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バスで長時間旅を続けるとね、段々とね、視界が揺らいで来るんだよね。要するに乗り物酔いだよね。
「ちょ、花菱君耐えて! もうちょっとで休憩出来るから!」
「俺ぁもうダメでござんす……。そろそろ、吐く……」
「シュン、あんたまさかバスもダメだったの? 車は平気って聞いてたのに。呆れるわ」
「うちの車は、何故か慣れただけだ……」
矢吹、必死に背中をさすってくれてんだけど、それ逆効果だからな? 吐かない様に堪えてるのに、吐かせようとしてるようなものだからな? 君はもう少し学習するべきだ。
いつの間にか隣に陣取ってたセフィも顔色が悪い。それは別に乗り物酔いではなく、俺が吐かないか不安なんだと思う。吐いたら、土下座します。
「困ったなぁ。花菱は去年の中等部の大会、骨折か何かで休んだから知らなかったわ。……ん? おい、谷田崖どうした? お前まで顔色悪いけど」
小鷹先輩の一言で、俺も含めた全員が先頭に座る流美たんに視線を変えた。確かに何か、ぐったりしている。
……そう言えば流美たん、自分で『景色が見える方がいい』って前に行ったんだよな。
「私も……そ、そろそろ……ギブ……」
「お前もかーい! やべぇこの部! 大試合前日に主力二人が乗り物酔いでギブとか冗談じゃねぇぞ⁉︎」
「すみませんドライバーさん、何処か近くのコンビニ辺りで止まってもらってもいいですか?」
小鷹先輩の悲鳴から、部員&助っ人全員の悲鳴に拡大。必死に吐き気を抑え込む俺と流美たんにとって、この騒ぎはストレスになるだけだ。やめてほしい。
だけど一番やめてほしいのは、矢吹の背中さすりだ。吐くっての。
──トイレにゆっくり入って、吐いて、スッキリはしないけどバスに戻った。小鷹先輩が暫く外に出てていいって言うから、お言葉に甘えてコンビニ前のベンチで休む。
流美たんはまだトイレだけど、俺達と共にコンビニに入店したセフィがようやく出て来た。
「花菱君、乗り物酔いあるんだね。ビックリしたよ。言ってくれればよかったのに」
セフィは三本のスポーツドリンクを持っていた。恐らくコンビニで買ったんだろう。そしてそのうち一つを俺にくれた。
「飲み物サンキュ。でもなぁ、言ったところで何かしてくれるのか? 今回は酔い止めまで忘れて、結構キツかった」
「まだ一時間も経ってないしね。酔い止めも買って来といたよ」
「サンキュ、マジ助かる」
一応、俺は酔い止めが働いてくれる体質なのだ。中には酔い止めの効力すら無視してダウンしてしまう人間もいるようだが。
受け取ったスポーツドリンクを飲んで、何となく時間を確かめた。ここからでもまだ三時間くらいはかかるとこが会場だから、酔い止めは必須だな。
酔うの嫌だなぁと項垂れる俺の隣で、セフィがクスッと笑った音が聞こえた。
「セフィは、花菱君の彼女……だからね。まぁ仮だけど」
笑顔のセフィは、酔いで疲れた身体を癒してくれる様だった。
よくよく考えてしまうと、吐き気に抗っている時に背中をさするおバ彼女より、酔い止めやスポーツドリンクを進んで買って来てくれる彼女の方がいいよな。
──そうだとしても、俺は矢吹のことが好きなんだけど。おバ彼女だとしても。
「そうだな、一応な。矢吹が本当の彼女だから、何も彼氏っぽいことはしてやれないけど」
「うん、それでいいよ。セフィは家訓に従って無理矢理彼女になったんだから。花菱君は、矢吹さんのことをしっかり見てあげて」
「おう、そうさせてもらうよ」
そろそろ落ち着いて来た胃に手を当てて、隣のセフィに眼だけを向けてみた。ちょっとだけ寂しそうな顔をしてる。
なぁ、セフィ? 一生に三年しかない大事な高校生活を、俺なんかの仮カノで費やしてしまっていいのか? もっと自分の気持ちを大事にしなよ。
「花菱、セフィ。そろそろ出るからな。さっき昇ちゃんに谷田崖から『出る』ってメールが来たから、そろそろ来るだろうし」
「あ、了解っす。セフィ、先乗ってて。俺流美たん連れて来るから」
「あっ、うん」
連れて来るって言っても、支えてあげようってつもりなだけなんだけど。
コンビニの店員に元気ハツラツな挨拶をして、トイレから帰還した流美たんの手を引く。外に出て直ぐ、セフィから手渡された流美たん用のスポーツドリンクを飲ませた。酔い止めつきで。
「俊翔、大会頑張れそう……?」
バスに乗る直前、流美たんはボソッと尋ねてきた。相変わらず心配性っぽいな。
「頑張れるかどうかじゃなくて、頑張るんだよ。勿論、流美たんもそのつもりだろ?」
「……うん」
──陽射しが強過ぎなければ。
確かに、流美たんはそう言った。だけどあまり時間は取れないので、疑問を抑え込んで乗車した。席は前後で間が六席だから、中だとあまり話せない。
何故流美たんは陽射しを嫌うんだろうか。
「俺は陽射しで焼けた跡とか、小麦色になった肌とか結構好きなんだけどなぁ……」
肌の色が小麦色でイイねと思うのは、男女隔たりないんですけどね。女の子ならよりイイねって感じ。
だけど、今改めて見てみたら流美たんの肌は少しも焼けていない。小麦色がどうとか言う前に、精白米の様な白さだ。
きっと、焼かない様に気をつけてたんだろうな。
──スポーツ少女なら、日焼けなんて気にすることも必要ないと思うんだがなぁ〜。
「いよっし! 小鷹先輩! 俺は今からトイレに籠ります! もし、遅れそうになったら通知と着信音ONにしておくんで、お願いします!」
「お、おう。まぁまだ一時間近くはあるから大丈夫だろ。谷田崖も行くか?」
「行きます」
会場について早々、俺と流美たんはトイレに直行。もう直ぐこの気持ち悪さから解放される、と天に昇る気分でいる俺の裾を、流美たんは鷲掴みにした。
腹が……腹が……。
「流美たんどうした? 早く行かないと、結構な大惨事が起こるからな?」
「大丈夫、私は別に酔ってない。……酔い止め効いた、みたい」
「おう、俺も普段は効くんだけどな? 今回はダメだった。てことで何か話あるなら出てからお願いします! アデュー!」
「あっ……あ、うん」
流美たんが手を放したのを確認して、その場から野良猫の如きスピードでトイレに駆け込んだ。ようやく本当に解放される。
これが帰りにも待ってるんだなって考えたとこで、俺はあることを思い出した。
「そっか、神様。あの神様が俺の酔い止めを効かなくしたのかもな。どっちかがダウンしていれば、実に命を奪い易いだろうから。……あの野郎」
トイレで静かに独り言。ついでに歯を食いしばって怒りも表してみる。──あの野郎って言っても、俺十字仙山の神様に会ったことないんだけどな。
念入りにうがいして、していいのか知らんけど。とにかくトイレから出たら、流美たんが同じ位置で待機してた。
「流美たん、そろそろスピーチ始まるから。また今度、空いた時間に頼むわ」
「あ……うん。分かった。行こ」
「おう行こう! 手、繋ぐかい?」
「……うん」
「お、オッケー。緊張感するなぁ」
正直本気で緊張して、流美たんの左手を握った。コンビニでは手首掴んだだけだったけど、今度は違う。掌が密着してて、何か、気恥ずかしさもある。
流美たんの話、聞いてあげたいが今の俺にそんな余裕はない。この遠征での危険は、いつやってくるか分からないからだ。
フィールドの中心で出場する全てのサッカー部が集まり、スピーチを聞いた。グダグダ過ぎて何が言いたいのか理解出来なかったけどな。
マネージャーも本来は並ぶんだが、矢吹は面倒くさがって先にホテルに向かってしまった。危険だって言ったそばからね。あのコ本当に頭悪いよね。
「よし! スピーチでちゃんと聞いただろうが、参加校は全部で三十一だ。その中でトーナメントを勝ち抜き、優勝する。……つっても、うちはほぼ助っ人だからな。まぁ無理と考えて怪我は無い様にな。んじゃホテル行くぞー」
「おーう」
スピーチを聞いた後の小鷹先輩が少し、可哀想に思えた。三年生は最後のチャンスなんだが、このメンバーじゃ無理だって考えみたいだ。
そんな先輩達に悟られない様に、俺は一、二年のメンバーを一つの部屋に集めた。
「皆、一生懸命やって優勝しよう! 助っ人のメンバーはそんなやる気湧かないかも知れないっすけど、俺は小鷹先輩達を勝たせてあげたいんです。どうっすかね」
まぁよくある様な、先輩達のためにも優勝するぞ! って士気を高めるつもりでした。はい。
張り切る俺に対して、マッシュ頭の七瀬先輩や髭面の柏原先輩は眉を曲げた。何やら、自信が持てない様で。
だけどその他二年メンバーと打って変わり、小長屋先輩は俺に賛成してくれた。
「まず、やるからには全力で行こう! それで偶然優勝出来ちゃった、みたいなことになったどう? かっこよくね? 弘人も思うだろ?」
「まぁ、いっちゃんやるならいいけどよ。未だルール覚えてなくて、レッドカードとか出されたらマジで許してくれよ」
「それは出さない様にルール覚えろ。ほら、今直ぐルールブック出して!」
「うへっ、はいはい。分かりましたよ」
澤田先輩達はやはり、問題無いみたいだ。でもレッドカードはマジで許しません。頑張って覚えてくれ。あんただけだ覚えてないの。
……ただ小長屋先輩? 流美たんにいいとこ見せたいってのは知ってんだけど、かっこいいから優勝狙うってのはちょっと生意気っす。
「セフィ、流美たんはどう思う? このメンバーで優勝、狙えるかどうか」
俺の右側にちょこんと座るセフィと、窓際で息を殺す幽霊みたいな流美たんに投げかけた。この二人、多分俺より上手いから参考になるかなって。
「うーん、セフィ的には狙えないこともないかなと。中学の時に強い選手は全部覚えたけど、それが今殆ど同じチームだし。頑張れば、行けると思うな」
セフィは小さくガッツポーズを取る。中学の時点で強かった印象があるのは、別の高校に四、五人程しか見当たらなかった。辞めたのだろうか。
まぁ、俺去年中等部での大会は打撲で出席不可にされたから、泣きながら動画見たたけなんだが。
「……分からない」
突然という訳ではないが、嫌な思い出にとらわれていて忘れてた流美たんの返事だったけど、全く心が篭ってなかった。まるで心ここに在らずってのを体現してる様な。
流美たん、冗談抜きで具合が悪そうだ。
「流美たん大丈夫か? 体調悪い?」
「谷田崖、保健医に診てもらう? ついてってあげるから、行こう」
流美たんが心配で寄って行こうとしたら、先に小長屋先輩が流美たんの手を握った。
二年メンバーは小長屋先輩の気持ちを知っているのか、下品に冷やかす。ベッドに座る昇や矢吹は、居心地が悪いのか明らかな嫌悪感を顔に出している。
セフィは、簡単に済ませると眼が点。
「はい……」
「オッケ、じゃあちょっと行ってくる。悪いね花菱君、あと頼む!」
「あ、うぃーす」
小長屋先輩が流美たんの手を握って部屋を出て行くと、見えなくなったのを見計らってその他二年メンバーも出て行った。まぁ、別の部屋だしな。
あとさ、言っちゃ悪いかも知れないが、流美たん嫌そうな顔してた。
「何なの? アレ。バカみたい。真面目にやる気なんて更々なかったって訳なのね」
先輩達が戻った直後、昇は不満気に舌打ちをする。矢吹も溜め息を零して、昇が座っていない二つ目のベッドで横になった。
よく考えたら一年は俺以外女子。これはムフフな展開が──無いな。絶対無い。
「よく分からないけど、流美ちゃん大丈夫かな。凄く調子悪そうだったけど……」
「分かんないよなぁ、流美たんのこと。でもま、明日は陽射しがそんな無い曇りだし、二回戦までは順調だと思うよ」
「そうなんだ。花菱君も、頑張ろうね」
「勿論よ」
遠征初日に試合は無い。今日しっかりと体調管理をした上で、明日からの大試合に臨むんだ。俺は大丈夫そう。
ふと、ベッドの上にいる昇に眼を向けた。それから、別のベッドで転がる矢吹にも。昇は不思議そうな顔で俺を見下ろしてる。
大丈夫だ。矢吹も昇もいる。ここまでは順調だな。
大丈夫。何事も無く、トーナメントも勝ち進む。優勝する。矢吹も死なせない。
俺は再確認して、部屋にいる三人全員に抱きついてみた。……昇だけ殴ってきたんだが。本当に俺のこと好きなのかよ?
その後俺達は食事を外でして、ホテルの温泉で馬鹿騒ぎして(男衆のみ)、学年別の部屋で就寝した。何で俺みたいな変態と女の子達が一緒で許されちゃったのかな。
──因みに、隣にはセフィが寝て、もう一つのベッドで矢吹と昇が寝た。抱きついてくるセフィに欲情して、中々寝付けなかったです。
恐るべし、女の子の無意識の誘惑。




