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君のいない夜空なら今日僕は死ぬ  作者: 源 蛍
第一章 100回目
2/87

1─2

 矢吹星歌の部屋を気づかれないよう目だけで見渡すと、鼠が大量に居るのが確認出来た。本物ではなくて、縫いぐるみが。

 両手で包める小さい鼠から抱き枕の様な大きな鼠。ついでに毛布の柄もカーテンの柄も机の上のノートの表紙も全部鼠柄だ。そんなに好きなのかな。


 クールな性格で知られる矢吹の部屋には棚が二つ設置されており、それぞれにぎっしりと漫画が詰め込まれている。隠れオタクだったりして。


 棚を見つめているのが気づかれ、彼女は立ち上がって一冊を取り出した。鼠のカバーでタイトルが読めない。


「漫画読みたい? 一冊如何?」


「あ、じゃあ少し読ませてもらうよ」


「うん。どうぞどうぞ」


 カバーは一部だけ切り取ってあり、背表紙の巻数が記された部分のみが露出している。数字は五だが何故そんな中途半端な巻を?


「ぶっ……!」


 一ページ目を捲ると、最初のコマから男女の濃厚な性行為のシーンが描かれていた。この娘、わざとこのシーンを見せる為にこの漫画の五巻を選んだのか!? エロい、エロいぞ矢吹星歌!

 漫画を見せてくる以前にエロ漫画を読んでいるとは夢にも思わなかったぞ。この娘簡単に落とせそうじゃないか?


 俺は彼女を落としたい訳ではない。落としたいけど、策を練りに練って落としたい訳ではない。純粋に好かれたいのだ。


 だがこんなものを見せられては収まりがつかない。どうにかしてもらおうか。


「エッチなこと、考えちゃダメだからね。その漫画、恋愛物でそのシーンが一番愛が通じ合っていて好きだから……」


「あ、ああなるほど。そういうことね。別に誘われてたとか陵辱したいとか全く思ってないから。エッチなことなんてね、考えてないからね」


「そっか……。でも、うん何でもない」


 一瞬、余所余所しかった様に感じたが、勘違いなのだろうか。それよりもこの下が運動をやる気満々なのをどうにかしなければ。

 漫画をじっくり読んで矢吹に返し、彼女が元の棚に戻そうと後ろを向いた瞬間、俺はコンマ数秒の高速の手際でアンダーポジションを変更した。


 これで暫くはバレることも無い筈だ。元気な時は上に、な。


「何か、落としなかった? じーって」


「何の話かな? さっぱり分からんよ。若い内から幻聴かい? なんてなあははは」


「幻聴……」


 めっちゃ凝視されてるぞ。かなり睨みつけて来るんだが、その視線の先は俺の顔ではなく下半身だった。

 もしやバレていたりしないよな。そしてバレていたとしたら彼女は男の子な部分を恥ずかし気も無く凝視しているのか。


 彼女が恥ずかしくなくても俺はかなり恥ずかしいぞ。そんなとこ見ないで。


「あ、そうだ」


 俺は抱えていた四つの疑問を漸く思い出せた。彼女のエッチな誘惑に耐えるのに必死でな。

 だが彼女は誘って来ている訳ではなかった。彼女はド天然な様だ。でなければ先程の様な言動と行動は取らないだろう。

 ん? 天然なのに元気な男の子を凝視? 寧ろ天然では無い気もするな。


 矢吹は首を傾げて、その直後先程外でも見せた理解をした表情に変わった。そうだよそれ。それの疑問だ。



「矢吹、先程君は『来るって分かってた』と言っていたな? 何故だ? 俺と君は連絡取ったりもせず、会話を躱すのも殆ど初めてな筈だ。分かる筈が無い」


「ああそっか。ごめん、全員に告白してるって噂で聞いていたからそろそろ僕の番なのかなと思って」


「そうかなるほどね」


 矢吹の口調からして本当に分かっていた気もするのだが、違うのか。

 だが噂が回って来たからといってそろそろ自分の番なんて思えるか? 俺だったら直ぐに出番がやって来るなんて思わない。


 彼女は、何やらメモ帳に記入をしている。『花菱俊翔はド変態』とでも書いているのかな。


「やめてください俺が悪うございました。二度と厭らしいことは考えないので!!」


「別に考えてもいいけど。それより、結局考えてたんだ」


「あ……」


「ふっ、面白いね」


 口元に手をやり、クスッと笑った矢吹に俺の胸は張り裂けそうになった。クールで人を寄せ付けないタイプの女の子がこんな可愛い仕草をしてみせたら俺は負けだよ。勝てないね。


 厭らしいこと考えないなんて無理だね。お言葉に甘えて精一杯妄想に励もうじゃないか。

 君は自分の首を絞めたんだ矢吹。俺の脳内じゃ君はもう赤ん坊も同然だぜぃ。


「顔が、顔がやらしいよ」


 矢吹は流石に身構え、俺から少しだけ遠去かった。


「だって考えていいって」


「そんな顔に出るくらい堂々と思考を巡らせるなんて思いもしなかったから……」


「これからは気をつけるように」


「何で僕が注意受けてるのかな……」


 矢吹はまた微笑すると、何故か部屋に存在している小さめの冷蔵庫をオープン。飲み物を一つ取り出した。

 ア○○リア○だ。コーヒーとかお茶とか、そういう飲み物ではなくてスポーツドリンクですか。こりゃ意外だった。


 スポーツドリンクを遠慮無く飲ませていただこうと手を伸ばすと、矢吹は人差し指を向けてそれを止めて来た。目に刺すのかと思ってたまたまが萎んだぞ。


「ごめんね、僕お金あんまり無くて飲み物一つしかないんだ。悪いけど、一緒に飲んでくれる?」


 両掌を合わせて申し訳無さそうに謝罪する矢吹。だが勿論俺の出す答えは一つだけだ!


「勿論良い! 元々は矢吹、君の物なんだ。まず君が飲むと良いよ! 俺はその後にいただく!」


「そう? ごめんね」


「いいや! 全然っ、全然構わないよ!」


 要するにこれ、間接キスを願ってもないのに堪能出来るということだろ? 女の子と回し飲みなんて幸福な一時だな!

 だが、俺の妄想は儚く散った。矢吹がコップを二つ取り出し、それぞれに注いだ。あ、分かってましたよええはい。


「あ、コップに入れるならどっちが先でも変わらないね」


「そ、そうだねうん」


 夢の間接キスはコップの底に沈み、俺は酒でもないのにチビチビと飲む。ちらちら矢吹の顔を見ると、唇が濡れて色っぽいですね。


「それでさ、花菱君」


 改まった様に咳払いをした矢吹は何かを期待しているかの様な目つきになった。


「僕に、何か用事が有ったんじゃないのかなぁなんて……」


「ああそうだ! 忘れていた!」


「わ、忘れ……」


 俺は矢吹に告白しに来たんじゃないか! 匂いを堪能し過ぎて、彼女の容姿を堪能し過ぎて、チビチビ飲んで、傷心に打たれ、鼠が気になって忘れていた! 告白せずに襲いかかってしまうところだったな。


 彼女同様咳払いを豪快に響かせ喉を傷めた俺は彼女の横にスライディングしてその先に設置された机の脚に爪先を打ち付け悶えた。もっと冷静に動かなければ。


 矢吹へ向き直り、全力で額を床に打ち付ける──痛いが、カーペットが一割程ダメージを減らしてくれた。


「俺と付き合ってくださいっ!!」


 あ。「貴女の事を愛しています、極寒の海に全裸で飛び込んでもいい程に」という口説き文句を忘れた。まあいいか。


 ちらりと彼女の顔を覗くと、普段は見せない嬉々とした笑みに小さくガッツポーズ。俺に告白されて喜んでいる人間は初めてだな。

 矢吹は俺のことが好きなのかな? それは流石に自惚れだろうか。


「やっぱり最後は僕に運が向いて来るんだなぁ」


「え、何て?」


「あ、いや! 何でもないよ。そうだね、凄く嬉しいよ。僕の方からもよろしくお願いします」


 咳払いを連続で何回もした後、矢吹は俺の告白を了承してくれた。生まれて初めて告白が成功した感動のシーンだ。

 今まで告白した女子は小、中、高と合計三百六十一人。漸く、彼女が出来た。


 よく考えたら、矢吹は全然普通の女の子っぽい感じがする。口調が少しばかりクールで、一人称が「僕」なところを除けば色々女の子している。

 ダメな点は鼠大好きなところだろうか。女の子なら鼠を恐れなきゃ。


 何はともあれ、このまま彼女と良い感じの関係を築いていけたら大人の階段も上れるかも知れないな。この身体を好きに出る日が待ち遠しい。


「また厭らしい顔」


「すみません堂々と考えていました」


「別に良いけど」


「え? してくれるんですか?」


「しませんっ」


 まだお断りだそうだ。腕組みをして眼を逸らすとは、中々照れ屋じゃないですか。矢吹さん。

 あれ? 恋人になれたということは、名前で呼んでも許されるのではないだろうか。矢吹星歌、だよな。よし。


「星歌、これからよろしくな」


「あ、へ? う、うん。急に名前呼びなんだ」


「あ、ダメでした?」


「ううん嬉しいよ。ふふ。俊翔……ダメだ僕は照れるな」


「今すぐ抱いてよろしいでしょうか」


「いや、普通に抱きつくだけならいいけど、絶対違うでしょ」


「無論それだけでは終われない所存です」


「じゃあダメ」


 恋人になれたというのに、段々と距離が離れて行っている気がするな。何でだろう。ああ、物理的に矢吹が離れて行っているのか。うーん。


 俺が近づくと警戒して一歩下がる。だけど俺が一歩退いても近づいては来ない。

 ダメだな。これは初体験まで時間がかかりそうだぞ。


「あ、そうだ僕からも一つ、()()というか、言っておかなきゃいけないことがあるの」


 矢吹は人差し指を口元に向けると、その指をこちらに向けて来た。え? 舐めてよかとですか?


「まず、花菱君は部活に入ってるよね? サッカー部に」


「ああ、入ってる。実は格好良くなりたくてなんだけども」


「そうなんだ」


「そうなんだい」


 予想外だったのか、矢吹は眼を丸くしている。実はそうなんでゲスよ〜。

 元が別にイケメンでもないし運動神経もいい訳ではないし勉強は全く出来ないからモテないけどな。君だけだ、僕を好いてくれたのは。


 愛情を出来る範囲で贈ろうと、俺は両手をオープンハグスタンバイ。避けられた。


「いいんじゃなかったのか!?」


「あ、ごめん。最初はもっといいムードでして欲しいなぁなんて」


「俺にムードを期待するなんて無駄だぞ!」


「あ、そうみたいだね。諦める」


 明らかに呆れています矢吹さん。残念ながら俺は相手に合わせるのがとても下手なんですよ。どうしても無理なんだ。

 それと、ハグを諦められたら俺はどうやって君を愛せばいいんだ。いや、愛することは簡単なのだが、愛を表現出来ないではないか!


「手を握るとかって選択肢はないんだね。まあ、いいよ。ん、どうぞ」


 矢吹は上半身を少しだけこちらに傾け、ハグOKの合図を出した。それに俺は容赦なく全身で舐め回す様な完璧密着ハグを返した。


「凄く近いってか殆どくっついてるね。恥ずかしいんだけど。あと痛いし」


「すまない。だが俺はもう止まれない! まだ肉体的に愛し合うことが出来ないのなら隅々までハグだ!」


「あ、待って本当にあちこち触ってるし。ダメダメ、やめないと別れるっ」


「すんませんっしたあああああああ!!」


「早っ」


 折角得た彼女を手放す訳にはいかん! 矢吹とは最後まで恋人でいたい。そして最後までいきたい!


「流石にぞわっとくるよ」


「本当にごめんなさい」


 好かれたいのにドン引きされるのは情けないと思う。そらが俺だ。そしてそんな状況にしてしまっているのも俺自身だ。

 恐らく、俺は今まで女子を愛してきたが愛された事が無く飢えているのだろう。それがこんな状況を生んだのか! 恨めしい。


 そうだ、俺は女性至上主義者だからなるべく女の子に尽くしたい。だけど今は俺は矢吹星歌のもの。彼女にのみ全力で尽くすとしよう。

 となるとお金がやや足りない気もするなぁ。早く帰宅して求人でも探してみるか。


 矢吹が再度咳払いしたと同時に俺はロケットの如く飛び上がった。


「よぅし! 俺は今から帰宅し、君の為にこの身を削る契約を果たしてくる! 次に会う時は、恐らく学校でだと思う。ではまた!」


「え、いや、僕も言うことが……」


「張り切って行こう!」


 俺のやる気に恐れ入ったのか、矢吹は右手を小さく挙げて停止している。口が魚の様にパクパク動いているがどうかしたのかな。

 だが、何か心配事があってもそれを俺は乗り越えられる。今は君という名のエネルギーがあるからな! 俺は無敵だ!


 矢吹の家を出ると、即行で玄関の鍵が掛けられたのが分かった。一人だもんな、用心するのは良いことだ。


「矢吹の家までは一通り記憶出来たから、帰り道に寄れる様な場所でバイトがしたいな。『お疲れ様』『癒してくれるかい?』『どうぞ。僕を好きにしていいよ』なんてイベントが起こるかも知れないしな!」


 周辺の人達が俺の放つ妄想爆弾を耳にし、半径五メートル程避けて横切って行く。そんなに嫌だったか?


 問題は職種だな。資格は何も無いし、正直言って記憶しなければならない事が多いと俺は何も出来ない。

 矢吹の為を思えばどんな肉体労働も完璧に熟す事が可能な筈だが、だとしたらどんな職に就けばいいんだろう。



 帰宅してから直ぐ、矢吹の話を聞かなかったのと連絡先を訊くのを忘れたことを思い出した。


 出だしはダメダメ。これからの恋人生活が不安で染まっていきました。

馬鹿すぎる俊翔をこれからもよろしくお願いします……。

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