2─7
ヘディングからの、逆立ちシュート! ……これ、一応反則ではないよな? もし反則だったら皆ごめん。
二回戦でもアホな行動をした所為で、昇からの説教を受けた俺はお詫びに飲み物を奢った。部員全員に。その中で唯一セフィだけは遠慮してくれた。
「いやぁ、結構金減った。昨日は蕎麦食べに行って今日は十数名に飲み物を奢ったから。ちょっとこれ矢吹に貢ぐ余裕失くなるって」
「貢いでたの……?」
二回戦の後、俺とセフィはスーパーで買い物をしていた。お昼ご飯、昇が馬肉ハンバーグを作って来てたらしいけど、選手が一致して馬肉嫌いな為頼まれたんだ。一年だからってパシリに使うなよな。
あと、流美たんだけはパシリにされなかった。ここ最近疲れ切ってるからだろうけど。
「なぁセフィ? 流美たん今日のプレーちょっと独りよがりだったよな。元々チームプレーは慣れてないっぽいけど、今日はまた偉く牛肉丼……じゃねぇ、猪突猛進だったよなぁ」
「お弁当見ながら話してるから間違えるんだよ……。確かに、流美ちゃんは今日完全に単独プレーだったね。やっぱり体調悪いんだと思うんだけど」
「だよな。モヤシハンバーグ弁……日に当たるのが辛いなら、今日だけでもせめて休んでおけばいいのに。三回戦も今日の夜だしな」
「うん、ちょっぴり心配だよ」
セフィは無理矢理俺の顔を自分の方に向けた。弁当ばかり見てるなってことか? 間違えるから? どうもすんません。
月見うどんを小長屋先輩用にして、流美たんにはお粥でも買おうかと思ってた時、セフィは首を振った。
「選手がお粥じゃ力出ないよ。流美ちゃんなんて人一倍動くんだから」
「でも、調子悪い時に普通の弁当ってどうよ? 気持ち悪くなったりしちゃわねぇ?」
「流美ちゃんは多分大丈夫。小学生の時、風邪引いた癖にうな重食べてたくらいだし」
「んじゃ、それでいいか」
丁度視界に入ってたうな重を籠に入れて、レジに並んだ。金欠だってのに高い。先輩達俺を破産させるつもり?
「いやぁ、すまんねセフィ。まさか五百円も足りないとは予想もしてなかった。これどうやって帰るの俺」
「電車代くらいなら貸してあげるよ。返さなくていいからね」
「いや返す絶対返す。マジ助かる本当ありがとう」
「ふふ。いえいえ」
ホテルに帰る途中の裏道で、セフィと笑ってた。内心、泣いてたけど。
この町って田舎なんだか都会に近いんだかよく分からないんだよな。畑や水田は多いのにビルとかも多いから。ついでに水が澄んだ綺麗な川もある。
「あっ、魚だぁ。セフィ、魚の種類は分からないけど泳いでるのを見るのは好きなんだよね。花菱君は?」
「俺も好きよ。ちょっと前に矢吹と水族館デートしたばかりだし」
「へぇ、ベタベタだね」
「うるさい。俺に彼女なんて出来たことないから難度高かったんだよ」
「ふーん、でもさ……」
橋から見下ろす川は陽に照らされてキラキラしてる。魚なんて、俺達みたいに視力のいい人間くらいにしか見えないんだろうな。
セフィは橋の柵から離れると、手を後ろで組んで微笑んだ。やっぱ綺麗な顔してんなぁと見惚れてて、セフィの言葉が不意打ちに感じた。
「今は、セフィは彼女でしょ? 仮だけど」
「……そ、そうだな、うん。セフィ『も』彼女な。一応仮の」
「うん、仮の彼女」
今度は反対の柵に寄りかかったセフィは、憂いだ表情で俯いた。何か寂しそうにも見えるけど、それはきっと錯覚だ。そうであってほしい。
「……だから、二番目でいい。セフィは矢吹さんの次で、優先してほしい」
小さく呟いたのがよく聞こえなくて、車が来ないか確認してから近寄ってみた。
「あんですって?」
「セフィは一応、彼女ではあるよね? 花菱君」
「……まぁそうね。仕方ないよな、セフィの家の事情でだし。一応、彼女ではある」
「うん。だからって言うのはきっと図々しいんだろうけど、セフィのことも大事にしてほしいなってさ。……梅原さんの次じゃ、ヤダ」
「昇の、次……?」
小さく頷いたセフィの言葉の意味を探した。昇の次じゃ嫌だってことは、昇よりも優先してほしいとかそういうことなのか? やっぱり、恋人として大切にしてほしいってことなのか。
そりゃそうだよな、花の高校生活をこんな俺の所為で恋愛事から遠去けることになったんだし。それなりの誠意は見せろってことだろ。
でも俺は、矢吹や昇と同じくらいにセフィを大切に想うことは出来ない。
「昇よりも優先……ってのはちょっと厳しいかも。俺にとって昇は矢吹と同等に大切な存在な訳だからさ。だから、仮の恋人であるセフィには、それ以上の好意を抱くことは出来ないんだ」
我ながら完璧な説明だとは思ってた。矢吹より下で昇より上っていうことが、無茶なことだというのを明確に伝えられた筈だし。
──だけどセフィは、納得はしていない様だった。
「恋人でもない人を優先しちゃうんだ? ……花菱君ちょっぴり、酷い。自分勝手。なのはセフィか。ごめん忘れて、全部。早くお弁当持って帰ろ」
「ん、あ、ああ……」
セフィの言うことが理解出来ない。確かにいずれは恋人が最も優先されるべき相手になるだろうけど、それと同じくらい大切な人だって存在する筈。例えば家族とか。
俺にとって昇は家族だ。いやそれよりも、守ってやらなければならない存在なんだ。
だからどんな理由があろうと、ただの、『偽物の関係』であるセフィより下に考えることはない──。
「遅かったね、寄り道してたの?」
「ただいま矢吹。まぁ、ちょっと川を観察してたり。ところで唐揚げ弁当とコロッケパンでよかった?」
「ふーん。あ、全然大丈夫だよ、ありがとう。だけど何で僕だけ二つなのかな」
「いやいや矢吹さんお戯れを。貴女の胃は常人のそれではないでしょうよ」
「すっごい失礼なんだけど」
膨れた矢吹もやっぱり愛しい。ハンバーグ食べてる昇も可愛い。流美たんぐったりしてるけどめっちゃ凄い勢いで食べてる。本当だ大丈夫そうだ。
……やっぱりな。セフィだって可愛いけど、矢吹達みたいに『愛しい』とは思わない。やっぱり昇より優先するのは無いな。
「流美たん、今日の夜くらい休んだら? 言っとくけど、別に流美たんからサッカーを奪ったりしねぇって。ただ不安なんだよ。それで決勝出れなくてもいいのか?」
流美たんを覗き込んだら、久々に睨まれた。矢吹や昇とは比べ物にならないくらい鋭い眼光。心臓がキュッてなる。怖い怖い。
「俊翔、しつこい。私はやれる。最後まで倒れないから、今日の夜もやる。──夜なら絶対に倒れることはないから」
流美たんは曇りのない瞳を向けて来た。どうやら、最大の問題点は陽射しに弱いということらしい。
だけど昔別に陽に弱くなかったらしいのに、何故だろう。何か、重大な秘密でも隠れてる気がしてならない。
「んま、大丈夫なら俺も居てくれた方がいいし。休憩はしっかりしろよ? 俺も心配だし」
「ありがとう。大丈夫。でも、前半だけにしておく。前半だけで大差つけてリタイアするから、後はお願い」
「任しとけ!」
前半で大差つけるって、凄い自信だな。三回戦ってことはそこそこ強い学校が相手の筈なんだけど。まぁ流美たんならやってくれそうだしいいか。
因みにこの昼飯の時間、馬肉ハンバーグは昇と矢吹だけで完食していた。恐らくほぼ矢吹。
「シュンー! ラスト一分、決めちゃってー!」
「無茶言うな俺ポジションFWじゃないかんね⁉︎ 小鷹先輩にパース!」
「叫ぶなバカ! 勘付かれるわ!」
「どっちにしろ今FW小鷹先輩しかいないでしょ!」
十人でやるサッカーって珍しくない? 出来ないことはないんだけどさ。FW一人ってのが結構キツい。
俺も直接ゴールすることが出来るポジションではあるものの、相手のMFやFWを超えて行ける程の実力は無い。から、小鷹先輩に任せまーす。
──結局後半は守りに徹して、あまり点を取ることは出来なかった。二十対十一で勝利。流石流美たん。
「お疲れ様。ねぇシュン、谷田崖さん知らない? ドリンク渡したかったんだけど」
試合終了数分後、ユニフォームから着替えた俺に昇が駆け寄って来た。流美たんなら先に着替えてた筈なんだけど。
「昇は更衣室同じじゃなかったっけ?」
「いや私選手じゃないから。別に上から羽織ってただけなんだけど」
「流美たんピンクのブラ透けてたから多分ちゃんと着替えたんだろうしなぁ。先にホテル行ったんじゃね?」
「変態。確かにそうとも考えられるけど、私更衣室の前で待ってたのよね。でもまだ、出て来て無いし……」
「ほう? 何だっぺな。一回更衣室入ってみたら?」
「そうしてみる。ちょっとここで待ってて」
昇は女子用の更衣室に入って行った。この更衣室、男子と同じ構造ならやけに縦長なんだよな。もしかしたら奥に居るのかも知れないし、気長に待とう。
昇が入ってから一分経った辺りで、矢吹が歩いて来た。ドリンク二つ目を貰った。
「流石に二つは腹下すかな」
「ごめん、先に梅原さんが持って来てたなんて知らなくて。それより、谷田崖さんがいないんだって? 部長さんから聞いたんだけど」
「おう、皆知ってんのか。多分更衣室だと思うんだけどなぁ」
──更衣室に眼を向けて、一瞬息を飲んだ。何か、息苦しくなったぞ? 一瞬。別に何処かからガス漏れとかしてる訳でもなさそうだし、一瞬だけだったし。
「なぁ矢吹、何か変な感覚無かったか? 呼吸し難い様な」
「やっぱり? 今僕も一瞬だけ、感じたんだけど」
「矢吹もか。何だろうな……まさかここに来て十字仙山の神様が……⁉︎」
「いや多分、違うんだけど……」
矢吹は疑問に顔を歪めた。正直、俺も神様の仕業じゃないことくらい分かってる。あの神様はいつも直接殺そうとはしてこない。間接的な攻撃ばかりなんだ。今回は関係無い筈。
一瞬だけ空気が淀んだ? そういう訳でもない気がするんだけど、考えてみても分からないな。
金属の擦れる音がして、更衣室のドアが開いた。昇が戻って来たみたいだけど、流美たんは見当たらない。
「昇、流美たん居たか?」
近寄って訊いたら、首を横に振られた。矢吹同様、疑問に顔を歪ませて。
「居なかった。更衣室にもフィールドにも控え室にも居ないってなると、やっぱりホテルかな。あの子心配だし、早く行こ」
「うん、そうだね。……花菱君?」
矢吹と昇は脚を留め、俺を見て首を傾げた。俺自身今更気がついたけど、矢吹達とは打って変わってフィールドに身体を向けていたんだ。
自分の行動に気がついたばかりだったけど、自然とその理由は理解出来ていた。
「俺ちょっと、まだここら辺捜してみる。もしかしたら居るかもだし。二人は皆とホテル捜してくれ」
「……分かった。シュン、早めに帰って来なさいよ」
「分かったって。んじゃ、ホテルでな」
矢吹と昇に手を振って、真っ先にフィールドに向かった。さっき昇が居なかったって言ってたじゃんか。──だとしても、そこに居るって確信があった。
「流美たん! 何処に居んだ⁉︎ 流石にフィールド広いわ!」
まぁ何も無いから見やすいんだけど。ライトアップされてないから暗いんだよな。
フィールドに向かって歩き出して、一瞬脚を留めた。軽く頭を掻いて、その脚を進めた。全力で駆けて。
俺が向かった先には、一人の女の子が俯せに倒れているから。
「流美たん! 流美たん、何でこんなとこで倒れてんだ⁉︎ おかしいだろ、先に更衣室向かった筈なのにユニフォームそのままだし!」
汗だくの流美たんを抱き上げて問いかける。色々とおかしい。流美たんはいち早くフィールドから更衣室に向かった。そして更衣室から出て来たというなら着替えてある筈で、フィールドに戻る理由も無い。その上誰かの眼には留まる筈なんだ。
だけど昇も気づいてない。着替えてもない。後半休んでいた筈なのに汗が酷い。
全てがおかしい。
暫くして、流美たんはようやく眼を開けた。まるで寝起きの様に見えることもなく、失神から目覚めたかの様に。
「俊翔……? 何で、ここに戻って来てるの……?」
「そりゃこっちのセリフだってばよ! 何で着替えてもないでここに居んだよ? 何で倒れてんだよ」
「……少し、長く陽に当たり過ぎた。のかも。でももう大丈夫。ホテル、戻ろ」
「……ふらふらだろ、肩貸すよ。またはおぶるよ。どっちがいい?」
「おんぶ……」
「了解」
もそかしたらセフィよりも軽い流美たんを背負って、納得がいかないままホテルに戻った。その時には既に流美たんは元気を取り戻していた。
誰にも相談はしなかったけど、むしゃくしゃする。流美たんは俺の質問に答えなかった。




