えてるんだ俊翔よ。俺には矢吹といういかにも柔らかそうな肉体を持つ彼女が居るじゃないか! 気をしっかり保て!



「あんた何してんの? 今日は一斉下校なんだから、部活無いけど。まさか、有ると思ってた?」


「え!? あ、一斉下校の日って部活無いのか。そうか。いや、分かってた。分かってたぞ。ちょっと寄ってみただけだからな!」


「そう? そうだ、あんた傘無いでしょ? 一緒に帰らない? 相合傘って事にはなっちゃうんだけど」


「ん? ああサンキュ。遠慮なく入らせてもらう」


「その変な口調、治しなさいよね……」


 女子と同じ傘に入るなんて厚かましい、とブレーキを踏みそうになるんだが、昇は幼馴染みだ。関係は一切無い。

 それに発育の良い双峰をじっくりと堪能出来るし、ふとした拍子に当たっちゃうかも知れないしな。その場合は事故。事故だ。


 幼馴染みと言っても、小学三年生の頃からだ。それ以前から共に居るのはコタケのみで、他は別の高校に別れた。

 昇とは二番目に長い付き合いになるが──彼女は俺との記憶を持っていないんだ。


「ん? どうしたのシュン。私の顔なんて見て」


「いや、お前の胸を凝視してた」


「何してんのよ!」


「痛いっ!」


 容赦なく打たれるこの感覚も、元々は存在し得なかったものだ。

 三年前だっただろうか。昇は大雨で増水した川に足を滑らせ流されてしまった。溺れて水を飲み、意識不明の重体となった。

 流された先で彼女の姿を発見した俺の応急処置で事なきを得たのだが、数年間の記憶が名の通り流されてしまったのだ。


 彼女は俺に感謝し切りで、記憶は取り戻せなかったものの今もこうして俺について来る。

 元は内気な性格で動物が大好きだったが、今は強気で、猫アレルギーを持ってしまっている。一番猫が好きだったのだが。


 先程も述べた様に、彼女は俺に感謝し切っている。だが俺はもっと早く気がついてやれなかった事と、記憶が失くなってしまった事に後悔しているのだ。

 これからは絶対に守るからな。昇。



「じゃあ、道も違うし俺はここでいい。サンキュ、昇。気をつけてな」


 不謹慎かも知れないが、彼女が記憶を失くしたのも雨の日だからな。自然と不安に心を奪われてしまう。

 十字に別れた路地で俺は昇に手を振った。それに頷く彼女は同じく手を振り、微笑んだ。


「私も一緒に帰れて嬉しかったよ。ありがと。また明日ね」


「また明日」


 昇と別れ数分経ち、家のドアノブを掴もうとしてふと記憶が掘り起こされた。


「明日土曜日で休日だ」


 そしてその直後、部活の日でもある事を思い出した。どちらにせよ俺がバカ。

 リビングに向かえば、傘を持たずに外へ出た為びしょ濡れになったこの容姿を嘲笑する家族が待ち構えているんだろうなぁ。絶対嫌だ。


 意図的にリビングを無音でスルーし、階段を慎重に踏み進む。

 何事も無かったように部屋へ進入した俺は、同い年くらいの女子が肌色面積の広い服装でお戯れになるDVDを鑑賞。中々のものだ。色々と。


「さてと、気合いも入ったし、明日の部活の為なるべく早く寝るとするか。まだ夜飯も風呂も済ましてないからもっと経ってからだが」


「バカ兄、エッチな本とかDVDどのくらい持ってんの?」


「そうだなぁ、それぞれ十以上は隠してあるかな。李々華などにバレたらお兄ちゃん死んじゃうからな」


「なら今すぐ死ねば?」


「李々華!?」


「遅いし……」


 呆れ溜め息を吐く李々華は、ストッキングに包まれた細い脚をベッドの上でパタパタ揺らしている。

 妹に欲情したりしないぞ、その誘惑には堪えるぞ。いかにも美味そうな果実が手の届く距離に落ちていれば、トラップと考えるのが常識だ。


 それにしても触り心地良さそうな脚だな。ミニスカが少し捲れて絶対領域が陥落してしまいそうだぞ。

 おっと、ちょっと待て息子よ。早まるな早まるな。


「厭らしい目つき。涎垂れてるし、キモ。私今日お布団汚れちゃったからベッド借りるよ。エロ兄よりは安全だし、彼女いるもんまさか妹になんか手を出さないでしょうし?」


「ふん、甘く見てもらっては困るな。俺は女子なら誰でも身体で妄想するぞ。お前だって例外じゃない。童貞舐めんなよ?」


「偉そうにするな、キモい。ま、襲われても大声出してバカ兄が自滅するだけだし、構わないけど」


 「おやすみ」と告げた李々華はその場で就寝した。しっとりと濡れる髪や肌を観察したところ、もう風呂には入ったのだろう。

 夜飯を食べたのかは不明だが、まあ李々華だしきちんと食事は取るだろう。大丈夫だ。


 兄貴二人と違ってかなりしっかりしているからな。


「このチビめ、俺が襲わないと思ってるな? 胸くらい揉んだるわ」


 本当に揉んでみたら、寝相に見せかけたレッグラリアットでカーペットに沈められた。

もうちょいで次の部分に行けます!

変態兄貴……

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