1─3 君に会えなきゃ僕は死ぬ
つい先程出て行ったばかりでもう一度お邪魔するのは流石に気が引ける。もしかしたら話を聞かなかったので機嫌が悪いかも知れないからな。
俺が家を出て間髪入れずに鍵が掛けられたのって、まさか怒ったから、とか? だとしたらやっちまっただな。
「ハローエブリワン! 花菱家長男願望有り、俊翔ただいま帰宅しました!」
「うるさい。黙って帰宅出来ないのかお前は」
大学生の兄・廉翔に注意された。お前こそまだ大学終わる時間じゃないのに何故家に居るんだ。
サボり男に文句言われとうないわ。
「今日は大学自由登校なんだよ」
「さいですか」
今回は然程うるさくはないが、普段口論になると必ず俺が敗北する。先程の様に挑発して大抵自爆する。
こんな情けない姿を愛する矢吹嬢にお披露目する訳にはいかないから、どうにかして勝とう。
何も勝てるものが手探りでも見当たらず断念。そうだ、俺は良いところ無しなんだったな。
が、廉翔には無いものが俺には今日出来たのだ! 悔しがれクソ兄!
「ふっふっふ。父よ母よ兄よマイシスターよ、心して聞け」
「私の呼び方おかしくない?」
前髪を掻き上げ格好良く自慢をする為呼びかけると、妹の李々華が疑問を不機嫌そうに物申した。格好良くないか?
李々華が膨れていると、続いて廉翔も意見を出した。
「バカが移るの嫌だから聞かない。李々華、お兄ちゃんと遊ぼうか」
「子供扱いするからヤダ」
「はは、悪い悪い」
最早既に聞こうとしていないだろ。母も洗い物に集中していて気づいていないし、父はそう言えば会社だった。
クソ兄この野郎。俺の話を聞いたくらいで頭が悪くなる訳ないだろう。それ恐らく元々お前がバカなんだと思うぞ! 人の所為にするな。
俺がもう一度訊くよう呼びかけると、母がこちらに目線をくれた。やはり母親は優しいな。
「どうせ下らないことでしょ。聞くだけ無駄よ」
「俺の家族はクソしかいないのだろうか」
「私を二人と一緒にしないでよバカ兄」
「それ、俺地味に傷つくぞ? 李々華」
「うっさいエロ兄」
「「それ多分俊翔の方」」
何でだよ。何故この流れでどちらにしろ俺がダメな扱い受けるんだよ。最低だよこの家族。
だが、今の会話をリピートしてみると李々華は俺の話を聞いてくれるという訳だな? ありがとうマイシスター。
耳まで塞ぎやがる廉翔の真横に正座し、軽く咳払いをする。耳かっぽじってよぉく聞きやがれクソ兄。
「俺には今日、彼女が出来た!!」
「「「……え」」」
「そんな世界が終わるかの様な顔しなくてもいいだろ」
これ、言っちゃって大丈夫だろうか? 矢吹、言わないで欲しかったとか思わないだろうか? ダメダメだな俺。何もかも聞いていない。
突如誰もいなくなったかの様に静かになった周囲を見渡す。李々華は開いた口が塞がらず、母は何も持たずに何かを水で流している。廉翔は未だこの世の終わりを目の当たりにした様な絶望した表情。
いい加減クソ兄だけでも殴ってやろうか。
李々華の口を進んで閉じた廉翔は、一度水を飲んだ。
「何の冗談だよ。お前に彼女? 天変地異でも起こるのか?」
「いや、矢吹星歌という名前の現実の女の子だからな」
「なら、アレじゃね? ゴリラと芋虫合わせた様な顔してんじゃね?」
「ぶん殴るじゃ済まさないぞゴミ屑兄貴」
居るよな、こういう人の顔をバカにする様な最低な人種。俺はそういった人間が大嫌いだ。
人として恥ずかしいと思っている。
俺は女性は大好きだが、男性は友人以外興味が無い。自分がモテるからって偉そうな廉翔みたいなのが特にな。
「言っておくが、俺は女を顔で判断しないからな。だとしても! 矢吹はかなりの美少女だぞ。李々華より美少女だ!」
「バカ兄黙って」
美少女ってだけではないぞ。肌はさらさらでぷにぷにしていて触り心地が完璧な上、脚はすらりと伸びているがもちっとしていて興奮するぞ!
少しだけぷくりとした唇に触れてみたいし、密着して柔らかかった双峰も直接鷲掴みしたい! 腰も細くて抱き抱えるのが楽しみなくらいだ。
「エロ兄、バカ兄がキモい。マジでキモい」
李々華が左サイドテールで視界を遮りながら怯えている。兄に怯えるなよ。
「エロ兄は、だから俊翔だろうって。俺はイケメン兄でいいよ」
「キモい、どっちの兄もキモい」
李々華、だからそれは傷つくと言ってるだろう。俺だけじゃない、廉翔も固まってるだろ。ザマー見ろ。
キモいキモいと呟きながら部屋を出て行った李々華を三人で静かに見送り、互いに見合った。そして溜め息を一つ──待て、何故母も溜め息つく?
流石に妹に気持ち悪がられたショックが大きいのか、廉翔は頭を抱えてどんより。ザマー見ろ。
「で、ところで俊翔は本当に、本当に彼女が出来たの?」
「そう言ってるだろ。矢吹星歌って灰色の髪をした女子だ」
「待って、調べる」
「二次元の話じゃねぇよ!!」
何でこうも信用してくれないんだこの家族は。先程から何度も言ってるけどクソだよね! クソ!
漸く顔を上げた廉翔は、悪巧みでも思いついた様に口の端を上げた。何だどうした。
「本当なら、今すぐ連れて来いよ? 嘘じゃないなら出来るだろ」
「え、もしかしたら怒らせたかも知れないのにか?」
「初日から何してんのお前」
「話をもう少し聞く努力をする」
「遅えよ」
やはり連れて来い、という課題が飛び出すか。まあ何となく予想はしていたのだが。
「連絡先を聞くのも忘れた」
「何処までバカなんだよ」
「世界の果てまで行くかもね」
「いっそ逝って来い」
結局、矢吹を翌日家に招く事に決まってしまった。本人に確認していないのに勝手過ぎてはないでしょうか? 都合悪かったり警戒されたらどうしてくれんの。
だって、今日散々セクハラしておいて翌日「家おいで」って誘ったら警戒されると思わないか? 俺めっちゃ怖い。
嫌われたくないから、今日は性欲を抑える活動を行おうと思います。俊翔、行きます。
──何だか寝付けなくてベランダに出てみると、快晴の星空が広がっていた。うっとりする景色だな。
今、矢吹もこの星空を見上げているのではないだろうか? 彼女の名前に「星」って入るし。
星が歌う、いい名前だよな。俺はその名の通りよく翔んでいる。着地には失敗してるけど。
学校で会うのが楽しみだ。いちゃいちゃラブラブしたい。
──学校に着いて、早々にコタケヤスダに恋人が出来た事を報告。家族同様この世の終わりを目撃してしまった様な表情を浮かべる。
ぶん殴るぞってんだこの野郎。
「待て待て、少し整理したんだけど──もしかして相手矢吹星歌?」
恐らく、昨日最後に告白するターゲットを決めたのを思い出したのだろう。そして、昨日の今日だし。
俺が頷くと、友人二人どころかクラス中がざわつき悲鳴が飛び交う。もう嫌だ。
わざわざ深呼吸までして息を整えたヤスダは、何やらメモ帳を取り出した。
「どうやって落としたんですか!? あの氷の仮面をどうやって剥がしたんですか!? まさか身体に教えムググググ」
マイク代わりにペンを向けるヤスダをコタケが絞める。サンキュー、それ以上言ったら思わず殴るとこだった。
だが、コタケはマイクを受け取ると同じ様に向けて来た。下らん質問は許さないからな。
「何処までやったんだ? 手を繋いだだけとか? もしかしてハグもした? ノリに乗っちゃってキスした!? まさか最後いってぇ!!」
「お前までそんな質問投げてくるとは思ってなかったわ」
まあ、手を繋ぐのすっ飛ばしてハグはさせてもらったんだが。弄らせてももらったんだが。
金輪際触らせてもくれなそうだよなぁ、触りまくったから。
コタケヤスダを除いたクラスメイト達が劇団みたいに華麗な舞を見せ倒れていく。ヤバい連中にしか見えないぞ。
俺のクラス、というかこの学校に演劇部は存在しない筈だが。皆大丈夫? 病院行こうか?
ゆっくりと開いたドアに、一斉に視線が集中する。
「え、あ……おはよう」
注目を浴びて身体が跳ねたのは制服姿が麗しい矢吹だった。矢吹は一時間目クラス違う筈だよな? 俺に会いに来てくれた?
人目を気にしながらも、早足でこちらに向かって来る矢吹。俺は両手を羽の様に広げてハグスタンバイ。
ハグはスルーされ、矢吹は俺に耳打ちをして来た。
「今日、お昼休みに第二保健室。来てね」
「オッケーオッケー。絶対行く」
学校では相変わらずクールな矢吹は、口元を緩める事もせず軽く手を振って出て行った。
間髪入れずコタケの質問責めが開始される。
「今の何の誘い? 保健室とか聞こえたんだけど、もしかしてアレなお誘いとか? 何? もしかして矢吹って結構エロエロな感……いってぇ!!」
「お前に答える筋合いはない! この変態が!」
「「お前に言われたくねーし」」
クラスメイト全員に同じ口調でハモられた。
実際、そのお誘いなら喜んで行くがまあ恐らく別の話だろう。恥ずかしいから教室では嫌なのかも知れないな。
その話題は昨日『忠告がある』と言っていたことだろう。俺は聞かずにその場を去ってしまったからね。罪悪感が海より深い。
コタケは女子をそんな目でしか見ていないのか? 全く。俺と同じじゃないか、ダメだろう。
「早く昼休みにならないだろうか。矢吹とは何もかも選択授業が違うから会えないんだよなぁ」
「リア充爆発しろ」
「ふっ、まだリア充と呼べる関係ではない」
隣の席から舌打ちが聞こえたので、髪を掻き上げて答えた。無言になるとは、まだまだだな隣の人間よ。
早くリア充になりたい、という訳ではないが欲は満たせる関係になりたい。それは事実無根だ。
ん? 真逆の意味じゃんね。流石俺バカ。
「先生! 恋人に会いたいので抜け出します!」
三時間目になる直前、俺は矢吹が消えたとの情報を耳にし授業から脱出する作戦に出た。が、当然の様に立ち塞がる英語教室ヤマモト。
「君、もっと何か考えられないの? 暴露する? 普通さ」
「暴露も何も、彼女が行方不明なのに心配しない彼氏はいないでしょうが」
「だからと言って授業から逃げる理由にはならないよね」
「あ! 矢吹が助けを求めている気がする! ではさよなら!」
「いやいやいや! 戻りなさい!」
ヤマナカとは打って変わって力尽くではないヤマモトからの脱出は断然余裕だ。廊下を構わずダッシュし、裏庭に高飛び。
真っ直ぐ階段を降りて行けば矢吹が待っているであろう第二保健室に辿り着く。それでもわざわざ裏庭に出たのは教師達を撒く為だ。
誰も目撃者が居ないであろう事を確認し、第二保健室を窓から覗く。二人の女性が見えた。
「お、アレは第一保健室のフルサワと矢吹だな。何してんだ?」
女性の先生なので警戒はしていないが、暫し二人の様子を観察してみる。
何やら会話が続くと、矢吹は制服を脱ぎ始めた。ワイシャツ姿になり、ボタンを外してその中身を先生に向けて披露する。
窓からは横向きで、しかもカーテンで見えにくい。もうちょい、もうちょっとだけシャツをオープンしてくれれば見えそうなんだけどなぁ。
女の子のお饅頭なんて、そうそう拝めたものじゃないからチャンスなんだが。
神様、俺に手を貸してくれ!
「お前本当にクズ野郎だな」
「あ、どうも先生」
天に掌を向けていると、第二保健室の窓が上げられた。先生が汚物を見る様な眼で見下ろして来る。いやんやめて。
先生の背後から、シャツで前を覆う矢吹がひょこりと顔を見せた。
「早くない? 花菱君。まだ授業中な筈だけど、何でそこに?」
「いや、早めに行こうかなぁと」
「まだ二時間以上あるけど……」
苦笑する矢吹に俺は癒されていた。ああ、愛しのジュリエットよ。ロミオは寂しかったぞ。
俺と矢吹がロミジュリと違う点は何処かって? 会えるところ、家が敵対してもいないとこ、など何もかもだ。むしろ共通点が存在するのだろうかというくらい。
フルサワは頭を掻き毟ると、俺を室内に引きずり込んだ。あ、腰痛い。腕痛い。
「あー、どうする矢吹。私も居た方がいいんじゃないか? 二人きりになったら何されるかわかったもんじゃないだろ」
「失礼だな先生よ。矢吹と二人きりになれば襲うに決まってるじゃないですか」
「先生、一緒に居てお願いします」
「よし、そうしよう」
「……はい」
二人きりになるチャンスを棒に振ってしまったが、何故か元から警戒されていたっぽいな。何故だろうか。
それに、教室だと周囲を気にして話せないのに、フルサワは別段平気なのか? よく分からない話だな。話まだ聞いてないけど。
矢吹とフルサワが互いに見合って頷くと、矢吹は口を開いた。
「僕は、好きな人と一日に一度以上会えなければ、死ぬんだよ」
──突然の理解不能なカミングアウトに、眼が点と化した。
好きな人と一日一度以上会わないと、死ぬ? 何それどういう事? どんな設定でございましょうかお嬢様。
俺の脳内で麗しのお嬢様とメガネ姿の自分が素敵な言葉遣いで素敵に口論する。
『私めにも理解が出来るよう、ご説明願えますか?』「あら、流石におバカね。眼が節穴なのかしら?」『ええそうなんです。メガネから覗くこの円な瞳は落書きなのですよ』「おっほほ、不気味なこと」。お嬢様と自分を殴りつけて現実に帰還した。
「えーと、どういうこと?」
俺が問いかけると、二人はまた互いの眼を確認した。そしてフルサワが頷くと、矢吹は深呼吸をした。
「僕は、呪われているんだよ」
思いもよらない障害が存在する事を告げられ、俺の瞳は点から原子に変わった。な訳ないか。
2021/04/11
追記︰俊翔の住むアパートは、世にも珍しき2階があるアパートです。めちゃくちゃ広いです多分。説明省いてすみません。
後々平然と一軒家みたいになってるなって思って今更説明を……。