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君のいない夜空なら今日僕は死ぬ  作者: 源 蛍
第一章 100回目
18/83

1─18

 李々華の手から逃れてから直様一階に駆け下りた。

 幸い、と言えばいいのか? リビングにはクソ兄こと廉翔しか居ない。矢吹は何処へ?


「なぁ廉翔。矢吹知らねぇ? 人ん家彷徨く様な子じゃないんだけど」


「さぁ、トイレじゃん? 覗きに行くなよ?」


「行かないわ」


 普通鍵閉めるだろ。入れるかよ。

 ひとまず、廉翔と二人切りじゃないなら安心だな。李々華の言う様に、幾らタラシの廉翔でも弟の彼女には手を出さないか。流石に。

 お、廉翔テレビ見ながらポテチ(薄塩味)食べてんのか。一枚もーらい。


「勝手に取るなよ」


「ごっそーさん。サンキュー」


「いや別にやるなんて言ってねぇし」


「ごっそーさん」


 釈然としない表情でテレビに向き直った廉翔はポテチを抱えた。そんなに取られたくなかったのだろうか。

 まぁ分かりやすく、取りやすくソファーに置いておくのが悪い。

 つーか堂々とテレビ見てんじゃねぇよ大学生。


 さてと、矢吹を待とうか──それとも、先程置き去りにしてしまった李々華の話でも聴きに行こうか。

 どっちを選ぶべきなのだろうか。もし李々華の話が長ければ矢吹帰っちゃうかも知れないしな。

 まぁ今の強風の中帰ったらバカだと思うけど。……あ、矢吹おバカさんでした。


「矢吹トイレだとしたら遅くね? いつ行ったのかは知らないけど」


「デケェ方なんじゃん? ……痛えな」


 何となく無言でチョップしてみた。女の子のおトイレ事情になんてことを言うんだお前はよ。

 でも何か、矢吹がうちのトイレ使ってるって考えると興奮する。ちょっとだけ想像してみたりして。


「バカ兄、そういうの控えた方がいいと思う。嫌われるよ」


「あ、やっぱ? てか李々華降りてきたんだな」


「うん」


 先程まで意味深な雰囲気で俺を引き留めていた李々華はおらず、いつものツンツンしたクールな李々華が居た。何か吹っ切れたのか?

 自分のカップに緑茶を注いだ李々華は、誰を見る訳でもなく「ねぇ」と声に出した。

 思わず、廉翔と顔を見合わせる。


「いやお前だろ」


「あ、俺? 何だい李々華ちゃん」


「私達に、話すことあるでしょ? 矢吹さんなら多分母さんの部屋だよ」


「ああ、確かに言うことあったわ」


 矢吹母の部屋かい。何しに行ってんの? 母上何で矢吹を連れ込んでるの?

 それと、家族に言うこととは、デートのことだ。三十日は出かけるよって伝えるだけだけど。


「偶然水族館の何だっけこれチケット? 貰ったからさ、三十日に矢吹と言ってくらぁ」


 親指を立て、なるだけ寂しそうな表情を作ってみると、二人共『あっそ』と答えた。廉翔はあんなだから何となく納得出来るが、李々華ちゃんは酷いと思います。


「因みに帰りはホテルに寄りたいと願っております」


「バカ兄……」


「すみません」


 害虫を見る様な眼で睨まれたので、謝っておく。李々華顔怖い。天使なのに悪魔? 死神? ヘル・エンペラー?


「意味分かんないこと考えてないでさっさと母さんにも伝えてきなよ。キモいからさっさと行け」


「……はーい」


 俺の周りは正直エスパーだらけだよね。皆テレパシーか何か使えるのかしら。心読んでくるよ。

 廉翔は何の話か分かんなそうだから、エスパーではない様だ。……女ばかりエスパーだな。


 エスパー少女李々華ちゃんから離れ、お次はエスパー少女矢吹さんの元へ向かう。

 一階奥の母の部屋から楽しそうな声が聞こえるので、李々華の言ってたことは真実らしい。ここに矢吹がいる。

 にしても楽しそうね矢吹さん。普段そんな明るく喋るっけ?

 ちょっとばかりジェラって勢いよく扉を開けた。鍵閉めときなはれ。


「マミー! 人の彼女を取るんじゃないよハウ・ボビー・エンドレス!」


「全く意味が分からないんだけど」


「あ、花菱君……!」


 大仏みたいな死んだ眼をした母と、その横に座る矢吹は何かを背後に隠した。見逃さなかったぜハニー。


「勝手に入らないでよ」


「なら鍵閉めとけよ」


 母さんが扉を閉めてる間、眼を合わせない矢吹にジリジリと迫って行く。両手を胸の前で構えて、ジリジリジリジリ……何故か母さんに殴られた。


「何すんのよお母様」


「手つきがやらしいのよ! 何で矢吹さんのおっぱい揉みしだこうとしてんの!」


「してないよ!?」


 何がどうしたらそう錯覚するんだ! 俺はただ矢吹に向けて両手をわきわきさせてるだけでしょうが!

 矢吹は矢吹でまだ白を切るつもりみたいで、背後に隠したまんまだ。

 矢吹に顔を近づけて耐えられなくなるのを待ってると、隣で母が激しく立ち上がった。埃が立つのでやめましょうマミー。


「確かに! 確かに矢吹さんのおっぱいは極上よ! そんなおっきいって訳じゃないけど、絶対揉み心地最高よ! そんなこと分かってる!」


 何を言ってんだこの人は。


「だけど私より先に揉むなぁ!」


「わっ、お、お母様!?」


「やめろマミー! 普通母親より彼氏が揉むだろう!」


「何言ってんの!? 花菱君!」


 矢吹に(正確にはおっぱいに)掴みかかろうとする母親を制し、矢吹から引き離す。何だこのおっぱいマニア。

 無事助かったのに、矢吹は矢吹で睨んで来るし。揉まれたい訳ではないだろうけど。何でかな。


 でも、矢吹が少し離れたことで先程隠された何かが姿を現した。慌てて隠そうとする矢吹の前に立ちはだかり、それを奪い取る。


「……これ、俺の写真じゃんか。アルバムから出したの? わざわざ?」


 何故に? 矢吹が隠したのは、中学生時代の俺の写真だった。中二な部分は既に開花しており、サッカー部のユニフォームを着たまま格好つけている。

 詰まる所、最高級に恥ずかしい写真だ。


「何故矢吹がこの写真を……!?」


 母さんに熱い視線を送ると、「くっ」と声を漏らして正座を始めた。


「もう、打ち明けるしかないわね」


「えっ、お母様裏切るの!?」


「矢吹は黙っていなさい! さぁ母上よ、これは何だね!」


「それは、それはぁっ!!」


 俺達親子のやり取りを見て、矢吹は無言になった。

 何処を向けばいいのかと彷徨う瞳が何か可哀想。ごめんな、中二病な親子で。

 大人しくなった矢吹とは打って変わり、母さんは自分の下から俺のアルバムを取り出した。踏んでんじゃないよちょっと。

 アルバムが開かれ、母さんは静かに経緯を語り始めた。


「私が小さい頃からアホな俊翔のことを教えたくてアルバムを開いたの。そしたら矢吹さん、眼を輝かせて可愛かったのよ……」


「うっ……」


 何か矢吹が照れてんぞ。うっわ可愛い。てか母上よ、矢吹が可愛いのなんてとっくに知ってるから。

 矢吹のおっぱい揉みたくなる気持ちめっちゃ分かるから。

 何か微かに痛みを感じたと、足元を見たら矢吹に抓られてた。痛い痛い。

 そんな俺らを無視して、母さんは続ける。


「だから、特に好きなの一枚持ち帰っていいわよって。そしたらそれを選んだ訳」


「よりによってクソ恥ずいの選んだのね」


 何てことだ。今はあまり中二な部分を出してるつもりはないというのに、これではイメージが!


「あまり変わらなくて好きかなぁって」


「矢吹さん、俺まだ中二っぽい?」


「うん」


「んなハッキリ言わなくても……」


 まだ中二病抜けてない、か。まぁいいや別に。格好つけてるのが恥ずかしいだけだし。


「まぁ、他の写真も写メとかで送ったけど」


「選ばせた意味は!?」


「永久保存になるかデータになるかじゃない?」


 なるほどな母上よ。そういうことなんすね。よく分からないや。

 それより、矢吹が大事そうに持ってるからいいか。俺だって盗撮写真沢山持ってるし。


「矢吹、デートでは一杯ツーショット撮ろうな!」


「う、うんっ!」


 ちょっとだけ驚いて頷いた矢吹。何だ? 嫌だったとか言うなら俺っち悲しい。

 それにしてもやたらと覗き込んで来るなマザー。何かご用?


「……デートするの?」


 ああなるほど。まだ母さんには教えてなかったな。

 矢吹に確認を取るため顔を向けると、笑顔で頷いてくれた。でもちょっと照れてるっぽい。


「おうよ。今度の三十日、丁度どっちも用事がないから水族館行って来るゼィ」


「三十日ね。オッケー了解。お弁当とか必要?」


「母さんや、小学生や幼児のピクニックじゃあ無いんだから」


「帰りはホテル寄るの?」


「俺はそのつもり」


「花菱君!?」


 堂々と宣言したら、矢吹が真っ赤になった。前は全然気にしてなかった癖に今回は恥ずかしいのね?

 それから一生懸命、『泊まっても、本当に泊まるだけですっ』って母に伝え続けてる。うーん、まぁそれでもいいか。一緒に寝れるなら。


 でもさ、俺達が行く水族館の近くにホテルは無かった気もするわ。てことは早めに帰らないといけないパターン? 切ないなぁ。


 ベッドに寄りかかった母は感慨深そうに天井を見つめた。特に何も無いよ上。電気くらいしか。

 そろそろ夏だなぁ。エアコンつくかな掃除してないや。

 あ! 明日バイトじゃんか。あと学校。


「いいわぁ、若いって本当に。私も高校生の頃は女の子ホテルに連れ込んでは無理矢理色々とね。おっぱいの触り心地が良さそうなコばかり。最後はトロけちゃって本当に……おっと涎が」


 俺も矢吹も無言でドン引き。この母親と矢吹を二人切りにしてはならないと感じた。

 矢吹もそれを理解してくれたのか、俺の左腕にがっしりと抱きついている。あ、お饅頭が気持ちいいね。今日の私服は薄いからしっかりとぐへへ。



 ──夕暮れ時になり、台風もすっかり消えて無くなった。間違いなく神様の嫉妬による嫌がらせだったんだろうな。

 だけど家の中に居れば大したことないんですよ。お神さん。あと出来ればデート中は邪魔しないで。


「……今のでちょっと不安なんだけど、デート中津波発生させるとか無いよな。どう思う矢吹」


 選択が津波なのはいかがなものか、と反省。矢吹も怯えた様に肩を竦めている。

 津波は怖いよな、本当に。車が飛んで来るのも恐ろしいけどさ。


「有り得ないことはないよね。お願いしてみようかな、後で。『僕が好きなら酷いことしないで』って」


 矢吹は申し訳無さそうに呟いた。もしかしたら、自分が悪いとでも思い込んでいるのかも知れない。

 そんな訳ないでしょう。世の中の生き物は、自分が愛しいと感じたコには本当手段選ばないから。奥手な人も多数いるけど。

 とにかく、矢吹一人で行かせたくはない。


「なら俺も一緒に行くよ。俺なんかが近づいたら雷でも落とされるんじゃないかって凄い恐いけど。それでも、矢吹とのデートは邪魔されたくない」


「うん、僕も。一日だけでも、花菱君と二人切りの楽しい時間を過ごしたいから」


 一日じゃなくて、永遠にがいいな俺は。会おうとする度に殺されかけんじゃたまったもんじゃないぞ。

 今日は本気だったろ絶対。俺を永久に亡き者にするつもりだったろ神様。

 または何度もループさせて何度も命を奪う気だったのかしら。どちらにせよ恐ろしいわ。


 矢吹と手を繋いで帰り道を歩く。地面は汚れても散らかってもない為、何事も無かったかの様に揉み消されたことも理解出来た。

 まぁ、人間の記憶はあるみたいで不思議がってるお爺さんいますけど。

 道中、ちょっとばかし寄り道して薄暗い林を進んで行く。虫がいて矢吹嫌がるかななんて不安だったけど、案外平気っぽい。


「さてと着いた」


「花菱君、ここは?」


「川だよ。物凄い小さな川。見てみ? 跨いで通れる」


「これ本当に川なの……?」


「まぁ川っちゃ川だろ。気に囲まれてるから静かで好きなんだよなぁ。昔、昇とよく遊んだよ」


「そうなんだ」


 まぁ来るのは三年振りくらいなんだけど。

 ここは俺と矢吹以外誰も知らない秘密の場所──なんてことはないだろうけど、他の人間を連れて来るのは初めてだ。

 薄暗いの嫌だから直ぐ帰りたくなるけれど。


「まぁ、ここは俺達の聖地でもあるから、お祈りかな。助けてくれいってな感じで」


 ブツブツと唱えて手を合わせる。何にかけた祈りだと問われれば、答えてあげましょうさぁレッツゴー。

 実はこの川、流れの中心に小さな祠が立てられてるんだ。本当に小さいぞ。掌サイズだ。


「──まぁこの川、三年前に大雨で増水して昇の記憶を……」


「……え?」


「いや何でもね。さてと、送るぜ矢吹帰ろう」


「もう送ってもらってる途中だよ? それより、疲れてる筈なのに大丈夫なの? 明日学校とバイトでしょ?」


「最悪学校サボるわ」


「そっか」


 怒らないんかい、流石サボリ魔矢吹。

 それと俺はサボる訳にはいかないんだよな。どうしてもサッカー部員集めなきゃなんないし。流美たん協力してくれないかな。部長とかも。



「えっとじゃあ、今日は楽しかったよ。来週、楽しみにしてるね」


 駅まで送って、矢吹に手を振る。めっちゃくちゃ注目浴びるのは、彼女が可愛過ぎるからだろうか。

 そして何であんなアホそうでバカそうで冴えない男が彼氏なんだろうか、という疑問からかしら。ま、気にしない気にしない。


「またな矢吹! 明日学校来るなら会おうな!」


「うん、またね」


 流石に今のセリフ自分でも違和感感じたぞ。何で『学校来るなら』なんだよ。何で彼女のサボり癖思い切り肯定してんだよ。


 矢吹の乗車した電車を見えなくなるまで見送り、遠くに見える十字仙山に目を向けた。

 神様、矢吹を困らせるのも程々にしろよな。


「さーてと、俺の味方か矢吹の保護者か。どっちが勝ってくれるかね」


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