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君のいない夜空なら今日僕は死ぬ  作者: 源 蛍
第一章 100回目
25/83

1─25

「あーうぃす。ほいいぇす。はい、お願いしやーす」


「どんな会話なのそれ」


 ホテルに予約入れて、俺は携帯電話をバッグに詰めた。矢吹はちょっと人見知りなとこあるから、代わりに俺が電話したのだ。二丸二号室だそうです。

 午後八時十四分、俺達は未だ水族館。外寒いし暗いしあんまり帰りたくない。あとまだ、帰れない。


「んんぅっん! 矢吹、ちょーっとこっち来てくれないか?」


 わざとらしく咳をして、矢吹を手招く。

 きょとんとした表情を浮かべた矢吹はせっせとテーブルの食べ物を片し、俺について来る。


「どうしたの? 何か見つけた?」


「いやぁ海キレーだなぁ」


「あ、うん。でも暗過ぎてよく分からないよ」


 テラスの柵にもたれかかって最早闇沼にしか見えない海を眺める。当然、矢吹みたいな反応にはなるよな。

 テラスは海が眺められる唯一の場所。今はこの場に俺達しかいない。涼しい風が巻きついては離れて行く──絶好のチャンスなのに、勇気が湧いてこない。

 いつもみたいに、『愛してる矢吹! フォーエバー!」なんてノリで言えない。

 自分でも本気なんだろうなって要らん汗を掻く。


「花菱くーん? 何で黙っちゃったの? 何でここに呼んだの? お土産買わなくていいの? 水族館そろそろしまっちゃうけど……」


「おっと時間制限あるんだった! こうしちゃいられねぇ、腹を決めてやる!」


「お、おお!?」


 両手で頬をパチンと叩いて、矢吹に向き直る。五月半ば頃に告白して『暑苦しい』と拒否された、暑苦しい奴なりの本気を見せる。

 俺はポケットに仕込んでいた、先程お土産コーナーで買った限定品を矢吹に差し出す。



「結婚、してくださーーーーい!!」



 俺の雄叫びに似たプロポーズが、俺達を苦しめる夜空に響き渡る。

 片膝ついて伸ばす俺の掌には、二頭のイルカがハートの形をしてくっついているペンダントが主張していた。それを矢吹は、ただただ大きく目を開けて見つめる。

 矢吹の右手が少し反応して、握り締められる。またちょっとピクリと動いて、上がったかと思えば下がる。何かが心の中で戦っているみたいだ。


「矢吹、俺は君を誰よりも愛することを誓います! この誓いに嘘はない! だからついでに、全てを暴露します!」


「え、あっうん?」


「俺はこの世の、全ての同世代の女の子が大好きだ!」


「……あ、うん。知ってるよ?」


 矢吹は完全にドン引いた。顔に『何言ってんだコイツ』と現れている。

 だけど俺は負けない。負けないと言うよりは、引き下がることなく続けた。


「これからどんなことがあろうと、その事実は変わることはない……そう思ってます」


「う、うん。そうなんだ。まぁ、分かってたけど」


「だけど、誰に対しても特別扱いはしません」


「え……?」


 怪訝そうに俺を見下ろす矢吹は、首を傾げた。俺は今、誰も特別扱いしないと言ったんだ。

 全ての女の子は同列。昇も流美たんも他の女の子も全部全員、同列で特別な扱いを受ける女子は居ない。

 ……ん? あ、友達と幼馴染みだから多少は特別扱いするよ? 昇達は。

 けど、矢吹だけは昇達とも違う。


「……昇や流美たんは、俺にとって大切な友達だ。でも矢吹、君は俺にとって『愛しい人』なんだ。他の誰も、その域には入らない」


「……つまり、どういうこと?」


 矢吹は多分おバカだから俺が言いたいことが分からないんだ。だからほんの少しは矢吹より頭のよい、俺は優しくストレートに告げる。


「矢吹くらい好きになる女の子は全世界万国秘境どこを探しても、一人もいないってことだ。……分かってくれた?」


「……うん、分かった」


 説明は苦手だから恐る恐る訊ねると、矢吹は笑顔で頷いた。

 まるで俺達を後押しする様に風が吹き、矢吹はその髪を押さえる。天使の微笑みは絶えることなく、俺の手に手を重ねる──ペンダントを受け取ってくれたのだ。

 歓喜乱舞しそうだけど堪えて、矢吹を見つめる。彼女から、しっかりと返事が欲しい。

 ペットの犬如しお座りを続ける俺に、矢吹は背を向けた。


「矢吹……?」


 背中に問いかける。ペンダントを胸の前で握り締めた矢吹は顔だけ振り返り、幸福に満ちた瞳を閉じた。


「いつかね」


 それだけ言うと、矢吹はペンダントを首に下げた。似合う? とでも言う様に俺を見て、微笑んだ。

 内心振られるんじゃないかって焦っていた俺は、ずっと立ったままその姿を見つめる。

『いつかね』っていつだろう。俺達が結婚出来る年齢ではないからなのか、単に嫌なのか。でも嫌だったら『いつかね』なんて言わないよな? そんな風に自己暗示して自分励まして、矢吹に微笑んだ。


「んじゃあ、お土産コーナー寄って帰りますか。矢吹は誰に買うんだ?」


「買わないよ、誰にも。自分用に縫いぐるみは買うつもりだけど」


「そうか、じゃあ行こう」


 矢吹が頷いたことを確認し、二階のお土産コーナーに向かう。

 今更思い出したけど、あれか。俺が地下二階のサービスに遅れそうだったのは限定品じゃなくてお土産を見繕っていたからか。なるほどね。

 んで結局廉翔用にも一つだけ買っておいて(マリモを)、矢吹はウツボの縫いぐるみを持って来たので、そろそろ帰ることにする。

 名残惜しさは多少残るけど、かなり楽しめたからよしとする。矢吹も、眠そうだし。


「ほい、二丸二号室にお泊まり予約させていただいた花菱と矢吹というものです。宜しいでしょうか」


「宜しいでございますよくぞいらっしゃいました」


「ではでは、鍵を頂戴して……おやすみなさいませお疲れ様っス」


「あざまっす」


 何だかノリのいいお嬢様風なフロントの女性と挨拶を交わし、差し出された鍵を持って矢吹の元へムーンウォーク。軽く頭叩かれた。ウツボの縫いぐるみで。


「早く行こう。もう眠くなっちゃった……ふぁあ」


「おう、行こう。二丸二号室は結構上っぽいな。四階か……また四階か……」


 水族館のお食事場もテラスも四階だったんだよなぁ。どんだけ四階好きなんだよ皆。……いや、ホテルは偶然だけども。

 眠りこけてて今にも倒れそうな矢吹の肩を支えて、エレベーターに乗る。またエレベーターかよ。まぁ、階段は面倒だけど。

 数分後、二丸二号室にの扉を開けたら矢吹がベッドに卒倒した。一瞬で寝たみたい。寝たのは構わないんだけど、お風呂には入らないのかい?


「入る! 砂浜歩いたんだった」


「ビックリしたんだけども。矢吹も李々華も昇も皆テレパシー使えるのか? 本当に、何度も疑問に思ってるんだけど」


「使える訳ないじゃん。今ふとお風呂入ったっけって思い出しただけだよ」


「そうか、なるほど。もう眼が開いてないから先に入って来な。部屋にあるっぽいから」


「うん、行ってくる」


 棚に寝巻きが入ってたから、それを矢吹に手渡す。流石に着替えは持って来てなかったからな。脱いだ服は洗濯しておけば朝には着れるだろ。

 矢吹が入浴開始。その間俺は母にホテルに泊まることをメールで伝えた。

 そしたら何を血迷ったのか、『矢吹さんと!? 矢吹さんとなの!? やめて私の矢吹さんから純潔を奪わないで! せめておっぱいは揉ませて!』と返信が来たので『普通に泊まって普通に寝るだけだわ』と冷静に返しておいた。

 本当はね、期待はしない訳ないんだけどね。でも、矢吹がっかりさせたくないからね。俺は我慢しますよ。


 俺は矢吹の身体目当てじゃない。身体眺めるの大好きだけど、食べちゃうのは本人の許可を得てからだ!

 携帯電話を閉じて、眼をギンギンに見開いて一人演技。風呂場の扉が開いた音がしたので、中断して自分用の寝巻きを取り出す。

 おっふろ〜おっふろ〜おっふろに入ろう〜。


「花菱君お待たせ。結構色々ちゃんと揃ってるみたいだよ、お風呂。僕先に寝ちゃっても大丈夫かな」


「おう、寝巻き姿もお綺麗で。シャンプー、リンスは欠かせないよな。……寝るのは全然構わないんだが、もしかして矢吹ってお風呂早いタイプ?」


 矢吹が入浴開始して、五分ちょっとしか経っていない筈だ。普通なら身体洗うだけで過ぎるんじゃね? ということで質問してみました。

 矢吹は可愛らしい欠伸をして、右手でそれを遮る。この動作見てるだけでご飯食べれそう。

 ……流石にお腹一杯です。俺少食だし。


「ううん、いつもなら、三十分くらいかな」


 やっぱり早い方かも知れない。俺は大抵一時間くらい風呂に篭るからな。先に入らせて正解だった。


「今日は眠かったから……」


「矢吹、寝るならベッド。ゴートゥベッド。そこ俺の脚。枕じゃない。矢吹ー! やーぶきー!」


 寝てしまいました。ベッドに座る俺の脚の上で熟睡していらっしゃいます。うつ伏せだから柔い感触が脚にね。うん。

 まぁ、それは置いておいて、つまり俺はお風呂に入れないと言うわけだ。矢吹と同じベッドで、お風呂に入れないままキツい体勢で寝なくてはならないというわけだ。

 まだ、九時だよ。健康的な時間ではあるけど、せめて風呂入らせてよ。矢吹さーん。……やっぱ寝てる。


「まぁいいか、明日の朝入れば。可愛いし。めっちゃくちゃ可愛いし……ってうおお!? なーんだ何だ!?」


「うう……んん」


 矢吹が足元から貞子みたいに這い上がって来る。急に呪いのビデオとかないか恐ろしくなったよ。

 しかも、段々下に引き摺られてるみたいで、頭ぶつけて、転がった。

 矢吹は俺をハグしてる体勢でして、俺的には本当ご褒美もいいところなんだけど、汗かいてるからなぁ。あんまくっついたら汚いぞ。


「矢吹、やーぶき。……やっぱり寝てるっぽい」


 風呂上がりだからか、矢吹が少し熱っぽい。顔も真っ赤で……いやこの娘そんなんなる程長時間入ってねぇぞ? 寧ろ超短かったぞ?

 風呂が早いのはその所為か? 熱が篭っちゃうのかな?


「……おやすみ。大好きだぞ、矢吹」


 何か腕を強く握り締められたので、観念して寝ることにした。恋人と寝るのって何かゾクゾクする。

 まぁ多分、俺だし女の子なら誰でもゾクゾクワクワクムラムラしちゃうんだろうけど。



 ──灼熱の大地を踏み躙り、まるで鉄板に触れたみたいな熱さを感じる水筒。俺はそれを飲み干した。

 空になってしまった水筒を放り捨て、辺りの廃屋を見回す。


「矢吹、何処に行った? ついさっきまで隣にいた筈なのに……ここは何処だよ。何でこんな暑いんだよ。砂の無い砂漠かよ」


 それは最早砂漠ではない、とぼやき、歩を進める。

 ──何処かから、俺の名を呼ぶ声が聞こえる。『花菱君、花菱君』って、矢吹の声が聞こえる。


「矢吹──あて」


「何の夢を見てたの? 僕はここにいるよ。昨日僕の所為でお風呂入れてないでしょ? 行って来なよ」


「……あ、もう朝なのね。オーケー、行ってくる。矢吹置いてかないでくれよ?」


「置いてかないよ、僕ここからどう帰るのか分からないし」


 呆れた様に溜め息を零した矢吹にウインクし、今度こそ風呂に向かう。

 因みに、男の入浴なんて皆興味無いだろう。だから割愛だ。


「たーだいま矢吹! んじゃあ、行くか!」


「寝巻き姿で? せめて花菱君の服洗濯してから行かないと」


「そーだったぁ」


 自分の姿を見つめて、ベッドに倒れる。汗の匂いが染み付いてたから、巻き戻しの様に起き上がる。それでもう一つのベッドに倒れた。

 俺が一人暴れているというか何というか芸を見せている中、ずっと矢吹が口元を押さえている。


「矢吹どした? 唇切っちゃった? だとしたら見せてみ?」


「へぇ!? あっ、いや別に大丈夫だよ切ってないよ何でもないよ!」


 覗き込んでみると、全力で否定された。それならいいんだけど、完全に顔が確認出来るくらいフルスピードで両手を振ってるのが凄い。

 それから、何か矢吹は挙動不審だ。やけに俺をチラ見してくるし、顔を手で覆っていやいやと首を振ってるし。

 ちょっと俺の彼女が変なんですけど。大丈夫かな。


「矢吹ー」


「 え!? な、何!? 何の用!?」


「何の用って……。ちょっと暇潰しに何かしないか? じゃんけんして勝ったら、何か軽めの命令なら出来る的な遊び」


「えっ、何かエッチな命令されそう」


「軽めだからそれはないって」


 ちゃんと軽めって言ったでしょうに、矢吹は俺を警戒する。エッチな命令は軽くないでしょうよ。ねぇ?

 ……軽めのエッチな命令あるなら、ちょっと教えて欲しいけど。


「なら、いいよ。やろっか。洗濯物終わるまで」


「おうよ。まぁ、そんな長くは続かないこと間違いなしだけどな。……じゃーんけーん」


「ぽんっ」


 矢吹の勝利。言い出しっぺが最初から負けること程情けないことはないかも知れない。

 矢吹からの命令って、どんなだろう。軽めなのお願いします。


「そうだなぁ、えっとじゃあ……僕に、す、すすす、す……好きって、言って」


「好き」


「早いっ!? あまりにも早い! もうちょっと感情込めてよ!」


「好きだぞ、矢吹。アイラブユー。永遠の愛を君に誓う」


「いつの間にか軽くなくなってる!」


 矢吹が納得しなさ過ぎてこのゲームは直ぐに終わった。一時間くらい空き時間があって、適当に矢吹をくすぐったりしてたら睨まれた。ごめんなさい。

 洗濯物が乾いてから直ぐにホテルを出て、俺達は王都市へ帰って来た。

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