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君のいない夜空なら今日僕は死ぬ  作者: 源 蛍
第二章 陽の光に照らされて
34/83

2─6

 サッカースタジアムがある王都市の二つ隣の夜美都(やみと)市には、中心部に大きな湖がある。俺の予想だと、直径五キロだな。──ガイドブックには三キロって書いてあった。まぁ五キロはデカいか。

 名前は『天布等湖(てんぷらこ)』らしいこの湖の中心で、俺達は白鳥ボートに乗っていた。


「……なぁ二人共。俺、これ凄く退屈なんすけど。選りに選って何で選手の俺が漕がなきゃいけないわけ? 明日も試合で足使うんだけど」


「何よ、あんたが乗るって言ったんでしょ。それに、男ならそれくらい頑張りなさい」


 ボートを漕ぐ俺に細めた眼を向けた昇は、ちらりと湖を覗いた。何か魚を探してるっぽい。

 対する矢吹は昇の隣でお地蔵様と化している。要するに、果てしなく詰まらないといった顔だ。


「うん、やめよっかコレ。俺がいたたまれない。二人とキャッキャして楽しむつもりだったけど、この歳だと楽しくもないや」


「だったら何で初めからやめておかなかったの……」


「花菱君、僕ちょっと行きたいとこあるんだけど」


「お、何処?」


「まずこれから降りなきゃ」


 白鳥ボートは飽きたので、というか楽しくなかったので、三百円を無駄にした気もするけど五分で降りた。一人百円とか安いな。

 町役場っぽいのに風船や装飾だらけのファンシーな建物で、マップを二つ貰っておいた。昇は以前も大会で来ているから、ここで手に入ることは知っていたらしい。

 夜美都市洞町のマップを眺めた矢吹に連れられ、十分程歩いた。


「お? 何このお店、凄い古風なんだけど。俺ここ気に入った。外観だけで」


「ここお蕎麦屋さんなんだってさ。自家製のお蕎麦に、天布等湖で取れた魚とかも組み合わせるらしくて、有名なんだよ」


「あぁ、私CMで見たことあるかも」


 昇と矢吹は流れる様に入店した。有名らしいけど、お店の名前見てみたけど……俺知らねぇ。

 だけど二人が入るなら勿論入る。お店の中に危険が無いとは限らないからな。

 右奥から三番目のテーブルに案内された俺達は、一人一人メニューを見つめる。


「僕はオススメの、『魚介蕎麦』で。二人は、どうしたい?」


 相変わらず食べ物のことで頭が一杯に思える矢吹は、眼を輝かせて真っ先に注文した。趣味が食べ歩きだと言うし流石と言うべきか、オススメらしきメニューを。魚介蕎麦って普通にありそうな。

 昇は普通の蕎麦を頼んだけど、俺は挑戦してみたくてあまり聞かない名前のを探した。


「このメニュー文字しかなくて分からないな。でもま取り敢えず、この『虹鱒トッピング蕎麦』ってのお願いします」


「畏まりました。それではお好きな席にお座り下さい」


「別にお好きな席ではないけど、もう着席致しております」


「ほほほほほほほ」


 怖いなあの店員。大丈夫かしらこのお店。俺が頼んだ虹鱒トッピング蕎麦って、虹鱒が皿の上にチョコンと置かれているのかそれとも、刺身みたいになってるのか。果たしてどちらだろう。

 そわそわしながら待っている内に、簡単なんだろうな、昇のだけ数分で運ばれて来た。普通の蕎麦だもんな。


「昇、お前折角ここまで来たのに挑戦しないとか何? もしかして普通が一番好きとかそういうタイプ?」


「別に、『カラカラ魚の生蕎麦』とか得体の知れないお蕎麦を食べる気にならないだけよ」


「お前はまたお店の中でそんなこと……。でもでも、もっと楽しめないか? うわぁっ、これハズレだぁ! みたいなノリで」


「あんたこそ、少食でその上直ぐお腹壊す癖によく挑戦出来るよね。私はお金、無駄にしたくないから」


「無駄とか言うんじゃないっての、お店の中で」


 つんとした態度で箸を進める昇は、美味しかったのか微笑んだ。でもクールな表情を装うのが何か可愛らしくて、見惚れてたらテーブルの下で矢吹に蹴られた。脛がジンジン痛いです。

 それから五分で、俺と矢吹が注文した物も運ばれて来た。俺はその異様な光景に、眼を丸くした。


「これ……が、『虹鱒トッピング蕎麦』……? これ、こ、これを食べろってのか……」


 矢吹の魚介蕎麦は貝だの刺身だのが添えられてるだけだけど、俺のは違う。これはおかしい。口を開けた虹鱒の顔の中に、蕎麦が詰め込まれている。これを食べるのは正気じゃない。ギョロリとした死んだ眼と眼が合ってしまうのが更に嫌。

 トッピングって、虹鱒をトッピングするんじゃなくて虹鱒の中に蕎麦をトッピング? うわぁっ、これハズレだぁ!


「自業自得よバカ。食べたくないなら、仕方なく残したら? 流石に不安だし……」


「は、はは昇よ何を言うか。俺は食べ切ってやる。五百四十円が勿体ないからな」


「……だと思った」


 昇に本気で心配され、己の瞳から涙が伝う。これ程までに恐ろしい食事はしたことない。怖ぇ。何が怖いかと申しますと、この虹鱒の眼でございます。

 俺が箸を虹鱒に向け続ける間、矢吹は気にも留めず平然と魚介蕎麦を平らげていた。

 結局食べ切らずに店を出て、再び探検開始。別に探す物無いが。


「へぇ、この町、七月終盤にお祭りあるのね」


 人気の少ない車道の脇を歩いている途中、立ち止まった昇は左側の林に眼を向けている。何か見つけたんだろうとは思ったけど、何かは分かんなかった。お祭り?


「お、本当だ。やっぱ眼いいのな、昇。あんな奥の看板見えるなんて」


「パステルカラーだから、見やすいでしょ」


「林の中の神社に置かれた看板なんて、普通気づきませんよフロイライン」


 ちょっと覗いてみることにして、俺達三人は神社のある林へ足を踏み入れた。おぉう、雰囲気あるねぇ。


「この神社、もう使われてないっぽい? 人居ないし」


 神社に近づいて早々、矢吹が首を傾げた。何を見てそう感じたのか知らないけど、確かに人の気配はしない。

 神社の柱に触れた昇は、ふっと微笑んで首を振った。


「ここは正式な神社ではないみたい。行事用だったり、時々使用されるだけの場所。時々しか掃除したりもしないっぽいわ」


「へぇ、よく分かんな昇。もしかしてここも以前来たとか?」


「ううん、そうじゃない。この柱、まだ綺麗なの。その上腐りかけてもなくてまだ新しいことが分かる。神社というくらいで林の中なら、もっと古くてもいいんじゃない?」


「時々使用されるって分かったのは?」


「看板のお陰。掠れた文字はあれど破ったり剥がした後はないの。要するにアレが一番最初の看板。今から、たった三十年前の物だった」


「ほぉん? じゃ、何で今年も祭りがあるって?」


「質問ばかり、面倒ね。三十年前からずっと撤去されずにこんな分かりやすい場所に立てられてるなら、同じ内容で続いてるって考えられるでしょ? 確実ではないけど。少しくらい頭を使ったらどうなの?」


「さーせん」


 昇を不機嫌にしたい訳じゃなかったんだが、相変わらずのおバカ脳が働きもせずに働いてしまった。……訳わかんねぇ。

 矢吹も納得した様に頷いて、じっと神社を見つめる。ポツリと、小さな口からある疑問を吐いた。


「ここにも神様がいるのかな……」


 その疑問は、俺達の心にぐさりと刺さるものだった。別にやましいことがあるんじゃなくて、俺達にとって神様は呪いをかけて来る者だからだ。少し、畏怖を感じる。

 既に呪いから解放された昇でさえも、腕を押さえて俯いている。


「……そろそろ、ホテルに戻ろうか。部長達も心配してしまうでしょうし。シュン、矢吹さん行こ」


「ん、あ、ああ。行くぞ矢吹」


「うん……」


 矢吹は出る寸前まで神社を見つめていた。昇と違って俺達二人は神様と面識がある。それ故か、()()()()って感覚は鋭くなってるみたいだ──。


「おーそーいー。セフィ達、話すこともやることも無くて退屈だったんだよ? 小長屋先輩とか、何度も来るし」


 ホテルの一年生用の部屋に戻ったら、セフィが膨れっ面だった。流美たんはぐったりモードでベッドに横たわっている。まだ体調悪いのか? 明日の試合、大丈夫かよ。

 見て見ぬフリをしようと視線を変えたら、矢吹・昇・セフィの三人にジト目で見られた。何か最近皆俺に冷たくね?


「ゴォッフォンッ! んん、流美たん体調は大丈夫かね? 俺で良ければ、色々相談に乗るつもりではあるのですが」


 三人の視線が怖いので、山に流れる川の如く自然に流美たんに話しかけた。赤く頬を染めた流美たんが上目遣いなの、何かが刺激される。


「ううん、大丈夫。試合での疲れが残ってる……だけ、だから」


「マジ? 流美たんスタミナリカオン並みっしょ?」


「……リカオン? 確かに、私はスタミナに自信ある。……けど、この季節は全然、スタミナが持たなくなるの」


 リカオンが分からないらしい流美たんは横のままスマホを検索し始めた。怖いと言って直ぐに閉じたけど。

 この季節ってことは、『夏』ということだろう。夏バテ……とかが原因か? 頻繁に保健室に行くし、何処か悪いのかもな。心配になってきた。


「流美たん、明日試合出来んの? 無理そうなら流美たん抜きで頑張るけど。それでいいよな? 昇」


「勿論。谷田崖さんが決勝前に倒れる様なことがあれば、勝機は薄れてくるもの」


「俺らそんな弱い?」


「そうじゃなくて、確実だった優勝も掠れた様に見え難くなるってこと」


「ほ……?」


「バカ」


 要するに今のメンバーなら九割型優勝狙えるってことか? 昇が分析したなら間違いない筈。これは流美たんを休ませる方に決定──


「いや、出させて。私も試合したい。お願い」


 流美たんは縋るように俺の右手首を握った。その瞳には、涙が溜まってる様にも窺える。


「でも谷田崖さん、かなりキツいんじゃない? 無理しない方がいいと思うのだけれど……」


「そうだよ流美ちゃん。熱中症とかは、この程度の気温だと問題ない筈だけど、どうなるかは分からないんだから。決勝では闘える様に休もう?」


「僕も、その方がいいと思う」


「ほら、皆も言ってるし、明日流美たんは休んでてくれ」


 流美たん手を握って大丈夫アピールをしたけど、何故か逆に不安にさせてしまった様で、今度は溜まった涙を溢れさせた。

 涙の道を拭った流美たんは顔を腕に埋めて、またまた縋る様に声を出した。


「お願いします……。私には、もう、サッカーしかないから……」


 流美たんのその言葉の真実がどんなものか想像もつかなかった。どう対応すればいいのかも分からなかった。サッカーしかないって、どういうことなんだろう。

 視線を昇に向けたら、溜め息を零された。恐らく、『さっき少しは頭使えって言ったでしょ』と呆れられたんだ。ごめんマジ無理。


「……仕方ないわね。どっちにしろ人数が足りないんだし、出させてあげましょう。谷田崖さん、その代わり自分の体調管理はしっかりしておいてね」


 昇が鬼の様な鋭い目つきで流美たんを見下ろした。流美たんはそれにただ、何度も頷くだけ。昇はまた溜め息を溢れさせた。

 流美たんがサッカーをしたいのは分かったけど、昇の言うことは最もだ。俺も思ってる。体調管理をしっかりしなければ、流美たんは決勝前に倒れる。そんな気がするんだ。

 本当は、試合に出す訳にはいかない。


「一応、しんどい時は直ぐに交代させるから。いい? ちゃんと自己申告してね。自分の体調は自分にしか分からないんだから」


「……うん、分かった。ありがとう」


「いいわ。それより、今日はゆっくりして明日に備えなさい。先に寝ちゃってもいいから」


「うん、うん」


 流美たんは小さな子供の様にひたすら頷いた。数分後には疲れ切った様に眠り、一つのベッドが失われて四人で会議を開くことにした。

 誰がどんな風に何処で寝るのか、という会議だったが、その間ずっとずっと……流美たんのスタミナについて疑問を抱いていた。


「有り得ないんだよな、実際。一日五時間うちの部の滅茶苦茶な練習をこなしてピンピンしてる流美たんが、たった二時間程度の試合でスタミナ切れなんて。しかも初戦は超弱かったのに」


 納得いかない。いく筈がない。これまでの流美たんが消えて、一変した弱い流美たんが出来上がった様にも思える。まぁ流石に無いだろうけど。

 温泉でまたバカ騒ぎする男衆の中、普段は最も騒がしい筈の俺だけが一人静かだった。


「……えっと、いいんすか? 二人共」


「勿論よ。あんた達三人は選手なんだから、キチンと休んでもらわないと。私達二人は床で寝るから、気にしないで寝ちゃって」


「お、おう。何か悪い」


「ごめんね二人共。一つのベッドで四人は流石に狭いもんね」


 セフィ、それまず俺の理性がヤバイって。結局またセフィと寝ることにはなるけど、二日連続寝不足とか嫌だからね俺。寝相だとしても抱きつくのやめてくれ。


「おやすみ。明日も頑張ろうな、セフィ。二人も頼んだ!」


「頑張ろ!」


「マネージャーの仕事は任せて。疲れたり怪我したら直ぐに言ってよ? 直ぐに応急処置するから」


「僕も、ちょっと何やればいいか分からないけど頑張る」


「おう、頼んだ。んじゃ消灯〜」


 電気を消した直後、俺とセフィが転がるのと違うベッドで、ゴソゴソと袋を漁る音が聞こえた。流美たんが何かをしてるんだろうが、試合に備えて寝ないとな──。

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